その過程のなかで、実は将也は西宮家の家族全員(祖母を除く)から殴る蹴るの暴行(笑)を受けている事実に気づきます。これらのコマだけを取り出してみると、「聲の形」がバイオレンスマンガのようにみえてきます。
時間軸のとおりに並べてみると、まず最初は、小学校時代の硝子からビンタ。(まあこれは最初に手を出してるのは将也なわけですが)第1巻162~163ページ、第4話です。

このシーンが、将也と硝子の関係にとって決定的に重要な意味をもっていたことは論をまたない、そんな重要な場面ですね。
そして、高校生になって硝子と再会した日には、硝子の母からもビンタ。親子直伝の技。第2巻40ページ、第7話です。

そしてさらに、後日、登校途中に偶然であった結絃からは跳び蹴り。自転車ごと将也が吹っ飛ぶほどの衝撃。第2巻96ページ、第10話になります。

これらのシーン、大今先生のアクション描写が光りますね。
こういったアクション・バイオレンス系の描写は、実質のデビュー作となった、「マルドゥック・スクランブル」で存分に楽しむことができます。
マルドゥック・スクランブル
コミック 1-7巻セット
講談社コミックス
「聲の形」ファンなら、この「マルドゥック・スクランブル」もぜひおさえたいところです。
後半のほうのバロットがかなり聲の形の植野に似ているという話もありますし(笑)。
ところで、少し最後に真面目な論考も加えたいと思いますが、これらの暴力の描写、決して無意味に入っているわけではなくて、これもまた、歪んではいるものの「聲の形」なのだ、という作者からのメッセージであることは間違いないと思います。
特に、最初の硝子と将也のけんかのシーンは、将也みずからが「あの時は傷つけ合うことでしかこえを伝えられなかった」と回想し硝子に伝えていることからも、明確にそうですし、西宮母と結絃からの暴行は、その時点でのふたりからの交流拒絶のメッセージだったといえます。
そんな風に考えながら、この作品にはいくつ「聲の形」が表現されているのだろう、という視点で読んでいくのも興味深いところですね。

自分にとって都合が良すぎて、硝子の気持ちを受け止められないようなところがありますよね。
はシャレになっていないような。
現実世界でやったら、石田は相当の
間、風評被害に悩まされますし、
ある意味、学校のイジメよりひどい
所業。
それ以前に警察のサイバー犯罪相談室
に石田親子が駆け込み、捜査開始。
結弦は御用。西宮家と石田の間には
今度こそ埋めようのない溝が…
という事態になりそうですが
作中では全く尾を引いていないし、
石田も風評被害を被っていないみたい
で…。
硝子と将也は、ラストまででもう一度、こういうキツいぶつかりあいが出てくるんじゃないかなと思っています。
それが距離を近づける最後の決定打になる、的な。
バカッターについては、まあ確かにシャレになってない面もありますが、将也はもともと死ぬ気だったわけですし、そういう意味であまり深刻にとらえてないんじゃないかという気もします。
End
コメントありがとうございます。
石田母のピアス引きちぎりについては、以前エントリで考察していますが、その後に西宮母が将也を見て「親子そろって下品」と言っているところから、ピアスを引きちぎったのは西宮母ではなく石田母(おわびのしるしとして)だというのが私の推理です。