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2014年07月25日

第46話、つながりマップから見る「橋」メンバーの関係とは?

映画制作があの「橋事件」で壊れて空中分解して、誰もが「もうこれで映画制作は終わりだ」と思ったと思います。
なぜなら、少し考えれば分かるとおり、あの映画制作で、本当に映画を作りたくて集まっていたメンバーはほとんどおらず、実際には将也を中心に、それぞれが勝手に狭い人間関係を維持拡大したくて集まっていただけだったからです。

その関係をざっと概観しようと思って、「橋メンバー」のつながりマップを作ってみました。



こちらがその「橋メンバー」マップです。(橋事件による崩壊前)
単に「知り合い」程度の関係や、一見人間関係ができているように見えて、実は「友達ごっこ」でしかなかったところにはあえて線を引かず、一方的に強い想いがある(反対向きはそれほどでもない)ところは矢印にして、まとめてあります。

これを見て、あることに気づいてびっくりしました。

将也が、「橋」になっている、ということに。

いわゆる硝子側の「ガムシロ組」と、植野側の「かつてのクラスメート組」、そしてぽつんと孤立する「永束」、この3つの「島」の間を渡す「橋」になっていたのが、他ならない将也だった、ということです。

だからたぶん、将也と硝子が出会って、そこに佐原と結絃が加わって友情を育み、さらに映画撮影をきっかけにして永束と「旧クラスメート」が集まってきた場所が「橋」だったことも、作者は意味を持たせているのでしょう。

そして、あの「橋事件」で、その「橋」は落ちました。
その「落橋」を象徴するイベントこそ、あの事件の最後の真柴のパンチです
あれによって象徴的にも物理的にも、橋メンバーのすべてをつなぐ「橋」の役目を果たしていた将也は、崩れ落ちたわけです。

そしていま、離れ孤島だった永束と、「ガムシロ組」側で常に受動的に待っているだけだった硝子との間に新しい友情のラインが引かれ、このつながりマップを再構築する挑戦が始まりました。



このマップを見れば分かるとおり、ここから関係を再構築していくことは、簡単なことではありません。
何より、硝子−永束連合は、「旧クラスメート組」との有効なつながりがほとんどありません。
「旧クラスメート組」のどのメンバーから攻略し、「ガムシロ組」とのつながりを作っていくのか、この「つながりマップ」を見ながら、今後の映画制作再開ストーリーを追っていくのも興味深いんじゃないかと思います。

ここでの希望は、佐原と植野の間に、これまでのような見せかけのものではない、確固とした友情関係が生まれたことです。
実際、この図を見ると、ここの新たなつながりが、かつての橋メンバーの関係再構築にとって極めて重要なものになっていることが分かります。恐らく、硝子→佐原→植野ルートで、ガムシロ組と旧クラスメート組のつながりが再構築されていくんじゃないかと予想します。
タグ:第46話
posted by sora at 07:39 | Comment(6) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
結弦と佐原の間にも線を引いていいような気もします。年頃の女の子同士で魚の死骸やタニシを見せ合う関係はただごとではありません。結弦にとって佐原はねーちゃんのために手話を覚えて仲良くなったいわば「例外的な存在」にあたり、いちおう佐原からしても結弦は小学校時代から(存在だけは)知っていた硝子の妹になります。
Posted by ジョー at 2014年07月25日 09:51
ジョーさん、

コメントありがとうございます。
結絃−佐原の間の線ですが、改めて考えてみたのですが、やはり「引かない」のが妥当かなと思いました。

佐原にとっての結絃はあくまで「硝子の妹」であって、硝子抜きでも友人関係が成り立つとはちょっと考えにくい、と感じたからです。
(もちろん、だから関係がないということではなく、そういう意味では他のところの線もかなり「少なめ」に引いている、とお考えください。)
Posted by sora at 2014年07月25日 22:02
http://f.hatena.ne.jp/Shiroenpitu/20140725234611

私も相関図を作ってみました。

蒼=お友達
緑=仲間
赤=身内 くらいで。

佐原−結弦−永束あたりは石田が知っているよりもう少し強い関係がある気がします。

あと植野と真柴の間には接点が無いので、単なる「リア充組」として括るのは難しいでしょう。
植野が川井と個人的に結託しているというのが正しい見解だと思います。

もう一つ重要なポイントは石田、永束、真柴、川井まで生活圏が被っていることで、彼らはたとえ否でも2学期が始まれば顔を突き合わせることになります。
交流が始まったのも同じクラスだからという理由で、そこに微妙な余所余所しさがあるんですよね。

敵対的ではあるのですが硝子−植野−永束には直接的な関係があり、まだ友情が芽生える可能性があるかもしれませんね。
真柴は硝子が弁護すれば石田の事を見直してくれるかもしれませんが、川井は……
石田の事を直接恨んでいるでしょうし、石田の方も起きたら3つくらい×がついていたりして。
Posted by しろえんぴつ at 2014年07月26日 00:34
しろえんぴつさん、

コメントありがとうございます。

こうやってみると、実はけっこう佐原がキーパーソンですねえ。
また、ご指摘のとおり、植野は間違いなく「切れていく」関係ではなく、いろいろ複雑な事情がありながらもむしろ今後も関係は深まっていく可能性のほうが高いと思います。

川井、真柴は…大今先生がいっていた「和解できない人たち」になるんじゃないかと予想しています。
Posted by sora at 2014年07月26日 11:29
毎日、こちらのブログを楽しみに拝見しています♪
息の止まるような展開からひとまず希望の見える展開へと移りつつあり、ほっとしています。こんなに楽しみな漫画は久しぶりです。

41話16頁「神の視点」での花火を見ている橋メンバーの描写で、
顔が見えているのが、永束、佐原、植野(横顔)、
顔が見えていないのが、川井、真柴、島田、広瀬 でした。

これから共に歩めるであろうメンバー⇒顔が見えている
そうではないメンバー⇒顔が見えていない

なのかなぁ〜と思いながら、見てました。

植野が横顔なのが興味深かったです。
どちらとも意志疎通できる存在というか。
Posted by 934 at 2014年07月26日 17:53
934さん、

コメントありがとうございます。
またブログにお越しくださりありがとうございます。

この花火の「神の視点」のこまは、いろいろ想像をかきたてられますね。
確かに、顔が見えている、見えていないで、今後和解があるかないかに分かれているようにも見えます。

あるいは、もしかすると、「顔が見えている」=「その人の視点回が今後ある」という意味かもしれません。
今後、いろいろな登場人物の視点回がやってくる、という予想もありますが、私は「川井視点回」や「真柴視点回」はないと思っているんですね。(逆に、「植野視点回」はきっとある、と思っています。)
Posted by sora at 2014年07月26日 22:54
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