2014年12月27日

硝子の映画排除を画策したのは誰なのか?

※このエントリは、単行本第5巻発売当時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第5巻の前半は、「映画制作?編」ということになるわけですが、その第5巻収録話の1話目となるであろう第33話で、不思議なやりとりがあります。

なし崩し的に映画の参加メンバーが決められていく中で、なぜか硝子だけが意図的に排除されているような形になっていたのです。
そこに気づいた将也がそのことを話すと、植野、川井、真柴が、逆に将也がおかしなことを言っているかのような目で将也を見る、というシーンがあります。


第5巻16ページ、第33話。

もちろんこれは「意図的ではない、ほんとに忘れていただけ」という解釈もできるのですが、どちらかというと、これは「植野が提案して川井が主導した」ととらえるのが一番自然だと思われます。植野は、

・そもそも硝子のことが嫌い。
・硝子が将也に対する恋のライバルであることに気づいている。
・第1巻82ページ、第2話で、音痴の硝子に対して「どうする合唱コンクール?」と言っている。高校になった今も、同じような意味で、障害をもった硝子を積極的に映画撮影のような活動に参加させるつもりはない。


一方、33話の展開をみても、参加メンバー選定を仕切っているのは川井です。
学校が違う組のなかで、佐原と結絃には「衣装担当」とか「カメラを貸してくれる」など役割を限定させたやや消極的な表現をしている一方で、植野についてはそういう表現をせず、かつ将也に「植野もメンバーだ」と強く説得しているなど、メンバーごとに扱いを変える意図が強くうかがえます


第5巻13ページ、第33話。

特に最後のポイントで、橋メンバーのなかで結絃と佐原は「選ばれて」いるのに硝子が除かれていることもあり、少なくとも川井が意図的に硝子をメンバーからはずしたことはほぼ間違いないでしょう。

では、そこにはどういう意図が働いていたのか。

川井の映画参加の目的が、真柴と親しくなること「だけ」なのは、ほぼ確実です。将也と真柴を引き合わせて真柴を映画に参加させたところから、川井にとってはそこに自分も割り込んで真柴と一緒に映画を撮る(ある意味、永束のプロジェクトを乗っとる)のはすべて作戦のうちだと思われます。

そして、この映画撮影が、真柴と将也の関係が前提で成り立っているところから、川井とすると将也が映画に積極的に参加することも重要だということになります。
川井は、植野が将也のことを好きだと知っていますし、将也については植野のことを憎からず思っていると勘違いしています。
そう考えると、硝子の存在は「お邪魔虫」だということになりますね。

ということで、私の考える、第33話で発生した硝子排除の構図は以下の通りです。

真柴が将也と永束の映画撮影企画に興味をもっているのを見て、川井は真柴と仲良くする機会として映画撮影を利用することにした。
真柴が映画に参加しようとしているのは将也に対する関心ゆえだと知っている川井は、将也をなんとしても映画撮影に引き留めておく必要があった。
そこで、映画撮影を通じて将也には植野と親しくなってもらい、真柴ー自分、将也ー植野のダブルデート状態に持ち込むことを考えた。
そう考えると、「将也ー植野」側のカップリングの邪魔になる硝子はこの企画から排除するのが妥当。
こういったロジックで植野とも利害が一致したので、硝子を排除してさっさと映画撮影を始めてしまうことで二人の間で合意成立。
もしかすると真柴にも事前に根回しがあったかもしれない(硝子の参加について余計なことを発言させないために)。


この推測は、将也が硝子の名前をだしたときの反応と、そのあと真柴だけが意見を変えるときの言動と整合性があるように思われます。
それにしても、真柴が意見を変えた瞬間にそっちの意見に乗り換える川井の変わり身の早さは笑えます。
上記のような策略があったとしたら、この瞬間に植野は裏切られているわけですよね(笑)。

さて、上記のような推理の妥当性を補強するのが、33話最後のコマです。


第5巻22ページ、第33話。

アメコミ風に表現されているもののこれは映画とは関係なく、恐らく作者的にはこのコマで「川井と植野の策略は失敗した」ということを示して、同じ話のなかでさっさと「伏線回収」した、という整理なのではないかと思います。
ラベル:第33話
posted by sora at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

2014年12月26日

聲の形・ビンタコレクション

※このエントリは、第48話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

聲の形は、「聲」といいながら拳で語る暴力的な表現が想像以上に多く、また暴力が話を前に進める展開も非常に多い(笑)のですが、そんななかでも聲の形を代表する?暴力である「ビンタ」の場面をまとめてみたいと思います。

「ビンタ」と聞いて何よりまず思い浮かぶのが、小学校編で将也と硝子が「拳で語り合う」あの取っ組み合いのシーンの冒頭です。


読みきり版、47ページ。


第1巻162ページ、第4話。

この2つのシーン、イメージではまったく同じ絵のコピペかと思っていたんですが、見比べてみるとリライトされていますね。連載のほうが威力が増して、将也が吹っ飛んでいます(笑)
連載にむけて、硝子も筋トレに励んだのでしょう。

続いて、こちらもあまりにも印象的な、西宮母の瞬間移動ビンタ。


第2巻40ページ、第7話。

何度見てもすさまじい威力。
この後、別の日に結絃からもとび蹴りを食らって、西宮3家族からの暴行受けをコンプリートしています

第3巻にはビンタは(私が見た限り)ありません。
次に登場するビンタは、第4巻の植野の観覧車ビンタですね。


第4巻83ページ、第28話。

ただ「自分のことが嫌い」とだけ話し、植野のことについて何も語ってくれない硝子に対し、我慢できなくなった植野が硝子に対して放ったビンタです。
この頃は、植野がビンタした、というだけで驚いていました…。最近とは隔世の感があります(笑)。

この後、第5巻では、永束のベチベチという張り手攻撃、真柴の叩き落とすようなパンチなどがありますが、「ビンタ」ではないので省略して、第6巻相当分。

第6巻は、のっけからビンタの応酬です。まず先頭を切ったのが植野。


第6巻39ページ、第44話。

無抵抗の硝子に、本人としては正義の、周囲から見たらリンチのビンタ。
そこへ割ってはいって硝子を救うのが、硝子の母親です。
第44話最終ページでの、将也へのそれを髣髴とさせる瞬間移動ビンタから入って、その後は植野と2人での激しいビンタ合戦に突入します。


第6巻44ページ、第45話。

そして、この「聲の形・ビンタ合戦」に、意外な伏兵?として、委員長川井が参戦。
病室でいきなり映画に誘う硝子に、わけがわからない、といきなりのビンタ!


第6巻106ページ、第48話。

音が「ぺチン」です
小学校時代の硝子(効果音は「ベシ」)よりも弱そう…。
いきなりビンタされた硝子にとっては不幸中の幸い(?)でした。

…。
こうやって見ると、やっぱりビンタとかその他の暴力的表現のかなり多いマンガであることは確かですね。(^^;)。ある意味、「聲の形」というよりは「拳の形」かも。
posted by sora at 07:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

2014年12月25日

将也は中学時代も机に落書きされていたのか?

※このエントリは、連載期間中期頃に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

これも私のなかで永らく謎だったのですが、いちおう自分なりの答えを出しました。

将也は、小学校での学級裁判後、いじめられる側に転落したわけですが、将也が中学時代はどんな扱いを受けていたかがいまいちはっきりしないのです。

端的にいうと、このコマの意味がよくわからなかったんですね。


第1巻183ページ、第5話

このコマだけ見ると、中学生の将也の机に、小学校時代と全く同じ落書きが書かれ、中学生の将也がそれを消しています。

これをそのまま受けとると、中学時代の将也も小学時代と同様に机に落書きされ、その首謀者は恐らく島田だった、ということになります。

でもこれはさすがに不自然です。
まず、中学になっても机に落書きを続けるというのはいくらなんでも執念深すぎて、もし島田がそれをやっていたとするなら相当強い「恨みの理由」が必要です。
また、落書きの内容が小学校時代と同じレベルに見えます。小学校時代同様の「寄せ書き」だとするなら「共犯」がたくさん必要ですし、内容的には中学生にしては幼稚すぎるように思います。
そして、そこまでひどいいじめを受け続けていたとするなら、さすがに将也は限定版CDを「買ったよ」と話しかけるだろうか、という疑問もあります。
また、「机の落書き」について、「(小学校)卒業まで毎日続いた」とありますが、その後中学校に入っても続いていたのだとしたら、この表現になるでしょうか?


第1巻168ページ、第4話。

こういう疑問を考えるには、まず「原典にあたる」のが基本、ということで、第1巻にある、「将也いじめ」をすべてピックアップしてみます。

まず、小学校時代。

第1巻126ページ、第3話:学級裁判の放課後、島田に池に落とされる(筆談ノート発見)
第1巻137~140ページ、第3話:島田・広瀬からプロレスいじめ
第1巻144ページ、第3話:放課後、誰か(恐らく島田・広瀬)に暴力をふられ倒れている将也
第1巻148ページ、第4話:体育の時間に硝子とともに仲間はずれ
第1巻149ページ、第4話:クラスで広瀬から「タバコくせ、グレてんじゃね?」
第1巻150ページ、第4話:上履きが盗まれる(ページ内で2回、恐らく犯人は島田)
第1巻150ページ、第4話:給食にいたずらされる
第1巻150ページ、第4話:自席のいすが隠される
第1巻150ページ、第4話:後ろから「わ!」と脅かされる
第1巻150ページ、第4話:ベランダから頭の上にごみが落とされる
第1巻155ページ、第4話:硝子が机の落書き消し(実際には将也の机)
第1巻156ページ、第4話:島田・広瀬に上履きを捨てられる
第1巻157ページ、第4話:島田・広瀬にボコボコにされる
第1巻166ページ、第4話:机に落書きされる
第1巻168ページ、第4話:机の落書きは卒業まで毎日続いた


続いて中学校時代です。

第1巻171ページ、第5話:島田が入学式で「将也に近づくな」と言う
第1巻180ページ、第5話:限定盤CDの件で島田・広瀬から「うわ俺もうファンやめる」「俺も」と言われる
第1巻183ページ、第5話:机に落書きされる


最後のものが問題の「机の落書き」ですが、やはり明らかに異質です。
この描写を除くと、将也は中学時代は「いじめを継続的に受けていた」のではなく「疎外」されて孤立していた、という描写になります
こちらのほうが自然であるように思われます。

では、この「中学生将也の机の落書き消し」のコマはなんなんでしょうか。

あらためてこのコマの前後をみると、178ページの後半から183ページの前半までは枠外が黒くなっていて、この技法はこのまんがでは「回想」を示しています。
では、いつの「回想」か。
183ページの、回想が終わった直後のコマからは、硝子と会える場所が分かって自殺のために身辺整理する場面が続きます。
つまり、この「回想」は、硝子の居場所がわかった、将也が高校3年の4月初頭のもの、ということになります。

そして、183ページの机拭きコマにかぶる将也のモノローグ。

どーせ死ぬんだ
死ぬなら さっさとやり残したことを片づけよう


将也が自殺の前に片付けたかった「やり残したこと」とは?
言うまでもなく、硝子に対して後悔のことばを伝えることです。

そして、その「後悔」の象徴ともいえるのが、「机の落書き」でしょう
島田・広瀬からからかわれていただけだと思っていたら、実際にはクラス全員からハブられていた。
そんな絶望的な孤立を端的に示す「机の落書き」を、毎朝黙って消して、クラスのなかで唯一の味方だった硝子に対して、自分は愚かな敵意を向けて転校させてしまった…。

ですから将也にとって、「机の落書きを消す」というのは、硝子が転校してから小学校卒業まで毎日毎日繰り返された、「自分がクラス全員から疎外され孤独だという現実の再確認」と「たった一人の味方だった硝子を理解できなかった後悔の再確認」という「儀式」だったのだと思います。

そう考えれば、この「中学での机の落書き」のシーンについて1つの解釈が成り立ちます。

島田の言動により中学で孤立した将也。
孤独を感じつつも、限定版CDを手に入れたことで、「一度失ったもの(友達)もまた手に入るかもしれない」と希望を持つ。
そのときたまたま名古屋の書店で手話の本を買う。
限定版CDで友情はもどらず、ぽっきり折れる将也の心。将来に絶望し死を意識する。

ここで出てくるのが「机の落書き」のシーンです。

つまりこのシーンは、実際に机に落書きがされたわけではなく、将也にとって、中学になっても友情が失われた小学校時代から時計は止まったままで、今もさげすまれ疎外されている、ということを再確認したという「将也の心の中の風景」である可能性が想定されるわけです。

そしてこの日から、将也は手話を勉強し始めたのだと思います。
「やりのこしたこと」=硝子にことばを伝えることと、補聴器代をバイトで弁償することだけを、残りの人生の目的にして。
バイトの方で真柴から「バイトの鬼」と呼ばれるくらいなので、手話の方も「手話の鬼」になるくらい猛烈に勉強したのだと思います。

さて、話がずれましたが、私の個人的な1つの仮説として、中学時代の将也は孤立してハブられていた(話しかけても相手にされなかった)のは事実でも、「机の落書き」みたいな具体的ないじめは受けておらず、183ページの描写は将也の心証風景であって実際に起こったことではないのではないか、と考えています。
ラベル:第04話 第05話
posted by sora at 07:26| Comment(6) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

硝子のおもちゃから透けて見える、西宮母の葛藤とは?

※このエントリは、第32話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第32話は、西宮祖母の手紙という形を借りて、硝子の障害発覚によって硝子の両親が離婚にいたった悲しい経緯を説明するところから始まっています。

ところで、このシーンで、気になる組み合わせの描写が2つあります。

1つは、硝子が遊んでいるおもちゃに、音のでるおもちゃが異様に多いこと。

もう1つは、夫方の祖父が、「ワシは 障害の発見が こんなにも遅れたのが気になる あんた わざと このこと 黙ってたんと違うか」と西宮母を問い詰めていることです。


おもちゃの件については、第32話冒頭で硝子が遊んでいるおもちゃが木琴ですし、そのすぐ隣にはピアノのおもちゃも置いてあります。


第4巻165ページ、第32話。

さらに、夫方家族が去っていったあとも、硝子は木琴のバチで裏返しのバケツの底をたたく遊びをやっている描写まであります。
そういう目で見てみると、実は32話の回想では、硝子は「音の出るおもちゃ」でしか遊んでいません

でも、よく見ると硝子は、音の出るおもちゃで、「音を出して」遊んでいるのではなさそうだ、ということに気づきます。
硝子は、音を出して遊んでいるのではなく、バチでものを叩いて、手に返ってくる「叩いた感覚」を楽しんでいる(もしくは耳で聞く音ではなく、腹などで感じる空気の振動を楽しんでいる)可能性が高い、ということです。

だから、たたき方が非常に乱暴ですし、木琴だけでなくバケツも同じように叩いて遊んでいるのだと思います。

では、なぜ硝子はバチでものを叩く遊びを覚えたのか。
それはきっと、母親が熱心にそれを教えたからだろうと思います。

では、なぜ硝子の周りには音の出るおもちゃがたくさんあって、母親は木琴を叩く遊び(硝子にとっては実際にはバチで物をたたく遊び)を特に熱心に教えたのでしょうか。

ここには間違いなく、子どもの障害受容の過程における「否定」のプロセスが関与していると私は考えます。

子どもの障害受容の過程は、キューブラー・ロスが「死ぬ瞬間」で提唱した「死を受容する5段階」と非常に似たプロセスを通ると私は考えています。このあたりは実は私自身も本に書いています。聲の形とは全然関係ない「自閉症」の本ですが一応ご紹介。



私が考える「子どもの障害受容の過程」で、最初に訪れるのが「否定」という段階です。
この段階では、子どもの障害の可能性に徐々に気づきつつも、「そんなことはない」と信じ、子どもに障害などないことを示すようなさまざまな根拠(「気にすることはない」という周囲の声や、「心配したけど結局障害ではなかった」といったネットの経験談、障害がないと判断できそうな子ども自身の行動など)を一生懸命集めます

そして、この段階でよくある親の行動パターンとして、「その障害があれば遊べないようなおもちゃをあえて買い与えて、それで遊べることを確認しようとする」というのがあるのです。

例えば、社会性に困難のある自閉症なら、ままごと遊びの道具や人形などを与えて、それらのおもちゃで遊べることを確認しようとするのです。そして、子どもが奇妙な形であってもそれらのおもちゃで遊ぶのを見ると、「ああ、やっぱり障害なんてなかった」と安心するのです。

西宮母が硝子に「音の出るおもちゃ」ばかりを買い与えられていること、そして硝子が木琴のバチでものを叩く遊びを習得していること、これらの描写はまさに、西宮母が既に障害の可能性に(無意識であっても)気づき、それを「否定」するために音の出るおもちゃを集中して買い与え、そして硝子が「音」ではなく「叩く感触」で遊んでいるのを見て、西宮母が「音の出るおもちゃで遊べたから大丈夫」と自身を安心させていた、という、ある意味非常に典型的な「子どもの障害に気づく最初の段階」が描かれているのだと言えます。

私自身も障害児の親で、こういう「否定」の段階も実際に通ってきましたので、身につまされます。

西宮母は、夫方の祖父の「わざと 黙ってたんと違うか」ははっきりと否定しましたが、もしこの問いが「少し前からうすうす勘づいてたんと違うか」だったら、彼女は否定できなかったかもしれません


第4巻167ページ、第32話。

西宮母自身が自覚的だったかどうかは分かりませんが、音の出るおもちゃをたくさん与えて始めた時点で、何らかの形でそういう不安を感じ、それを否定しようとする行動が始まっていたのだ、と考えられるからです。
ラベル:第32話
posted by sora at 07:11| Comment(9) | TrackBack(0) | 第4巻 | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

第49話を受けて、これまでの真柴の言動を再チェック(3)

※このエントリは、第49話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

登校日の真柴との会話で疑心暗鬼になった将也は、川井の逆鱗に触れて過去のいじめを誇張された形でばらされてしまいます。

5)川井の「暴露」から橋で将也と再会するまで

川井の過去の「暴露」に対して、将也は、

将也「川井さんだって 悪口言って 一緒に楽しんでたくせに……!! 同族がエラソーに説教すんなよ!!」


第5巻109ページ、第38話。

とキレます。
ここは、どうしても過去の自分のいじめ行為について謝罪することができないという、密かに将也にかけられている「呪い」が発動した場面でもありますが、一方で、いじめ被害者である真柴は、将也のこの発言で、「当時の川井の立ち位置」がどのようなものであるか、だいたい想像がついたことでしょう。
だから、第49話で、川井にかまをかけて、「いじめの輪のなかにいたのに自分は悪くないなんて言ってる人は嘘つきだ」と川井自身に言わせるというわざをなしとげています。


第6巻123ページ、第49話。

そして、次に橋で将也と再会したときには、

真柴「川井さんから事情は聞いたよ 君が反省してるってことも」

と話しかけています。そのうえで、川井に「ほら…」とうながして、川井に反省の弁を述べさせていますが、これは、(同じいじめの輪のなかにいたのだから)少なくとも川井には将也を厳しく責める資格はなく、川井ー将也間ではお互い謝るべきだ、という真柴の価値観の現れだったのではないかと思います。
(そのうえで、将也自身の過去のいじめ行為そのものを許したわけではなかったことは、この後の真柴の言動が示しています。それについてはこの後で)


6)そして橋崩壊事件から「他人様」へ

真柴に促されて形だけの謝罪をしようとした川井でしたが、結局やはり「自分は悪くない」の一点張りで将也や植野とぶつかってしまい、「お互いに謝罪」どころか、そのまま当時の小学校メンバー全員を巻き込んだ誹謗中傷合戦に突入し、最後は将也がすべての関係を壊します。

ここで、植野が立ち去っていったときに

「いくら善人になったつもりでも いつか 報いは受けるんだな」

とつぶやいたのは、今になってみれば、真柴以外には考えられない
ことが分かります。

過去にいじめ加害者だった人間(将也)が、それを隠して「善人ぶって」高校生活を送っていたにもかかわらず、しっかりと「過去の過ちに対する報い」を受けたことは、過去のいじめと、その加害者がのうのうと幸せそうに生きているのを見てきた真柴にとって、納得のいく展開だったと思います。
(それに加えて、この真柴のせりふは、植野や川井らの「いじめ傍観組」も「報い」を受けた、という意味も含まれていると思います)

そして、「殴りたいなら殴れ」と言った将也に対し、真柴は躊躇せず全力で殴り付けます。


第5巻135ページ、第39話。

なぜ、川井に対し「将也に謝れ」と言った真柴が、将也を躊躇なく殴ることができたのでしょうか?

恐らく真柴は、「将也がいじめ加害者だったこと」を許してはいなかったのだと思います。
一方で、川井については、同じいじめの輪のなかにいて、少なくともいじめを止めていなかった(将也の言葉を信じるなら、一緒に悪口を言って楽しんでいた)わけだから、将也を責めて陥れる資格などない、とも思っていたでしょう。
いじめの被害者であった真柴にとって、川井のようないじめ傍観者が、直接の加害者を断罪できるなどとはまったく思わなかっただろうと思います。

でも、真柴自身は、この「橋崩壊事件」で修羅場を展開した、「当時の硝子いじめの輪のなかにいたメンバー」ではありません
ですから、真柴だけは、将也の過去のいじめを「絶対的な悪」として、将也を断罪する「資格」を持っている、と考えることができます。

だから、真柴は将也を殴ったのでしょう。
真柴のなかでは、川井に「将也に謝れ」と促すことと、自分自身が将也を断罪して殴り付けることは矛盾していなかったと思います。

このとき、真柴自身が、結絃から聞かれて、その価値観を明確に答えています。

結絃「何様だよ お前」
真柴「他人様



第5巻136ページ、第39話。

当時の硝子いじめの輪のなかにいなかった「他人様」である自分だからこそ、当時の過ちについて、断罪し裁くことができるのだ、と真柴は言いたかったのだと思います。

このあと、真柴の物語は第49話につながっていくことになります。
posted by sora at 08:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
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