2014年09月04日

第51話、将也登場シーンをどう考えるか?(3)

第51話の後半部分、将也の登場シーンについて考察するエントリの続きです。

硝子の「夢枕」に立って語る将也の言ってることがどうもおかしい、という点について、いまの時点で考えられる整合的な答えとは、

将也が時間をさかのぼって、記憶を失いつつある。

という仮説(記憶喪失の展開となる、という仮説)です。

簡単にいうと、

1)いま、将也は死ぬ方向ではなく、むしろ回復の方向にあって、もうすぐ目覚める。
2)でも、その回復の過程で、時間をさかのぼりながら記憶を失いつつある。
3)ちょうど再会した当時まで記憶を失った時点で、硝子の夢枕に立った。
4)硝子に別れを告げる場面では、すでに小学生のころまで記憶喪失の時間がさかのぼっている。


ということです。

まず、夢枕にたった将也が、転落直前の決意や想いと関係のない話しかできていないことは、そのときの記憶をすでに忘れ、記憶が「再会時」にまで遡っているから、ということで説明できます。

そして、将也がいっている「挨拶してから しのーと思ってさ」というのは、いま死にかけているということではなく、再会時に胸に秘めていたけれども言えなかった(結果的にそれがよかったわけですが)、硝子に謝罪して自殺しようという想いを語っているに過ぎない、と解釈できます。
つまり、「挨拶してしのーと思って」いたのは再会したときであって、ちょうどその時期の記憶まで記憶喪失が遡っている瞬間だったからそういう話を将也がしているのであって、いま現に死にそうなわけでもない、という解釈です。
実際には将也の語っている内容が「謝罪」ではなく「挨拶」になってしまっているのは、再会時の将也はまったく過去に立ち向かう「覚悟」ができておらず、「謝罪できない将也」がそのまま出ているだけ、と考えれば自然です。

だとすると、その後に、「みんな変わらないけど普通に過ごせてるから万事OK」などと、無責任っぽいことを硝子に話している部分についても、将也がいっている「みんな」というのは、再会後に再度つながった橋メンバーのことではなく、硝子の転校後、将也が孤独に過ごしてきたなかでのかつてのクラスメートを指しているということになります。
(実際には、少なくとも転落事故後の橋メンバーの多くは、少なからず「変わって」いるので、その点でもこの将也のせりふをそのまま受けとるのは不自然に思われます。)

そして、最後に硝子がつかむ袖を振りきって、将也が「じゃーな」と去り、小学生の姿に変わるのは、この時点で、将也のなかから「再会した頃の記憶」も消え、将也が小学生だったころ以降の記憶をすべてなくしたことを示しているのではないでしょうか。

この仮説に従うなら、「じゃーな 西宮」というのは、将也の存在自体が消えるという意味での別れのことばではなく、「再会後、硝子に幸せな火曜日を運んできてくれた高校生の将也」が消える、という意味での別れのことばだった、ということになります。

将也の記憶が小学生まで戻るとするなら、将也は手話を忘れ、硝子が机の落書きを消していたことを忘れ、とっくみあいのケンカをしたことも忘れてしまうかもしれません。
それどころか、硝子と小学校で出会い、さまざまなことがあったことまで、忘れてしまうのかもしれません。

もしそうだとすると、将也と硝子の関係は、この後どうなっていくんだろう、と思わずにはいられません。

まあ、もちろん「将也が記憶喪失になる」というのは、それ自体はあまり当たる確率が高くなさそうな「予想」の1つでしかないので、ここでこれ以上この部分に深入りするのは避けたいと思います。
それに、こんな重要な場面で「挨拶してから しのーと思ってさ」と言っている将也が、「たまたま昔思ってたことをいってるだけ」というのも、さすがにちょっとあんまりな気もしますので(^^;)。
ラベル:第51話
posted by sora at 07:06| Comment(13) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回の考察、思わず唸ってしまいました。

自分も少し前のエントリのコメントに『今まで積み重ねてきた石田と硝子の歴史』という表現をしたのですが、
一方でどこかに違和感を感じていました。

この考察に沿えば、その歴史の積み重ねが崩れつつある、という所でしょうか。

ただだからといって大今先生が単純な記憶喪失の展開に持って行く可能性も確かに少ない気がします。
そこからは自分の想定をあれこれ考えず、単純に一読者として楽しみに待ちたい気分です。
Posted by cosminex at 2014年09月04日 08:16
将也の言葉なんですが、オカルト要素も夢枕もおいておいて、現実的に見ると、これは硝子が自殺する前に自分が思ってたことなんじゃないかと。「俺はそれでいいと思って」と言ったあと、硝子の表情は険しくなって声を出そうとしてます。見た感じは「いいわけないだろ!」といいたそう。けれど次の「俺がいなくても万事OK」って言うところで硝子の顔がゆるんだアップになり、次の瞬間袖をひっぱる。これは、自分がいなくても大丈夫って自分もそう思って死にたくなった。これはまずい!将也が行ってしまう!となったのかな~と思いました。

加えて、自殺を自分自身で身近に感じた硝子は、4月の将也との再開を思い出し、「ああ、あのときの将也は自殺を考えてたんではないか」と感じた。だから、夢の場所が再開瞬間の手話教室前だったのかと。

そうなると、将也はもともと生きるということに執着してない、このままだと将也はいつでも死んでしまうという結論に達していてもたってもいられず走ったのかと思いました。

将也の夢枕のシーンは、硝子自身の裏返しで、「私はこんな身勝手なことを将也にしてしまった。」と再認識。加えて、将也も自殺をほのめかしていたと気づいたシーンかと思ったんですが、なら最後の将也の小学姿がわからないんですよねw
Posted by 加納かこ at 2014年09月04日 11:37
記憶喪失がもしあるとするなら、私は第43回度胸試しをしようとしてたところまで消えるのではないかと。
事故自体が第43回度胸試しの代わりになってますし。

そうなると、硝子転校すら覚えてないんですよね。
残りの話数的にこのイベントは重すぎるのでないに越したことないんですがw

しかし、将也は常に小六の自分を抹殺したいと思ってたので、硝子をいじめたおした自分を消す。記憶を消す。ってあるのかな~と思いました。
Posted by 加納かこ at 2014年09月04日 11:52
連投すみません。
今一巻読み返してて、今号の将也が夢枕に立つ寸前、硝子がカレンダー見て時計見て最後に自分の親指人差し指を見たやたらアップになってるシーン。
なんで自分の親指凝視してるんかと思ったら、将也と再会した4月。将也は硝子を呼び止めるために硝子のすそを引っ張ってるんですよね。親指と人差し指で。
だから、自分の今の手の形が、将也が引っ張ってくれた手の形と一緒→4月のあの時に記憶が戻る→「見つけた」→硝子振り返る→将也が立っている。につながったのかなと思いました。
Posted by 加納かこ at 2014年09月04日 13:23
ひゃああ!こわいこわい!来週がコワイ!!

私は単純に、再会の時の当時の将也の心模様が今の硝子の夢現に現れ、本当のあの時の気持ちが伝わったのかなぁとだけ思ってました。しかしこのエントリ読んだら確かに記憶が退行してしまう予兆にも見えます!恐ろしい!

でも将也の記憶が一時的に無くなっても手話を忘れても、今の二人の周囲には橋チームや陰ながら助けてくれた島田たちがいます!

最悪将也の記憶喪失展開になったとしても、そんな悲しいままで終わらせないと友達が奮闘するガムシロまみれの大団円を期待しておきます!!

ああ!こわいこわい!
Posted by めりっさ at 2014年09月04日 17:02
初めてコメントします。
失礼します。
51話あまりにも硝子の考えやこれまでの気持ちが感じられとても素晴らしかったです。

私が51話を読んで思ったのは
硝子は高校生になった将也と再会以前は今回描かれたような想像の世界に生きていたのではないか、と言う事です。
耳が聞こえていたらあったであろう生活、諦めた幸せな日常を想像し自分を慰めていた。
そして将也と再会し諦めていた素敵な現実を与えてもらう
将也は硝子の中で諦めていた物を与えてくれて、障害があってもありのままを受け入れてくれる王子様だった、だから「好き」
現実(将也の苦悩、硝子への懺悔の気持ち)を見ず、与えられた現実の中で生きていた事による「橋事件」
将也の行動原理が硝子への好意でもなく、懺悔の気持ちだと言う事を知り与えられた現実も崩壊
自分がいる限り、将也は懺悔の気持ちが消えず不幸になると勝手に考え現実(将也の本当の気持ち)を知りもしようとせずに、飛び降り
代わりに将也が落ちてしまう。
現実(将也の為にできること)と初めて向き合い行動を起こすが、想像の世界に逃げたい自分(今回描かれた想像)
現実(将也)と向き合わなければいけないという自分
51話の後半に書かれた将也は、硝子の想像ではありますが、硝子にとっての「現実」から逃げないよう硝子が作り出した「現実」なのでは?と思います。
将也の話している内容はとても不吉ではありますが、硝子にとっての現実=将也なので現実がまた壊れてしまう事への恐れなのかな、と思いました。
長々と妄想大爆発なコメント失礼致しました。
Posted by ゆり at 2014年09月04日 17:35
こんにちは。今回のsoraさんの考察を読んで、私なりに少し違うことを考えてみました。ここでの将也は自殺直前の硝子の心の動きをなぞっている、という仮説です。

まず、福祉会館のシーンでは、背景に見える窓からの光が徐々に暗くなり、部屋の明かりの方が明るくなったところで夜の橋にトリップします。これを素直に受け取れば、夕方から時間が経過して夜になったという解釈になると思われます。また、将也本人も「もうすぐ火曜が終わる」と言っているので、時間は正しい方向に進んでいると思うのです。

soraさんも触れていましたが、私もこのシーンで初めて硝子が再開時の将也の自殺念慮に思い至ったのだと思います。もしかすると、硝子は再開時とそれ以降の将也の雰囲気の違いには以前から気付いていたのかもしれませんが。

私には、将也が語っていることはむしろ硝子が言いそうなことのように思えます。最後に小学生の将也に戻ったのも、硝子が自殺直前に筆談ノートを見ていたことと重なります。恐らく自殺前の硝子は、自分が死ねば「自分がいなかったらあり得た幸せな世界」に戻ると感じていたでしょうから、それを将也の自殺念慮に投影して、硝子と出会う前の将也が現れたのだと思います。

もしそうだとすると、硝子がわざわざ花火大会の日に自殺した理由も推測できます。将也が楽しい火曜日のうちに死にたがっていることを思うと、硝子はせめて家族や将也と過ごした幸せな気持ちにひたりながら死にたかったのではないでしょうか。(さらに言えば、将也の自殺希念に初めて気付いたのも、映画撮影で楽しい時間を過ごしたことで「死にたい」と思ってしまったことがきっかけなのかもしれません。)

今回は硝子の叶わなかった望みが胸に迫りました。しかし私には、ここに来て初めて硝子が自分の犯した過ちの大きさに気付いたように思われます。硝子が走るのは将也のためではなく、硝子自身を死の呪いから救い出すためです。将也にはぜひ、なんとしても生きようとする姿を硝子に見せて欲しいと思います。
Posted by alps at 2014年09月04日 17:40
連投失礼いたします。私のコメントは、加納かこさんのものとほとんど同じですね。長文で似た内容を失礼いたしました。
Posted by alps at 2014年09月04日 17:42
毎回楽しみに推察を読ませてもらっています。
リアルタイムでみんなで盛り上がれるってたのしいですね!
本当に毎週どきどきしています。


私も直感的に夢枕に立った将也は硝子の妄想ではなく現実だと思いました。

「やっと見つけた」から始まる将也の言葉は将也の筆跡だと思われます。
耳が聞こえない硝子にとって「声」は視覚的なもので、ここで将也と硝子ははじめて「筆談ノート」で会話ができたんじゃないか、と思いました。それも「将也が謝る」という二人の核心に触れる形で。


硝子にとって手触りのある言葉=現実を伴う言葉は手書きで描かれた言葉だと思うのです。

今まで見ていると、硝子の筆跡、永束の筆跡、直花の筆跡、それぞれ工夫して書き分けされています。(あんまりうまくないけど。。。先生の苦労が感じられる)
私達が声から相手の表情を読むように、硝子は筆跡で相手の感情を読み取っているのだと思います。

そして特に将也の癖字は、とても愛しいものに感じている。硝子は本当に将也が好きなんだなあ、と胸を打たれます。それにまっったく気づかないバカ将也……。

橋に小学生の将也が立っているのは暗喩的ですね。この頃に筆談で言葉を交わしていたら。謝っていたら。やり直したい(=現実の小学生時代の自分を殺したい、消したい)というのが、将也の願いなわけですよね。そう思うと、ここで立っているのが小学生の将也なのは、なんだか分かる気がする。でも願うからといって記憶が無くなってやり直しできるというのは、将也にすごく甘い気がする。

こら将也! 現実だか夢だか分かんないところで謝るんじゃなく、ちゃんと目覚めてから謝れ!あ、その前に口拭いとけ!ファーストキスうばわれてんぞ!


硝子のように、私も空想してみます。
小学生の二人が、筆談ノートで楽しく会話をしているところ。

ああもう。せつないなあ。





Posted by nono at 2014年09月04日 20:26
皆さん、コメントありがとうございます。

この51話の将也の意味については、ほんとにいろいろ考えさせられますね。

この前にある「空想」のシーンですが、一見、「欲しかったものを手に入れられずに悲しい」という世界だとばかり見えるのですが、冷静に考えると、映画メンバー再結集とか、家族の絆がちょっと強まったことで、実はここへきて「欲しかったものは今それなりに手に入れられている」という描写だとも受け止められます。
でも、硝子の気持ちは満たされず、涙が流れてしまう。
それは、将也がいないからなわけです。

そんなときに、将也が夢枕で「俺がいなくても大丈夫」と言うこの場面は、そうじゃない、いてくれなきゃ嫌なんだ、という気持ちに気づく、そういう場面でもあるんだと思うんですね。

だから、このシーンは、この後、いいほうにも悪いほうにも転がる可能性があって、だから来週の話が楽しみで仕方がないです。
Posted by sora at 2014年09月04日 21:37
初めまして。いつも楽しく読ませていただいてます。
今週は十人十色に感じるお話しだったと思います。
その中で私はこう感じました。

まず、想像の中の硝子が布団に入るのと、泣いている硝子は繋がってなく、泣いてるのは将也のお別れの挨拶の夢を見た直後だと思いました。

呆然とするなか、曜日と時間を確認して読者と一緒に夢を思い出してるんだと思います。

作品のメタな部分で見れば、あの夢は2~5巻で将也がしてきた行為に、硝子が追い付いて(まだ崩壊はしてないですが)、ようやく二人は同じスタートラインに立ったんだと思います。
Posted by ばんぺい at 2014年09月05日 00:36
初めまして。いつも楽しく読ませていただいてます。

硝子の見た夢はきっと、不安の集大成なんだと思います。
将也のためとはいえ、未だ御見舞いも出来ず映画を将也抜きで再開したこと。
その不安が(俺がいなくても万事OK)と将也の姿をして自分自身に言わせているのだと思います。

そして将也は(しぬ)っと言ってました。
あれは将也と会えない全ての可能性を示しているんだと思います。
もしかしたら本当に死ぬかもしれない、目覚めないかもしれない、嫌われたり他に好きな人が出来て、会えなくなるかもしれない。
そんな会えなくなる可能性を要約して(しぬ)と将也(硝子)は言ったのだと思います。

硝子は小学生の時に(諦めて)から死んだように、心の時が止まってしまったまま生きていて、将也がいなくなる事は小学生のあの時に戻る事と同義なのだと思います。
だから夢の中将也(硝子)は小学生の姿をしてサヨナラしたんだと感じました。

映画が再開し、心に少しだけ余裕が出来たから、一番の不安が夢枕のように本来会えるはずの火曜日に見てしまったんだと思います。

早く来週の話が見たいです(笑)

Posted by ばんぺい at 2014年09月05日 01:15
ばんぺいさん、

コメントありがとうございます。
このコメント欄は承認制なので、ちょっとおかしな感じになってしまいました。すみません。

今回の将也登場シーンは、時間や空間を超越して描かれていて、ある意味オカルトそのものですから、「どういう風にでも読み取れる」というところがあります。

ですから、そこをどう読むか、というのは、他ならない「読者がどう感じているか」を反映しているのかな、と感じています。

硝子が感じている(と感じる)不安は、読者である私たちが感じている不安でもあるのだと思います。
Posted by sora at 2014年09月05日 07:14
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