2014年09月17日

聲の形の「オカルト的展開」をどう読むか、という話

これ、エントリとして書くかどうか迷ったのですが、たぶん第51話から53話くらいの展開について議論していく際に、この部分について私がどう考えてエントリを書いているのかを示しておかないと、個々のエントリごとに微妙に火種がくすぶりそうなので、独立エントリとして自分なりの立ち位置を示しておくことにしました。

端的にいって、第53話で、

1)将也が硝子と同じ夢を見たこと。
2)将也が橋で泣いている硝子を夢で「透視した」こと。
3)その泣いている硝子の服装が、将也が見ていないはずのものだったこと。


などは、どれも「超能力的」であるように見えます。

こういった展開をみると、聲の形はオカルトまんがになってしまったのか、だとすればなんでもありだから「考察」しても仕方ないんじゃないか、といった意見も、まああると思います。

一方、これらの一見オカルト的な展開も、さまざまな考察を重ねることで、(多少強引になるでしょうが)オカルト的な前提をおかずに、「リアル路線+偶然」で説明することも不可能ではないと思います。
でも、そういった態度は、「オカルト的展開を無理に否定してリアル路線で読むという苦しい態度」に見えるということもあると思います。

ただ、この点について、私のポジションははっきりしています。

フィクションなんだからまずは全肯定。
オカルト要素があってもなくても構わないし、それも含め純粋に「作品の要素」として楽しみたい。
そのうえで、最終的にはそれによって表現されたものに対する「好き嫌い」の問題。(ただし「読み解き」は好き嫌いとは別)


少し前から書いていましたが、もともと、このまんがでは「リアル路線」とはちょっと違うセカイが描かれている、と思ってきました
具体的には、ものすごく少ない人数で物語が回っていき(将也転落を救出したのが島田と広瀬、とか)、「偶然の出来事」が割と当たり前に発生する、私たちが生きている世界とは微妙に違うパラレルワールドが舞台の物語だという認識です。(ゴールデンウィークもありませんでしたし、まだ肌寒い春でも平気で川に飛び込んだりもしていました)

ですから、ある場面で超能力っぽい展開が出てきたとして、それをそのまま「超能力」として受け止めてもいいですし、そうではなく「偶然の出来事が当たり前に起こるパラレルワールドで、また素晴らしい偶然が起こった」と読んでも、どちらでもいい、と思っています。

考察についても、

1)オカルトを前提として素直に読む。
2)オカルトは前提にしないが、「偶然の出来事がよく起こる」という「聲の形的パラレルワールド世界観」を前提にして深読みする。
3)あえてリアル世界観を前提にして「こんなこと起こらねーよ」と笑い飛ばす。


上記の1)から3)を組み合わせたり使い分けたりして、考察という営みそのものを楽しんでいきたい、というのが当ブログでの私の考え方です。
つまり、「この場面をオカルト的に読むなら素直に○○だけど、理屈をつけて読むなら××と考えれば説明がつけられる、でもまあどっちも強引だよなあ(笑)」みたいな読み方をするのが、私なりのこの作品の「オカルト的展開」の楽しみかたになります。

オカルト的展開を否定することもしませんし、オカルト的に見える場面にあえて理屈をつける、という読み解きを楽しむことも否定しません。「さすがにここでオカルトになっちゃうのは強引だ」と笑うこともしますが、それは作品叩きとしてではなく、しっかり「読み解き」をやった後でのツッコミとして語りたいと思います。

ちなみに第53話についてですが、大今先生は基本的に「オカルトでない前提でも読みきれる」ラインをぎりぎり走っているように見えますし、むしろそれを楽しんでいるように見えます
そもそも将也自身に「グーゼン会えるなんて出来過ぎだし?」とかまんがの中なのにメタ的なことを言わせてますし、硝子を何話も使って「ユーレイ風」に演出し、将也を白装束で登場させて二人を会わせる、なんてのも、オカルトオチを嗤うギャグにしか見えません。


第53話、15ページ。

また、今回の展開は、ふたりの出会いをドラマチックかつスピーディ(かつコミカル)に演出するために選択されており、翌朝普通に病室で出会うという(合理的だけれども恐らく退屈な)展開と、本質的には何も変わらないものでもあると思います。

ですから、第53話についていえば、納得できる形で「奇跡」が演出された、そう素直に思っています。

なお、このブログは、「読み解き」をメインとしてやっている「ファン」ブログです。(読み解き=作者がそれぞれの場面で何を表現しているのかを、作品内の情報から推理していくことです)
作品の好き嫌いの議論を否定するものではありませんが、例えばオカルト的であることを理由とする「作品叩き」「作者叩き」「キャラクター叩き」は、当ブログではご遠慮いただいていますので、ご了解いただいたうえで、楽しく皆さんと議論していければと思っています。

よろしくお願いします。
タグ:第53話
posted by sora at 07:15| Comment(19) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まさかの展開ですね~(=∀=)

大ダメージを受けて花火大会からずっと眠っていたのに、臀部のダメージ関係なく普通に歩けるの?!とか、色々ありますが、私個人的には硝子が報われる?好きな展開なので、マンガですしまぁアリなんですが、皆さんからすると、このオカルト展開は非難ごうごうなんですかねぇ~??
これも1つの聲の形のなのかな?とか思ったり~。

将也が出ると雰囲気和みますし、読みやすいですねぇ~。

展開的には、夜中に昏睡状態からすぐに男性用トイレのスリッパで病院から勝手に抜け出して、次の展開どうするんだろ??と、更に展開の読み解きが難解になった感じがしますが(^^;

それより、今回の話までがコミックス6巻に入り、この場面の姿の二人が表紙になるのでは??と思うのですが、如何でしょうか??

7巻には読み切り等が入るのでは?と考えており、そうなると7巻のボリュームが増え過ぎてしまうので、6巻に1話多く入るのではないかなと。

只、表紙ネタバレとはなりますが(^^;
Posted by aki at 2014年09月17日 08:09
西宮の耳の傷が消えてるのが個人的に一番オカルトっぽいですね。もしかしたら2人の生き霊?同士が再開したんでしょうか?つまり、2人はまだ眠っていて幽体離脱していたとか、、、。
Posted by ちいちは at 2014年09月17日 08:10
この作品は色んな所に伏線もちりばめられてるし、様々な設定にも意味を持たせてるようですし、実験的に様々な表現もされてるし、作者が読者の反応を楽しんでいるように思えます。
これも一つのコミュニケーションの形(聲の形)なのでは?
Posted by かじどん at 2014年09月17日 08:30
はじめまして。
聲の形毎週追ってます。
いよいよ残り話数が少なくなってきましたね。
この作品には考えさせられる事ばかりで、登場キャラ達を自分に置き換えて作中の世界を追体験する頻度も他の漫画作品より格段に多い、自分の中でとても稀有な作品です。
読者の数だけいろんな見方があるんでしょうけど、石田と西宮に感情移入しきって読んでた身としては、二人が手を取り合って未来へ進んでいくラストを見たいですね。
ラブコメありきの作品ではないんでしょうけど、やっぱり幸せに終わって欲しい。
何度も読み返せる作品になって欲しいなと思います。
ハラハラドキドキしながら、最終回まで付き合っていくつもりです。
それでは失礼いたしました^^
Posted by つん at 2014年09月17日 09:44
「同じ夢を見たと」というより石田の夢イメージに西宮if世界の答えあわせを持ってきたのでは?夢なのに枠が直線でモノローグが歪んでいるのもif世界との対比かなぁと。橋にいる西宮は都合展開だけど服装は絵的に同じに描かれただけで石田イメージでは別だった可能性も?
Posted by はむはむ at 2014年09月17日 10:11
将也の場合、前半の楽しい(はずだった)小学校生活の夢を見た後に、助け出す島田の手が現れているので、前半の夢は川の中で見たものだと思われます。そうなると、前半の夢に関しては、将也と硝子、別々の時間にそれを見ていたことになります。
前半の夢は、「夢」というよりむしろ、2人の同じ「願望」が夢となって表れたのだと思います。

ただ、後半の硝子が橋の上で泣いている夢は、良く言えば奇跡、悪く言えばオカルトとしか、今のところ考えられないですね(汗)
個人的に、どうせオカルトにするなら、夢の中で硝子のお婆ちゃんと出会い会話するような、そんなシーンとか見てみたかったです。
Posted by アルパッカ at 2014年09月17日 11:48
皆さん、コメントありがとうございます。

第53話まで、第6巻に入れて欲しいですね。そのあたりについてはエントリも書こうと思っています。

オカルトは要は「ファンタジー」なので、別にオカルトであっても考察もできるし、筋道を立ててしっかり読むこともできるので、私は個人的には構わないと思っています。(もともと鯉はオカルト的存在としていましたしね。)

「耳の傷」、今回その部分が見えているシーンってなかったように思うのですが(顔のラインで隠れている)、どのコマを指してらっしゃいますか?

大今先生は、この2,3話は「オカルト演出を読者に提示して楽しんでいる」と思います。
この作品にしては珍しく、登場人物にメタ的なこと(「出来過ぎだし」)を言わせていますしね。

夢については、硝子の夢と同じ部分と違う部分があって、この「違う部分」がポイントなんじゃないかと思っています。
夢パートについてはかなりエントリがかけそうなので、そのうちアップしたいと思います。

「オカルト」は、私の仮説がずれていないなら、「鯉が登場するシーン」で、これからも発生する可能性がありますね。
まあ、西宮祖母といえば、あの「手紙」はほとんどエスパーでしたが…(笑)。
Posted by sora at 2014年09月17日 21:39
文学小説なら現実の世界にオカルト的なことをぶっこむというのはよくありますよね
長編物語の最後にいきなり現実的でないことを描写しているもの、となると私の浅い読書経験からはぱっと思いつきませんが
なんにしろ早く続きが読みたい
Posted by マスク at 2014年09月17日 22:40
マスクさん、

コメントありがとうございます。

「全体的になんとなくオカルト」というより、「現実の世界に、1つだけオカルト的存在が紛れ込んでいる」と読む方が楽しいな、と思って「鯉」に注目しました。

ある意味ドラえもんとかもそうとも言えますね(あれは一応SFですが)。
Posted by sora at 2014年09月18日 21:45
ドラえもんのSFは藤子F先生曰く、science futureじゃなく、少し ふしぎ らしいので、雰囲気的合ってますかね~??
Posted by aki at 2014年09月19日 00:12
akiさん、

コメントありがとうございます。

意外と合っている気もします。
「聲の形」のできすぎな偶然も、ちょっとオカルトっぽい場面も、「すこしふしぎ」くらいなのではないでしょうか。
Posted by sora at 2014年09月19日 08:26
「オカルト」と言っても「鯉」はあくまでも象徴であり脇役でもあるので
村上春樹の18Q4の世界での月が二つあることとかが近いですかね
ドラえもんはちょっとズレすぎじゃ(笑)
Posted by マスク at 2014年09月19日 21:54
マスクさん、

「鯉」はあくまでも私も象徴的な意味で使っています。
ほんとに鯉がことばをしゃべれて…みたいなことじゃなくて、「オカルト的なことが起こる力の源泉になっている」的な意味です。

ドラえもん、私はそんなに悪くないたとえだと思ったんですが…。
あれも、「ドラえもんがひみつ道具を使っていろいろやってる」という「真実」を知らなければ、あちこちで「奇跡」や「ありえない偶然」が起こるオカルトまんがに見えるかもしれません。
でも「ドラえもん」という存在の意味を知る事で、そうではなくなります。

聲の形と鯉、というのもその関係に近いかな、と思っています。
Posted by sora at 2014年09月19日 22:33
もはや完全に好みの範囲だとは思いますが、ミヒャエルエンデを読みながら別な解釈を考えたので、コメントさせていただきます。「作品全体が壮大な『演劇』あるいは『儀式』である」という仮説です。毎回長文ですみません。以前の劇中劇オチエントリーと似ていますが…

1.まずこの作品は全体が、硝子と将也が贖罪を成し遂げるための儀式、あるいは演劇によるロールプレイングセラピーです。
2.お決まりの擬音も、服が変わらないのも、いつも同じ橋に集まるのも、儀式あるいは演劇の演出です。
3.あり得そうにない偶然が起きるのも、同じ状況の執拗なリフレインも、ギリシャ悲劇風の演出です。
4.パン係や、川への飛び込み、鯉に血を捧げることは作品中で最も重要な贖罪の儀式です。鯉は硝子と将也の罪の象徴です。
5.登場人物はみな演劇中の人物であり、それぞれ与えられた役を演じているだけです。しかし、本物の贖罪を成し遂げるには、それが「本物の感情」で演じられた「本物の演劇」でなければなりません。よって、彼らは自分達が単なる役であることを知りません。
6.しかしそれには、メタ的には、作品全体がフィクションである必要があります。従って、作中にはフィクションであることを示す記号がそれとなく埋め込まれています。53話の夢による透視はその一つです。
7.彼らが映画を撮影しているのも、記号の一つです。映画の詳細は描かれないのではなく、用意されていないのです。
8.物語の終わり彼らは自分達が役であったことを知り、現実に脱出します。演劇はいくつかの問題を解決できないまま、打ち切り風のエンディングを迎えます。残された問題は、作者から読者へのクエスチョンです。従って、現実の中での読者の行動が物語を完結させるのです。

不満な点は、なぜ作中で一番重要なイベントで透視による奇跡が演出されているのか、が説明できないことですね。自分としてはやっぱり、素直に「硝子と将也の強い想いと、橋メンバーみんなの成長と、ありえないほどの幸運が重なったからこそ『奇跡』が起きた」と読むのが一番好きです。

鯉を「人知を超えた力を行使する神」とする解釈の一番大きな不満は、なぜ鯉はいじめを防がなかったのか、という点だと思います。『タイタンの妖女』のように、SFの題材としてはアリだとは思います。
Posted by alps at 2014年09月20日 03:17
alpsさん、

コメントありがとうございます。

もはやその解釈は、ファンノベルを書きおこすレベルですね(笑)。
聲の形はそういう「まったく違う物語」を描く懐の深さを持った作品だと思います。

私はその解釈をみて映画「マトリックス」を少し思い出しました(エンデは読んでないので)。
あの映画もそういう「懐」をもった作品でしたね。

ちなみに、「鯉」がなぜいじめを止めなかったのかということについては、単に止めることに興味がなかったから、だと解釈したいところです。
鯉は「インガオーホーをコントロールしている」だけで、最初の「過ち」を止めることには関心がない、と。
そして、「過ち」が発生すればそこに「インガオーホー」による「罰」を加え、そこに「贖罪」がなされれば、「救済」を与える、それだけの存在なのかな、と思っています。

あと、インガオーホーの話をするなら、「川井が実は涼宮ハルヒだ」という仮説も、もしかしたら作れるかもしれません(笑)。テキトーに思いついただけですが。
Posted by sora at 2014年09月20日 18:06
soraさん、

確かに、ネオが映画の最後に現実世界で超能力を使うのも、自分が映画の登場人物であることに気付いたからなのかもしれませんね。トリニティとか、キリスト教のモチーフという点も似ていますし。

少なくとも、聲の形という作品が、演劇的な演出とか儀式性といった、メタ的な演出をふんだんに使っているのは明らかだと思います。51~53話の演出も、偶然で説明できないのは透視だけなので、ぎりぎりメタ的にも単なる偶然とも読める線(むしろぎりぎり読めない線かも)を狙っているのだろうと思います。本当に底の知れない作品ですね。
Posted by alps at 2014年09月20日 20:44
alpsさん、

「自分がドラマの登場人物である」だと、大好きな映画「トゥルーマン・ショー」になっていきますね。
あれも考えてみると「主人公が、夢の世界ではなくあえて現実の世界を選ぶ、なぜならそちらにこそ自分の願うものがあるから」という映画でした。

逆にいうと、そういうストーリーに憧れているために私の読み解きがそっちに引っ張られているのかもしれません。

透視の部分、あそこだけはどうしても「超常現象」として読む「べき」だと思っています。
将也の服装をわざわざ前後のコマと連続性のない高校冬服にした時点で、服装のことをぼんやり考えて作者が描いているとは思えないので。

でもそれ以外については、オカルト的に読まない線も十分ありだと考えていて、今日のエントリはそういう方向性です。
Posted by sora at 2014年09月21日 09:03
soraさん、

いつも新しいエントリーを楽しみにさせてもらっております。『トゥルーマンズショー』は私も大好きです。ちょっとブラックな設定も良いですし、ラストシーンはむくむくと嬉しい気分になります。

エンデの『はてしない物語』はまさに「夢の世界よりもあえて現実を選ぶ」小説だと思います。私には、「物語の中を旅する物語」という複雑な構造がそのテーマと一体化しているのがとても魅力的でした。私の思うポイントは、物語の国ではなんでも叶えられるが、現実には何一つ(勇気でさえ)持ち帰れない、という点です。soraさんの聲の形の読み解きと、エンデがこの小説で語っいることがよく似ているように感じたので、コメントさせていただきました。お時間があれば、読んでみると面白いかと思います。
Posted by alps at 2014年09月28日 17:29
alpsさん、

コメントありがとうございます。

この「聲の形」、全体として語ろうとしていることは、どうも「現実は最低でろくでもないけれども、でもそこで生きるしかないし、そこにはまんざらでもないものも落ちてるし、たまには夢みたいに素晴らしいことも起こる。そんな現実に、私たちは生きている」みたいな、ある意味とても一般的な結論なのかもしれないな、と最近思ったりしています。

「はてしない物語」は、たぶん小さいころに映画「ネバーエンディングストーリー」は見たはずですが、内容はすっかり忘れてしまいましたね…。
またそのうち、小説か映画を見直してみてもいいかもしれません。(^^)ありがとうございます。

Posted by sora at 2014年09月29日 23:25
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