2014年12月12日

第54話、硝子が魅力的に見える理由とは?

※このエントリは、第54話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第54話で、硝子は悲しみ、否定し、泣き、そして最後に最高の笑顔を見せます。


第54話、16ページ。

そして、その表情をみるとき、とても重要なことに気づいて、感慨深い気持ちになります。

ああ、そうか。
硝子は、ようやく感情を素直に表すことができるようになったんだ。
ポジティブな感情も、ネガティブな感情も。
だから、今回みせた硝子の最高の笑顔を、何の曇りもなく100%信じる事ができるんだ、と。


硝子は、将也の身代わり転落のあと、家族のコミュニケーションの断絶をひとしきり泣いた後、何かを決心して「外の世界」に出て行きます(第45話)。


第6巻56ページ、第45話。

「外の世界」に出ていってやろうとしたことは「待っているのではなく、自分で動いて壊れたものを取り戻す」こと。それが結果的に「映画撮影の再開」につながっていきました。

ところで、どうやらこのとき、硝子は「作り笑い」をやめたように見えます
その一方で、将也を傷つけた罪の意識からか、硝子は作り笑いではない、素直な「笑い」、喜びの感情も失ってしまったように見えました。
その結果として、各自視点回の硝子は、無表情のままひたすら映画再開のための勧誘だけを繰り返す「映画勧誘ロボット」というか、植野のことばを借りれば「ユーレイかと思う」ような姿に変貌していました。


第6巻142ページ、第50話。

真柴回で石田母と会ったとき、わずかに表情を見せましたが、その出会いも「対話拒否」という形でつぶされ、硝子は改めて「過ち」の重さを感じたと思います。

そんな硝子の「感情」が堰を超えてあふれ出したのが、映画が再会され、水門小のロケを終えた日、9月2日の深夜だったようです。
将也の「死」を予感した硝子は、いてもたってもいられず、深夜の街を走り「橋」にたどりつき、そこで、感情を爆発させて号泣しました。


第6巻180ページ、第52話。

その「こえ」に反応するかのように目覚め、「橋」に現れる将也。
その将也の前で、初めて硝子は、うれしさも悲しさもつらさも苦しさも、すべての感情を隠すことなく、将也の前にさらけ出したのだ、と言えると思います。

考えてみれば、硝子はまだ幼い小学校の頃から、結絃の前で、そしてクラスメートの前で、「作り笑い」をすることで辛い体験を乗り越えるという「適応」を行なってきました。
そんな「小学生硝子」の素直な「ネガティブ感情」を、たった一度だけ引き出したのも、よく考えれば将也でした(取っ組み合いのケンカ)

その後、高校生になって再会してからは、実は硝子はその将也の前でも「作り笑い」を続けていました
その感情の押し隠しがピークに達したのが橋崩壊事件後で、最後は笑顔のまま花火大会で別れ、自殺を決行するところにまで至ってしまったわけです。

そんな硝子が、ようやく硝子の前で、すべての感情を表に出せるようになりました。
だから、途中の涙に私たちも(将也も)心を打たれ、そして最後に見せた「心からの笑顔」に救われるのだ、と思います。
そして、その「笑顔」は「本物」なので、花火大会のときとは違って、将也も「信じる」ことができるわけです。

第54話の硝子が魅力的に見える理由。
それは、硝子が18年かけてようやく、「すべての感情をありのままに表出できる相手」を見つけたところにあるのだ、と思います。
posted by sora at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする
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