まだ真柴の本心が明らかになっていなかった第48話で、私が真柴について気になっていたことがありました。
それは、
真柴が将也への興味をすっかり失っていたように見えた
ことです。
川井が、将也の病室への見舞いを真柴に提案したとき、真柴は生返事をして、「誘われたから仕方ないから行く」といった反応を返していました。

第6巻96ページ、第48話。
そもそも、永束が将也転落で「第一報」を入れた相手には、おそらく真柴も含まれていた(永束は橋事件での真柴のパンチも見ていないはずですし)はずで、それでも真柴は、新学期が始まって川井に誘われるまで、将也の病室に向かうことはなかったことになります。
これは、「橋事件」の前まで、やたら積極的に将也に接近してきていた真柴の態度とはあまりにも対照的で、真柴は本当に橋事件で「実はいじめっ子だった将也」に愛想を尽かして、将也を(いじめっ子として)憎むようになってしまったのか(だとしたらずいぶん単純な性格でちょっとつまらない展開だな、ほんとに「他人様」なのか)、と思っていたのです。
でも、第49話を読んで、そうではなかったということが分かりました。
真柴の心境としては、大きく以下の2点にまとめられるかと思います。
1)将也を殴ってしまったことを、実は後悔していた。
真柴は、かつていじめっ子だった将也を「橋事件」の際に思いきり殴りました。
殴った時点では、真柴はそれを正義だと信じていたのかもしれません。
でもその後、将也は、飛び降りた硝子を助けて自分が転落するという大事件を起こしていたことを知ります。
正義だと信じて行った行為(将也を殴ったこと)が本当に正しかったのか、将也は本当に罰するべき相手だったのか、将也の転落に自分の暴力が関係しているのではないか。
真柴は大きく価値観を揺さぶられたと思います。
そんな真柴の気持ちがはっきり示されたのが、「病室に入る資格」について真柴が語ったこのシーンでしょう。

第6巻121ページ、第49話。
将也を殴ってしまった自分は、病室に入る資格がもっともない人間だ、そんな「後悔」があったから、真柴は将也を見舞いに「行けなかった」し、川井から誘われたときも乗り気でなかったのだと思います。
2)将也に対する認識が完全に変わってしまい、どう対応していいのか分からなくなった。
こちらは、49話のモノローグで初めて分かった真柴の内面です。
真柴はもともと、「自分が普通であることを実感するため」に将也に近づいていました。
いかにも「変わった奴」に見えた将也のそばにいることで、自分が「普通」だということを確認して安心したかったわけです。

第6巻128ページ、第49話。
結果、たしかに将也は「変な奴」ではあった、けれども、その「変」さは、真柴にとって「それと比べたら普通」と安心できるようなものではなく、むしろ自分がやっていることのおかしさを再確認させてしまうような「変」さでした。
そしてその真柴の「モヤモヤ」は、橋事件で将也に「正義の暴行」を加えて「やっぱりこいつは(悪い意味で)変だ」と自分のなかの気持ちを整理しようとした後も、結局は解消されなかったのだと思います。
そして後日永束から知らされた、将也転落の一報。(すでに考察しましたが、真柴も硝子の自殺、将也の救出と身代わりの転落という一連の経緯は知らされていたと思われます)
これによって、将也に対する真柴の認識は、もともと近づいた頃と比べると完全にひっくり返ったのだと思います。(少なくとも、「こいつより普通だから安心できる」なんてことを確認するための相手ではまったくなくなってしまったでしょう。)
そんな将也を言われるがままに殴ってしまった真柴が、「どのツラさげて会いに行けばいいか分からない」と感じて見舞いに行けずにいたとしても、まったく不自然ではないと感じます。
いずれにしても、今回、第49話のエピソードによって、真柴と硝子、さらには真柴と将也の関係は、橋事件以前とはまったく異なる、新しい次元で再構築されたことは間違いないと思います。

でも、第50話を読んで、そうではなかった
こちらは、50話のモノローグで初めてわかった
の2点です。
ご指摘ありがとうございます。
50話と書いているのは49話の誤りでしたので、修正しました。