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2014年12月22日

第49話、硝子が真柴に伝えた「こえ」とは?

※このエントリは、第49話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

今回、第49話の巻末あおりは、「硝子のWこえWに、この男も応えた!」でした。


第49話、18ページ。

「この男」というのが竹内、ということはないでしょうから(まあ、応えてはいますが…笑)、ここで「応えた」と言っているのは真柴のことでしょう

真柴も、硝子の映画再開の提案に賛同しましたから、WこえWに応えた、というのはその通りだと思います。

でも、そもそもですが、なぜ真柴は、硝子のWこえWに応えたのでしょうか?
言い換えると、第49話で、硝子と真柴との間には、どんなコミュニケーションが成立したのでしょうか?

こんな問いを立てるのには理由があります。

これまでの各自視点回を振り返ったとき、永束は筆談ノートを駆使することで、佐原は手話を駆使することで、硝子との深いコミュニケーションを成立させることに成功しました。
一方、川井は筆談ノートを叩き落として勝手に「川井劇場」を展開してしまったために、硝子の「こえ」が伝わることはありませんでした。

そして、真柴のケースを振り返ってみると、今回、硝子との直接のコミュニケーションは成立していません。第48話での態度を見た限りでは、特に硝子と会話するつもりもなさそうでしたから、そのままの流れでは、川井と同じように、硝子の「こえが届かない側」の人間になってしまうところだったと思います。

その流れを変えたのは、偶然拾った筆談ノートです。


第6巻113ページ、第49話。

そこには、永束と語り合ったときの、硝子の生々しい「こえ」が記されていました。
硝子が死を選んだ理由も、いまやろうとしていることも、映画を再開しようとしている理由も、そこにははっきりと書き込まれていたわけです。永束の質問も一緒に残っているはずなので、硝子の考えは完璧に近い形で伝わったはずです。

これは、真柴が直接硝子と話したとしてもおそらく得られないくらい、深く詳しい硝子の「こえ」だったと思います。

つまり、

・佐原が手話を通じて、
・永束が筆談ノートを通じて、


硝子の「こえ」を聞いたのと同様に、真柴は、

・永束の書込み済の筆談ノートを通じて、

硝子の「こえ」を聞いた、と整理することができるでしょう。

そして、その硝子の「こえ」が本物である=硝子は本気で映画再開で「壊したものを取り戻したい」と願っている、ということは、真柴が水門小で、ロケハン許可を懇願する硝子を見たことで、確信に変わったと思います。

興味深いことに、この水門小のエピソードでも、真柴と硝子は直接会話を交わしていません

硝子が真柴に伝え、真柴がそれに応えた「こえ」とは、直接の会話以外のもの(書き込み済みの筆談ノートや水門小での行動)だった、という点で、永束や佐原とは際立った違いをみせています。
いろいろな「こえのかたち」がある、ということを示すことが、この作品の中核テーマの1つであることは間違いありませんが、今回の真柴のエピソードは、そのテーマの一端を表しているように思われ、大変興味深いところです。
タグ:第48話 第49話
posted by sora at 07:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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