第42話は、間違いなくこの物語の大きな転換点となっていますが、同時に大量の伏線がばらまかれ、大量の伏線が回収される回にもなっているように見えます。
そんななかで、この第42話(と、その前いくつかの話)が、1巻から4巻までのすべてのラストを、ある種の伏線として再回収しているという驚くべき可能性に気づきました。
まず第1巻。
第1巻のラストは、将也が再会した硝子の腕をつかむ場面です。
第1巻ラストで硝子が将也に腕をつかまれたとき、将也は死を決意しており、筆談ノートを持っています。(その後、これは2巻に入ってからですが、将也は硝子に腕をつかまれて引き起こされます。)
一方、42話のラストシーンでは、硝子が将也に腕をつかまれたとき、硝子は死を決意しており、その直前に筆談ノートを読んでいた形跡があります。
こじつけっぽいと言えばこじつけっぽいのですが、わざわざ「筆談ノート」が再登場しているあたり、作者が意図的に第1巻のラストをリピートさせた可能性は低くないようにも思います。
続いて第2巻。
これは既に別エントリで書きましたが、第2巻ラストの硝子の笑顔に、将也と結絃が「この笑顔で過去の辛い体験を忘れちゃいけないんだ」と自戒していたのに対して、第41話では硝子の笑顔に対して、将也と結絃の二人ともが「硝子が笑顔なんだから細かいことは忘れてしまおう」と、深く考えることを放棄、その結果硝子の笑顔に隠された重大な決心を見逃す結果となりました。
そして第3巻。
ここで関係してくるのは、第23話の「うきぃ」回で硝子が将也にプレゼントしたガーデンピックです。
ガーデンピックについては、一言「これって何?」と聞けばいいだけなのに、いろいろあって結局将也はいまだに聞けていません。
そして聞けないまま42話の展開になってしまいました。
これは、将也と硝子のふたりが、これまで結局ずっとバラバラで、お互いの「聲」なんて全然聞けていなかった、ということを、この「ガーデンピック」というアイテムが象徴的に示しているのだと考えられるでしょう。(これについては別エントリでもう少し詳しく書きます)。
そして4巻。
第42話と第4巻のラストをつなぐのは、コンテストに応募されたという結絃の写真作品です。
硝子が選んだというそれは、4巻ラストの「ガムシロ」の回で、将也達が探した鳥の死骸を取り除いたあとの地面でした。
というわけで、第5巻のラストは、これまでの4巻のラストがすべて「ハッピーエンド」だった(1巻も探していた硝子を見つけたのでハッピーエンドでしょう)のに対して、初めてアンハッピーエンドになるという点でも異例ですが、実はそれだけではなく、これまでハッピーエンド扱いだったすべての巻末を、伏線としてネガティブに回収してその意味をハッピーからアンハッピーにひっくり返すというとんでもない操作も加えていると読めるのです。
第1巻ラスト:
探していた硝子にやっと会えた「希望の始まりとなる腕つかみ回」(表)→
ここで将也と硝子が出会ったことが数ヵ月後の硝子の自殺につながり、全然別の意味で「硝子の腕をつかむ」結果となる「絶望の始まりとなる腕つかみ回」(裏)
第2巻ラスト:
硝子が将也を信頼し、好意を感じたことで生まれた「最高の笑顔回」(表)→
硝子の笑顔を見ると過去を忘れてしまう、という、ここで示された作用により、将也・結絃は硝子の自殺のサインを見逃して悲劇になる「過去を忘れる魔の笑顔回」(裏)
第3巻ラスト:
硝子が路上で将也に大告白、最高のラブコメ展開に突入する「ラブコメうきぃ回」(表)→
実は二人ともバラバラでなにもつながっていないことを象徴する「伝わらないガーデンピック回」(裏)
第4巻ラスト:
結絃を思う仲間の友情と姉妹愛が温かく描かれる「ガムシロ回」(表)→
仲間は離散し、姉も死んで「きれいな地面」が残るのみの「コンクール写真回」(裏)
そう考えると、確かに3巻のラストも、将也はトラウマ発動してるし、硝子は渾身のたった一言のメッセージすら伝わっていないし、プレゼントも結果として「二人はずっとバラバラ」を証明するものになってしまっていて、5巻ラストとあわえて読むと意味が完全に反転し、ハッピーどころかその後の暗い展開を示唆する不気味な回にさえ見えてきてしまう恐ろしさ。
大今先生エ…
ラベル:第42話

少なくともある意味で希望的に描かれていて,
それに満足して感情移入を深めていったわけです.
ご指摘のようにこんな逆の意味の展開になると,
登場人物が「それじゃダメだ」と罰せられるだけじゃなくて,
希望的な読み方をしていた読者まで罰されてる気分です.
例えばベランダを乗り越えようとしているところに
石田が追いついて手を掴むのではダメだったんでしょうか.
自殺の決意と,実行は,大きな差があります.
決意だけじゃダメで,実行までさせた意味は何なのか.
今のところこれが一番の「謎」になってしまいました.
(ここから,引き上げられず助かりませんでした
なら実行までさせる必要がありますが,
さすがにそれは・・・ないですよね,ない.ない.)
この作品には名作になってほしいですが,
それはそれとしてこの作者の次の作品は完結してから
読まないと胃に悪いと思いました.
2人の噛み合わなさを決定的に表した場面だったように思えます、と書きました
あの時の突然の「うきぃ!」将也が自分のエゴ(硝子への贖罪)のために動いてる人間だと微塵も分かってなかったわけですよ硝子は
そして今回は硝子の笑顔に頬を赤らめる将也が描かれてますけど
お、いよいよ硝子への恋心が本格化してきたか、などと思うことなかれ
その笑顔は心を閉じたゆえの表情でありすでに腹を決めている死人のものです
お互い相手の本質を見ることは叶わず、バカな恋愛ごっこをしてるうちに最悪の事態へ…
じつは最初の目標「友達に…なれるか?」すら達成できていなかったのがこの2人ですね
この漫画はストーリーの浮き沈みが激しいけど、そのピュア回だったのだし…それにまーこの漫画もどうせハッピーエンドでしょうしね…有体にいえばデキレースの…
「写真選んで応募しておいたから」「硝子が…私に選ばせたのよ」という西宮母のセリフがあります。
もちろん、この写真を選んだのが硝子自身でなくても、この写真が選ばれたということ自体にはきっとストーリー上の重みがあると思います。
決意だけでなく実行までさせた意味?
「飛び込んでみなきゃわかんねーだろ」
実行させた意味ですが「再生」のための形の上での「死」ではないか…と思いたいです。
デートごっこで廻った場所の名前に希望を持って、次を待ちたいです。
まぁ、ノートはわからないでもないですが…。
自殺の決意は前話でも言っていた通り自分が関わる人を不幸にしてしまう事が直因なのでしょうね。
この事に関しては硝子が生まれながらにして抱いているモノであって、この作品に於いては硝子が硝子である最たる要因である彼女の欠落した部分が絡んできますから、今後はみんながどうそこを埋めていくかが気になりますね。
ただ、彼女は聞こえないと言うことよりは、西宮硝子の存在自体に嫌悪を抱いている気がします。
それも、先の人が言っているように“自殺を図る”のではなく“自殺に至る”程のモノを。
加えて硝子はまだ心の内を誰一人として(一番距離が近いであろうゆずるにさえ)完全に話していない気がします。
なにかもっと暗澹としたモノが潜んでいそうで、ここにきて硝子が不気味に思えてきました。
駄文に詭弁すいません。
まぁ、完結する以前にこんな事を語り合っても、甲論乙駁な気がしますが…。
しかも彼女はつい最近祖母を亡くして凹んでる2人を見ているのに。それを見捨ててまで死ぬ理由とは・・・うーん、現在ではそこまで、謎
他県の遊園地でバイトしてた島田が、
何故か今度は岐阜のかつての
地元の屋台でバイトしている・・・
これだけ見ると物凄く不自然だ・・・
第40話『デートごっこ』でも最初から「心ここにあらず」様子でしたし第41話『みんな』でも橋の上での様子も不自然でしたので「別離の決意」ではないかと予感はあったのですが…。
こうしてみると、結絃が死骸の写真を撮りまくり第32話『ガムシロ』で鳥の死骸を見て「キレイすぎるな」と賞し、硝子に「キモい?」と問いかえたことや写真コンテスト応募写真を「オレはキライだよ。この写真」と吐き捨てた理由も改めて明確になります。
第43話の予告が『西宮硝子の話』となっていますので、硝子が心に抱えていた闇がついに明らかになるのでしょうか?
(すみません、たいへんたくさんコメントいただいたため、個別にレスをお返しできないことをご容赦ください。)
コンクールの写真を選んだのが硝子ではなく母親だ、というのは確かに私の読解ミスでしたので、修正しました。
硝子がなぜ自殺をするまで追いつめられたのか?ということについて、今日投稿した別エントリの「第42話、硝子の行動は「唐突過ぎる」か?」で、私なりの考察をしていますのでよかったらご覧ください。