ここで、通りかかった川井が「ねぇ インガオーホーって知ってる? きっと それよ」と言い放ちますが、これがこの物語で最初に登場する「因果応報」です。

第1巻144ページ、第3話。
次に出てきたのが、第4巻での西宮母の回想(もしくは西宮祖母の手紙)場面で、西宮父の母が硝子と西宮母に対して言い放った「因果応報… 硝子が前世で何か悪いことをしたせいなんだよ あるいは あんたが…」というせりふです。

第4巻169ページ、第32話。
そして3つめが、橋崩壊事件直前、夏休みの登校日にクラスで川井から過去のいじめを暴露されてしまい、橋に行くのをやめようとした将也に、植野が語った「インガオーホーなんてくそくらえ!」というせりふです。

第5巻118ページ、第38話。
改めて物語全体を眺めてみると、ここで語られた3つの「因果応報」というのがそのまま、この聲の形という物語に埋め込まれた主要な3つの「罪と罰」の因果応報の構造を示していることに気づきます。
1つめの、将也に対する「インガオーホー」とは、将也が硝子をいじめたことに対する罪と、それにより与えられた「孤立」という罰について。
2つめの、硝子に対する「因果応報」とは、硝子が(それこそ前世の因縁のようなものとして)障害をもって生まれ、それによって周囲を不幸にしてしまうという「呪い」をかけられてしまった、といった「罪と罰的な構造」について。
3つめの、植野に対する「インガオーホー」とは、植野が将也を「売り」、将也へのいじめを黙認どころか加担までしてしまったことに対する罪と、それによって植野自身が過去にとらわれてしまって未来に目を向けられなくなるという罰について。
2つめが分かりにくいですが、あえて乱暴な言い方で表現するなら、硝子の「罪」とは、「前世におけるなんらかの悪行」であり、それに対する「罰」というのが、「障害を負い、それによって親しい人間を皆不幸にしてしまう」ということ(呪い)です。
これは、硝子の父方の祖母が言った誹謗そのものであり、私自身は当然こんな考え方をまったく支持しない者ですが(実際、硝子の障害の原因は、親の不適切な感染症管理です)、それでも「この物語の中では」、硝子についての、この「父方祖母が主張する因果応報論」は「生きている」と判断せざるを得ません。
次のエントリで、以上3点をもう少し具体的に整理してみようと思います。
