2014年07月12日

手紙、カメラ…「硝子視点」を回避するための小道具たちとは?

さて、第44話で登場した印象的な「アイテム」は、何と言っても硝子が植野に送った手紙です。


第44話、11ページ。

それに加えて、結絃のカメラも今回、「そのとき何が起こったのか」を結絃や西宮母に伝えるための重要なアイテムとなりました。


第44話、7ページ。

カメラについては、これまでも何度も「決定的瞬間」を写しています。
また、手紙については、祖母からの手紙も、まるでエスパーであるかのように結絃の心境を言い当てるなどしてストーリーを引っ張りました。

こういった状況をみると、カメラにしても手紙にしても、これまでの使われ方も含めて考えると、都合よく使われ過ぎだろう、という議論も当然出てくると思います。
今回、カメラは実に都合よく現場を「偶然」録画していますし、手紙にしてもあそこで朗読するのにちょうどいい内容で、しかもちょうど読まれるとショックを受けるであろう結絃が登場したりと、このあたりについては率直にいって「ご都合主義」が目立つ印象です。

でも、これにははっきりした理由があります。
それは、

徹底して硝子視点を避けつつ、硝子の内面や、硝子だけが経験した場面を読者に見せるため。

です。
読み切りから連載版になって作者が明確に変更した内容の1つが、「視点を将也(+結絃)からのものに限定すること」です。

「クロノ・トリガー」のマンガを描いていました「週刊少年マガジン」で新連載『聲の形』大今良時に聞く2

これまでの連載のなかでも、原則これは守られています。
たまに別の人の視点が例外的に使われることもあるのですが、それでも徹底して絶対に避けられてきているのが、「硝子視点」です
硝子については、将也や結絃から見えた姿だけを描くことで、「何を考えているのか分からない」ミステリアスさを出すことに成功しています。

でも、それをずーっと続けていると、硝子だけが体験した場面は描写できませんし、硝子の内面を描こうと思ったら、将也か結絃に内面を告白するという「陳腐な展開」を用意しなければなりません。

でもそれってつまらないですし、物語の展開上、どうしても難しいと言うこともあります。

そこで登場しているのが、結絃カメラや手紙などの「小道具」です。

たとえば今回、第44話で出てきた手紙ですが、内容的に、将也にも結絃にも(少なくとも現在の段階で)直接話すような内容ではありません。
でも、「自分の欠点を指摘してくれた」植野に対する率直な私信、であれば書いてもおかしくない内容ですよね。
そして、それを何らかの形で結絃もしくは将也の前で「暴露」すれば、視点限定ルールを守りつつ、普通なら明かされないであろう硝子の深い内面を描写することができます。

今回の「手紙」は、メタ的視点からみると、明らかに作者からそういう目的で「利用」されていますね。
結絃のカメラもそうで、観覧車とか今回の飛び降りとか、硝子に直接聞いても答えてもらえない、あるいは細部をはぐらかされてしまうであろうような事実を、結絃や将也が正しく知ることができるという「設定」にするために利用されています。

考えてみると、硝子は観覧車での会話が結絃・将也に筒抜けになっていることを知りませんから、観覧車→手紙の流れは硝子にとっては結絃にも語っていない完全にプライベートなことだったと思います。
それを今回暴露されたことは、硝子にとっても相当衝撃的なことだっただろうと思います。

というわけで、実際問題として「手紙」や「カメラ」はたしかに都合よく使われ過ぎているのですが、これは物語の設定上、仕方のないことだと私は思っているので、「まあそういう偶然もあるかもね(笑)」と肯定的に受け止めて読むのが正解なのではないでしょうか。
「硝子視点で硝子が語る」という選択をとっていたケースと比べると、植野のような行動的なキャラと比べると非常に「動かしにくい」であろう硝子をうまく引き立たせるのに成功しているのかなと考えます。


ラベル:第44話
posted by sora at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。