2014年12月20日

硝子が目指す「映画再開」の意味とは?(1)

※このエントリは、第50話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第6巻相当分の物語も終盤に入り、この巻のテーマの1つとなった「硝子の映画撮影再開の物語」も佳境に入ってきました。

当初、率直にいって「何をやりたいのかいまいちよく分からない」という印象だった、この「映画撮影再開」ですが、物語が進むにつれて、少しずつ、その「意図」のようなものが明確になってきたように思います。

改めて過去回を読み直してみると、実は、映画撮影再開に対する硝子の思いは、永束回で硝子自身が筆談ノートに書いた「映画再開を提案する理由」に、思いのほか率直に書かれていることに改めて気づきます。
最初に読んだときは、この筆談ノートの文章を「硝子の自殺の理由」として読んでしまっていましたが、よく読んでみると、すべて「映画撮影再開の理由」になっていることに気づくのです。このあたり、叙述トリック的な仕掛けにもなっていて、なかなかすごいなと思います。)


第6巻69ページ、第46話。

1)硝子「みんなが築き上げたものを壊してしまった。」

永束の「それって橋でのこと?」という問いに対しては

2)硝子「ぜんぶ」

永束の「どうすれば直る?」に対して

3)硝子「映画の続きをつくる どうでしょう」
4)「石田君がやっていた仕事 私にやらせてください。」
5)「私が壊してしまったものを取り戻したい」


改めて読んでみると、すべての文にかなり深い意味があることに気づかされます。

まず1)について。
ここでのポイントは「みんな」です。
この「みんな」にどこまでが含まれているのか、ということです。
さらに2)では「すべて」と言っています。
「みんな」の「すべて」ということになります。

硝子が、適当に大袈裟なホラ話を言っているとは考えにくいので、硝子は本気で、この映画再開で非常にスケールの大きな「再構築」を目指していることが推察されます。

そして、1)と5)から、硝子の願いは「私が壊してしまった、みんなが築き上げたものを取り戻したい」ということであることが分かります。

この言い方にも少し気になるところがありますが、それは後で書きます。

さらに3)では、その硝子の願いを実現するための手段として、「映画の続きをつくる」という方法が選ばれたということ、そして4)から、いま硝子がやっていることは「(映画製作のなかで)石田君がやっていた仕事」なんだ、と硝子自身は認識している、ということが示されています。

ここで、まず思い出したいのが、第49話における硝子の「水門小学校への訪問」です。


第6巻129ページ、第49話。

あの場面で、いきなり硝子が学校訪問していたという展開は、一読するとかなり唐突に映りますが、改めて考えてみると、植野以外のすべての橋メンバーの関係を修復できた(そして植野とは交渉継続中)ことから、「その次」として、小学校の頃の担任である竹内にアプローチした、というだけのことに過ぎない、と気づきます。

つまり、硝子のいう2)の「みんな」という範囲には、竹内すら入っている、ということになり、4)の「すべて」の範囲には「小学校時代」も含まれている、ということになるわけです。
加えて、硝子は竹内を説得し、他ならない水門小でのロケハンの許可を得ることで、「小学校時代に壊してしまったものを取り戻す最高の舞台」を手に入れようとしていたのではないかと思います。

ここで、6)の「石田君がやっていた仕事」というのを改めて考えてみます。
この筆談ノートでの会話のあと、永束が将也のやっていた仕事を思い出して「雑用」と「仲間あつめ」くらいだし…みたいなことをぼやいていますが、


第6巻75ページ、第46話。

仲間集め。

これこそ、硝子がいままさにやっていることであり、映画再開の最大の目的であることは間違いありません。
ですので上記の6)を修正しましょう。

6')そのために「石田君がやっていた、仲間集めという仕事」をやる。

仲間集め、というのは、単に「映画撮影メンバーを集める」という意味ではないことは、いうまでもありません。
そうではなくて、かつて仲間だった、でも硝子の存在によって壊れてばらばらになってしまった(と硝子が信じている)仲間たちを集める、そこまでの意味を当然含んでいるでしょう。

そう考えていくと、硝子が「壊してしまった」「だから取り戻したい」と信じているもの、それはつきつめれば、この「かつての仲間たちの人間関係」に他ならないということに気づきます。

これで、硝子にとっての映画撮影再開の意味が明確になりました。

小学校時代をも含む、自分のせいで壊れてしまった、あらゆる「かつての仲間たちの人間関係」を、その仲間たちを集めることによって取り戻したい。
そのための具体的な手段として、映画再開が一番だと思ったので映画再開を目指したい。そして、自分はかつての仲間集めという仕事をする。

posted by sora at 08:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。私が壊してしまった、全部、切ない言葉ですね。でも、救いはそこから自分で再構築に動くところが立派です。

 年取ってひねてくると、兎角他罰的になりますが、自分と正面から向き合う若い子を見て、猛省させられたしだいです。勝手にけんかして、空中分解して、そんなんそれまでの関係だったやん。そうして己を守ってきた自分を恥じました。

 自分が昔、聞こえない化粧品のセールスマンに出会ったとき、わたしにわずかにわかる手話と身振り手振り、いかにこの化粧品がすばらしいかをノートに鉛筆たたきつけるように話してくれたことを思い出します。その姿が硝子ちゃんとかさなりました。

  石田君のためならえーんやこら、友達のためならえーんやこら。ヨイトマケノ歌が聞こえてくるようなお話でしたね。 
 
Posted by あらやん at 2014年12月20日 10:44
あらやんさん、

コメントありがとうございます。

まだこの時点では、硝子は「自己犠牲」として映画再開に突っ走っていたと思いますが、この行為があったからこそ、その先に「自分自身を肯定して、自分が欲することを欲する」という、「成長」に到達することができました。

そういう意味でも、このときの硝子の決意は大きかったんだなと思います。
Posted by sora at 2014年12月20日 23:05
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