2014年06月25日

第42話、硝子の行動は「唐突過ぎる」か?

第42話は決定的なシーンがあって、単行本派の人にはネタバレの極致になってしまいますので、単行本派でネタバレは嫌だという方はここから先は読まないでください。







というわけで、第42話では、とうとう硝子が自殺を「決行」してしまいました。
これはもう未遂じゃなくて事実上の既遂で、たまたま将也が間に合って手を伸ばしただけ、という状況だと言えると思います。

この衝撃の急展開について、いろいろな意見が見られますが、いくつか見かけたのが「唐突過ぎて不自然」といった意見でした。

ただ、私はこの硝子の行動はまったく唐突ではなく、(後づけでかっこ悪いですが)橋事件を受けてそうなってしまうかもしれないな、ということは考えていました。

何より、先日のエントリでも書いたとおり、硝子にとっての「私と一緒にいると不幸になる」の「確信」は筋金入りだと思うからです。

母親の離婚、妹の不登校、佐原の不登校、石田の(小学校時代の)カースト転落、それらすべての起点に自分の呪われた存在があるということの絶望。
そして、自分から親しい関係を作っていくことを「諦めていた」硝子の前に、生まれ変わったかのように魅力的になって再登場した将也は、佐原との関係、妹との関係、そして他ならない将也との関係を次々と再構築してくれる魔法のような存在と映ったでしょう。
…その将也が、またもや自分のことが原因ですべてを失い、壊れ、また橋に集まっていたすべてのメンバーも傷つき去っていった。

「自分がもつ呪い」という観念にとらわれて、セルフエスティーム(自己肯定感)が極端に低い硝子にとって、この状況は、自分が生きて存在してもいいという理由を失わせるに十分だったと思います。

そんな呪われた、近づくと不幸になる(と信じている)自分から、どうしても離れない将也。それどころか、今まで以上に依存してどんどん接近してくる将也。
硝子は、将也のことを大好きだからこそ、将也がさらに「呪い」にからめとられて不幸になる前に、関係をすっぱり断ち切らなければならないという気もちにとらわれていったと思います。

第29話で、小学生時代の将也にノートを捨てられたときの結絃の回想で出てくる手話が「自殺」なんじゃないかという話題は、ずいぶん以前から出ていましたが、「憶測度」が高すぎるのでこのエントリでは取り上げていませんでしたが、結局これはやはり伏線で、このとき硝子は自殺希念を結絃に伝えていたのでしょう。


第4巻110ページ、第29話。

「自殺」の手話(「手話勉強会」HPさんより)

そして、私も前回のエントリを書いたときには気づきませんでしたが、この自殺の手話をしたときの硝子の表情こそ、


第4巻88ページ、第28話。

あの、デートごっこで「謎の笑顔」になる直前の、硝子の表情そのものでした!


第40話17ページ。

…そうか。
あそこは、何かを吹っ切れた笑顔だと思いましたが、まさか自ら死ぬことを決意してようやく「呪いの意識、呪縛」を吹っ切れた笑顔だったとは…。

というわけで、硝子の今回の行動は、くるものが来てしまった、きてほしくないものがきてしまった、という感情こそ沸いてくるものの、まったく想像できない唐突なものがやってきた、という印象はまったくなかった、というのが私の感想です。
ラベル:第42話
posted by sora at 08:00| Comment(15) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういえば、硝子の笑顔も水門第二小時代にいじめられているときの笑顔、微妙に口元が歪んでる笑顔でした。

40話の石田もねぇ。「私と一緒にいると不幸になる」
って言われて、もちろん否定はしますが、その表情が
「言われてみれば・・」的な表情だし。
それこそ、「チューするぐらい」の勢いで否定しないとダメでしょう。結果的にトドメさしてます。
Posted by レッドバロン at 2014年06月25日 18:45
レッドバロンさん、

コメントありがとうございます。

「来年の誕生日も一緒に」のときに返した笑顔は、小学校でいじめられているときに結絃に返した笑顔、橋の上でプレゼントを持って、来ない将也を待っていたときの「ニッコォ!」の笑顔と同じでしたね。

将也はデートごっこのとき、「私のせいで不幸になる」にびしっと反論できませんでしたが、あのときの将也のメンタルを考えると仕方なかったのではないでしょうか。
(何しろ、私のカレンダーでの推測では、あれは橋事件の「翌日」です。)
Posted by sora at 2014年06月25日 22:36
ツイッターでお世話になっています(笑)、かっぱくん@Kappakunsanです。

私も41話でただならぬ硝子の覚悟と不穏な空気を感じ嫌な予感を連発しておきながら、同時に「どうしてそこまで」という思いを拭いきれずにいました。
そらパパさんはそのあたりをブログに書かれるということで楽しみにしていましたが、私に抜け落ちていた2点が見事に説明されていました。
2点とは「魔法のような存在」「将也のことを大好き」です。

私は過去の人間関係が修復されていく様を、将也が時間を取り戻す過程としか捉えていませんでしたが、これは硝子にとっても同様なのですよね。認識はしていましたが、今回の動機としてはまずコレが抜け落ちていました。
次に「大好き」ですが、これももちろん認知はしていますがつながりませんでした。彼女は自分の呪いを強く感じていて、転校前に将也の机を拭いていたのはこれに対する贖罪の意味合いが強いと思うのですが、今は一般的な贖罪の意識を上書きする強い動機として存在していますね。

一見、うきぃの23話は好意を描写するタイミングとしてちょっと早いようにも思ったのですが、この流れにつなげるには必然のタイミングということだったんですね。
結絃の「言えない」もそうですが、伏線のタイミングが常に絶妙です。大今先生の構成力には今更ながら脱帽せざるを得ません。
Posted by かっぱくん at 2014年06月26日 07:08
この展開には見事(?)、予想を裏切られてしまいました。
石田君には硝子を守ると誓ったその決意の程を見せてもらいたいという気持ちでいっぱいです。ッオイ石田ァ!!
Posted by ジョー at 2014年06月26日 18:48
かっぱくんさん、ジョーさん、

コメントありがとうございます。

私は、硝子が自殺にまで思い至る過程は、ほんとうに丁寧に詳しく描かれていると感じているので、唐突感はほとんど感じないんですよ。

実は、以前小説を書いていて、やはり主人公に自殺未遂をさせるという展開があったのですが、そこまで思いを至らせる描写をするのって、やっぱりすごく大変なんですね。

それと比べて(素人と比べるなんて失礼の極みですが)、さすがにこの作品は、非常にしっかりとそのあたりは描けていると思います。

来週は、将也のかっこいいところを見せてほしいところですね。私も祈るように期待しています。
Posted by sora at 2014年06月26日 21:38
唐突感バリバリです。
7巻完結なんて無茶なことさえしなければ、
もう少し丁寧に硝子の心理描写ができたのに、
やはり早期完結は無理がありましたね・・・
12巻くらいがベストかと。

硝子母との和解とかも早すぎて、
なんだ結局この程度だったの?感があるので。

硝子ちゃんがちょっとばかしチョロインすぎるのも、その影響かも・・・
Posted by 松坂桃李縋莉 at 2014年06月27日 20:05
松坂桃李縋莉さん、

コメントありがとうございます。

まあ、感じ方は人それぞれですし、当然ながら物語の登場人物は(硝子以外)すべて「唐突だ」と感じているはずですので、「唐突だ」と感じるところから考察していっても、またそれは1つの「物語」が見えてくるのかな、と思います。

硝子がチョロインなのは、「設定」だと思います。
普段はものすごく行動を抑える気持ちが強いだけに、いったん「ここは前に進もう」と決意すると、猪突猛進になってしまう(距離感がつかめない)、という描写は、小学校時代からふくめてたくさん出てきている気がします。
Posted by sora at 2014年06月27日 23:10
ずっと死のう死のうと思ってたのは分かるのですが、
結弦も石田も「今」硝子がいなくなったら「解放される
」どころじゃないんですよね……
結弦が学校通い始めて、石田が永束たちと関係を修復して、
ホントに上手く行っているように見える陰でひっそり自殺するなら分からないでもない、と言ったところですね。
硝子に自分がちゃんと彼らの支えになれているという自覚がないのは、
可愛そうなことかもしれないし仕方がないことかもしれません。
でも、それくらい分かってやれと思ってしまうんです。

ノートをつかもうとして、硝子が水路に落ちた時のこと、
そらぱぱさんは覚えていらっしゃいますか?
硝子はノートを落としてしまったけれど、
本当はあのとき、石田のことを拾ったのだと思います。
うんと高い橋から飛び降りて、死ぬはずだったはずの石田を。
図々しくも友達になれるかと尋ねてしまったとき、
初めて行った名古屋で、手話のテキストに手を伸ばしたとき、
落書きされた机を拭きながら、悔し涙を流したとき、
生きなおそうと決めてからも、
ずっと硝子は石田にとって救いだった。
石田はそのことを伝えればよいのだと思います。

私は単行本派なのでよく分からないのですが、
今度は石田が硝子のことを拾ったらしいですね。
だったら、気を揉むことなんてありませんよ。
石田は必ず硝子を助けます。
まだ、二人が喧嘩するシーンも出てませんから。
でも、硝子にもらった命を、石田が再び返す日が来る。
そんな気がして、私はちょっと不安です。
Posted by 白えんぴつ at 2014年06月28日 05:24
soraさん
小林よりのりが、最近の漫画は無条件で主人公くんスキスキーする人格のない女ばかり、と批判してたけれど、硝子もまさにこの典型なのが酷いですね。ゆずのチョロイ発言も作者の開き直りのようで。この唐突感は後付で解説するのかな?

白えんぴつさん
本誌でもいまのところ、自殺の原因をあらわすワードは出てません。死ねといわれたから死のうとした、ではまるで小学生だし・・・

というか、自分といると不幸になると思ってるなら、距離を取ればいいだけなので(丁度受験なので、遠くの大学にいけばいいだけ)、直接死のうとした理由がいまのところ不明ですね・・・
Posted by 松坂桃李縋莉 at 2014年06月28日 07:17
白えんぴつさん、松坂桃李縋莉さん、

コメントありがとうございます。

なるほど、2巻の橋のシーンで硝子が拾ったのは、実は将也が捨てようとしていた命だった、というのは面白い解釈ですね。
あのときの将也にとって筆談ノートは(硝子との関係において)割と重要なものだったと思いますが、それを西宮母にあっさりと捨てられてしまった。
それを必死に拾おうとする硝子に、将也の命は「拾われた」部分があると思います。

繰り返しになりますが、西宮家の全員が、「最初の壁を突破するとチョロイ」という設定になっていて、物語の中すべてでちゃんとその行動原理に基づいて行動しているので、そこにはあまり不自然感は私は感じません。
むしろ「主人公スキスキー」で無理やり感が強いのは植野のほうかな、と思います。

あと、硝子はデートごっこを最後に距離を置こうとしたのに、硝子に極端に依存して自分からがんがん接近してきて、硝子が距離が取れない状態にしてしまった(あげくに来年の約束までしてずっと離れないぞ宣言してしまった)のは将也のほうですね。
また、第2巻でノートを捨てられて家に帰ってきたときに、硝子は「自殺」を表すとされる手話を結絃に見せています。
Posted by sora at 2014年06月28日 10:01
ブログ主さんや他の方のコメントにケチをつけたり
論争する気はないことをお断りして・・・

やっぱり、この自殺、理解不可能・・というより一人
よがりで身勝手にしか見えなかったですね。
石田を立ち直らせて、はっきりと別離・・だったら理解できたんですが。「私がいると不幸になる」と言いながら自分から能動的に究極の不幸をまき散らす行動をとるって・・?

ちょっとヒロインに嫌悪感を感じ出してますが、これは作者の狙いなのでしょうかね?
つまり、植野など作中の人物視点はともかく、読者視点、神視点では常に優しく、健気に思えた硝子の負の部分、欠点、闇を読者視点でもはっきりわかるように描くターンなのかな?と思ったりしますが。
Posted by レッドバロン at 2014年07月01日 19:49
レッドバロンさん、

コメントありがとうございます。

では私も、あまり論争するつもりではないこととして書きます。

そもそも、「理解できる」「物語の登場人物の心境として共感できる」ということと、(自分の価値観に照らして)「正しい」とか(自分の価値観に照らして)「許される」ということは別のことだと思います。

私はこのエントリや別のエントリでも、シンプルに、硝子の行動は「理解できる」と書いているだけで、「許せる」とか「正しい」とか「あるべき行動だ」と言ったことは書いていません。

第5巻あたりまできて、このまんがは実は、前作の「マルドゥック・スクランブル」と意外と近いような、割とアナーキーな作品だということが明らかになりつつあります。
つまり、正しい・誤っている、許せる・許せない、善・悪、みたいな割り切りをして登場人物やイベントを評価しながら読んでいくのではなく、そういうものがどろどろと混在したグレーな世界をそのまま飲み込んで、その世界観そのものを楽しむ、そのどろどろには主人公やヒロインも含まれる、そういう作品です。

今回の硝子の自殺が、「正しい」とか「許される」とか、極論するとそもそも私は考えてすらいないです。
そうではなく、物語世界に入り込んで、硝子が自殺するにいたった心境が、十分に理解できる、共感できる(繰り返しますが、正しいか否かとは無関係に)、と思ったので、こういうエントリを書いています。
Posted by sora at 2014年07月01日 21:45
>前作の「マルドゥック・スクランブル」と意外と近い

この作品ってメインテーマやジャンルがなかなかわかりにくいことが評価とか読み方が混乱する理由なんですよね、少なくとも私からすれば。

「マルドゥク」の場合は原作が有名だし最初から「そういう作品」と割り切って読むんで、ぶっ飛んだ描写とか展開があっても別にどうとも思わないんですが、
このマンガの場合、リアル路線なのかシュールな路線なのか?メッセージを込めた「社会派」なのか「学園もの」なのか?うーんって感じで。

まあ、私も含めて大部分の普通の読者はこのマンガがどういうマンガであるか?なんて深く考えて読むわけではないし、それでなくても意図的に西宮の心理描写は抑えられ、そのバックグラウンドもはっきりとした形では明示されていないところに、今回の展開がくれば

「ああ?私がいるから不幸だから自殺・・だあ?」
「おいおい、人一人半殺しにしといて悲劇のヒロイン
扱いかよ?」

てな反応になってしまうのは、特に「キャラヘイト」でなくてとも自然な普通の読者の反応かな?と。
(現に某掲示板荒れてるし)

恐らく、作者もこういう反応は「計算済み」「想定済」でやってる・・と思いますが、あと二巻、どうやって話をまとめていくのか・・見ものですね。

Posted by レッドバロン at 2014年07月02日 13:08
某掲示板に関しては、あんなのはごく一部の閲覧者の一部の書き込みだから参考にはなりませんね。

私は「遂にやったか。思ったより早かったな」って感想でした。

この作品は物語が推測しづらい点で楽しみです
Posted by くりぼー at 2014年07月24日 01:53
くりぼーさん、

コメントありがとうございます。

硝子の自殺については、個人的には私も「十分に背景や理由はまんがのなかで説明されていて、違和感はない」と感じています。
Posted by sora at 2014年07月24日 07:58
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