2014年07月11日

第44話前半での石田母と西宮母の心境とは?

というわけで、2つに分けたエントリの後半です。

44話の前半は、石田家と西宮家が久しぶりにぶつかりあう展開となりましたが、石田母、西宮母、どちらにとっても強く心を揺さぶられた場面だったのではないかと思います。

まず石田母について。
石田母にとって、将也が硝子を助けて転落したんだ、という「事件の真相」を知ったことは、とても大きな意味があったと思います。

石田母は、かつて将也が硝子をいじめていたこと、硝子いじめ露呈後はいじめられる側に転落して友達を失ったこと(さらにその期間の間に1回、改めて硝子と取っ組み合いのケンカをしたことも知っているでしょう)、将也も自殺しようとしていたこと、それを救ったのが恐らく硝子の存在であること、硝子のために手話を覚えたこと、硝子と会ってから少しずつ人間関係を再構築し始めていること、近くにいてそれらをすべて知っているはずです。

今回、石田母が、事故のことを永束には連絡して結絃には連絡していない点は見逃せません。
将也が西宮家にまた迷惑をかけたのでは、という心配から、電話で連絡をとることを躊躇していた様子が伺えます。

それが一転、結絃カメラの映像によって、一度は自ら命を絶とうとしていた息子が、ひとの命を救っていたことを知ったわけです。
もちろん息子のケガは心配でしょうが、ある意味、息子の成長を実感した瞬間だったのではないでしょうか。
しかも、その後の西宮母や結絃の会話を聞いていれば、将也の存在は西宮家にも認められ、さらにそこを超えて「大切な存在」として認識されていることまで伝わってきたと思います。

もちろん、将也自身は橋事件などで苦しみ、もがき、弱さも露呈してはいるわけですが、それでも、外から見れば着実に成長しているわけです。苦しみや弱さも含めて、本当は成長なのですね。

ところで、「聲の形」で心理描写のキーとなる表現として「汗の描写」があります。
以前、第41話の硝子が最初の「ギョ」以外まったく汗をかいていないという描写がありました。あれは、もはや心が現実から遊離して、硝子から生き生きとした感情が失われていたことを表現していました。
聲の形における「汗」は、そこに強い「感情」「情動」が存在するか否かを示す記号だと言えるでしょう。

そういう視点から改めて石田母をみると、結絃と会った時点からしばらく、汗をまったくかかない描写が続きます
いくら表面上は穏やかに笑顔を浮かべているとはいえ、息子の大事故に心ここにあらずといった心境だったのだと思われます。

そこから、最初に汗をかき始めるのが、(結絃に「硝子を呼ぶ」と言われた場面を除くと)西宮母の土下座の場面です。
そして、結絃のカメラの映像を見ているところにもはっきりとした汗の描写。
この汗の描写が、結絃が西宮母に急いで硝子を呼びに行くように言われるところまで続きます。


第44話、7ページ。

石田母は、西宮家のメンバーの謝罪に当惑したあと、息子の転落事故の背景にどんな真相があったかを知り、息子の勇気と成長に心を動かされたのだと思います。
きっと石田母は硝子とその家族をこのまま許すと予想します。なぜなら、先に「与えられた」「救われた」のは将也のほうだったということを、石田母は知っており、また今回の事故も、恐らく命に別状はなく、結果的に将也の精神的成長を感じられるものになっているからです。

一方の西宮母です。
今回、「瞬間移動土下座」とか「瞬間移動ビンタ再来」でプロレス的なコミカルさが強行されている側面がありますが、今回注目したいのは、こちらの場面です。


第44話、7ページ。

西宮母の土下座の横で、結絃が「オレのカントクフユキトドキです」と謝罪して一緒に土下座を始める、それを横から見る西宮母に、強い感情の動きが読み取れます。

ここには、西宮母の2つの感情があるように思います。

1つは、これまで周囲に反抗し、誰も信用しようとせず、反規範的にばかり振る舞ってきた(そして自分の言うことも全然聞いてくれなかった)結絃が、石田母に対して自ら率直に謝罪している、そこに結絃が将也や石田家に寄せている信頼と結絃自身の変化を感じて驚いた、ということだと思います。

そしてもう1つは、結絃がいまだに硝子の世話役、保護者であるかのように振る舞っているのを見て、結絃に感じさせてしまっている精神的負担や、本来の保護者である自分自身の至らなかった部分を改めて自覚した、そのことに対するショックなのではないかと思います。

考えてみると、この場面、石田母にとっては、将也に対する子育てをある意味「肯定された」ことになっている一方で、西宮母にとっては、硝子が自殺するまで思い詰めてしまった(しかもそれに気づかなかった)ことも含めて、硝子と結絃に対する子育てを「否定された」ことになっていることがわかります。

西宮母にとっては厳しい状況ですね。
そんな状況下で、後半では植野がぶちあげた修羅場に西宮母も巻き込まれることになってしまいました。
この状況では、西宮母も傷をたっぷり負っている状態なので、植野に反撃されて「負ける」可能性も十分にあるのではないかと思っています。


ラベル:第44話
posted by sora at 08:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
西宮さん(お母さんの方)は、離婚したあと看護助手の仕事につきその勤務先と、将也くんが転落後、搬送された病院と一緒だったのかな?と想像しています。

また、硝子さんの小6での転校先ですが、将也のいた「通級指導教室のみ」あった小学校から、「支援学級(固定)のみ」ある小学校に転校したのかな?と思っていました。支援学級のある小学校や中学校だと、ある程度支援教育について経験のある先生が「支援教育主任」をやっているだろうから…。

(2014年度で高3になっている将也たちの中学時代にはすでに、岐阜県公立高校入試で、志望先の高等学校に中学3年間分の成績や生活の記録が送られ評価の対象になっていました。)
硝子さんの就学時点で、西宮さん(お母さん)は、学校側や教育委員会側とどんな話をしたんでしょう?

そのあたりは、描かれないかも知れないですが、気になっています。

(大垣市の街の背景を使い、学校関係の制度等は岐阜市内、高等学校のモデルは、さまざまな学校をくっつけたのかな?とか、色々気になっています。)
Posted by パンジー at 2014年07月12日 09:37
パンジーさん、

コメントありがとうございます。

そうですね、水門小の「きこえの教室」は「通級指導教室」ですね。そして、聞いた話によると、こういった教室に新人教師があてがわれてしまう例は実際にあるようです。

そして、硝子のこのあとの転校先ですが、「オリジナル版」では、どうやら聾学校に転校したとみられる描写があります。
もちろん、連載版で設定が変わっている可能性はありますが、硝子の障害の重さから判断すると、オリジナル版同様、聾学校と考えるのがいいのかな…とは思っています。(「普通になる」のを諦めた後、ということでもありますし…)
Posted by sora at 2014年07月12日 15:15
ここでのお母さんの直面した問題は結局
娘のどちらとも改めて向き合うシーンなく
植野さんは問答無用で腕力でぶっ飛ばし
石田家ではお酒を飲んで許されておしまいでしたね。

ちょっとウーンと言う感じ
でも石田君のお母さんもどの状況でも何もしてないし
お母さんの人格的な問題と捉えて残すより
そういう世界なんだと考える方が正しい気もします
(であるならばコマを割いて娘を見てハッとするような描写は
 はぶいたほうがおさまりはよかったような)
Posted by さい at 2015年06月24日 15:53
さいさん、

コメントありがとうございます。

この作品では、大人は全員が自力で問題解決する能力を奪われていて、結局すべてを解決するのは将也ただ一人です。
西宮母も、そこに問題があることには気づいたけれども、それを解決するには、将也の活躍を待たなければならなかったということに(物語として)なっていることを感じます。
Posted by sora at 2015年07月13日 23:30
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