2014年11月23日

最終回、結局登場しなかった島田(3)

第61話で、植野によって島田の話が再び登場したのは、「それが植野にとって重要だったから」ということに尽きるだろう、と思います。

そして、第62話で島田が登場「しなかった」こと。これにも、はっきりした意味があると感じています。

それは、将也にとっての島田が、

「トラウマ」から「トラウマではない存在」に変わった

ということにとどまらず、さらに進んで、

「いろいろなことを話したい存在」にまで前向きに変わった

ということを示している
のだ、と思うのです。

将也は、第7巻で、転落直前の第43話での「誓い」を1つ1つ実践していきました。
それは具体的にいえば、「みんなの顔をちゃんと見て、みんなの話をちゃんと聞いて、みんなにちゃんと話す」ということでした。


第5巻10ページ、第43話。

それを実践したことで、第7巻に入って、将也は硝子に謝罪した上で「生きるのを手伝ってほしい」ということばを伝えることができました。
映画メンバーにも橋での暴言を謝罪し、「もっとみんなのことが知りたい」ということばを伝えることができました。
そしてこれまでついていたバッテンをすべて外し、クラスメートや先生の話を、いいことも悪いこともちゃんと聞いて、ちゃんと話すことができるようになりました。

さらには、これまで「意味わかんねーし」と、対話をある意味拒否していた植野とも第61話で誠実に話すことができ、お互いがお互いにもっていた幻想や誤解を解くことができました(植野の恋心には最後まで気づかなかったようですが)。

さて、そして島田です。
将也は、島田が実は転落した将也を助けてくれたのだと聞き、「話をしてみたい」と思うようになりました。

将也にとって、島田はいまだに「謎の人物」ではあるに違いありません
将也視点では、島田がなぜ学級裁判で「裏切った」のか、なぜその後いじめを続けたのか、なぜ中学でも自分を孤立させたのか、高校になってその「憎しみ」のようなものが消えたように見えるのはなぜか、それらはすべて「謎」だと思います。

そこにさらに「死にかけた自分を助けてくれた」ことと、「それを植野に口止めしていた」という新たな事実が加わりました。

「トラウマ」を乗り越えた将也にとって、いまの島田は、「知らないことがたくさんある、もっと話をして、もっと話を聞きたい存在」になったのだ、と思います。

だから、最終話のラストで開いた扉の向こうに、きっと島田は「いる」んだと思います
そして、将也は島田をちゃんと見て、ちゃんと話を聞いて、そしてちゃんと話をするんだろうと思います。
もしかすると島田はそんな将也を「相変わらずダセーな」と笑うのかもしれませんが、そういったことを含めて、いまの将也は島田と「話したい」のだろう、と思うわけです。

でも作者が、ラストで将也と島田の関係について語りたかったことは、「将也がそういう気持ちを持った」ということであって、「将也が実際にそういう話をするという『展開』」ではなかったのだと思います。
島田は「登場しなかった」けれども扉の向こうに「いる」というのは、そういうことなのだろう、と。


posted by sora at 07:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。島田が「いる」という件ですが、僕は真柴の描写がその演出上の根拠になりそうだと思っています。

最終回で初めて感じたことですが、真柴は将也の裏キャラクターという位置づけがあったのではないでしょうか。
小学生時代にいじめをうけ(と本人が感じて)いました。その中心になる相手は将也と同じく二人組です。

その二人組は早婚で、高3のときにはすでに妊娠していましたから成人式の時には、2歳くらいの子供がいるはずです。

つまりこの二人組は島田・広瀬に対応しているとともに、早婚という要素で少なくとも広瀬には二重に対応していると思われます。
真柴は成人式で二人に向き合い、話す。
将也もまた同じ日に、二人に向き合って話すことを暗示する展開だったのでしょう。

大今先生なら、こういう形式的な関連付けを好みそうでもありますし。。。

いじめられっ子という意識が強く、いじめを断罪したがる真柴と、いじめっ子という負い目が強く、自分のいじめに対する贖罪を強く意識する将也、という点も対になっているんですよね。
Posted by がっでむ at 2014年11月23日 10:23
がっでむさん、

コメントありがとうございます。

そうですね。「パラレルワールドの将也」ということでは、真柴は「西宮がいなかった将也」であり、植野もまた「男女を逆にして、後悔の対象になっている相手の過去(将也と島田の友情)を取り戻そうとする将也」だと思います。

ところで、私は、「広瀬」の存在意義がなんだったのか、いまだにつかみあぐねています。
いろいろ考えているんですが、どう考えても「島田1人でよかったのでは?」と思わずにはいられないのです。
もともとオリジナルではいなかったキャラですしね。
Posted by sora at 2014年11月23日 18:20
こんばんは。
まだ考えがまとまらないのですが、、、

広瀬は「将也がかつて下に見ていた相手が、いつの間にか先にいる」というシチュエーションを描くためのキャラクターなのかと思いました。

広瀬は将也の知らないところで成長し、ある意味で彼を追い越して行った(知らないところで、父親になっていた)わけで、これは将也が橋で硝子に語り、学校でみんなに語り、公園で植野に語ったことでもある「相手の、自分の知らない一面を尊重して謙虚に接する」ことを、セリフでなくシチュエーションで裏打ちするものです。いつまでも将也を裏切っていじめた少年ではなく、おそらく内面的にも成長しているのでしょう。

また、「将也の『先』」とは、いつか父親になる自分。いつか硝子と家庭を持つであろう自分、ということで、最終回後の未来(の可能性)を見せる布石だとも感じました。

※広瀬は前後ランドセルスタイルが描かれていましたが、将也は真柴が女の子たちにランドセルを「自分で持てよ」とすごんだ際に「俺はかばんを持たせる方だった」と回想していますよね。(ここでも真柴なので、真柴の旧友である早婚組と広瀬、というのは作者の意図した線なのかと)

うまくまとまっていないですね(ーー;すみません。
Posted by がっでむ at 2014年11月23日 23:12
がっでむさん、

コメントありがとうございます。

なかなか面白い視点ですね。
私は、広瀬にあえて意味づけするなら、「島田と仲間割れしなかった将也」なのかもしれないな、とも思っています。

将也は、あのまま島田との悪ガキ関係が続いていたら、地元でヤンキーっぽく成長して、それこそ植野と一緒になってさっさと子どもを生んだりしていたのではないかと想像します。
それをそのまま実現しているのが、広瀬なのかな、と。
Posted by sora at 2014年11月24日 20:01
考察すごいです。
納得。
Posted by あああ at 2018年07月27日 00:40
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