2014年04月16日

「聲の形」の舞台設定はどこなの?

これは、もう知っている方がとても多いと思いますが…

「聲の形」の舞台は、作者である大今先生が住んでいる岐阜県の、大垣市です。

さまざまな方が、まんがのなかのさまざまなシーンの場所の特定をされていますが、今回、「かしわ」さんが大変密度の高い(そしてかなりマニアックな(笑))舞台訪問(聖地巡礼)をされてきましたので、許可をいただいてTogetterにてまとめさせていただきました。

http://togetter.com/li/655873
大垣・マンガ「聲の形」舞台訪問

























いやー素晴らしい。最高ですね。

Togetterのほうにはもっとたくさん写真がまとめられていますので、ぜひそちらもご覧ください!
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聲の形・時系列イベントカレンダー

※本エントリは既に古くなっています。最新のカレンダーはこちらをご覧ください。

さて、今回のエントリのネタ作りはかなり頑張りました。

「聲の形」第2巻以降で描かれる「高校生編」について、どのイベントが何日に発生したかを時系列で並べたものになります。

「聲の形」の世界は、2014年と同じカレンダーで進んでいますが、祝日とかゴールデンウィークはないというパラレルワールドのようです(笑)。ゴールデンウィークがあると仮定すると、どうしても辻褄が合いません。

ちなみに、この手のカレンダーはいくつか作っている方もいらっしゃるようですが、下記は私が独自に作成したもので、特に参照した他の方のカレンダーはありませんので、その点はご了承ください。
また、「この日付は間違ってる!」というご意見がありましたら、ぜひコメントにてお知らせ下さい。

なお、このカレンダーは随時アップデートしようと思います。


続きがあります…
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2014年04月19日

将也の頭髪の未来を考える

これは、物語全体を通じてしつこいまでに(笑)繰り返されているネタ。

将也は、植野から昔も今も「ハゲ」とからかわれています。


小学校時代も(第1巻44ページ、第1話)


そして高校になって再会してからも。(第3巻142ページ、第21話)

この21話のハゲハゲブスブスのやりとりについては、また書きたいことがあるのでそのうち書きますが、ここはそっちではなくて。

この「将也の頭髪」のネタは、実は、ここ以外でもストーリーと関係ないところまで含めて、実にいろいろなところに「仕込まれている」のです。

すぐ気づくところでは、第1巻181ページ、第5話の「負け組として生きていく将也の将来紙芝居」のページで将也が「自分の将来」としてだんだん頭が薄くなっていくことを自らイメージしています。

ところが、ここだけではないんですね。

たとえば、第1巻16ページ、第1話で川に飛び込んだ後、自宅に帰ってきた将也が読んでいるまんが雑誌(たぶん少年マガジン)の裏表紙にも。


「生える!男のシャンプー」の文字が。

そして、第2巻104ページ、第10話で、結絃が将也に成りすまして投稿したバカッターの記事にも、よく見ると…

「携帯出来る育毛剤に興味はありませんか?[PR]」の文字が。

ほかにもいくつかありますよ。
ここまで仕込まれてしまうと、もはや将也には明るい未来しか待っていないのではないか(頭皮的に)と思わざるを得ません(笑)。
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2014年04月23日

「聲の形」にはいくつのバージョンがある?

まあこれは、Wikipediaとかにも書いてある話ですから、軽く触れておきたいと思います。

「聲の形」には、現在連載中のものを含めて、実は3つの別バージョンがあります。

作者の大今氏が2008年、第80回週刊少年マガジン新人漫画賞に応募し、入選した作品が「バージョン1」。当ブログでは「オリジナル版」と呼んでいます。
内容の際どさから当初掲載が見送られたものの、別冊少年マガジン2011年2月号にようやく掲載されます。

それをリメイクして読み切り版として週刊少年マガジン2013年12号に掲載されたのが「バージョン2」。当ブログでは「読み切り版」もしくは「リメイク版」と呼んでいます。

そして、そのバージョン2の好評さを受け、2013年36・37合併号から連載スタートし現在も続いているのが「バージョン3」。当ブログでは「連載版」と呼んでいます。

1つの作品がそれほど間をおかずに3回も作り直され、すべて商業誌に掲載され、そのたびに反響を増してどんどん規模が大きくなっていく、というのはすごいことだと思います。

ちなみに、3つの「聲の形」の違いですが、オリジナル版だけはストーリーがかなり違います
読みきりと連載はほぼ同じ、連載のための伏線が張られたり、視点を原則将也固定にして硝子視点の画が削られたりといった「修正」に留まっています。

オリジナル版では、将也が硝子に対する価値観を一変させるきっかけが、硝子転校後の担任教師の身勝手で差別的な発言、さらにはその発言に対するクラスメートの反応を聞いたこととなっており、読みきり版・連載版における「将也の机の落書きを硝子が消していた」というものとは違っています(落書き消しイベント自体がない)。
また、あのドラマチックな将也と硝子のけんかイベントもオリジナル版にはありません。
全体的にオリジナル版では、硝子が「普通の(ちょっと大人びた、でも感情も普通に露にする)生徒」として描かれており、読みきり版・連載版のように「いつも愛想笑いする、外から見て何考えてるか分からないヤツ」というキャラクターよりはだいぶ「普通」です。

そういう意味では、オリジナル版から読み切り版に移行するところで、硝子のキャラクターを中心に、全体的にまんが的な構成に修正されているといえるのではないかと思います。

なお、オリジナル版、読み切り版ともに単行本には収録されておらず、いま入手するのは至難のわざです(まあ読み切り版の載っているマガジンはプレミアムさえ払えば買えないことはないですが、オリジナルのほうが超絶レア)。


↑こちらが、「読みきり版」が載っている少年マガジン。


↑こちらが、「オリジナル版」が載っている別冊少年マガジン。

ちなみに、オリジナル版で描かれている、担任が硝子をうとんじて、支援学校への転校をすすめ、最終的にそのとおりになってしまった、というストーリーについては、出たばかりの第35話で、連載版でもほぼ同じ内容で回収されましたね。


「オリジナル版」より。

これで、小学校編の(謎でないように見えて、読み込んでいくとはじめて謎だと分かる)大きな謎の1つだった、「硝子はなぜ転校し将也の前から姿を消したのか」についても、あらましが見えてきたことになります。(この点については、また別のエントリで。)
posted by sora at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

硝子と将也・佐原が使っている手話は別のもの?

今回のエントリについては、私も知識だけなのでざっと表面的な話だけを(そのレベルに留めておくべきデリケートな話題でもあるので)。

「聲の形」での非常に重要なファクターとして、手話があります。
硝子は筆談ノートを奪われたとき、それでも将也に「友達になりたい」と伝えるため手話を使いました。
硝子転校後に初めて硝子の優しさに気づいた将也は、硝子に「こえ」を伝えるために、手話をマスターしました。
佐原も「失ってしまった過去」をいつか取り戻せたらと、独学で手話を学んでいました。

そんな本作品のキーファクターである手話ですが、日本では2種類の異なった手話が使われていることをご存知でしょうか。

1つは「日本手話」と言われ、耳の聞こえない方のコミュニティ内で自然に育まれてきた、いわば「ネイティブな手話」です。
もう1つは「日本語対応手話」と言われ、日本語をベースに学習のための手話として人工的に開発された、非ネイティブな手話になります。

両者の違いについては私も詳しくありませんが、下記のWikipediaなどをみると、語順の違いや顔の表情などの非手指動作など、かなり大きな違いがあることが分かります。
特に日本手話使用者からすると、両者は「まったく別のもの」「文化としてもまったく別」であるということになります。
端的にいうと、日本手話は日本語とは無関係に成立している独自の言語です。いっぽう、日本語対応手話は日本語を手話に翻訳した「日本語の一形態」ということになります。

Wikipedia:日本手話
Wikipedia:日本語対応手話

そして、ここが重要なポイントですが、「日本手話」を使っている方からみると、「日本語対応手話」は異なった文化、異なった言語であるということ、だからこそ、日本語対応手話を(教育の場面や行政の場面などで)強要することを、ある種の文化破壊として拒絶する価値観が存在する、ということを理解する、ということです。

これは、私自身の以前の失敗経験ですが、MikuMikuDanceという3Dソフトを使って「手話ソング」を再現する、という挑戦をしてその経緯をブログで掲載していたところ、当事者の方から「無神経なことをやるな」と叱られたことがありました。(当該ブログは既に消しましたが、一部成果物をこちらこちらに残してあります。)

このとき、一時流行した「手話ソング」「手話コーラス」というムーブメントが、少なからず障害当事者のコミュニティのなかでは評判が悪い(場合によってはボロクソに言われている)ということを知ったんですね。
要は、「聴者の自己満足に過ぎない」と。
私自身、重度知的障害+自閉症の子どもの親であり周辺当事者なので、こういった「健常者がよかれと思ってやっていることが、実際には当事者を疎外することがある」というケースについては実感しているため、それ以降、「手話」について発言することには慎重になっています。

さて、話を「聲の形」に戻して、本ブログ的に興味のあるポイントは、このまんがで使われている手話はどっちなんだ、ということです。

将也と佐原が使っている手話が、「日本語対応手話」であることは間違いないでしょう。
聴者であるふたりが本などで独学でマスターした、という設定からもそうだと思われますし、将也は口で日本語をしゃべりながら手話をやっていますが、これは「日本語対応手話」のやり方です。
結絃や西宮祖母が使っている(いた)のも、手話サークルで勉強したという設定から、ベースは日本語対応手話だと思われます。

ただ、まんがを見ていても、語順などが明らかに日本語と異なった順序で描かれているシーンもありますし、手話サークルなどで学ばれる手話も、日本手話的な語順や非手指表現を取り入れている部分があるということですから、日本手話の用法の一部をとりいれた日本語対応手話、というのがより正確なのではと思います。

一方、硝子はどうでしょうか?
将也や佐原と会話しているときに使っているのは、基本的に日本語対応手話だと思われます。そうしないと会話が通じないでしょうから。
ただ、例えば第3巻169ページ、第23話でも「私」より前に「声」が出てきているところからも、やはり上記同様に両者の中間的なものなのだろうと思われます。



ですから、エントリタイトルにもってきた謎の答えは「基本的には同じもののはず」ということになります。

問題は、それ以外のときに硝子がより純粋な「日本手話」を使うことがあるのか、ということですが、これについては、

・西宮母のとっていた「徹底的に健常者社会の側で育てる」という育児・教育方針がどう硝子の言語獲得に影響したか
・そもそも、現在西宮が通っている高校は特別支援学校なのか普通校なのか(第35話で、将也の学校から転校後の学校は特別支援学校らしいということが明かされたが、中学・高校はどうなのかは不明。また、仮に聾学校だとしても、学校で教える手話は日本語対応手話だとのこと)
・そして西宮には障害当事者の友人はいないのか(まんがでは現時点で一切登場しない)


といったことが大いに影響してくると思います。
これ以上は私の知識の限界を超えますので、より詳しい方の考察を待てれば、と思います。
ラベル:手話 第23話
posted by sora at 07:55| Comment(16) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする
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