第44話で、硝子が植野に書いた手紙の中身が明らかになり、硝子がどんな思いで水門小に転校してきてからの毎日を過ごしていたのかという謎の一端が彰かになりました。
そこに書かれていたのは、「妹の結絃がまた石を投げられたりしないように、普通のクラスメートのなかに溶けこみたい」という思い、そして「でもそうやって頑張ることでクラスに迷惑がかかる悩みを、作り笑いでごまかすしかなかった」という告白でした。
石を投げられる…。
これはまさに、「7か月前のあの日」のできごとです。
そして、将也からのいじめを発端とする「聲の形」の物語そのものも、硝子が「作り笑い」をしながら「普通に溶け込もうと頑張る」という行動パターンをとらなければ起こらなかったことです。
そうなると、こういうことになります。
すべては、あの「7か月前」の日に始まっていたのだ、と。

第2巻120ページ、第11話。
1)硝子は、自分の障害のために結絃が石を投げられいじめられるのを見て、次の学校ではそうならないように、普通校で普通の生徒の中でみんなと同じことをしようと頑張ることを決意した。
2)それが結果として、合唱コンクールをはじめとするさまざまな無理につながり、水門小での硝子いじめを招いてしまった。
3)一方で結絃は、カットしたばかりの髪を母親にさらに短くされようとしている硝子を見て、自らの髪を切り、「(母親は間違ってるので)これからは自分が硝子を守る」と決意した。これが結果として結絃をして男子のように振る舞わせたり、また不登校にもつながっていると思われる。
もし石田母が西宮母の言った通りに硝子をベリーショートにしていれば、結絃のこの断髪騒動は起こらなかった。
4)一方で、この結絃の断髪騒動をみた硝子は、上記1)の決意をさらに固くしたと思われる。この日の一連のイベントがなければ、硝子は水門小で、もっと「障害者らしくおとなしく引っ込んで」生活していたと思われる。
5)将也は、この日の度胸試しを最後に島田・広瀬と距離ができ、緩やかに友達を失ってスクールカーストを転落していく。そんななかで将也は硝子いじめに「活路」を見いだすが、結局学級裁判をへてカースト最下位に転落。「この日」は、そのすべての契機になっている。
硝子と将也のどちらもが、「この日」の一連のイベントが起こっていなければ(あるいは多少中身が変わっていれば)その後違う行動をとっていた可能性が高いわけです。
大今先生がこのたった1日に、猛烈にたくさんのエピソードを詰め込んでいるのは、そういう意味で「この日」こそが、「聲の形」の物語のすべての起点になっている、ということを明確に示すためなんだろうと思っています。
…さて、そんなわけで、デラックスと「デラックス事件(靴盗難と奪還)」に関連する話題を、非常に長々とまとめてきましたが、今回、この連投記事を書こうと思ったきっかけは、まさに今回のエントリに書いたとおり、この「聲の形」の物語のすべての「起点」「基点」として、これらのエピソードが構築されているということに気づいたからです。
言ってみれば、(連載版)聲の形の「Day 1」ということですね。
そんなことを考えながら、これら一連のエピソードと、最新話で起こっていることを合わせ読んでいくと、また新しい発見があるんじゃないかと思います。



