当ブログでは、いわゆる発売日前の「フライングのネタバレ」に関する話題は扱いません。フライングのネタバレとなるコメントはご遠慮ください。ご協力よろしくお願いします。(発売日後のネタバレはOKです。)

おすすめエントリ(最初はこちらからどうぞ)

2014年12月16日

石田母と西宮母、謝罪に対する対照的な対応とは?

※このエントリは、第52話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

石田母と西宮母は、物語のなかでも対照的なキャラクターですが、以前の大今先生のCocohanaインタビューで、ずっと引っ掛かっていたことがありました。

「石田母については『優しさの中の厳しさ』を、西宮母については『厳しさの中の優しさ』を、今後描いていきたい」

こちらについて、西宮母については、第4巻の過去の経緯とか、祖母が死んだあとの結絃に対する微妙な態度の変化とか、誕生日の将也への態度とかが「優しさ」かな、石田母については将也の自殺意図を知った際にお金を燃やしたのが「厳しさ」かな、などと漠然としたイメージくらいしか持てていなかったのですが、改めて最初から読み直してみて、ある1点について、両者が非常に対照的に、それぞれ「優しさの中の厳しさ」「厳しさの中の優しさ」を示しているシーンがあることに気づきました。

それは、

相手の子どもの、自分の子どもに対する行為への謝罪に対する、(まだその相手の子どものことが受け入れられていない段階での)対応

です。

西宮母については、第2巻、第7話で、5年ぶりに硝子と再会した将也が小学校時代のいじめを謝罪した場面がそれにあたります。
このときの西宮母の対応は、「ビンタ」でした


第2巻40ページ、第7話。

このビンタ、最初に読んだときは「一方的な『厳しさ』」であるような印象をもったのですが、同じような状況での石田母の対応と見比べたとき、初めて、必ずしも単なる厳しさでもない、ということに気づきました。

その、上記に「対応」する、石田母の場面は、硝子の自殺の身代わりに転落した将也が入院し、病院で硝子と出会った場面です。
このとき、石田母は筆談ノートで謝罪しようとする硝子を遮って、「まだ心の整理ができていないから」と言って去ってしまいます


第6巻119ページ、第49話。

この二人の対応、いずれも、「相手の子どものせいで自分の子どもがひどい目にあった、でも相手の子どもは反省しており、謝罪の意思を示している」という状況に対する反応として、実に対照的です

西宮母の対応は、ビンタという一見きわめて「拒絶的」なものですが、別の見方をすると、将也の謝罪のことばをちゃんと聞き、無視せずにちゃんと反応を返した、ということもできると思います。
将也の視点から見ると、「ちゃんと謝罪のことばが伝わって、ちゃんと罰を受けた」ということになり、問題が着実に一歩前進しています。

ですからこの反応は「厳しさ」なのか「優しさ」なのかといえば実は「優しさ」なのであり、まさに「厳しさの中の優しさ」が描かれている、といっていいと思います。

一方、石田母の対応ですが、ことばを荒立てることもなく、淡々と複雑な心情を語り静かに去っていく石田母ですが、よくよく考えてみると、

1)現時点での硝子の謝罪を拒絶している。
2)自分自身のことばも、相手の障害ゆえに届いていないことを自覚しつつ、あえて筆談ノートも使わず話している。つまり、直接自分のことばを硝子に伝えることも回避している。


西宮母のビンタでの対応がそれなりに将也とがっぷり四つに組んで同じ土俵に上っているのに対して、石田母はそもそも同じ土俵に乗ることなく(硝子の筆談ノートメッセージを読むこともなく、自分も筆談することもしない)、硝子とのコミュニケーションを「静かに拒絶して」去っていきました

これは、硝子の将也への行いに対する、硝子経んの反応として、表面上の「優しさ」とは裏腹に実は「厳しさ」が現れており、まさに「優しさの中の厳しさ」であると言えます。

実際、将也が第2〜3巻でやっていたことが、第6巻で硝子によってリフレインされている、という物語上の構造は明らかなので、そういう意味で「同じような場面」での西宮母と石田母の対応の違いは、間違いなく意識的に対照的になるように描かれているように思われます。

だとすると、Cocohanaで語られた、石田母・西宮母の「優しさ」と「厳しさ」の対照がいつどのように表現されるのか、という「伏線」については、「すでに真柴回までで描かれて、伏線回収済」と考えるのがいいと思われます。
posted by sora at 07:18 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。当初、二人のママの対応の違いは職業が作った人格だとばかり思っておりました。


商人であり職人の石田ママは、大きく事を荒立てたら自分の店の評判に響いて家族が危なくなる。謝罪に対しても当たり障りないように、相手の機嫌を損ねない慎重にならざるを得ないでしょう。あら?硝子ちゃんの人生観とにてません?

看護関係の西宮ママは、常に相手が一歩引いて対応してくれる事に馴れている。たぶん助手から看護師という叩き上げかと思われます。謝罪してくる相手にストレートに感情出しても許される立場で仕事と家族を作ってきた。明らかにママに異を唱えたのはゆづちゃんだけ。患者さんの事を考えたらガツンとやらなければいけない事も多く、優しい顔だけしていたら務まらない。石田君に対して、肝臓病患者が飲酒したみたいな怒り方。問答無用!!ただしそれをやった後はまた世話に明け暮れた毎日が透けて見えました。


商人の石田ママ、やらかしたお客を穏やかな言葉で出禁にするような、優しい対応の中に厳しい本音が硝子ちゃんに与えた罰。謝罪を今は受け入れてあげるゆとりがないの、と言うような石田ママのやり方はビンタよりキツいお仕置きですな。


わが子が傷つけられた時にすら出てしまう職業がら。人間の深い業ですね。二つの優しさはコインの裏表の違いはあっても、同じ物だと思えたのです。
Posted by あらやん at 2014年12月16日 10:47
あらやんさん、

コメントありがとうございます。

石田母と西宮母、どちらも母子家庭で年頃の子どもを育てていて、いろいろ悩みは尽きないという点で共通していますが、それ以外の性格などはとてもうまく描き分けられているな、と感じます。

物語の最後で、この2人が友達のようになれたことは、この2人にとってとても幸せなことだったと思います。どちらも(意外に石田母も)同世代・同性の友人はほとんどいなかったと思いますから。
Posted by sora at 2014年12月16日 21:44
コメントを書く
お名前: [必須入力]
※複数の名前の使い分け、なりすまし、名無し投稿等はご遠慮願います。

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]
※エントリの内容に沿ったご意見をお待ちしています。なお、批評の範疇を超えたキャラ叩き、断罪、作品叩き、中傷コメントなどは遠慮願います。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/410714589
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック