2014年06月24日

結絃はばーちゃんの手紙に気づいていた?

第4巻の後半、結絃がセーラー服のスカートのポケットに入っている手紙に気づいて、近くにいた将也に読んでもらう、というシーンがあります。


第4巻152ページ、第31話。

このときの結絃のセリフをみてみると、

結絃「ん? なんじゃこりゃ
   手紙? 気づかなかった
   まさか ばーちゃん?
   怖ッ なんで制服に
   あー 読みたくねェ~~~」


となっていて、あたかもこの場面で初めて結絃がこの手紙に気づいたような描写になっています。

でも、そうだとすると矛盾が生じる場面がこれより先にあるんですね。1つ前の第30話です。


第4巻138ページ、第30話。

ここで結絃は、同じセーラー服の左ポケットから、スマホを取り出しています。
スマホですから、ずっと入っていたわけではなく、何度も出し入れしているでしょう。

だとすると、ここに手紙が入っていることには、当然その時点で気づくはずです。
矛盾していますね。

ここまではっきりした描写をしていて、作者の描き間違いということは考えられない(だとすれば単行本で修正もできないわけでもないですし)ので、これは作者の意図的な描写だと考えた方がいいと思われます。

だとすると、おそらくこういうことでしょう。

結絃は、スマホをいじっているときに、ポケットのなかに手紙らしきものが入っていることに気づいていた。
でも、それがもしかしたら「ばーちゃん」からの手紙(遺書)かもしれないと思って、怖くて見れなかった。
そんなとき、ファーストフード店で励ましてくれた将也が葬式会場に顔を出してくれて、事情も察してくれた。
だから、結絃は自分が読まずに将也に代わりに読んでもらおうとして、将也の目の前でわざと初めて手紙に気づいたような演技をして、手紙を取り出した。


そう考えて改めて先ほどの結絃のセリフを読むと、明らかに演技がかっていることに気づきます。
結絃は、読みたくても怖くて読めなかったばーちゃんの手紙を、優しくしてくれる将也に託して甘えたわけですね。

この葬式編では、結絃と将也の間にもうひとつ心温まるエピソードも出てきますので、それについても後日書きたいと思います。
ラベル:第30話 第31話
posted by sora at 07:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 第4巻 | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

遊園地編、ジェットコースターでの佐原と植野の攻防とは?

これは当ブログで何度か話題にもなっていたので、新鮮味はないですがエントリにしておこうと思います。(それに、このネタは実は「1粒で2度おいしい」ものだったりします。)

第4巻の遊園地編で、分かりにくいコネタですが見つけると非常に面白くて楽しい描写があります。
それは、第25話で、佐原と植野が会話をしているのを見かけた将也が、二人の仲を心配して佐原にメールを送った直後、ジェットコースターの将也の席のとなりに、佐原が乗り込んでくる場面です。


第4巻33ページ、第25話。

この場面、ストーリー上は、佐原が少し成長して、植野とも勇気をもって話ができるようになったということを、ジェットコースターにも勇気をもって乗れるようになったということを通じて比喩的に表現しているシーンなんですが、そんなこととは別のドラマが同時進行しています(笑)。

よくみると、乗り込んできた佐原の後ろに植野が立っていて、「ショックを受けている」エフェクトがつけられています
きっと、遊園地にきて最初のアトラクションであるジェットコースターでは、将也のとなりをしっかり押さえようとしていたのでしょうが、目の前で佐原に「盗られて」しまったわけです。

これはこれで大変面白い場面なんですが、ここで考えるのをやめてはいけません。
実はここから先が面白いのです。

では、植野は「誰と」ペアになってジェットコースターに乗ったのでしょうか?

将也は、佐原と。
硝子は、結絃と。
そして川井は、当然真柴と。

そうなると…

植野は、永束と!!!


第4巻28ページ、第25話。

佐原のちょっとしたいたずら?心が、結果として永束を恐怖のズンドコに叩き落としていたんですね。
きっと、永束はコースターが動き出す前からブル束になっていたでしょうし、最後まで地獄のように恐ろしいジェットコースターだったことでしょう。

永束君、かわいそうすぎです(笑)。
本来、この週末の遊びは、永束が結絃にプレゼントしただけのものだったはずなのに…(^^;)
ラベル:第25話
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2014年11月27日

聲の形における「因果応報」を考える(6)

ここまでで、「因果応報」という主題から、第3巻までの物語を読み解いてきましたが、続いて第4巻です。

第4巻では、将也・硝子・植野、それぞれにとっての「因果応報」がどのようなものであるのかが、より具体的に、詳しく描かれていきます

そういう(因果応報という)観点から、第4巻前半の遊園地回を読み解くならば、ここでは、

・将也にとってのインガオーホーのトラウマの中核部分に「島田」がいるということ

・植野は何らかの理由で、将也同様「過去」にとらわれており、同じくその「過去」には「島田」が関わっているらしい、ということ

・硝子は自己肯定感が低く、自分のこと嫌いだと思っている、ということ


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第4巻81ページ、第27話。

この3つの「それぞれの因果応報の実態についてのヒント」が示されている、と言っていいと思います。

そしてその後の葬式回で、硝子にとっての「因果応報」とはどんなものであるのかが、「悪役」としての西宮父とその家族によってついに提示されることになります。
それは、「なんらかの前世での罪」によって、現世で「障害を持ち、周囲を不幸にする」という呪いが「罰」として与えられる、という、硝子自身にはどうにもならない、理不尽な「因果応報のループ」でした。


第4巻169ページ、第32話。

この、硝子に設定された「因果応報」は、倫理的にいえばメチャクチャで、なんの合理性もないもの(でも物語上は設定されなければならないものでもあった)ですので、どうしても「悪役」に言わせる必要があったのだろうと思います。

ともあれ、理不尽にも設定されたこの硝子の「因果応報のループ」も、悲しいかな物語の中では生きています。
だとすれば、硝子が第2巻で将也と再会し、さらに第3巻からどんどん仲間が増えていく展開は、同時に、いつかその全員を不幸にするという、硝子の因果応報の罰、呪いが発動することを予感させるものでもあったことになります。

このように見ていくと、第4巻までで、いつか爆発するであろう「因果応報」が、将也と硝子、それぞれに埋め込まれた状態になっていることに気づきます。

一見、第3巻からかつての仲間が戻ってきて和解が始まり、硝子は将也に「うきぃ」と告白し、第4巻では結絃はガムシロ回で将也に救われて、いろいろありながらも「因果応報」をうやむやにしながらハッピーエンドの方向に向かっているように見えますが、実はまったくそんなことはなく、平和そうな表層の下で、因果応報の時限爆弾は、着々と準備を整え、炸裂するタイミングを待っていたことになります。
ラベル:第27話 第32話
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2014年12月24日

硝子のおもちゃから透けて見える、西宮母の葛藤とは?

※このエントリは、第32話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第32話は、西宮祖母の手紙という形を借りて、硝子の障害発覚によって硝子の両親が離婚にいたった悲しい経緯を説明するところから始まっています。

ところで、このシーンで、気になる組み合わせの描写が2つあります。

1つは、硝子が遊んでいるおもちゃに、音のでるおもちゃが異様に多いこと。

もう1つは、夫方の祖父が、「ワシは 障害の発見が こんなにも遅れたのが気になる あんた わざと このこと 黙ってたんと違うか」と西宮母を問い詰めていることです。


おもちゃの件については、第32話冒頭で硝子が遊んでいるおもちゃが木琴ですし、そのすぐ隣にはピアノのおもちゃも置いてあります。


第4巻165ページ、第32話。

さらに、夫方家族が去っていったあとも、硝子は木琴のバチで裏返しのバケツの底をたたく遊びをやっている描写まであります。
そういう目で見てみると、実は32話の回想では、硝子は「音の出るおもちゃ」でしか遊んでいません

でも、よく見ると硝子は、音の出るおもちゃで、「音を出して」遊んでいるのではなさそうだ、ということに気づきます。
硝子は、音を出して遊んでいるのではなく、バチでものを叩いて、手に返ってくる「叩いた感覚」を楽しんでいる(もしくは耳で聞く音ではなく、腹などで感じる空気の振動を楽しんでいる)可能性が高い、ということです。

だから、たたき方が非常に乱暴ですし、木琴だけでなくバケツも同じように叩いて遊んでいるのだと思います。

では、なぜ硝子はバチでものを叩く遊びを覚えたのか。
それはきっと、母親が熱心にそれを教えたからだろうと思います。

では、なぜ硝子の周りには音の出るおもちゃがたくさんあって、母親は木琴を叩く遊び(硝子にとっては実際にはバチで物をたたく遊び)を特に熱心に教えたのでしょうか。

ここには間違いなく、子どもの障害受容の過程における「否定」のプロセスが関与していると私は考えます。

子どもの障害受容の過程は、キューブラー・ロスが「死ぬ瞬間」で提唱した「死を受容する5段階」と非常に似たプロセスを通ると私は考えています。このあたりは実は私自身も本に書いています。聲の形とは全然関係ない「自閉症」の本ですが一応ご紹介。



私が考える「子どもの障害受容の過程」で、最初に訪れるのが「否定」という段階です。
この段階では、子どもの障害の可能性に徐々に気づきつつも、「そんなことはない」と信じ、子どもに障害などないことを示すようなさまざまな根拠(「気にすることはない」という周囲の声や、「心配したけど結局障害ではなかった」といったネットの経験談、障害がないと判断できそうな子ども自身の行動など)を一生懸命集めます

そして、この段階でよくある親の行動パターンとして、「その障害があれば遊べないようなおもちゃをあえて買い与えて、それで遊べることを確認しようとする」というのがあるのです。

例えば、社会性に困難のある自閉症なら、ままごと遊びの道具や人形などを与えて、それらのおもちゃで遊べることを確認しようとするのです。そして、子どもが奇妙な形であってもそれらのおもちゃで遊ぶのを見ると、「ああ、やっぱり障害なんてなかった」と安心するのです。

西宮母が硝子に「音の出るおもちゃ」ばかりを買い与えられていること、そして硝子が木琴のバチでものを叩く遊びを習得していること、これらの描写はまさに、西宮母が既に障害の可能性に(無意識であっても)気づき、それを「否定」するために音の出るおもちゃを集中して買い与え、そして硝子が「音」ではなく「叩く感触」で遊んでいるのを見て、西宮母が「音の出るおもちゃで遊べたから大丈夫」と自身を安心させていた、という、ある意味非常に典型的な「子どもの障害に気づく最初の段階」が描かれているのだと言えます。

私自身も障害児の親で、こういう「否定」の段階も実際に通ってきましたので、身につまされます。

西宮母は、夫方の祖父の「わざと 黙ってたんと違うか」ははっきりと否定しましたが、もしこの問いが「少し前からうすうす勘づいてたんと違うか」だったら、彼女は否定できなかったかもしれません


第4巻167ページ、第32話。

西宮母自身が自覚的だったかどうかは分かりませんが、音の出るおもちゃをたくさん与えて始めた時点で、何らかの形でそういう不安を感じ、それを否定しようとする行動が始まっていたのだ、と考えられるからです。
ラベル:第32話
posted by sora at 07:11| Comment(9) | TrackBack(0) | 第4巻 | 更新情報をチェックする

2014年12月28日

遊園地編、植野はなぜ来たのか?

※このエントリは、単行本第4巻発売当時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第4巻の前半パートである遊園地編、当初は「うきぃ」の熱もさめやらないタイミングでの将也と硝子のグループデートのようなものになるのかと思いきや、旧小学校メンバー勢揃いのトラウマ回となりました(^^;)。

そもそも、駅で待ち合わせのときに呼んでもいない植野がきたのがすべての出発点で、遊園地のトラブル(島田との再会、硝子ビンタ、ソフトクリーム投げつけ)はぜんぶ植野が持ってきたようなものですが、植野はなぜ呼ばれていないのに遊園地に来た(来れた)のでしょうか?


第4巻26ページ、第25話。

これ、よく読むとつながるようになっています。

まず植野は、「川井っちに呼ばれた」と言っています。


第4巻27ページ、第25話。

でも川井も呼ばれていないはず…ということでチェックしてみると、第24話のこのコマにヒントがあります。


第4巻18ページ、第24話。

…真柴が川井に相談したのか…。

ちなみにこのコマは、単行本掲載にあたって修正の入ったコマになっています。連載のときには、このコマには会話の書き込みがありませんでした。


第24話16ページ(連載当時)

このように連載時はただ3人が「何かを話していた(内容不明)」コマとなっていましたが、単行本化にあたって文字の会話が追加されています。なぜ川井と植野が集まってきたのかを明確にする意図と、「最初から誰かが謀っていたわけではない」ということをはっきりさせるための加筆だと思います。

ただ、この作品に「将也視点でずっと進んでいる」という前提があることをふまえると、この修正によってちょっとこのコマは例外的なものになってしまいました。
第25話で、川井や植野がなぜきたのかよく分からないと将也が感じているのに対して、すでに第24話で「将也が」真柴が友達と相談するという話を聞いていることになってしまっているからです。

というわけで、植野サイドで何があったかの経緯は、こういうことになるでしょう。

1)真柴、川井に休日遊びのプランについて相談する。

2)この瞬間に川井も同行することを決定。

3)参加メンバーの中に将也がいることを知った川井は、植野が将也のことを好きなのを知っているので「気を利かせて」植野を呼ぶのと同時に、行き先についても相談する。

4)植野は、「将也と島田の仲直り」を実現しようと、行き先を遊園地に決定。


こう考えると、すべてのやりとりがつながりますね。
例えば、植野にソフトクリームを投げつけられた将也に、川井が「わざわざ連れてきてあげたのにしっかりしてよね」と声をかけているのも、川井にしてみれば「自分×真柴」「将也×植野」のダブルデート的な意識も強かったんだと思います。

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第4巻69ページ、第27話。
posted by sora at 07:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 第4巻 | 更新情報をチェックする
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