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2014年09月17日

やはり聲の形は「鯉の形」だった?(あるいは第53話のオカルト展開をどう読むか)(1)

先ほどのオカルト展開エントリの続き的なエントリです。
さっそく、第53話でのオカルト的展開をがっつり楽しみつつ読み解いていきたいと思います。

第51話あたりから、将也と硝子の物理的距離を超えたコミュニケーションが少しずつ出てきて、物語がややオカルト的要素を帯びてきていましたが、第53話ではっきりと「超能力」としか読めない(あるいはそう読むのが最も自然な)展開が出てきました。

それは、

硝子が橋で泣いているシーンを将也が夢に見た際の硝子の服装が、将也転落後に硝子がはじめて着た、将也の知らない服装だった。

という点です。


第53話、4ページ。

他の場面はなんとか偶然で説明することもできそうなのですが、このシーンだけは「将也が転落して昏睡したあとの硝子の服装」を知っていなければありえない描写になっているため、偶然だけで説明するのは厳しそうです(あえていうなら、記憶の錯乱によって、実際の再会時に見た硝子の服装を、夢でも見たかのように「夢の記憶の後付けの修正」が行われた、と考えるくらいですが、まあちょっと無理があります)。

簡単にいえば、将也はこの場面で、「透視能力」という超能力を発揮していま橋で泣いている硝子を「見た」、そう考えるのがもっとも自然な読み解きでしょう。

でも、それにしてもこのシーンには少し不思議なところがあります。

このシーン、もしも硝子の姿を無難に「将也の知っている服装」にしておけば、偶然の一致かオカルトか微妙なラインを走ることができたはずだからです。
実際、このシーンで将也のほうは病院着ではなく4月15日の制服姿をしています。
つまり、作者もこの「服装問題」を意識して描いていることは間違いありません。
この場面で硝子も同じく制服の冬服にすることで第51話の夢枕シーンっぽく見せることも可能だったはずで、そう描けば「オカルトか偶然か」の微妙なラインを維持することもできたはずです。

でも、そうはなっていません。

つまり、この場面では、作者はあえてはっきりと「この場面では超能力が発揮されたんです」と表現しようとしている、そう考えたほうがよさそうだ、ということになります。

だとすると、他の場面ではオカルトか偶然か分からないように描いているのと比較して、この場面には「奇跡」がおこる必然的な背景、状況がある(と作者が考えている)ことになります。
それは、何でしょうか?

…と考えていて、「答え」らしきものにいきつきました。

「鯉」です。

次のエントリに続きます。
タグ:第53話
posted by sora at 07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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