これは半分ネタでもあり、またもしかすると禁断のネタ?かもしれませんが(笑)、「聲の形」の物語で起こっているさまざまな事件や悲劇のほとんどは、実は植野が動いていなければ起こっていなかったんじゃないか?という疑惑があります。
以下、順に見ていきたいと思います。
1)植野が佐原と席を交換しなければ…
第1話の席替えで、窓際の席が当たった植野は、将也の近くに行きたくて、佐原と席を交換しました。

第1巻44ページ、第1話。
もしこの交換がなければ、植野はひとり窓際になり、将也の近くには川井・佐原が座っていたことになります。
その場合、硝子は、竹内がどうしても植野を世話係にしたいと考えていたなら植野の隣となり、将也と硝子は離れて座っていたことになります。
この場合、「将也が硝子に興味をもってからかい始める」というイベントそのものが起こらなかった可能性があります。
また、もし竹内が硝子を委員長である川井の近くに座らせようと考えていた場合、硝子は将也の近くに座ることになりますが、植野は離れたところに座っており、かつ、硝子の世話を焼きたがっていた佐原が硝子の近くに座ることになります。
この場合、硝子と植野の確執は生じず、また、佐原のサポートが得られたであろうため、硝子はクラスになじんで平和に学校生活を遅れた可能性があります。
2)植野が喜多先生の提案をつぶしていなければ…
植野は、自分一人に硝子の世話の負担がかかっているのに評価されないことに不満をいだき、喜多先生の提案した手話勉強会の話をつぶしてしまいます。

第1巻87ページ、第2話。
もしここで植野が反論せず、手話勉強会が始まっていたらどうなっていたでしょうか?
もちろん、手話について否定的なクラスメートもたくさんいたと思いますが、佐原や将也は興味をもって勉強を続けた可能性が高そうですし、クラスのなかに一定の理解者を作ることは可能になったのではないかと思います。
3)植野が佐原をいじめなければ…
第2話で、喜多先生の提案に乗って、佐原が手話を勉強して硝子の世話を引き受けることを申し出ましたが、それによって面目をつぶされたと感じた植野が佐原をいじめ、佐原は不登校になってしまいます。

第1巻92ページ、第2話。
もしこの「植野による佐原いじめ」がなければ、硝子はクラスの中に佐原という理解者を得て、クラスの中に一定の居場所を得ることができ、無事に卒業を迎えられたのではないかと思います。
さらに、当然ですが佐原自身も不登校にはならなかったので、不登校による挫折と再生という、佐原のドラマ自体も起こっていなかったでしょう。
4)植野が島田の将也いじめに乗っていなければ…
植野は、学級裁判後、将也いじめを始めた島田からの誘いを断れず、一緒に将也をいじめ始めます。

第6巻134ページ、第50話。
もし植野がこの島田からの誘いに乗らず、将也いじめに加わっていなければ、植野は島田から「机の落書きが消されている」という情報を得ることはなく、そうなればそれを消している硝子に関心をもつことはなく、硝子いじめを開始して硝子を転校にまで追い込むことはなかったでしょう。
5)植野が硝子いじめを続けていなければ…
植野は、硝子が将也の机の落書きを消しているのを発見して、将也に色目を使っていると判断して硝子いじめをエスカレートさせ、硝子を転校にまで追い込みました。

もし植野がこの硝子いじめをやっていなければ、硝子は何とか水門小に踏みとどまって勉強についていくことができ、転校することなく水門小を卒業できたのではないでしょうか。
そして、もし硝子が後半いじめを受けることなく、無事に水門小を卒業できていれば、将也が中学時代に受けたいじめのきっかけである「硝子をいじめ抜いて転校させた」という噂は生じないことになり、将也は中学時代に孤立しなかった可能性が高くなります。
また、そもそも、植野によって行われていた(後半の)硝子いじめは、植野ではなく将也がやっているものだと、小学校時代の島田らやクラスメートから誤解されていたフシがあります。
ですから、植野が硝子いじめを行わなければ、将也がやっていたことは「学級裁判までの間だけ硝子をいじめていたが、学級裁判後はおとなしくしていた」という評価となり、小学校の卒業前から中学時代の将也へのいじめはなくなっていた可能性さえあるわけです。
6)植野が、硝子をいじめて転校に追い込んだのは自分だと島田に告白していたら…
ここからは推測が入りますが、中学に入った島田が、「将也が」硝子を転校に追い込んだという噂を流し徹底的に叩いた一方で、植野との関係が良好なまま続いていることを見ると、島田は植野が行った後半の硝子いじめは将也の仕業であるとずっと誤解を続けていた可能性が高いです。
もし、植野が島田に正直に「硝子を転校に追い込む後半のいじめをやっていたのは自分だった」と早い時期に正直に伝えていれば、島田は将也いじめをやめていた可能性が高いのではないでしょうか。
…こうやって考えてみると、「聲の形」の高校編を成り立たせるための、小中学校時代のほとんどの事件は、実はほぼすべて植野の行動によって生じた結果になっていることに愕然とします。
高校編になって以降も、まあぶっちゃけ植野はトラブルメーカーなわけですが、それでも植野によって状況がかき回された結果として「物語がポジティブな方向に動く」という展開が多々あるのでまだ救いがある印象です。
一方で、小・中学校編では、植野の選択した行動のほとんどすべてが、将也と硝子の運命をネガティブな方に転落させていくものばかりになっていることに驚くほかありません。
もしもこれらの「行動の選択」の中で、たった1つでも植野が本編とは違う行動をとっていたら、「聲の形」高校編は存在すらしていなかったことになります。
そういう意味では、「聲の形」は、内容としては将也と硝子の物語ではありますが、構造としては、植野の行動選択によって作り上げられた、「植野の物語」でもあるのですね。

そして彼女の立場に立ってみると確かに硝子が来ていなければ、将也と普通の恋愛が成立していたようにも思えるので、少し悲しくも思えます。
助演女優賞は間違いなく彼女ですね。
コメントありがとうございます。
そうですね、最後、植野にもいい「救い」は与えられたなと思う一方で、少し丸くなりすぎたかな、という印象はたしかにありますね。
もう少し最後まで暴れてくれたほうが(笑)、展開としてはスリリングになっていただろうな、と思います。
まあそれを始めると、7巻の構想は崩壊しそうですが(^^;)。
そもそも植野が序盤で素直に将也に告白していれば後の問題はほぼ全て起こらなかったと思うんですよね。
まあそれでトラブらなければこの作品成立しないのでいたしかゆしというか。