2014年08月20日

(ややネタ)将也=イエス説、ふたたび?(または、将也は今度こそあさって目覚める?)

さて、以前、硝子の代わりに転落し、血と肉をささげた将也は、キリスト教における最後の晩餐を体現したのではないか、という仮説を書いたことがありました

そのときの予想では、転落して昏睡した将也は、イエスの復活同様「3日め」に目覚めるのではないか、と考えていたのですが、残念ながら第49話にいたった時点でも、まだ将也は目覚めていません。
この予想はすっかり外れてしまいました(^^;)。

で、さすがにもうこの仮説は完全にお蔵入りかな…と思っていたところに、第49話のあるコマを見て、改めてあれっと思ったのです。

それは、石田母が「将也に聞かせてくれ」といって植野に手渡したCDです。


第49話、4ページ。

このCDについては、書きたいことが山のようにあるのですが、ここではそのなかのたった1つのポイントだけ、それは、この「ニヒルな肉球」というCDアルバムのアーティスト名が、

・GROUP13

となっていることに注目したいと思います。

「13」といえば不吉な数字ですが、その不吉さの元は、イエスの処刑された日が「13日(の金曜日)」だったということからきているものです。

しかも、もう1つ「13」にまつわる数字があります。それは、

・今回の話が、第「49」話である

ということです。

4+9=13で、こちらも13です。

第「49」話に、GROUP「13」というアーティストのアルバムを、「将也に聞かせる」、という設定。
これは、今日、この日が(将也が「13」の音楽を聴くことによって)「13」日という基準日にリセットされた、ということを意味している可能性があるのではないかと思います。

だとすると、将也は、第49話の日付(私のカレンダーでは8月25日ですが、ずれているかもしれません)から3日めに目覚めるのかもしれません

タイミング的には悪くないです。
次回、第50話が植野視点回だとして、第49話の「翌日」という設定だとすると、そこでは目覚めずにその翌日=第51話で目覚めることになるでしょうし、第50話が島田視点回だとすると、その次の第51話の植野視点回の最中に目覚めるという劇的な展開となります。
いずれにしても流れとしては無理がないように思います。

というわけで、一度消えてしまった「将也は『最後の晩餐』の日から3日めに目覚める」という予想ですが、もしかすると「今度こそ」があるかもしれません。

まあ、今回も当たらない可能性も高いですが、どうでしょう?(笑)
というか、さすがにそろそろ将也には起きてもらわないと話の展開的にはまずそうです・・・(^^;)
ラベル:第49話
posted by sora at 07:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
石田がイエスなら
島田はユダなんですかね

でも裏切ったということ以外は
島田=ユダと示唆するようなことは見つけられません
考えすぎなんでしょうか
しかし、最もユダ的なこと(裏切り)をやっていますので
石田がイエスなら島田がユダだと思うんですけどね
もしかしたらこれから島田が登場して
さらにユダ的なことをやってくれるかもしれません(笑)
Posted by マスク at 2014年08月20日 23:56
マスクさん、

なるほど、硝子が落ちたときは、「最後の晩餐」と言っていたものの「ユダ」にあたる人はいませんでしたが、今回がそれにあたるとすると、そこにはユダっぽい存在が近くにいることになるかもしれないわけですね。

ここから島田がさらに場を荒らしたら、7巻で終わらない気がしますが、仮に7巻が映画撮影なら、そこに「音楽係」として参加し、何かユダ的なことをやらかすのかもしれません。
Posted by sora at 2014年08月21日 07:17
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