そして硝子は将也に「私と一緒にいると不幸になる」と言いました。

第40話18ページ。
これだけを読むと、直近の橋事件にショックを受けて落ち込んで、ある意味将也に否定してもらいたくて甘えているような発言にも取れます。
まあ、そういう要素がゼロだとは言いませんが、実際には硝子は大真面目に、本気でそう思って言っていると私は思っています。
というより、ここまでの物語の展開からすると、いつか硝子がこの発言をするのは必然だったのではないでしょうか。
なぜなら、「硝子視点」から見ると、実際問題として自分の近くにいる者、自分に近づいてきた者は、ほとんど例外なく不幸になっているからです。
母親→自分のせいで離婚、苦労をかけ続ける
結絃→自分のせいでいっしょにいじめられ、自分のせいで社会を疎んじて不登校に
小学校のクラスメート全員→授業を止めて迷惑かけた、合唱コンクールを失敗させた
竹内、喜多:自分のせいでクラスにトラブルを起こして迷惑をかけた
佐原→自分のせいで不登校、高校で自信を取り戻したのに再会したらまた不幸な目に
植野→自分のせいで小学校時代傷つけた、今も自分が将也との関係を邪魔してる
将也→自分のせいでカースト転落、友達を失った。再会したらバカッター騒動で迷惑をかけ、さらにここへきてまた友達を失う
川井→自分のせいでトラブルに巻き込まれ、傷つけた
永束→自分のせいで映画撮影をつぶした
もちろん、どの件についても、硝子には悪意はなく、偶然なり周りの環境や偏見、差別などが結果的に引き起こした「不幸」であることは言うまでもありません。
でも、「自分の近くにいること」が、理由は何であれ、「不幸」をしばしば導いてしまう、そういう「自己認知」を硝子がもってしまうことはむしろ当然で、それは実はこれまでに何度も描かれていました。
第2巻第9話で、将也が「会っていいのかすら分からなかった、しょっちゅう昔のこと思い出すから会う資格ないと思っちゃうし」などと話したときに、硝子は「同じこと考えてた」と返しています。

第2巻84ページ、第9話。
なぜ、硝子は「昔のこと思い出すと会っていいのかすら分からなかった」と思ったのか。
それはまさに、「自分が将也を不幸にした」と考えていたからに他ならないのではないでしょうか。
さらに、佐原についても「自分のせいで傷つけた」と言っています。こちらも分かりやすいですね、同じ話だと思います。
再会して筆談ノートを拾いなおしたときに硝子が言った、「一度諦めた」ことというのも、この「誰かに近づくと不幸にしてしまう呪い」に打ち勝とうとすることだった、と深読みすることも不可能ではありません。
第39話で展開された橋事件は、硝子にとっては、いったんうまくいきかけていた「今度こそ、まわりのみんなを不幸にせずにいい関係が築けるかも」という期待を打ち砕き、「私のもつ呪いパワーふたたび」を痛感した、悪夢のような絶望的な事件だったに違いありません。
第40話の最後の笑顔の意味は今の時点ではわかりませんが、この深い深い硝子の自己嫌悪をどうやって乗り越えていくのか、これが残り少なくなってきた物語の重要なポイントになるのではないかと思います。

悪霊にでも取り憑かれてるんでしょうか?
一度、お祓いをやってもらった方が。
いや、硝子が変な宗教に走っても困るし、ここでこそ、石田に頑張ってもらわないと…ですね。
13話での石田の公約、というか誓い
「西宮の為に命を」(まだ物語序盤で
飛ばしてますよね)の真価が試されますね。
本当にそうだったかの証明はできないし
石田だけがそう言ったところで根本的な解決にはなりません
ただの気の持ちようなんですけどね
他人に迷惑かけずに生きてる人間なんていないんですから
この子は自分を妙に特別視しすぎています
聴覚障害を言い訳にすることで諦める逃げ癖がついている
卑屈になりやすいのは障害者らしい問題点なのでしょうけど
それでも西宮に必要なのは「甘えるな」と言ってくれる人なんじゃないですかね
小学生時代の石田がそれを既に言っていて
そのあと対等な喧嘩をすることができた
あの時の西宮はスッキリした顔をしていました
その通りで実際そのことが理由で相手から離れる可能性もあるのにも関わらず、信頼しているであろう石田に言ったのは大きな意味があると思いました
だってなんでもかんでも自分が嫌いですで愛想笑いで済ませてた硝子がいかにも言葉を否定してもらいたいがために言ったようにも思えますし
これって自罰的なものとは程遠いもので承認欲求とか自分を肯定してくださいていう今までとは真逆の行動をしようとしている感じがしました
コメントありがとうございます。
この「私といると不幸になる」は呪いであり、その呪いはけっこう成就しているがゆえにさらに呪いとしての力を強大なものにしているという、非常にやっかいなものですね。
実際、将也がちょっと「そんなことはない、俺は幸せだ」と言ったところで解決するものではないでしょう。
むしろ必要なのは、「そんな呪いなんてばかげている」と、呪いそのものを否定することであり、さらにはウフコックさんの言うとおり、「そんな呪いにとらわれている自分を乗り越えろ(俺も一緒に乗り越えるから)」と叱咤激励することなんだろう、と思います。
硝子は、これまで言えなかったネガティブなことを将也に言えた、ということは大きいと思います。それは硝子にとっては前進だと言えるでしょう。
ただ、将也がそれを受け止められる状況ではないこのタイミングで言ったのはとてもリスクの高い行為だとも言えますし、逆に今だからこそ、お互いが疑心暗鬼にならずにホンネをぶつけるべきタイミングだ(だからこのタイミングで言ったのは良かった)とも言えそうなので、本当に難しいところですね。
そして、最後の笑顔の解釈次第なのですが、カデクルさんのおっしゃるとおり、このセリフが硝子の承認欲求の現れだとしたら、確かに今までの硝子とは相当違う行動をとったということになると思います。
これが西宮さんの病巣だとぼくも思って
考えていました。
ぼくにはこの娘が本当に十字架を
背負っているように見えて仕方ないので
「マジ天使」みたいな感想を見ると
正直つらい(;一_一)
これは自意識過剰という言葉で考えるには
ちょっと酷なくらいにある種『呪い』のようなものなので石田の活躍が望まれます。
果たして、彼女の世界観は
救われるのでしょうか?
果たして彼女は自分も世界に受け入れられて
自分も周りに元気を与えていると信じられるのだろうか?
自分自身に呪いパワーなるものがあったとして
それ自体は単なる思い込みで
他人の勝手都合を無視した傲慢でさえある。
鯉に餌を与えたり、嫌なことを引き受けたり
しているだけでは多分それは達成されない。
難しいなぁ(;一_一)
コメントありがとうございます。
はい、硝子はこの話あたりの段階で、間違いなく「自分の力ではどうにもならないような呪い的なもの」を背負っていました。
そして、それをどうやって乗り越えるか、というのが大きな課題だったと思うんですね。
でも、第7巻まできている今は、実際にそこを乗り越えつつあると感じています。
なぜ乗り越えられたのか?といえば、やはり第51~52話で、夢よりも現実を選択する「理由」ができたことが大きいと思っています。
http://koenokatachi.seesaa.net/article/407467999.html