2014年12月01日

将也だけが罰を受けすぎ? あるいは将也=キリスト仮説(8)

そして、最後に残ったのが硝子です。
硝子は、こと将也の身代わり転落に関してだけいえば、最も重い「罪」を背負っていることは明らかです。

将也は、硝子についても、転落時にほとんどの罰を引き受けてくれていたはずでしたが、最後の最後に犯された「罪」だけは(時間軸的にも)引き受けることができませんでした。

硝子が犯した最後の「罪」と、それがゆえに硝子に残された「罰」。
それは、自分の肉体を軽んじて、自殺という過ちを犯してしまった」という「罪」に対する、「代わりに大切な人の肉体が痛めつけられ、自分は生き残ってしまって、その一部始終を見届けなければならない」という「罰」です。


第6巻149ページ、第51話。

硝子については、この「罪」を自覚し、償うことができるかどうかが、将也の「救済」を受けるための前提条件になったと考えられます。

そんな硝子の1つめの「贖罪」は、「映画を再開する」という行為によってなされました。
橋崩壊事件以後、ばらばらになってしまった映画メンバーのつながりを、自らの行動によって修復し、そして映画撮影の再開にまでこぎつけることができました。

これによって「贖罪」の第一段階は成った、と判断した「鯉」は、いよいよ硝子が将也の「救い」を与えられる「準備」ができているのかどうかを試そうとします。

鯉は硝子の夢枕に将也を登場させ、「将也と出会わず、友達とうまくやれていればすべてが丸く収まっていたんじゃないか? そういう運命を選んでいたほうが良かったんじゃないか?」という謎を、硝子にかけます。


第6巻163ページ、第51話。

これも別エントリで考察しましたが、これを「硝子の側」から解釈すれば、「私に障害がなかったら、という理想の世界のほうに行くこと」と、「私が障害を持っていて、いじめを受けたりする現実の世界にそれでも残ること」のどちらを選ぶんだ、という選択が提示された、ということです。

硝子はここで、「将也と出会ったこの現実の世界こそが、辛いこともたくさんあるけれども一番大切なんだ、私が選ぶのは、いまここの現実の世界だ」という「答え」を見出します。
そして、その「答え」を噛み締めたとき、改めて、自殺という過ちを犯し、将也を傷つけてしまった「罪」の重さを再認識し、硝子は深く深く後悔し、涙を流します。


第6巻181ページ、第52話。

硝子は「正しい答え」にたどり着いたのです。

その涙は、川のなかにいる「鯉」にしっかりと届きました。
これをもって、硝子の「贖罪」も完了し、そして硝子を含むすべての人間が、将也による「救い」を与えられる「準備」もすべて成ったということになります。

そして鯉は、最後の大いなる奇跡を起こします。
タグ:第52話 第51話
posted by sora at 07:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やー、すごいですね。
ご考察を拝読するにつれて、この物語全体の構造が自分の中でどんどんくっきりはっきりしてきます。

ところで、ひとつ気になっていたことがあるんです。
入院中の石田の容態についてですが、44話を読んだ時、私は石田はそれほど危険な状態ではないと思ってたんです。
石田母も結絃も落ち着いてるし、一般病棟に移ったし、怪我した部分も命に関わるような場所では無かったし。
でも51話の硝子回で唐突に「しのーと思ってさ」の言葉が出てきて、続く石田回でもその言葉に呼応するように「死ぬんだろうか」のモノローグが出てきますよね。
ここを読んで「・・・今の石田ってかなり危ない状況なのかな?もしかしていまわの際に立たされてる?」と読んでて焦りました。
管理人さんの言葉を借りるなら、もし硝子が鯉からの問いかけに間違った答えを出していたら、もしかしてあの時点で石田が死んでいた可能性があったんでしょうか?
「しのーと思ってさ」だけなら硝子の心が生み出した自分への問いかけと理解することも出来るかもしれませんが、その後の石田の死を予感させるモノローグと重ねて考えると、単なる個々人の夢や想像を超えた状況が繰り広げられてたのではと思ってしまいます。
(とはいえ、鯉が石田の命を奪うなんて非情な真似はしないと私は思いますので、硝子の後悔の涙を受け取った鯉が、危険な状態にあった石田の命を救いだす奇跡を起こしたと理解したいですが・・・^^)
以前のエントリで管理人さんも同じような感想(石田は危なかったのでは?という内容)を書かれていた事があったかと思いますが、、実際あの時の石田はどんな状態だったんでしょうね?
今でもこのあたりの話を読み返す度にものすごく気になります。
Posted by つん at 2014年12月02日 20:34
つんさん、

コメントありがとうございます。

ここですが、私は硝子があそこで「正解」を出さなければ、将也は「容態の急変」という形で死んでいたと考えています。

実際、将也の状態はそんなに悪くなかった(という医師の見立て)だったんでしょう。
でも、なぜかなかなか意識が戻らない、そういう状態だったと思いますが、それは鯉が将也の生死を「保留」していたからだと思います。

そもそも、鯉が奇跡を起こしていなければ、川に転落した時点で見つかるのが遅くて将也は死んでいただろうと思います。(硝子も気絶していて助けにいけませんでしたし)

そう考えると、鯉は将也の生死を楽々と変えられるほどの力を持っていると考えられるわけです。
Posted by sora at 2014年12月03日 00:07
ありがとうございます。
なんだかぞっとしました。「容態の急変」という言葉が怖いです。
私が思っていたよりも、鯉はもっと冷徹な視点で2人を見ていたかもしれませんね。
見守るというより、ただただ見つめて、そして見極めるという感じですかね。
2人が直面していた事態の大きさを考えると、ここら辺の話は前までの様に気軽な感じでは読み返せなくなりそうです(^^;)
Posted by つん at 2014年12月03日 00:36
つんさん、

コメントありがとうございます。

まあ、このあたりは相当勝手な深読みだと思うので、「どう読み取るか」は読者に完全にゆだねられていると思います。
私は、「鯉」が奇跡も「罰」も与えていると読み解いたので、そういう読み解きになりましたが、それだけが正しい読み方だとは全然思っていません。
Posted by sora at 2014年12月03日 23:27
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