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2014年12月19日

第51話から改めて考える、硝子が「諦めたもの」とは?(7)

※このエントリは、第51話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、水門小に転校後、「みんなと普通にかかわって、当たり前の幸せな学校生活を手に入れる(その結果として、ずっと夢見ていた『自分に障害がなかったら実現していたような、友達も家族もみんな幸せな世界』を可能なかぎり実現する)」ことを目指していた硝子は、「ノート池ポチャ事件」を最後に、その挑戦を「諦め」たことになります。


第1巻117ページ、第3話。

ここでポイントになってくるのは、硝子にとって、この「諦めた」状態こそが、「通常運転」だった、ということです。

硝子の転校後、再会するまでの期間に対する疑問として、「水門小時代、あれだけ周囲と関わる気のあった硝子が、転校後そこそこ平和な環境に入ったら、もっと友達がいて当たり前だろう」、あるいは「小学校時代に何度か転校しているなかで、ひどくいじめを受けた水門小時代ばかり覚えているのは不自然ではないか」といったものがあると思います。

これらの疑問については、以下のように整理すると、どれもうまく説明できるように思います。

1)硝子は、水門小に転校してくるまでは、「諦めた」状態で周囲と没交渉だった。

2)水門小に転校してきてから、ノート池ポチャまでの間だけ、「諦めない」状態で、周囲と積極的にかかわって「幸せな学校生活」を手に入れようと努力していたが、ノート池ポチャで「諦めた」。

3)ノート池ポチャ後、将也と再会するまでの約5年間も、「諦めた」状態で周囲と没交渉だった。

4)将也と再会して筆談ノートを返しに来てくれたことで、また「諦めない」状態に戻った。


つまり、硝子にとっては、人生のほとんどの期間は「諦めた」状態ですごしており、そちらのほうが「通常運転」だったわけです。
そんななかで、唯一「諦めずに頑張ろうとした」時期が、水門小での数ヶ月間だったわけで、硝子がその期間のことを強く覚えていて、その頃のクラスメートに対してある種の「こだわり」を、高校生になってもまだ持ち続けていたことも、そう考えると自然だということになります。

また、水門小の「前」に友達がいなかったことも、水門小の「後」も、友達らしい友達ができなかったように見えることも(結絃が言うところの「ぼーっと本を読んでるだけ」状態)、それらの期間はずっと「諦めた」モードであり、友達を作るような動きをまったくとらなかったからだと考えれば、説明がつきます。

そしてさらに、硝子の自殺念慮がどういう状況で起こるのか、ということについても、一定の説明がつきます。
これまで、硝子に自殺念慮が生じたのは2回(水門小時代のノート池ポチャ事件後と、高校になってからの橋崩壊事件後)ですが、どちらも「諦めない」状態で頑張って、それが挫折して「諦めざるを得ない」状態に移行する、その境目で「スイッチ」が入ってしまっていることが分かります。

このように、硝子の「諦めたもの」を理解するには、硝子にとっては「諦めている」状態のほうが一般的で、「諦めない」状態のほうが特殊なんだ、ということをふまえる必要があると思います。
タグ:第51話 第03話
posted by sora at 07:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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