さて、当ブログでは、「聲の形」で高校での将也・硝子の再会後のイベントカレンダーを作っているわけですが、じゃあ小学校時代はどうなのか、という問題が残っています。
小学校時代については、情報が非常に少なくて作るのが難しいのですが、まずは情報を集めてみて、ある程度作れそうかどうか調べてみました。
まずポイントとして、小学校時代については「読み切り版」と「連載版」、2つの情報源があるということがあげられます。
この2つを比較してみた結果、両者のカレンダーは1点を除いて同じだと考えてよさそうです(その1点が割と重要ではあるのですが…)。
また、もう1点面白いことに気づきました。
読み切り版、連載版とも、硝子が転校してきた日は「4月11日 木曜日」となっていますが、この曜日は2013年のカレンダーと一致します。
連載版の高校編のカレンダーの曜日が2014年に一致するので、その5年前ということであれば2009年前後と一致しそうですが、合致しませんでした。(うるう年とかを考慮しても、4月15日が火曜日となる年の5年前に、4月11日が木曜日となるパターンはありえなさそうです)
恐らく、読み切りをリリースした2013年のカレンダーを、読み切りの物語の中でそのまま使ったということだと思われます。
というわけで、結論からいうと、小学校時代のイベントカレンダーも「なんとかつくることができました」。
ただ、作ってみた感想を一言で言うと「整合性とるの難しすぎ。全体的におかしい」ですね。
完成度はあまり高くありませんが、一応公開してみたいと思います。
カレンダーは次のエントリで。
2014年07月14日
聲の形・イベントカレンダー(小中学校編)
というわけで、高校編に続き、小中学校編のイベントカレンダーを作ってみました。

ただ、率直にいって、個人的に納得のいく精度にまでは仕上げられていません。
やはり、情報量が少なすぎることと、素直に作るとどうしても矛盾してしまうポイントがいくつかあるので、ある程度ごまかしながら、いくつかトリッキーな仮説をおきつつ、作ってあります。
以下、カレンダー作りを難しくしている要素をポイントでまとめておきます。
・硝子がヘアメイクイシダに来た回のサブタイトルが「番外編 7か月前」となっているが、何の7か月前なのかが非常に難しい。(転校して去っていく7か月前というのはどうしても入らない)
・将也が拾った筆談ノートに9月中旬まで書き込みがあるが、将也が池に投げ込んだのを9月中旬とすると日程を合わせるのが難しい。(もっと早い日付で書き込みが終わっていればよかったんですが)
・学級裁判で校長が「5か月の間に8個補聴器が」と言っているが、いつから5か月をカウントしているかがわからない。(「転校してきてから」だと期間が短すぎ、「植野が補聴器を奪って将也が投げ捨ててから」だと期間が長すぎる)
・「度胸試し」で川に飛び込んで、シャワーを浴びて半裸でいるなんてことが、3月とか4月にできるんだろうか?(川井が「もうすぐ転校生が来る」と言っている日に第42回で飛び込んでいるので、これは「できる」と開き直るしかない)

ただ、率直にいって、個人的に納得のいく精度にまでは仕上げられていません。
やはり、情報量が少なすぎることと、素直に作るとどうしても矛盾してしまうポイントがいくつかあるので、ある程度ごまかしながら、いくつかトリッキーな仮説をおきつつ、作ってあります。
以下、カレンダー作りを難しくしている要素をポイントでまとめておきます。
・硝子がヘアメイクイシダに来た回のサブタイトルが「番外編 7か月前」となっているが、何の7か月前なのかが非常に難しい。(転校して去っていく7か月前というのはどうしても入らない)
・将也が拾った筆談ノートに9月中旬まで書き込みがあるが、将也が池に投げ込んだのを9月中旬とすると日程を合わせるのが難しい。(もっと早い日付で書き込みが終わっていればよかったんですが)
・学級裁判で校長が「5か月の間に8個補聴器が」と言っているが、いつから5か月をカウントしているかがわからない。(「転校してきてから」だと期間が短すぎ、「植野が補聴器を奪って将也が投げ捨ててから」だと期間が長すぎる)
・「度胸試し」で川に飛び込んで、シャワーを浴びて半裸でいるなんてことが、3月とか4月にできるんだろうか?(川井が「もうすぐ転校生が来る」と言っている日に第42回で飛び込んでいるので、これは「できる」と開き直るしかない)
2014年07月15日
第1巻番外編「7か月前」とはいつの7か月前なのか?
さて、今回小学校編のイベントカレンダー作成にチャレンジしてみてわかったことが1つあります。
それは、
第1巻番外編のサブタイである「7か月前」が、いつから7か月前と考えるかが非常に難しい。
ということです。

第1巻59ページ、番外編。
番外編で描かれている硝子のヘアカットイベントが、硝子が水門小に転校してくる直前であることは確実です。
そして、硝子の転校日は4月11日で確定。
なので、「ヘアカットの日」から「7か月」を逆算するなら、「10月下旬~11月上旬」となるでしょう。
そして、この10~11月を「硝子が再び転校して去っていった日」だと考えると、非常に苦しいことになるのです。
「去っていった日」は、「硝子と将也が取っ組み合いのけんかをした日」から1か月後なので、「取っ組み合いのけんかをした日」は「9月下旬~10月上旬」。
「取っ組み合いのけんかをした日」は、「学級裁判後、上靴が8足もなくなったあとの日」。登校日が月20日しかないことを考えれば、上靴が8足なくなるには、最低1か月くらいはかかるでしょう(読み切りでは実際、学級裁判から硝子とのけんかまで1か月と明記してあります)。ですので、「学級裁判」は「8月下旬~9月上旬」。8月は夏休みなので「9月上旬」ということになります。
さらに、学級裁判の前には「将也が次々と補聴器を壊す」というイベントがあるので、これを考えると補聴器を壊し始めるのは1学期でなければつじつまが合わないことになります。
ところが、学級裁判の日に将也が池に落とされて拾った筆談ノートには、9月11?日までの書き込みがあるのです!
筆談ノートは、植野と将也が初めて硝子の補聴器を奪って壊した日に池に捨てられているので、時間軸がまったく合わないわけです。

第1巻128ページ、第3話。
というわけで、「7か月前」が「去っていく7か月前」という仮説はどうあっても成り立たないことがわかりました。
では、何の7か月前と考えればつじつまがあうのか?ということになりますが、試行錯誤の結果として、
学級裁判の日、石田母と西宮母が補聴器代の示談のために再会する7か月前。
と考えればなんとかなることがわかりました。
たしかに、「番外編」というのは石田母と西宮母が初めて出会った話であり、そういう意味では、この2人が示談のために再び会うことを指して、「その7か月前」という表現はありうるかな、という風には思います。
これらを含む、イベント全体の時系列の詳細推理については、イベントカレンダーのコメント欄をご覧ください。
それは、
第1巻番外編のサブタイである「7か月前」が、いつから7か月前と考えるかが非常に難しい。
ということです。

第1巻59ページ、番外編。
番外編で描かれている硝子のヘアカットイベントが、硝子が水門小に転校してくる直前であることは確実です。
そして、硝子の転校日は4月11日で確定。
なので、「ヘアカットの日」から「7か月」を逆算するなら、「10月下旬~11月上旬」となるでしょう。
そして、この10~11月を「硝子が再び転校して去っていった日」だと考えると、非常に苦しいことになるのです。
「去っていった日」は、「硝子と将也が取っ組み合いのけんかをした日」から1か月後なので、「取っ組み合いのけんかをした日」は「9月下旬~10月上旬」。
「取っ組み合いのけんかをした日」は、「学級裁判後、上靴が8足もなくなったあとの日」。登校日が月20日しかないことを考えれば、上靴が8足なくなるには、最低1か月くらいはかかるでしょう(読み切りでは実際、学級裁判から硝子とのけんかまで1か月と明記してあります)。ですので、「学級裁判」は「8月下旬~9月上旬」。8月は夏休みなので「9月上旬」ということになります。
さらに、学級裁判の前には「将也が次々と補聴器を壊す」というイベントがあるので、これを考えると補聴器を壊し始めるのは1学期でなければつじつまが合わないことになります。
ところが、学級裁判の日に将也が池に落とされて拾った筆談ノートには、9月11?日までの書き込みがあるのです!
筆談ノートは、植野と将也が初めて硝子の補聴器を奪って壊した日に池に捨てられているので、時間軸がまったく合わないわけです。

第1巻128ページ、第3話。
というわけで、「7か月前」が「去っていく7か月前」という仮説はどうあっても成り立たないことがわかりました。
では、何の7か月前と考えればつじつまがあうのか?ということになりますが、試行錯誤の結果として、
学級裁判の日、石田母と西宮母が補聴器代の示談のために再会する7か月前。
と考えればなんとかなることがわかりました。
たしかに、「番外編」というのは石田母と西宮母が初めて出会った話であり、そういう意味では、この2人が示談のために再び会うことを指して、「その7か月前」という表現はありうるかな、という風には思います。
これらを含む、イベント全体の時系列の詳細推理については、イベントカレンダーのコメント欄をご覧ください。
2014年07月21日
硝子はどうやって立ち直ったのか?現時点での答え
先日、こちらのエントリで謎として提起した、「硝子はノート池ポチャで『死にたい』とまで思ったところから、どうやって立ち直ったのか?」という問題について、その後コメントでのやりとり等から1つの答えになりそうなものが出てきましたので、まとめておきたいと思います。
なお、この「答え」は、現在までで分かっている描写からの推理ですので、今後の展開次第で正解が変わってくる可能性はあると思います。
さて、改めて確認しておくと、こちらのカレンダーから、ノート池ポチャで「死にたい」と結絃に漏らしたのが9月中旬、学級裁判の日に親同士の示談があり、その際将也が落ち着いた様子の硝子と会うのが11月下旬と推測されます。
この1か月半の間に、硝子は(少なくとも当分自殺しないような感じで)立ち直っています。
その間、学校で何があったかといえば、将也を中心としたいじめが続いていて、補聴器を繰り返し壊されているので、学校での人間関係が改善したということはまったくありません。
また、高校編等でのやりとりで、ノート池ポチャによって硝子は「何かを諦めた」と言っています。
つまり、これらを整理すると、
・池ポチャ事件で硝子は何かを諦めたけれども、
・学校以外の環境のなかで、「死にたい」というほどの精神的ショックからは立ち直った。
ということになります。
ここで、示談の日の硝子の様子を見て、気づくことがあります。

第1巻133ページ、第3話。
硝子は、鳩にエサ(パン)をあげています。
そのエサは、ポーチに入れてわざわざ持ってきたもののようです。
しかもそのポーチは、中身からいってほぼ「エサ専用」で、かつ「しょうこ」という大きなひらがなの名前と、チューリップにニコニコマークのアップリケが入った手作りのもののようです。
そして、その後の硝子の行動をみると、
・クラスの花当番(小学校時代)
・持ってきている花はニチニチソウでした。
・ガーデニングの趣味(~高校時代)
・手話サークルでも花の本を読んでいます。
・メールアドレスはニチニチソウ
・手話サークル後の鯉のエサ係(~高校時代)
と、動植物との関わりばかりが出てきます。
一方で、この「死にたい」以前については、後の巻での結絃の回想も含めて、動植物とのかかわりが一切ありません。
つまり、動植物とのかかわりは、「死にたい」をきっかけに始まっている可能性が高いことになります。
これらの状況証拠から推測されることは、
1)西宮祖母が、(恐らく結絃経由で)硝子が学校でいじめられて精神的にまずい状況だということを知り、「動植物と触れ合う」ことを硝子にすすめた。
2)硝子は、クラスメートと積極的に関わることを『諦めた』代わりに、動植物と触れ合うことで精神的な安定を取り戻した。
という経緯です。
そして、このような形で「動植物とかかわることで精神的安定を手に入れる」ということがその後も続いていったことで、硝子はガーデニングを趣味として、手話サークルのパン当番を率先して引き受けたのだと思います。
具体的に、西宮祖母が硝子のためにやってあげたことは、以下のようなことではないかと推測されます。
・「しょうこ」アップリケの入った小さなポーチを手作りした。
・そのポーチにパンを入れて公園などに出かけ、ハトなどにえさやりをさせることを教えた。
・ニチニチソウの苗を買ってきて、自宅で育てることを教えた。(ニチニチソウの花言葉は「揺ぎない献身」「楽しい思い出」「友情」)
・育ったニチニチソウを学校に持っていき、飾ることについて学校から許可をもらった。
さらに言えば、
・結絃から「姉のために写真を撮りたい」とせがまれて、一眼レフのカメラを買い与えた。
というのも加わりますね。
動植物がヒトと違うのは、ことばによるコミュニケーションがなくても関係を作れることです。
これまでもいろいろ考察してきましたが、「諦めたこと」の1つの解釈として「ことばを交わしてコミュニケーションすること」という見方もありえるのかもしれません。
そして、ハトや鯉が与えたエサを喜んで食べてくれたり、一生懸命世話をした植物が花を咲かせたりすることで、硝子は最低限の自己肯定感を取り戻し(「死にたい」→「必要とされるなら嬉しい」)、自殺念慮をいったん遠ざけることに成功したのだと思われます。
このような祖母のアプローチは「生」によって死を遠ざけており、「死」を見せつけることで死から遠ざけようとした結絃のアプローチとは対照的です。
こう考えていくと、同じ時期、いじめを受けていた将也の世話を細々と続けていたのも、「自分のせいでいじめられているから」という贖罪意識だけでなく、「クラスメートと言葉は交わせなくても(筆談ノートももうないので)、それでも自分がみて分かる範囲、必要とされる範囲で何とかみんなとかかわろう」という必死の挑戦だったのかもしれません。
だからこそ、(既にことばが伝わる手段がないのに)「腹の底の気持ちを言え」とか理不尽に言われてしまった将也に(これも聞こえてはいないはずですが)「ほりぇても かんぱってう!」と反抗したのかもしません。
また、これはやや拡大解釈気味ですが、実は硝子が猫ポーチのお返しにガーデンピックを選んだのも、単なる趣味のアイテムというだけでなく、もう少し深い意味があったのかもしれません。
つまり、このガーデンピックをきっかけに「なぜガーデニングが好きなの?」という会話になったとして、もしその段階(もしくはそれより後でも)で二人が過去のトラウマまで話せるくらいの関係になっていたら、「諦めたもの」の根っこと「ガーデニング」が実はつながっているんだ、ということを話すつもりがあったのかも、ということです。
なお、この「答え」は、現在までで分かっている描写からの推理ですので、今後の展開次第で正解が変わってくる可能性はあると思います。
さて、改めて確認しておくと、こちらのカレンダーから、ノート池ポチャで「死にたい」と結絃に漏らしたのが9月中旬、学級裁判の日に親同士の示談があり、その際将也が落ち着いた様子の硝子と会うのが11月下旬と推測されます。
この1か月半の間に、硝子は(少なくとも当分自殺しないような感じで)立ち直っています。
その間、学校で何があったかといえば、将也を中心としたいじめが続いていて、補聴器を繰り返し壊されているので、学校での人間関係が改善したということはまったくありません。
また、高校編等でのやりとりで、ノート池ポチャによって硝子は「何かを諦めた」と言っています。
つまり、これらを整理すると、
・池ポチャ事件で硝子は何かを諦めたけれども、
・学校以外の環境のなかで、「死にたい」というほどの精神的ショックからは立ち直った。
ということになります。
ここで、示談の日の硝子の様子を見て、気づくことがあります。

第1巻133ページ、第3話。
硝子は、鳩にエサ(パン)をあげています。
そのエサは、ポーチに入れてわざわざ持ってきたもののようです。
しかもそのポーチは、中身からいってほぼ「エサ専用」で、かつ「しょうこ」という大きなひらがなの名前と、チューリップにニコニコマークのアップリケが入った手作りのもののようです。
そして、その後の硝子の行動をみると、
・クラスの花当番(小学校時代)
・持ってきている花はニチニチソウでした。
・ガーデニングの趣味(~高校時代)
・手話サークルでも花の本を読んでいます。
・メールアドレスはニチニチソウ
・手話サークル後の鯉のエサ係(~高校時代)
と、動植物との関わりばかりが出てきます。
一方で、この「死にたい」以前については、後の巻での結絃の回想も含めて、動植物とのかかわりが一切ありません。
つまり、動植物とのかかわりは、「死にたい」をきっかけに始まっている可能性が高いことになります。
これらの状況証拠から推測されることは、
1)西宮祖母が、(恐らく結絃経由で)硝子が学校でいじめられて精神的にまずい状況だということを知り、「動植物と触れ合う」ことを硝子にすすめた。
2)硝子は、クラスメートと積極的に関わることを『諦めた』代わりに、動植物と触れ合うことで精神的な安定を取り戻した。
という経緯です。
そして、このような形で「動植物とかかわることで精神的安定を手に入れる」ということがその後も続いていったことで、硝子はガーデニングを趣味として、手話サークルのパン当番を率先して引き受けたのだと思います。
具体的に、西宮祖母が硝子のためにやってあげたことは、以下のようなことではないかと推測されます。
・「しょうこ」アップリケの入った小さなポーチを手作りした。
・そのポーチにパンを入れて公園などに出かけ、ハトなどにえさやりをさせることを教えた。
・ニチニチソウの苗を買ってきて、自宅で育てることを教えた。(ニチニチソウの花言葉は「揺ぎない献身」「楽しい思い出」「友情」)
・育ったニチニチソウを学校に持っていき、飾ることについて学校から許可をもらった。
さらに言えば、
・結絃から「姉のために写真を撮りたい」とせがまれて、一眼レフのカメラを買い与えた。
というのも加わりますね。
動植物がヒトと違うのは、ことばによるコミュニケーションがなくても関係を作れることです。
これまでもいろいろ考察してきましたが、「諦めたこと」の1つの解釈として「ことばを交わしてコミュニケーションすること」という見方もありえるのかもしれません。
そして、ハトや鯉が与えたエサを喜んで食べてくれたり、一生懸命世話をした植物が花を咲かせたりすることで、硝子は最低限の自己肯定感を取り戻し(「死にたい」→「必要とされるなら嬉しい」)、自殺念慮をいったん遠ざけることに成功したのだと思われます。
このような祖母のアプローチは「生」によって死を遠ざけており、「死」を見せつけることで死から遠ざけようとした結絃のアプローチとは対照的です。
こう考えていくと、同じ時期、いじめを受けていた将也の世話を細々と続けていたのも、「自分のせいでいじめられているから」という贖罪意識だけでなく、「クラスメートと言葉は交わせなくても(筆談ノートももうないので)、それでも自分がみて分かる範囲、必要とされる範囲で何とかみんなとかかわろう」という必死の挑戦だったのかもしれません。
だからこそ、(既にことばが伝わる手段がないのに)「腹の底の気持ちを言え」とか理不尽に言われてしまった将也に(これも聞こえてはいないはずですが)「ほりぇても かんぱってう!」と反抗したのかもしません。
また、これはやや拡大解釈気味ですが、実は硝子が猫ポーチのお返しにガーデンピックを選んだのも、単なる趣味のアイテムというだけでなく、もう少し深い意味があったのかもしれません。
つまり、このガーデンピックをきっかけに「なぜガーデニングが好きなの?」という会話になったとして、もしその段階(もしくはそれより後でも)で二人が過去のトラウマまで話せるくらいの関係になっていたら、「諦めたもの」の根っこと「ガーデニング」が実はつながっているんだ、ということを話すつもりがあったのかも、ということです。
ラベル:第03話
硝子が読んだ教科書の文章はなに?
物語の中で、硝子が口話でしゃべることはめったにありません。
だからこそ、たまに口話が出ると印象に残るのですが、いまだに何と言いたかったのかが分からないのが、小学校時代、国語の教科書を読んだときです。

第1巻76ページ、第2話。
これだけだと読み解きは至難の業です。
でもヒントが1つだけあって、読みきり版では硝子が読んだ教科書の文章が一部掲載されているのです。

読みきり版6ページ。
これと照らし合わせると、最初の吹き出しのほうで読んでいるのは、
「…のく、わ んて ぶおっくの」→「その靴はサンドブロックの」
だということが分かります。
後半の、
「おばあ、んにも あいなく…」
は、分からないですね。教科書の文章のなかにもそれに該当しそうな部分がないので、先のコマで切れている部分を読んでいるということなのでしょう。
想像で埋めて読んでみると、
「おばあ、んにも あいなく…」→「おばあさんにも ??なく」または「おばかさんにも ??なく」
あたりでしょうか。
それにしても、そもそもこの文章って何かの小説?
それが分かれば、切れている部分もわかるので硝子がなんと言っているか分かりそうなものですが…
ご存知の方、心当たりのあるかたはぜひ教えてください。
だからこそ、たまに口話が出ると印象に残るのですが、いまだに何と言いたかったのかが分からないのが、小学校時代、国語の教科書を読んだときです。

第1巻76ページ、第2話。
これだけだと読み解きは至難の業です。
でもヒントが1つだけあって、読みきり版では硝子が読んだ教科書の文章が一部掲載されているのです。

読みきり版6ページ。
これと照らし合わせると、最初の吹き出しのほうで読んでいるのは、
「…のく、わ んて ぶおっくの」→「その靴はサンドブロックの」
だということが分かります。
後半の、
「おばあ、んにも あいなく…」
は、分からないですね。教科書の文章のなかにもそれに該当しそうな部分がないので、先のコマで切れている部分を読んでいるということなのでしょう。
想像で埋めて読んでみると、
「おばあ、んにも あいなく…」→「おばあさんにも ??なく」または「おばかさんにも ??なく」
あたりでしょうか。
それにしても、そもそもこの文章って何かの小説?
それが分かれば、切れている部分もわかるので硝子がなんと言っているか分かりそうなものですが…
ご存知の方、心当たりのあるかたはぜひ教えてください。
