「聲の形」での非常に重要なファクターとして、手話があります。
硝子は筆談ノートを奪われたとき、それでも将也に「友達になりたい」と伝えるため手話を使いました。
硝子転校後に初めて硝子の優しさに気づいた将也は、硝子に「こえ」を伝えるために、手話をマスターしました。
佐原も「失ってしまった過去」をいつか取り戻せたらと、独学で手話を学んでいました。
そんな本作品のキーファクターである手話ですが、日本では2種類の異なった手話が使われていることをご存知でしょうか。
1つは「日本手話」と言われ、耳の聞こえない方のコミュニティ内で自然に育まれてきた、いわば「ネイティブな手話」です。
もう1つは「日本語対応手話」と言われ、日本語をベースに学習のための手話として人工的に開発された、非ネイティブな手話になります。
両者の違いについては私も詳しくありませんが、下記のWikipediaなどをみると、語順の違いや顔の表情などの非手指動作など、かなり大きな違いがあることが分かります。
特に日本手話使用者からすると、両者は「まったく別のもの」「文化としてもまったく別」であるということになります。
端的にいうと、日本手話は日本語とは無関係に成立している独自の言語です。いっぽう、日本語対応手話は日本語を手話に翻訳した「日本語の一形態」ということになります。
Wikipedia:日本手話
Wikipedia:日本語対応手話
そして、ここが重要なポイントですが、「日本手話」を使っている方からみると、「日本語対応手話」は異なった文化、異なった言語であるということ、だからこそ、日本語対応手話を(教育の場面や行政の場面などで)強要することを、ある種の文化破壊として拒絶する価値観が存在する、ということを理解する、ということです。
これは、私自身の以前の失敗経験ですが、MikuMikuDanceという3Dソフトを使って「手話ソング」を再現する、という挑戦をしてその経緯をブログで掲載していたところ、当事者の方から「無神経なことをやるな」と叱られたことがありました。(当該ブログは既に消しましたが、一部成果物をこちらとこちらに残してあります。)
このとき、一時流行した「手話ソング」「手話コーラス」というムーブメントが、少なからず障害当事者のコミュニティのなかでは評判が悪い(場合によってはボロクソに言われている)ということを知ったんですね。
要は、「聴者の自己満足に過ぎない」と。
私自身、重度知的障害+自閉症の子どもの親であり周辺当事者なので、こういった「健常者がよかれと思ってやっていることが、実際には当事者を疎外することがある」というケースについては実感しているため、それ以降、「手話」について発言することには慎重になっています。
さて、話を「聲の形」に戻して、本ブログ的に興味のあるポイントは、このまんがで使われている手話はどっちなんだ、ということです。
将也と佐原が使っている手話が、「日本語対応手話」であることは間違いないでしょう。
聴者であるふたりが本などで独学でマスターした、という設定からもそうだと思われますし、将也は口で日本語をしゃべりながら手話をやっていますが、これは「日本語対応手話」のやり方です。
結絃や西宮祖母が使っている(いた)のも、手話サークルで勉強したという設定から、ベースは日本語対応手話だと思われます。
ただ、まんがを見ていても、語順などが明らかに日本語と異なった順序で描かれているシーンもありますし、手話サークルなどで学ばれる手話も、日本手話的な語順や非手指表現を取り入れている部分があるということですから、日本手話の用法の一部をとりいれた日本語対応手話、というのがより正確なのではと思います。
一方、硝子はどうでしょうか?
将也や佐原と会話しているときに使っているのは、基本的に日本語対応手話だと思われます。そうしないと会話が通じないでしょうから。
ただ、例えば第3巻169ページ、第23話でも「私」より前に「声」が出てきているところからも、やはり上記同様に両者の中間的なものなのだろうと思われます。

ですから、エントリタイトルにもってきた謎の答えは「基本的には同じもののはず」ということになります。
問題は、それ以外のときに硝子がより純粋な「日本手話」を使うことがあるのか、ということですが、これについては、
・西宮母のとっていた「徹底的に健常者社会の側で育てる」という育児・教育方針がどう硝子の言語獲得に影響したか
・そもそも、現在西宮が通っている高校は特別支援学校なのか普通校なのか(第35話で、将也の学校から転校後の学校は特別支援学校らしいということが明かされたが、中学・高校はどうなのかは不明。また、仮に聾学校だとしても、学校で教える手話は日本語対応手話だとのこと)
・そして西宮には障害当事者の友人はいないのか(まんがでは現時点で一切登場しない)
といったことが大いに影響してくると思います。
これ以上は私の知識の限界を超えますので、より詳しい方の考察を待てれば、と思います。

その後は左手は「私」のままで、「変(右手人差し指で顎を指している)」と「~か?(右手手のひらを表にむけて差し出している)」をやっていますが。
コメントありがとうございます。
うーん、確かに1コマ目をよくみると左手が見えてますね。(明らかに描写としては右手に注目させていますが)
これをほぼ同時にやってるとすれば、やはり日本語の語順に近い手話をやっているということになるのでしょうね。
ただ、この漫画に出てくる手話についていえば、時たま、ネィティブな手話表現も見られます。
長文になりますので、これについては別途書きますが、もう一つ、この漫画の特徴として、「日本語としては同じでもニュアンスが異なる場合、別々の手話として表現を分けている」ことが指摘できるかと思います。
このシーンでは、右手人差し指を自分の顎にあてるしぐさ「変な」を表現しています。
一方、、第2巻26ページの中段、硝子が「必要とされるのが嬉しい」と言っているのに対し、将也が「変なことを考えるんだな」と返すシーンで、左手の手のひらに右手の親指を当て、残り4本の指を下の方へ半回転させる(この説明でわかりますでしょうか?)しぐさをしています。
同じく第2巻84ページで硝子が「おかしいね」と手話するシーンも、このしぐさです。
この2種類の「変な」手話表現ですが、どちらかというと後者の方は硝子のセリフ「おかしいね」的なニュアンス、いわばポジティブな意味合いでの「変な」であり、前者の方は異質な存在としてというか、ネガティブな意味合いでの「変な」ニュアンスで使い分けることが多いようです。
だからこそ、soraさんが「伝説の23話・将也の最高のイケメン発言は?」で考察されたように、硝子が(ネガティブな意味合いでの)「変?」と問いかけたのに対し将也が「うん」と即答した後、「それでいいから」とフォローしてくれたことは硝子にとってはものすごく嬉しく感じられ、「うきぃ」につながってしまったのでしょう。
話は最初に戻って「ネィティブな手話」について。
今日(5月4日)時点での最新話、第35話「立派な」の17ページ目、最初のコマで硝子が右手を口と鼻との間くらいの位置に当てた後、横に払うようなしぐさをしています。
これは日本語対応手話では、殆どやらない表現で、ネィティブな手話表現です。
直接対応できる音声表現がないのですが、意味合いとしては「放っておく」「無視しちゃう」、時代劇的な言い方だと「捨て置け」に近いようなニュアンスになると思ってよいでしょうか。
なので、将也も、ちょっと戸惑った後(やや吃ってしまったところに戸惑った様子が表れています)「平気だって」と意訳しています。
ここで不思議なのは、硝子以外のろう者との接点がほとんど見えない状態で、硝子がどうやってネィティブな手話表現を身につけたかということですね。ろう学校(現在は「特別支援学校ですが」)内でのクラスメートとの間のやりとりで身につけたのでしょうか?
このあたりの謎もいつかは明らかになるだろうと期待しています。
もう一つの驚きは、将也がニュアンスを読み取って意訳することができたということです。
soraさんが指摘されたように、将也が独学でマスターしたのは日本語対応手話のはずです。
おそらく、硝子との交流を深めていく中で徐々に硝子がネィティブな手話表現をするようになり、将也もそれを学んでいったので、この場でも、戸惑いながらも近い意味と思われる(適切と思われる)音声表現に意訳することができたのでしょう。
35話での「平気」のところでの西宮の手話は、上のリンク先の動作と同一のものであるように見えます。
私は手話素人なので、この動作が現在どこまで「平気」の意味として浸透しているかはわかりませんが、NHKが運営しているようなサイトで「平気」の意味として出てくるくらいなので、石田もこの動作を「平気」の意味の手話として学習したんじゃないかと思います。
石田が「平気だって」と言った時に少しうろたえていたのは、真柴が言う「嫌なことした奴」というのがまさに石田自身のことであり、自分のしたことは許されることではないと考えている石田にとって、「平気」という西宮の言葉を告げるのは何か気まずさや後ろめたさみたいなものを感じたからではないでしょうか。
それよりも私は、2巻p.26の右上のコマ(「必要とされるのが嬉しい?」の前)で西宮が左手で腰のあたりをトントンとしている動作が、調べても見つけられなかったのですが、この動作がネイティブな手話表現なんじゃないかと思ったのですが、どうでしょうか。
なるほど、この動作であれば、「私は無視できる」みたいなニュアンスで、比較的日本語対応手話でも見られると思います。
将也がちょっと戸惑った理由については、そういう面の方が強いかもしれないですね。
あと、、2巻p.26の右上のコマについてですが、これは「必要」です。
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=7175
よく見ると両手で同時にトントンとしています。
厳密には、胸のやや下あたりをトンしますが、人によっては、そのさらに下をトンする人もいますね。硝子は胸と腰との中間の位置でやるタイプ?
このコマではそれを2回連続することで「とても必要!」と必要とされているニュアンスを強調している感じです。
すみません、先ほどの、冒頭部の書き方がまずかったので、修正します。
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なるほど、NHKのページで「平気」と解説していましたか。
私の認識と少し違っていましたが、どちらかというと、ネィティブな表現であることは確かだと思います。
音声言語としての「平気」は、いくつかのニュアンスがあると思います。
今回の場合は「無視できる」「どうでもいい」的なニュアンスですかね。
他に「大丈夫」というニュアンスでの場合は、第25話13ページ目の一番左下のコマ。
ジェットコースターから降りて足元がおぼつかなくなった硝子に対して将也がやった動作ですね。
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=6062
こうしてみると、日本語は同じ言葉でも幾通りものニュアンスがあるので(たとえば「けっこうです」も2通りの相反する意味合いがありますよね)なかなか難しいと思います。
2巻p.26の右上のコマ、確かに両手でやっているようにも見えますね。
この「必要」は人によって位置が変わるんですね。
これは気づきませんでした。
私は見当違いの考察をしていたようですね。
なるほど、35話の「平気」のところはそういうニュアンスなんですね。
これはもしかしたら、真柴への返答だけではなく、石田へのメッセージも含んでいるのかもしれませんね。
「私はあなたにされたこと、気にしてないよ」という。
いえいえ、形だけでなく動き方にも意味がある手話を静止画で表現するのは、なかなか難しいので、人によって見え方も違ってしまうのはやむを得ないと思います。
(このあたりは大今氏も色々と工夫されている様子が伺えます)
「必要」については、NHKのページでは、わきの側あたりをトンとするしぐさも紹介していますね。
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=7175
こちらの方が「教科書的な手話表現」です。
第2巻26ページのコマでは、構図としての見やすさで腰に近い位置でトントンするしぐさにしたのかもしれません。
で、「石田へのメッセージも含んでいるかも」
なるほど!たしかにそういう解釈もできそうですね
そうだとすれば、石田が少しうろたえたのは、そのメッセージの意味に気がついて、「あんな酷いことをしてきた俺に、そう言ってくれるのか?」ということもあるのかもしれないですね。
本当に色々と解釈ができる漫画だと改めて思いました。
あと、話は少し変わりますが、「構図の関係」が一番大きな理由だと思うのですが、この漫画では、時折「左利きの手話」が見られます。
両手を使うが、右手と左手とで動き方が異なる場合は、動きの少ない(小さい)方を左手で、動きの多い(大きい)方を右手でやるのが一般的です。「左利きの手話」は、それが入れ替わったものです。
第2巻109ページの一番下、入浴中の硝子が「幸せ」「よかった」を左手で表現しています。
NHKのページと見比べてみましょう。
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=3906
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=8076
硝子が右向きの状態で右手で手話すると、絵としてみづらくなってしまいますし、かといって、硝子を左向きにすると、コマの流れとしての見やすさから結絃も右向きにしなければならなくなり、さらには108ページから109ページにかけての構図の流れも見直さなければならなくなるので、やむをえず、こうしたのでしょう。
同様のことは、同じく第2巻13ページの最初のコマで将也が「文句を言うために」セリフでの手話にも言えます。
NHKのページと比較。
https://cgi2.nhk.or.jp/signlanguage/enquete.cgi?dno=7823
これも右利きで手話すると構図的に見づらくなるので「左利きの手話」にしたのでしょう。ちなみに、「読み切り版」では、このシーンで右利きの手話表現をしています。
本当は「右利きの手話」と「左利きの手話」が混在しているのはこのましくないのですが(左利きという設定のキャラクターが表現する場合は、もちろん問題ない)、構図・レイアウト等の関係で、見やすくするためにはやむを得ないところなのかもしれません。
この辺りは大今氏も苦慮されているところだと思います。
長文になり、大変失礼しました。
いえいえ、大変勉強になります。
私の方でも、構図を考えて手の位置を決めているんだろうなと思うシーンはありましたが、右利き用の手話と左利き用の手話が混在していたことには気付きませんでした。
この漫画は構図、コマ割りのクオリティが非常に高いので、大今さんもその辺りはかなりこだわってらっしゃるんでしょうね。
私もMMDで手話ダンス動画を投稿した者です。
この記事で手話に種類がある事や繊細な問題がある事を知りました。
製作過程で不明な点を、劇中でも登場する手話サークルさんに教えてもらいました。
その際、不快な思いをなされたのかは不明ですが今後気を付けたいと思いました。
コメントありがとうございます。
そうですね。なかなか複雑で難しい、でも真面目に勉強するととても奥の深い問題がここにはあるということを、私もMMDを使ったときに知りました。
大切なことは、当事者としっかり意思の疎通をしながら、健常者側の独りよがりにならないように進めていくことですね。
これは手話ソングに限らず、支援の場面では常に意識しなければならないことだと思います。
色々ある手話より先に、50音を指で表す「指文字」(作品中では植野の家を聞くときの、名前のうえの、蚊の死骸の写真だけのエ~等が指文字です)を覚えるという比較的簡単なコミュニケーションの方法があるのですが、一般的ではないのでしょうか。
あ~んまでの50音を一通り覚えれば、一つ一つ手話を覚えなくても、ひらがなだけでも文章が出来るように、とりあえず指文字を使ってコミュニケーションは取ることは出来るようになると思うのですが…
コミックスの最終巻にでも、おまけで指文字や、友達等の簡単な手話表現の表が付いてきたらいいなと思っております。
指文字1つ1つを覚えるのは、「対応手話」の一部だという認識です。
硝子は、西宮母の方針で、いわゆる聾のコミュニティには参加していないように見受けられるので、普通に「対応手話」を使っているという設定なんじゃないかなと思います。
これまで、物語の中でも明らかにされずに使われてる手話がたくさんあるので、最終巻でも、別冊でもいいので、それをまとめたものはぜひ出して欲しいですね。(^^)
私自身がたまたま約20年前に、大阪で普通科の中学2年生の1年間、出席番号が一つ後ろの男子(私自身も男性です)が耳の聞こえない子でして、学校側から一番に、指文字を覚えるよう教えられて、教室には指文字の表が貼られ、皆で競って覚えました。
名前や地名などの固有名詞には、必ず指文字か手文字が必要ですし、手話の中でも一番に覚えるものだと思うのですが、指文字に触れておられる方が見当たらない…
なので、特にきこえの教室の先生なのにコミュニケーションの取れない喜多先生には違和感を感じましたが…
住んでいたのが大阪だったからでしょうか?
他県だったり、年代が違うとまた違うんでしょうか??
聲の形の物語が成立しなくなるような内容、申し訳ございませんm(__)m!!
手話ユーザーの立場でコメントします。
指文字は、手話の補完的位置づけと考えていただければと思います。
乱暴なたとえになりますが、ひらがなだけで描かれた文章とかな漢字交じりの文章とでは、かな漢字交じりの文章の方が可読性が高い。でも、子供(小学低学年まで)や日本語に慣れていない人の場合はひらがな主体の方が読みやすい。
このたとえでイメージいただけますでしょうか?
つまり、固有名詞とか、最新の時事用語等の場合は指文字で、全体的には手話でやるのが一般的と考えていただければよいでしょう。
それと、手話の場合は「顔の表情」も大きな要素となります。
この漫画の中でも硝子は普段は愛想笑いが多いですが、手話をやるときは表情がいきいきとなりますね。
例えば、第3巻130~133ページで硝子は将也に対して「植野さんと何を話していたの?」と問いかけていますが、無表情で表した場合、問いかけの気持ちが全く伝わらないでしょう。
ごく簡単ですが、これで説明になっていますでしょうか?
それにしても、せっかく全日本ろうあ連盟監修なのですから、最終巻にミニ手話講座コーナーをつけるか、あるいは別に「硝子と将也の手話入門」みたいな本を出してもらいたいですね。