2014年12月01日

将也だけが罰を受けすぎ? あるいは将也=キリスト仮説(7)

将也が硝子の身代わりとなって、鯉のいる川に身を投じて「罪」を償おうとしたとき、将也が背負っていたのは、

・将也自身の罪

だけでなく、

・自殺という過ちを犯した、硝子の罪

も一緒に背負っていた、と言えます。
そしてさらに、硝子自身が引き受けようとしていた、

・将也、硝子がかかわってきた、すべての人々の罪

も、硝子から引き継いで、一緒に背負っていた、と考えられるでしょう。

つまり将也は、この行為によって、自分自身のみならず「硝子を含む、すべての関係者の罪」を、彼ら・彼女らに代わって引き受け、そして償ったのだ、と考えられます。

そしてこの「贖罪」は、川にいた「鯉」によって受け入れられ、贖罪を認めた鯉は1つの「奇跡」を起こします。
将也転落の際に、島田と広瀬が「偶然近くにいた」という状況を作り出し、彼らに転落直後に将也を救出させることによって、将也は水没による呼吸停止で脳や心臓に致命的なダメージを受けることなく、純粋な「落下の衝撃」だけのダメージに留まってとりあえず一命をとりとめました。


第6巻152ページ、第51話。

これは偶然にしてはあまりにもできすぎていることからも、物語の中でも単なる100%の偶然ではなく、何らかの大いなる意思の働いた「奇跡」である、ということが示唆されているようにも思われます

ただし鯉はここで、将也をすぐに完全復活させることはありませんでした。
将也が与えようとしている「救済」について、それを「与えられる側」にその準備はできているのかを、しばらくじっと見守っていたのです。(それに加えて、将也が償うことができなかった「罪」が1つ残っていた、ということもあります。これについてはあとで説明します)

第6巻の各自視点回(さらには、結絃視点の最初のほうの回も)を改めて読むと、どの回も、その登場人物と将也がどのようなかかわりをもち、そしてそれによって、自分自身がどのように(将也の影響を受けて)変わっていったのかが描かれていることが分かります。


第6巻81ページ、第47話。

誰もが、将也との出会い、関わりによって自己を省みていろいろなことを考え、少しずつ前へ、「いい方向へ」進んでいることが、各自視点回では示されました。
その事実をもって、将也の救いが「成る」機は熟していきました。
posted by sora at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
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