第42話がこのような展開になったことで、別のニュアンスを帯びてくる「伏線」があります。
それは、第3巻のラストで登場する硝子からのプレゼント、「ガーデンピック」です。
硝子が、将也からもらった猫ポーチのお返しとして買い、若干の紆余曲折はあったものの、あの伝説の第23話「うきぃ」回で将也に渡した、あのプレゼントです。
このガーデンピック、将也は受け取った直後から、これが何に使うものなのか分からず、その後何度もそのことを硝子に聞こうとして、結局聞けていません。

第3巻173ページ、第23話。
聞けていないうちに、物語の中でも2か月半もの期間がたち、そしてこんな大事件が起こってしまいました。
ネタ的に言うなら、42話ラストでぎりぎり硝子の腕をつかんだ将也は「ぐ」ではなく、「ちょっと待て、まだアレが何か聞けてない!」と叫んでもいいくらいです。
そんなわけで、今回、このことを改めて振り返って、思ったのです。
あのガーデンピックは、物語のなかでは「硝子からのプレゼント」ですが、メタの視点からは、「将也と硝子が実はずっとバラバラで、お互いの「聲」がまったく通じ合っていなかったことを象徴するもの」として用意されたものだったんじゃないか、と。
思えば、将也がこれを最初に受け取ったときに「これは何?」と硝子にすぐに聞けなかったのは、「もっと(硝子のことが)知りたい」と思ったとたんに将也の心のなかで過去の自分への嫌悪、トラウマが広がって、目の前の硝子としっかり会話することができなかったからでした。

第3巻175ページ、第23話。
ここを改めて読むと、将也はガーデンピックのことをうっかり聞き忘れて聞けなかったのではなく、「聞きたくても聞けなかった」。
それは、硝子を深く知ろうとすると過去に踏み込むことになり、そのころの硝子の気持ち、ひいては自分が憎んでいる小学校のころの自分自身と向き合わなければならなくて、それが怖かったからです。
そしてその後も、いろいろな偶然が重なったとはいえ、結局、たった「アレって何?」というだけの簡単な会話さえ、この二人はできていなかったわけです。
たぶんそれは、「偶然」だけではなく、無意識のうちの回避というものも含まれていたはず。
つまり、この二人は、会話をしてきていたようで、していなかった。
距離が近づいたようでいて、近づいていなかった。
お互いの理解が深まってきていたように見えて、理解できていなかった(この「理解できていなかった」という点に関して言えば、花火大会の最後で、将也が来年の誕生日の約束をして幸福感に満たされていたまったく同じ瞬間、硝子はかなえられない約束に将也が喜んでいるのを見て絶望感に満たされているわけです。そのくらい「相互理解」とは対局の位置にいます。)
そういう、絶望的なまでのすれ違いと遠い距離を、こっそりと、でも常に頑なに主張し続けるアイテムとして、この「ガーデンピック」が使われている…。
42話である意味、これまで将也が硝子にやってきたことが全否定される展開になったことを考えると、「ガーデンピック」はそういう「断絶」を示すアイテムであるように思えてならず、その断絶を象徴する(ことになる)アイテムを、よりによってあの「うきぃ」回に登場させて伏線として仕込んでいるというあたり、この作品の緻密な構成と、大今先生の趣味の悪さ(笑。誉めてます)を感じずにはいられません。
ラベル:第42話

たしかに、ピックを受け取った将也が「あめ?あっ、違う」と匂いを嗅いでいる間、硝子は「選ぶのに困った」という手話をしていますが、その手話も将也には見えていなかった様子が描かれています。
私はこのシーンを「将也は『なんだ、これ…』ということに気を取られて硝子の手話を見落とした」という風に見ていたのですが、たしかに「お互いの『聲』が通じ合っていなかった」のであれば、納得がいきます。
そうであれば、二人とも助かったと仮定したうえで、「そういえば、アレは何だっけ?」「アレはね…」という会話でようやくお互いの気持ちが通じ合ってエンディングになればいいなぁと思います。
コメントありがとうございます。
私も、ガーデンピックのことがいつまでも出てこない、という伏線の引っ張りは、ガーデンピック自体がある意味とても「ささいなもの」であるからこそ非常に不思議だったのですが、逆にそれが「ささいなもの」であるのにいつまでたっても聞けない、ということそれ自体に意味があって、「伏線が回収されないことが伏線を回収している」という可能性に思い至って、「なるほど」と納得した次第です。
まあ、これもあくまで個人的な勝手な解釈なので、実際には何かもっと違う形で回収されるのかもしれませんが、ともあれ、この後の展開で、将也が笑顔でこのプレゼントのことを硝子に聞ける展開が待っていることを祈りたいと思います。