2014年09月03日

第51話、冒頭煽りと話末の煽りが出色の出来!

さて、第51話は大今先生の「実験」が全面的に盛り込まれた回になっていますが、その「実験」の一方で、連載だけで楽しめる「アレ」が、今回はいつになく切れ味が鋭くて素晴らしいです。

「冒頭煽り」と、「話末煽り」の文章です。

まず、今回の冒頭の煽りです。


第51話、1ページ。

あの日、そしてこれまでの人生で、少女は何を見て、何を聞いたのか。

そして、話末煽りがこちらです。


第51話、18ページ。

5年ぶりの再会も、「パン係」中の雑談も、映画撮影の定例会も…
気が付けば、「火曜日」が少女の生きがいだった。溢れる想いを抱え、走る先は-。


冒頭のあおりについては、あえて、「何を『聞いた』のか。」という一文を入れてあるところが深いですね。
失われた聴覚のなかで、硝子に「聞こえていた世界」を(極めて実験的な手法で)描ききった今回は、まさにこの煽りにあるとおり「何を見て、何を聞いていたのか(逆にいうと、何が見えず、何が聞こえなかったのか)」を、冷徹に描いていると感じています。
また、「見て」のほうについても、硝子が夢「見て」いた世界が、現実とあまりにもかけ離れた「妄想」に近いものだったことが、逆に硝子の「現実への絶望」を明確に示していて、息苦しくなります。

そして今回、何よりも胸に刺さったのが、話末煽りの文でした。

これはまだエントリを上げられていませんが、硝子は水門小学校から転校して以降、「諦めた」状態になり、恐らくまともな人間関係を構築することはなかったようです。(硝子は将也に「楽しくやれている」と答えていましたが、多分社交辞令だったと思っています)

そんな生活のなかに、突如ふたたび現れた将也。
将也は深い海に沈むように生きていた硝子をその海から引き上げ、かつて「諦めた」ものを次々と取り戻してくれる、硝子にとってかけがえのない存在になっていったのだと思います。
第4巻の西宮祖母と結絃との会話の中でも、そんな硝子の「変化」が語られていました。


第4巻114ページ、第29話。

そんな将也が橋事件で傷つき、それを償おうとした自分の行為が逆に将也をさらに傷つけ、自分にできることを必死に探してたどりついた「映画再開」。それがようやく緒につき、みんなが集まった「火曜日の」映画撮影の場に、肝心の将也がいない。

そんな、硝子にとってかけがえのない「火曜日」がまもなく終わる時間に突如訪れた、その「火曜日」にかかわず全てを運んできてくれた存在を失ってしまうかもしれない危機への直感。

まさに硝子は、そんな「火曜日」に対するさまざまな「溢れる想い」を抱えながら、残りわずかしかない「火曜日」を終わらせないために、走り出しました。
この話末の「煽り文」には、まんがのなかではダイレクトに描かれない、硝子の内なる感情の爆発が描かれていて、感動的です。

これらの煽り文は、残念ながら単行本では消されてしまいますから、この「感動」を味わえるというのは、連載を追いかけている人ならではの特権ですね。(^^)
posted by sora at 08:02| Comment(11) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今週でようやく硝子の視点=感情が表に出てきましたね。
これまでは何を考えてるかよくわからない、推測しなければいけないキャラだったのでカタルシスを感じます。
この号で一気に硝子に感情移入する方も多いのではないでしょうか。
ですが同時に、物語が終盤であることを否応無しに意識させられるので、複雑な気持ちです。
Posted by 合戸五道 at 2014年09月03日 09:29
合戸五道さん、

コメントありがとうございます。

まさにおっしゃるとおりだと思います。
ここまで、ためにためた、硝子に対する「何を考えているんだ?」という疑問を、かなりの部分明らかにしている今回はカタルシスがありますね。

そして、確かにあと1巻、再来月には終わってしまうのかと思うと、とても寂しい気分にもなります。
Posted by sora at 2014年09月03日 22:35
今回は読者極めて大きな誤解を与える回でしたね。

まず、以前の自分・ぽてとさん・soraさんのコメントの触りを以下に貼らせていただきます。。

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補聴器の事は良く知らないのですが、これほどの耳元でも、声は聞き取れないのでしょうか?

Posted by over40 at 2014年08月11日 11:19


over40 さん、
私の方から説明させていたざきたく思います。

聴覚障害には、おおきく分けて
・伝音性難聴
・感音性難聴
・混合性難聴
があります。

硝子の場合は、このブログ内での下記エントリーでも考察されていますが、母の胎内にいる時、母が風疹に感染したための、「先天性風疹症候群」により、聴覚障害になったと思われます。

「先天性風疹症候群」については、先述の中では、「感音性難聴」が主な症状になります。

つまり、結論から言うと、内耳から脳へ信号を伝える聴神経を中心とした異常があるため、脳には正常な信号が伝わらないため、補聴器をしても、音の存在がわかるだけで、その内容は識別できません。

Posted by ぽてと at 2014年08月11日 18:13



皆さん、コメントありがとうございます。

また、ぽてとさん、詳しいご説明ありがとうございました。

私も、この場面では硝子は川井のせりふは理解できていないと考え、その前提でエントリを書かせていただきました。

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と言うわけで、硝子さんは補聴器をしていても、「音の存在がわかるだけ」で、その内容は識別できません。

つまり、顔を凝視して読唇術を駆使しなければ、他人の発する言葉は全く理解できないのです。
手話を使わない場合、soraさんが川井回で指摘した通り、「大きな声でゆっくり」喋っても無意味であり、ずっと顔を正対して話さなければならないのです。

ところが、今回の台詞は少し気をつけて読めば理解できるように書かれています。

作品だけを読んでいたら自然に受入れられるでしょうし、この程度なのだと思えるようにしか作中では描かれていませんでしたから自分も、こちらのブログを知らなければ、そのように理解していました。
(この辺は非難されてもいたしかたない作品の大欠陥ですね)

今回の台詞を正確に表現すれば、例えば…「どどどど…」とか「ぶぶぶぶ…」のように全て同じ文字で埋め尽くすべきなのでしょうか?

夢とは言え顔を正対しない状態で皆が次々とバラバラに喋っているのが、言葉になっちゃってるのは変ですね。
(硝子さんの願望が中途半端に叶った夢とか…?)

現実も同様で、慌てた状態で突然出会った警官三人の言葉がかなり理解できるのは変だし、島田君も薄暗い中の少し離れた場所で横向きかげんなのを読唇できるのには違和感が大ありです。

いや!……そもそも硝子さんは「音」しか認識できないのですから、このような聴き難い言葉さえも知らないはずですよね!?
(読唇の難解さを表現した……は通じないか…)


とにかく、これが硝子さんの「聞こえていた世界」というのは大間違いという事は、今まで以上の事実を礎に推察を重ねてきたsoraにも理解していただけると思います。
川井さんが耳元でゆっくり喋っても、硝子さんは何にも聞き取れずキョトンなのです。


今回は、soraさんもデタラメ回として、別途エントリを立てるべきだと思います。

コメントしてくださっている方の中にも、ぽてとさんが指摘してくれた重要な事実を知らない人が多いようですから。
















Posted by over40 at 2014年09月03日 23:31
over40さん、

コメントありがとうございます。

おっしゃっているような趣旨に関していえば、まさにover40さんが今回コメントされたことで、十分なのではないかと思います。

まず、「夢」の場面の描写については、そもそもこれは「健聴者の世界(硝子も健聴者)」の硝子なりのイメージですから、正対せずに話が通じていることはおかしくありません。

また、最初の警察のシーンや映画撮影の場面ですが、たとえばこの音声(しかも欠けていてちゃんと聞き取りにくい)が、リアルタイムで流れてそのまま(文字のように残るのではなく)消えていってしまったとして、理解できるでしょうか?
できないと思います。
我々は、「文字として固着した」せりふを読んでいますので、何度も何度も読み返して、意味を理解することができますが、1回きりで消えてしまったら、全部理解できないと思いませんか?

だとすれば、「世界」の描写として、それほど間違っていない、と私は思うのです。

また、これはあくまでまんがの表現技法の問題でもあるので、この表現方法が、難聴者のきこえの世界を「正確に描写している」とは、私も思っていませんが、「うまく表現しているように見える」とは思っています。

ただ、このあたりは、聴覚障害をお持ちの当事者の方の感想も聞いてみたいな、とは思います。
Posted by sora at 2014年09月03日 23:54
失礼します。

個人的には、今回の回での硝子の聞こえは概ねうまく描けていると感じています。over40さんのおっしゃる「非難されてもいたしかたない作品の大欠陥」「デタラメ回」とはいえないのではないかと思うのです。

たしかに、感音性難聴はいわゆる健聴者がしゃべる言葉が正確な音声言語では聞こえていません。ただ、ここでは個人差があって、「どん!」という衝撃の振動だけわかるものから、単に塊の「音」としてだけ聞こえるもの、ある程度音声言語が聞き取れるものまで様々です。

硝子の場合は、以前の回で結弦の言葉を復唱して、正確ではないもののある程度音声言語が話せる場面が描かれています。また、将也に伝わる言葉にはなりませんでしたが、手話でなく口話で将也に話しかける場面もありました。だから、補聴器をつけた状態で今回描かれた程度の「言葉のゆがみ」がある音声言語は硝子には聞こえているはずです。
そうでなければ、意味のある言葉として「うきぃ(好き)」も発声できません。

島田の発した言葉を硝子が理解できたことについても、耳元で大きな声で話しかけてもわからないレベルの聴覚障害でも、唇の動きがわかれば概ね正確に音声言語の内容がわかる方も多数いらっしゃいます。


>そもそも硝子さんは「音」しか認識できないのですから、このような聴き難い言葉さえも知らない
>今回の台詞を正確に表現すれば、例えば…「どどどど…」とか「ぶぶぶぶ…」のように全て同じ文字で埋め尽くすべき


いくら感音性難聴が正確な音声言語が聞き取れず、「音」としてしか聞こえないといったって、これは誤解であると申し上げたいのです。

Posted by よーかい at 2014年09月04日 09:34
よーかいさん
御返事コメントありがとうございます。

でも、それだと「ゆっくり大きな声」で話す事も意味がある事になるし、耳元でゆっくり話すなら通じる事になってしまいますよね。

これは小さな違いの様で、実は大きな違いです。

何故なら、このブログでは、一貫して自分がコメントした内容での推察を続けているからです。
つまり、物語のシーンを一から検証し直す必要が出てしまうのは困ると言うか……まあ、その辺は全てブログ主のsoraさんの判断にお任せするしかありません。

何よりも、人によって言う事が違うのも困りますし、やはり一番困るのは、そんな重要な部分を物語中で明確に示してない、この作品だと思いますよ。

「非難されても致し方ない」のは間違いありません。メインの読者が子供だと考えれば尚更ですよ。
Posted by over40 at 2014年09月04日 10:36
over40さん、コメントどうもありがとうございます。

ゆっくり大きな声で話すことは無意味ではないですよ。ただ、いくらゆっくり大きな声で話しても、いわゆる健聴者が使っている音声言語と同じように聞こえているわけではありません。
この点は、これまでのsoraさんの考察と矛盾するものではないはずです。

川井は聴覚障害を単に「聞こえにくさ」と捉えている状態で、「補聴器をつけている状態でゆっくり大きな声で話せば健聴者とほぼ同じに聞こえている」と思っている状態です。しかし実際には、今週号で示されたように、聞こえていても、それはいわゆる健聴者の聞こえ方とは大きな隔たりがあるものになっています。

ただし、「音しか認識できない」「すべて同じ音」というのとは違います。

このあたりは、作品をろうあ協会も監修していることですし、基本的に大きな瑕疵はないと考えます。


作品の考察というだけでなく、実際の聴覚障害の方々に対しても同じような理解になってしまうと誤解が生じてしまうのではないかと思い、僭越ながらコメントさせていただきました。
Posted by よーかい at 2014年09月04日 12:14
こんにちは。私はこの作品をごく最近知ったのですが、この作品ほど連載を読める嬉しさを感じる作品はありません。

他のエントリーですでに触れている方がいますが、驚きなのは実際のマガジン発売日が作中の日付の翌日になっていて、硝子が家を飛び出した数時間後に読者がこの物語を読むという仕掛けです。私には硝子の運命が、まるで我々と同じ現実の中で進行中であるかのように胸に迫りました。最近の展開が現実のカレンダーとほぼ一致していたことや、将也と硝子が会うのが「火曜日」であるのも、大今先生がこの回を見越して設定したのではないかと想像してしまいます。

余談ですが、前半の「あの日」と最後のページの硝子の行動が対比されていることに気付きました。最後の硝子は力強い表情をしていますね。あの日の硝子は過ちを犯してしまいましたが、今度こそ硝子の想いが実を結んでくれていると思います。
Posted by alps at 2014年09月04日 16:10
皆さん、コメントありがとうございます。

今日、ツイッターで聴覚障害者の方の今回の話に対するツイートをいくつか見かけましたが、概ね今回の表現に対しては肯定的でした。

日付については、絶妙なタイミングでシンクロしてますね。
でも、もしかすると途中にあった「1回休載」が影響を与えているかもしれません。
それがなければ、「来週のマガジンを深夜のコンビニに買いに行くタイミング」と、「硝子が外にかけだしたタイミング」が逆に完全に一致したんですよね。
Posted by sora at 2014年09月04日 21:28
soraさん、

ご解説ありがとうございました。一回休載があったのですね。硝子が楽しく過ごしたであろう火曜日を体験し、その夜に、硝子と同じタイミングでその後の物語を知るために家を出る。確かに読者にとっては、その方がより臨場感が高まるように思います。次週の展開がどれほど重要なものになるか、今から楽しみです。
Posted by alps at 2014年09月05日 01:22
alpsさん、

はい、そうなんです。
もし休載がなければ、今回の話は先週載っていたことになるので、ちょうど「硝子がかけだして(10分後に)9月3日になって次の話」というのと、「私たちが硝子がかけだした結果を知る9月3日発売のマガジン最新号」がシンクロするところだったんですよね。
Posted by sora at 2014年09月05日 07:16
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