2014年09月21日

第53話、将也にとっての「硝子の夢」の意味を考える(2)

前エントリからの続きです。

将也にとって、「もし硝子とのことがなければ(もしくは硝子とうまくいっていたら)、島田らとのかつての関係は何も変わらずに続き、そのまますべてうまくいっていた」という想像が「ありえない夢」だと悟ることは、とても重要な意味があります。

まず、将也は小学校時代、硝子をいじめたことをきっかけにスクールカースト転落したことを「すべてあいつ(硝子)のせいだ」と硝子に責任転嫁し、「クソったれ西宮」と、硝子を憎んでいました。
そして、それと対応する形で、「もし硝子とのことがなかったら、仲間たちとはずっと仲がいいままだったはずなのに」とも考えていたでしょう。

でも、読者である私たちは、「ガキ大将・将也」を頂点とする「将也グループ」は第1話の時点ですでに崩壊寸前であり、将也自身も気づかないうちにスクールカーストをゆるやかに降下中で、将也と仲がよかったクラスメートたちは遅かれ早かれ離反していったであろうことを知っています。

島田の将也に対するいじめが、硝子いじめという行為やその罪を自分たちになすりつけようとしたことへの怒りによるものなのか、それとも島田自身が下克上でスクールカーストの頂点にのし上がるために、放っておくと行動力がありて面倒だが、ガキっぽいので叩き潰しやすい将也を意図的にカースト転落させ続けたのか、どちらかはまだはっきりしませんが、どうも中学での言動をみると、後者の要素が強いように思えます(だから、学校が別になった今では将也のカーストポジションなどどうでも良くなって将也に対して攻撃的でなくなっている、とも考えられます)。

だとすれば、小学6年になり、将也の子どもっぽい言動がだんだん周囲の支持を得られなくなってクラスで浮いていくのを冷静に観察していた島田が、どこかのタイミングで将也をいじめ始めるか、そこまでしないにしてもかつての「将也グループ」を乗っ取って、いずれにせよ将也は孤立していったことでしょう。

恐らく、それが現実です。

それに対して、将也の「仲間観」は、ある意味「夢」のままで止まっています

小学校時代のスクールカースト転落直後のモノローグと、遊園地回での島田についての回想を比較すると分かるとおり、将也の「友達関係」についての時計は、学級裁判でスクールカースト転落した直前で止まっており、将也が高校生になった今も、島田らとの関係について思い出すのは、「小学校のころの楽しかった関係」のままです。
そして将也はその関係に対して、もう忘れた(忘れたい)と言いつつ、実際にはいつまでも忘れられずに、そこに留まっています。


第1巻143ページ、第3話。


第4巻43ページ、第26話。

でも、時は流れました。
将也も「仲間たち」ももう高3で、大人への扉にすら手がかかっている状態です。
仮にいま、すべての関係に「和解」が訪れたとしても(それ自体も「夢」でしかありませんが)、将也がいまだにこだわっているような「かつての仲間たちとの、かつてのような(子どもじみた)関係」は、もはやどこにも存在しないでしょう。

「硝子の耳が聞こえたら」は、ありえない夢。
硝子の耳は聞こえず、将也も硝子も、その現実を前提に前に進まなければなりません。

「硝子に障害がなかったら将也と仲間になっていた」も、きっとありえない夢。
将也と硝子は、硝子に障害があったからこそ、結果的にこれだけの関係が築けたふたりであり、それぞれに「負うもの」がありつつも、その現実を受け止めて前に進まなければなりません。

そして。

「小学校の頃の楽しい仲間たちとの日々は、そのまま中学・高校まですべてうまくいって続いたかも」というのも、ありえない夢なのでしょう。
誰もが変わっていき、かつての仲間との関係も、いずれ消えたり変容したりもしていきます。将也が高3になったいま、「かつての仲間との関係」をそのまま取り戻そうとするのではなく、いまここに生まれる「新しい仲間との関係」とともに、前に進まなければならないわけです。

将也が「硝子と同じ夢」を「夢」として見て、「その夢は現実とは違う」と感じながら目覚めたことには、そういう意味があったのではないかと思います。

次のエントリに続けます。
ラベル:第53話
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第53話、将也にとっての「硝子の夢」の意味を考える(3)

前エントリからの続きです。

さて、ここまでのエントリで、第53話最初の「硝子と同じ夢」の「将也にとっての意味」を考えてきました。

それは端的にいって、将也が求めている「過去の仲間たちとの関係」は既に過去のものであり、高3になったいま、それを過去のものとして「卒業」して、「いまの仲間たちとの関係」を作っていかなければならないんだ、ということを「悟る」ことにあったんじゃないか、と思います。

そう考えると、この連続エントリの最初に戻りますが、この夢を将也が見たことを「非オカルト的に」読み解くヒントが見えてきます。

将也は、硝子との再会、さらに佐原や植野との再会から橋メンバーによる映画撮影といったことを通じて、「かつての仲間との関係を改めて作り直しても、それはもはや『かつての仲間との関係と同じもの』ではない」ということに少しずつ気づき始めたのだと思います。

でもそれを認めることは、小学校時代のスクールカースト転落以降、ずっと渇望してきた「かつての仲間との、かつてのような楽しい関係」を手に入れることを諦めることであり、将也のなかに残る、どうしてもそれを諦めたくないという気持ちが「そんなものはもはやいまここには存在しない」という「現実」を受け入れることを拒絶し続けてきたのだと思います。

その葛藤が端的に現れたのが、遊園地回での島田との再会での将也の動揺でしょう。

でも、橋崩壊事件から硝子への依存、その結果としての硝子の自殺といったことを経験し、「かつての仲間とのかつてのような関係」はもはやどこにも存在しない「夢」でしかないことを、ついに否定できなくなっていったのだと思います。

そこで将也が見たのが、「ありえないことだらけの世界」の中に「かつての仲間との関係がずっと続くこと」を配置し、かつそれを夢中夢として自覚しながら「見る」ことによって、かつての仲間への「夢」を卒業し、「現実」に「目覚める」という「夢」です。

将也が、小学校時代という舞台に対して設定できる「もっともありえない状況」の1つが、「硝子の耳が聞こえる」ということであるのは、自然なことだと思います。

さらにもう1つ、小学校時代の将也にとって「ありえない状況」が、「そんなごく普通のクラスメートの女子である硝子に、将也が積極的に関わっていくこと」でしょう。
第1巻の将也は、転校生が女子ならいいなという島田に対し、「女子じゃ遊べないからつまらない」と平然と言ってのけています。硝子が「ただの女子クラスメート」として転校してきたら、将也との関係そのものが生まれなかっただろうことは、将也自身も自覚していると思います。

そしてその「将也が容易に思いつく2大『ありえないシチュエーション』」の中に、「かつての仲間と中学・高校もそのままうまくいく」という状況を一緒に放り込んだ「夢中夢」を、将也は見たのです。

あまりにありえないシチュエーションのなかでそれを見ることで、将也自身が、「これはみんなありえない夢なんだ、だからこんなものは卒業して現実とともに前に進んでいかなければならないんだ」と自覚する、そのための夢を、将也は見たのです。

ちなみに、将也が見た「硝子と同じ夢」ですが、第51話と同じ絵、同じシチュエーションが使われているものの、実は「硝子と同じ」の部分は、基本的にはこの2つの要素だけです。(合唱コンや植野らとの摩擦も、第1巻で「障害があるから仕方のないこと」と将也は受け止めており、これらの要素の一部と言えると思います)
それ以外(つまり夢の後半)については、実は硝子の夢と将也の夢はずれていっているのです。
硝子の「夢」ではクラスメートらと一緒に帰宅し、将也の「夢」では「将也グループ」に硝子が入って一緒に遊んでいるわけで、この2つはある意味両立していないわけですから。

上記の2つの要素は、上記のとおり将也にとっても容易に想像でき、かつ想像する「意味がある」ものですから、将也が単独で(オカルトを想定せずに)夢に見た、それがたまたま硝子の夢と非常によく似ていた、と整理することも、まったく不可能ではないと思います。

まあ、苦しいことは苦しいですが(笑)、ただ、「夢の後半が将也と硝子で違う」という点については、無視できないくらい重要なポイントだと思います。
本当に完璧なシンクロニティにしたいのなら、将也の見た夢のシーンを硝子にも見させて、そこから(硝子の夢だけ)自宅に帰る流れにすればよかったわけですから、そうしていないことには意味があるのだと思います。

この連続エントリはいったんこれで終わりですが、補足的な話題に後日触れたいと思います。
ラベル:第53話
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2014年09月22日

第53話、将也にとっての「硝子の夢」の意味を考える(4)

さて、将也が「硝子と同じ夢」を見た意味の考察としては、前エントリまででいったん終わりですが、この「夢」について、よく考えると実はもう1つ、将也にとって非常に重要な「意義」があることに気づきます。

それは、

将也が初めて「硝子との小学生生活」を回想したシーンになっている。

ということです。

将也のこれまでの「小学生時代の回想」を振り返ってみると、

1)第3巻で佐原のことを思い出した場面。
2)第3巻で永束に植野のことを話している場面。
3)第3巻ラストで「あー殺したい 昔の自分…」と考えている場面。
4)第4巻で島田の顔を見て島田のことを思い出している場面。


くらいですが、はっきりした特徴があります。

まず、硝子がまったく登場しません

実は1)にはちょっとだけ登場しているのですが、あくまで「佐原が硝子と仲良くしたためにいじめられ不登校になった」ということを説明するためだけにチョイ役として登場しているだけで、将也自身の思い出として登場しているわけではありません。

そして、2)や4)では、小学校時代の楽しい仲間たちとの思い出のシーンがたくさん登場するのですが、ここでは硝子の姿は影も形もありません。

一方、実は3)でだけ、「硝子と関わっていた小学生時代の自分」が将也の回想のなかに登場しているのですが、


第3巻176ページ、第23話。

登場したらいきなりナイフで刺して殺しています

これらの回想からはっきりわかることは、

将也が、「かつての島田らの仲間との楽しい小学生生活」と「硝子をいじめた小学生生活」をはっきりと切り分けて、それによって前者を聖域のように守り、後者を徹底的に否定しようとしてきたこと。

です。

実際には、これらの2つは重なっているわけですし、「島田らとの楽しい生活」が壊れてしまった原因の1つは、(恐らく)硝子いじめを当時の将也が反省せず、学級裁判で島田らにも罪をかぶせようとした身勝手さが島田の逆鱗に触れたことだったりするわけですが、これまでの将也には、この2つを一緒に考えるだけの精神的な余裕がありませんでした。

それが今回、初めて「島田らとの楽しい生活」の場面の中に、硝子が登場してきました。
別の言い方をすると、小学生時代の硝子が初めて「仲間」として将也のイメージの中に登場したわけです。

まだその内容は、「耳が聞こえる硝子がいじめられずに仲間の中にいて、将也とも一緒に遊んでいる」という、事実とは似ても似つかない状況での「夢」での登場に留まってはいますが、それでも、硝子を小学生時代の仲間(クラスメート)として位置づけることができたことは、将也にとって大きな成長だと言えるのではないでしょうか。

しかも、この「夢」は、硝子単体ではなく、「かつての仲間がずっと成長してもそのまま続く」という幻想と「一緒に」、乗り越えるべき幻想として否定されていきます。

障害とか難病でもそうなのですが、何か向き合うのが難しいものに直面したときの対応は、「否定(ないものと考える)」から始まって、「敵対」「克服の対象としてみる」に進み、最後に「受け入れる」に進みます。
将也はようやく「硝子に対する過去の過ち」について、「否定」から「克服の対象」に進んできたように見えます

これで、第43話での決意、「硝子への謝罪」の下地が、ようやくできたと言えます。
第54話以降では、「伝えたいこと」として将也の謝罪があり、それを硝子が赦すことで将也がようやく過去を「受け入れ」て、「卒業」していく流れが見られることを期待しています。
ラベル:第53話
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第53話、口ゆすぎシーンはやはり植野回と関係している?

コネタです。

第53話で、病室を脱走する将也が、乾いた口を病院の手洗い場?でゆすぐシーンがあります。


第53話、10ページ。

よく見ると、ここで「ゲホ」「オエ」って言っています。

「ゲホ」はともかく、「オエ」ってのは相当ですね。
このシーン、植野回での植野の行動を思うとなかなか味わい深いものがあります。

まず、将也が意図してやっているとは思えませんが(逆に作者はわざとやってる感じがしますが)、この行為は結果として

硝子と会いに行く前に身を清める行為になっている。

ということがいえるのではないでしょうか。

将也は昏睡を続ける間に、植野に(おそらく毎日のように)キスをされていたわけですが、目覚めた将也はそれを「ゲホ」「オエ」と一刀両断し、しっかり口をゆすいで「清めて」から、硝子に会いに行く形に(結果として)なっています。
目覚めの第一声が「にひみやっ!」だったこと、目覚めてからひたすら硝子のことしか考えていないこととも合わせて、植野が植野回で嘆いた「目覚めたら(将也は私を)選ばない」という予想が、はっきりと当たってしまった展開になっているとも言えますね。

そしてもう1点、これは逆に植野にとってプラス?の話ですが、

植野がキスした将也の口は臭かっただろうな、

と思います。

栄養点滴を受けていて経口で食事も水もまったくとらず、起きたときにことばがまともにしゃべれないくらいパサパサに乾燥した将也の口は、口臭がものすごいことになっていたと思われます。
もちろん1日1回くらいは看護師による清掃もあるのでしょうが、それにしても、シンプルに唾液が乾燥しただけの臭いでも相当すごいことになるのは間違いありません。

そんな将也に対して、繰り返しキスをしていた植野もまた、将也に対する想いは誰にも負けないくらいのものなのでしょう。
普通はこれくらいの年頃であれば、こういう衛生面に対してものすごく潔癖なのが当たり前でしょうから、それでもキスをやめなかったというのは相当な思い入れがゆえだと思います。

まあ、だからと言って植野の行為がそれで正当化されるものではないとは思いますが…。(^^;)
ラベル:第53話
posted by sora at 07:36| Comment(7) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第53話 改訂版・伏線回収ウォッチング

しばらく続けてきた伏線回収ウォッチングの定点観測記事ですが、エンディングまであと1巻分を残すのみとなり、ちょっと現在のリストが古くさくなってきているので、思いきって整理して、分かりやすいものに直してみることにしました。

これまでのリストに載っていた伏線で未回収のものは概ねカバーされていますし、それ以外で、リスト作成後に登場した伏線も追加し、全体を整理しています。

こうやって一覧にしてみると、いまの時点でどういったポイントがオープン(まだ結論が出ていなくて、「答え」待ち)なのかがよく分かりますね。

1)将也関連
1a)将也は硝子への恋心を伝えられるのか
1b)将也は硝子に過去の過ちを謝罪するのか
1c)将也は硝子の自殺の理由を理解するのか
1d)将也はガーデンピックのことを硝子に聞けるのか
1e)将也がつけていた×は外れるのか(植野・島田以外)
1f)将也がつけていた×は外れるのか(植野・島田)
1g)将也は小学生時代への幻想から卒業できるのか
1h)将也は自己嫌悪を克服し前向きに生きられるようになるのか
1i)将也の進路(もともと明確な希望がなかったが?)

2)硝子関連
2a)硝子は将也への恋心を伝えられるのか
2b)硝子と石田母との会話(三社会談?)はあるのか
2c)硝子は自身の障害を前向きに受け入れられるか(呪いの解消は成るか)
2d)硝子の進路(ヘアメイク関連に進むのか?)
2e)硝子の補聴器が片耳だけになっている理由
2f)小学生の硝子がなぜ将也と友達になろうとしたか
2g)小学生の硝子が「死にたい」から立ち直った経緯
2h)硝子転校後も将也が孤立していたことを硝子は知ることになるのか

3)結絃関連
3a)結絃の不登校は解消されるのか
3b)結絃の写真コンテストの結果
3c)結絃は中性的な外見をやめるのか
3d)結絃の硝子との新しい姉妹関係は描かれるか

4)植野関連
4a)植野と将也との関係はどのように決着するのか
4b)植野と硝子との関係はどのように決着するのか
4c)植野は映画撮影に参加するのか
4d)植野の進路(東京の専門学校に進学?)
4e)植野の中学時代はより詳しく描かれるのか
4f)健脚コンビの再登場はあるか

5)島田関連
5a)島田が中学になっても将也いじめを続けた理由
5b)島田の現状(高校生?バンドマン?)
5c)島田が現在将也に対してどのような感情を持っているのか
5d)島田は映画撮影にどう関わってくるのか
5e)島田と将也の再対面、対話はあるのか

6)真柴関連
6a)真柴と川井との関係はどうなるのか
6b)真柴は進路を変えるのか

7)映画関連
7a)映画は完成するのか
7b)映画の内容
7c)将也・硝子は映画に出演する?
7d)島田の音楽はいつ使われるのか
7e)永束はこのまま映画関係の進路に進むのか

8)その他
8a)将也の病室にあるCDは「因縁のCD」なのか?
8b)石田母のピアス引きちぎり事件は再度語られるのか
8c)佐原の進路、橋メンバーとのつながりは続くのか
8d)竹内が手話を覚えている理由
8e)喜多先生の現状、結婚・妊娠しているのか
8f)広瀬の再登場、将也らとの対話はあるか
8g)ペドロの再登場はあるか
8h)デラックスの再登場はあるか
8i)「鯉」による奇跡はまだ起こるのか


この後、この新しいリストに基づいて、「伏線回収」について考えていけたらと思っています。
ラベル:第53話
posted by sora at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする