2014年07月02日

繰り返される「飛び込み」、硝子が「諦めたもの」、そして「鯉」の謎とは?

さて、考え始めるとすべてが伏線に見えてくる(笑)聲の形ですが、もう1つ、今回の第43話を受けて、伏線としてつながってきているようにしか見えないものがあります。

それは、「川に飛び込む」という行為が意味しているものです。

この作品では、やたらと登場人物が川に飛び込みます。
その飛び込みですが、大きく3回あって、

1)小学校時代の将也の飛び込み(度胸試し)
2)高校再会時にノートを拾おうとして硝子が飛び込み
3)第43話で硝子を救うために将也がマンションから川に転落


このうち、1)と3)が「連続した1つのもの」であることは、第43話の見事な構成で明確に示されました。1)+3)の飛び込みが意味しているものは、端的には「将也の並外れた『度胸』で、消えかけた硝子の命が救われた」みたいなことだと思います。

ここで思い出すのが、第2巻で将也が結絃に切った啖呵と、その直前の会話です。


第2巻152ページ、第13話。

将也「体があるうちは西宮のために消耗したいと思ってる!命を!

今回、将也は3)でこの宣言を有限実行しました。
さらに、その直前の会話を考えてみると、

将也「あいつ この前…『一度 諦めた』って言ったんだ」
「俺のせいで あいつは何かを諦めた だから…」


この「一度 諦めた」発言は、2)のときに硝子が将也に語ったものです。
つまり、3)と2)はつながっています。
3)と1)もつながっていますから、1)2)3)はすべてつながっているわけです。

そして2)については、「諦めていたもの=将也が拾ってくれたもの=筆談ノート(が象徴するもの)」であり、2)の飛び込み(と筆談ノート探し)には「硝子が、一度諦めたことにいま一度手を伸ばしてみることにした」という意味が込められていることも間違いありません(落ちるときに大きく手を伸ばしていますしね)。

だんだん深くもぐってきました。
(この先も個人的考察の長文になっていくので、好きな方だけどうぞ。)

小学校時代、筆談ノートを将也に捨てられて「諦めたもの」とは何だったのでしょう。
この「諦めた」の語は、作者が2巻で繰り返し登場させています。特に先ほどの将也と結絃の会話は、この第2巻のドラマのピークともいえる部分ですから、このまま放置されるとは思えない、特A級の重要な伏線(しかもまだ回収されていない)の1つだと言えます。

この「諦めたもの」を素直に解釈すると

a)(筆談ノート等を使って)自分からすすんで友達を作ろうとすること

といったあたりでしょう。

でも、ここで思い出したいことがあります。
この「筆談ノート投げ捨て事件」の日、ずぶ濡れの硝子が結絃に伝えた「自殺」のメッセージです。

読みきりで分かるとおり、硝子は池ポチャされた筆談ノートを発見しますが、絶望のあまりそれを回収せず、池に落としたまま帰宅します。(それを後日将也が拾うわけですが)
そして「命を捨てたい」というメッセージを結絃に伝えるのです。

つまり、「諦めたもの」にはもう1段すすめた解釈をする余地があって、

b)硝子にとっての、生きること・行き続けることの積極的な意味

と読み取ることも可能になるでしょう。
さらに踏み込んでいうならば、「諦めたもの=筆談ノートが象徴しているもの」とは、

c)硝子の命、生の実感

と考えることも可能です。
a)b)c)はほぼ同じことを、順に、より深刻にとらえているということになるかと思いますが、硝子が筆談ノートを捨てられて「自殺」を考えるくらいですから、a)で留まるというよりはb)ないしc)にまで踏み込んで理解したほうがより本質に近いのではないでしょうか。

そして、今さっと流してしまいましたが、「硝子がずぶ濡れ」「将也が拾う」のところにも実は飛び込みがあることを見逃してはいけません。つまり、

4)硝子が筆談ノートを拾うために学校の池に飛び込み。
5)学級裁判後に島田らに落とされて、将也が学校の池に飛び込み。


という「飛び込み」もあるので、全部で5つの「水に飛び込み」場面があることになります。

そして、これらのすべてをつなぐのが、「筆談ノート」です
「筆談ノート」を「硝子の生の意味」におきかえて時系列に並べて整理してみると、

1)=3)を成功させるための「練習」、壮大なイントロ
4)=「硝子の生の意味」が池に捨てられる。硝子は拾うのを「諦めた」→自殺念慮
5)=「硝子の生の意味」を将也が偶然拾う。3)につながる、硝子と将也の運命を示唆。
2)=将也が硝子と再会、拾った「硝子の生の意味」を持ってくる。
   硝子は「一度諦めた」生への意味付け、生きていることへの実感を劇的に取り戻す→うきぃ
3)=「硝子の生の意味」に書かれた「死」のページ。→自殺、しかし、5)で「硝子の生の意味」を拾った将也が、「死」を蹴飛ばしたうえで、再び硝子の命を本当に「拾う」。


きれいにつながるのです。
簡単にいうと、硝子にとっての「生きる意味・生の実感」は、「筆談ノート」により象徴的に実体化されていて、かつそれは何度も捨てられ、また拾われて、しかもそこには常に将也が運命的に存在していた、ということになるわけです。(最初に捨てたのも将也でしたが…)

そう考えると、硝子にとって、4)から2)までの5年間は、ちょうど第41話がそうであったように、「自殺念慮を持ち、生の実感を喪失しながら、でも表面だけは平穏に生活してきた5年間」だったと言えるでしょう。

そしてそのことを察していた結絃は、学校に行くことも放棄して、必死に硝子を守っていた。
でも、2)で将也に会って以降、それがいい方向に激変して安心した。
その嬉しさを語った場面こそが、第29話「ばーちゃん」での結絃と祖母の会話だったのではないでしょうか。(このときもまた筆談ノートが登場しているのも見逃せません)

だとすれば、2)以降、硝子があっという間に将也に惹かれ、第23話で「うきぃ」となってしまうのも、それまでの「生きながら死んでいた5年間」との対比の鮮やかさを思えば不思議ではありませんし、逆に、第39話の橋事件でそれがすべて再び壊れてしまったショックが、硝子のなかでストレートに「自殺」につながったのもまったく不自然ではありません。

そして、もう1つ忘れてはならないこと。
1)から5)までの、将也や硝子が飛び込んだすべての水の中に、「鯉」がいるのです。

あまりに文章が長くなりすぎたので、この「鯉」についての考察は別の機会にしたいと思いますが、将也と硝子の運命を濃縮したような「川(池)への飛び込み」「筆談ノート」、そのすべてを見つめている「鯉」、さらには将也の心象風景にも繰り返し登場する「鯉」…。

まだまだ、「聲の形」について考えなければならないことは多そうです。
タグ:第13話 第43話
posted by sora at 08:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
将也は今回でようやく贖罪を終えたんでしょうね
それにしても演出上では狙って関連づけているんでしょうけど、5)で将也がノートを拾ったのも、3)で西宮を拾った(笑)のも、偶然なんすよね
一番大事なポイントなのに、そこになんの意志もなく必然性もなくただ「偶然の産物」であったというところが残念です

もしかしたら「偶然の産物である必然性」があったのかもしれませんが
Posted by ryu at 2014年07月02日 10:17
 丁寧に話をまとめてくださり、ありがとうございます。
 硝子が諦めたこと=人と分かり合うこと(soraさんが仰るところの「友達を作ろうとする」こと)、そしてさらに深く言えば硝子の命、あるいは生の意味。という解釈だろうと私も思います。
飛び降りの瞬間に筆談ノートが机から落ちているのも、ノート=硝子が落ちることを示しており、この説を裏付けています。
 また一方の象徴的モノである「鯉」。私は鯉=将也の暗喩であり、水面は心を表しており(水面が波打つシーンでは将也の動揺が見られることからも)、二つをもって将也の心象風景としているのだと思います。
鯉は「激流をさかのぼりあらゆる障害を克服できる魚と信じられており。大きな目的を成し遂げる強さと勇気、忍耐力を備え持つもののシンボルとされている」(HP「鯉に恋しよう♪」より引用)ようですし、将也を象徴する生き物として作者が選んでもおかしくはありません。(天に昇るの「昇」はショウと読めますしね、コジツケですが笑)
 将也は死ぬことはなく、臨死体験をすることで硝子への罪の贖罪とするのでしょう(本当に「許されるか」は違う議論になります。私は、作者が将也を罪の意識から解放するために彼を落としたと考えています)
 今回は、久しぶりに将也の「姉」が出てきました。小学生時の将也に「人生は退屈との戦い」という、硝也がいじめをする原因の一端となる思想を与えた彼女。わりと気になります。
Posted by レミオ at 2014年07月02日 15:28
丁寧にまとめられた考察をいつもありがとうございます。
毎回興味深く拝見させて頂いております。

私は今まで恥ずかしながら鯉=恋かな?と考えておりました。

鯉がいる川or池に落ちる=恋に堕ちる

心象風景に登場している鯉は硝子に対する恋心を石田が気付いていないor罪悪感から認めたくないから恋→鯉に変換されている

ちょっと無理やり過ぎるかもしれませんが…

「うきぃ」以来ずっと、そうあって欲しいという意味合いも込めて鯉=恋と思っていたんですが、【レミオ】さんの考察を拝見いたしまして、自分はまだまだ読み込みが甘いなと思いました。
Posted by キスケ at 2014年07月02日 17:49
ryuさん、レミオさん、キスケさん、

コメントありがとうございます。

鯉については、もう一歩進めた(もはやほとんどオカルトの)仮説をエントリにしてまとめましたので、そちらもご覧いただければと思います。

私なりの解釈(深読み)としては、これでファイナルアンサーかな、と思っています。
Posted by sora at 2014年07月02日 21:39
コメントを書く
コチラをクリックしてください
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/400826544
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック