2014年12月23日

第49話を受けて、これまでの真柴の言動を再チェック(3)

※このエントリは、第49話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

登校日の真柴との会話で疑心暗鬼になった将也は、川井の逆鱗に触れて過去のいじめを誇張された形でばらされてしまいます。

5)川井の「暴露」から橋で将也と再会するまで

川井の過去の「暴露」に対して、将也は、

将也「川井さんだって 悪口言って 一緒に楽しんでたくせに……!! 同族がエラソーに説教すんなよ!!」


第5巻109ページ、第38話。

とキレます。
ここは、どうしても過去の自分のいじめ行為について謝罪することができないという、密かに将也にかけられている「呪い」が発動した場面でもありますが、一方で、いじめ被害者である真柴は、将也のこの発言で、「当時の川井の立ち位置」がどのようなものであるか、だいたい想像がついたことでしょう。
だから、第49話で、川井にかまをかけて、「いじめの輪のなかにいたのに自分は悪くないなんて言ってる人は嘘つきだ」と川井自身に言わせるというわざをなしとげています。


第6巻123ページ、第49話。

そして、次に橋で将也と再会したときには、

真柴「川井さんから事情は聞いたよ 君が反省してるってことも」

と話しかけています。そのうえで、川井に「ほら…」とうながして、川井に反省の弁を述べさせていますが、これは、(同じいじめの輪のなかにいたのだから)少なくとも川井には将也を厳しく責める資格はなく、川井ー将也間ではお互い謝るべきだ、という真柴の価値観の現れだったのではないかと思います。
(そのうえで、将也自身の過去のいじめ行為そのものを許したわけではなかったことは、この後の真柴の言動が示しています。それについてはこの後で)


6)そして橋崩壊事件から「他人様」へ

真柴に促されて形だけの謝罪をしようとした川井でしたが、結局やはり「自分は悪くない」の一点張りで将也や植野とぶつかってしまい、「お互いに謝罪」どころか、そのまま当時の小学校メンバー全員を巻き込んだ誹謗中傷合戦に突入し、最後は将也がすべての関係を壊します。

ここで、植野が立ち去っていったときに

「いくら善人になったつもりでも いつか 報いは受けるんだな」

とつぶやいたのは、今になってみれば、真柴以外には考えられない
ことが分かります。

過去にいじめ加害者だった人間(将也)が、それを隠して「善人ぶって」高校生活を送っていたにもかかわらず、しっかりと「過去の過ちに対する報い」を受けたことは、過去のいじめと、その加害者がのうのうと幸せそうに生きているのを見てきた真柴にとって、納得のいく展開だったと思います。
(それに加えて、この真柴のせりふは、植野や川井らの「いじめ傍観組」も「報い」を受けた、という意味も含まれていると思います)

そして、「殴りたいなら殴れ」と言った将也に対し、真柴は躊躇せず全力で殴り付けます。


第5巻135ページ、第39話。

なぜ、川井に対し「将也に謝れ」と言った真柴が、将也を躊躇なく殴ることができたのでしょうか?

恐らく真柴は、「将也がいじめ加害者だったこと」を許してはいなかったのだと思います。
一方で、川井については、同じいじめの輪のなかにいて、少なくともいじめを止めていなかった(将也の言葉を信じるなら、一緒に悪口を言って楽しんでいた)わけだから、将也を責めて陥れる資格などない、とも思っていたでしょう。
いじめの被害者であった真柴にとって、川井のようないじめ傍観者が、直接の加害者を断罪できるなどとはまったく思わなかっただろうと思います。

でも、真柴自身は、この「橋崩壊事件」で修羅場を展開した、「当時の硝子いじめの輪のなかにいたメンバー」ではありません
ですから、真柴だけは、将也の過去のいじめを「絶対的な悪」として、将也を断罪する「資格」を持っている、と考えることができます。

だから、真柴は将也を殴ったのでしょう。
真柴のなかでは、川井に「将也に謝れ」と促すことと、自分自身が将也を断罪して殴り付けることは矛盾していなかったと思います。

このとき、真柴自身が、結絃から聞かれて、その価値観を明確に答えています。

結絃「何様だよ お前」
真柴「他人様



第5巻136ページ、第39話。

当時の硝子いじめの輪のなかにいなかった「他人様」である自分だからこそ、当時の過ちについて、断罪し裁くことができるのだ、と真柴は言いたかったのだと思います。

このあと、真柴の物語は第49話につながっていくことになります。
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第49話を受けて、これまでの真柴の言動を再チェック(2)

※このエントリは、第49話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第49話の「真柴のなぞの種明かし」を受けて、過去の回の真柴の言動をあらためて考察し直すエントリの続きです。

4)登校日の会話

第49話の内容から、登校日の真柴の会話で真柴が何を考えていたのかを推理するのは意外に難しいです。

このとき将也は、バカッター事件で興味を持って話しかけた、と話した真柴に対して、

将也「そんなことで話しかける真柴君も変わってる はは」

と返しましたが、真柴はこれに強く反応しました。

真柴「そう 僕 変わってるんだ まあ 変わってなきゃ いじめられないよね」


第5巻93ページ、第37話。

このとき、真柴は内心「自分は将也と比べると変わっていない、普通だ」と考えていた(信じたかった)ことが分かっています。
ですからこれはかまかけだ、ということになります。
真柴は、将也からの「いや、自分のほうが変わってる」とか「そんなことないよ」といった返事を期待してこの発言をしたことになります。

また、この真柴発言には2つの内容があります。

1つは、「僕は変わってるんだ」、もう1つは「変わってなきゃいじめられない=いじめられるのは変わってるからだ」です。

このうち、真柴は1つめは否定してほしくて、もう1つのほうは肯定してほしかったと言えるでしょう。

そして、この真柴の発言に対する将也の反応は、かなり真柴の期待通りだったと言えます。

将也「あは そんなふうに見えないのにホント! ごめん……!」

しっかり1つめを否定してくれました。
だから、真柴は、

真柴「すごいっ わかるんだっ」


第5巻94ページ、第37話。

と喜んだわけです。
そして畳み掛けるように、もう1つの論点を掘り下げようとします。

真柴「じゃあ逆に どんなふうな奴が いじめられやすいのか わかるんだねっ!」

これについて、真柴が期待していたのは恐らく「変わっている奴がいじめられやすい」、もう少し一般化していうと、「○○な(変わってる)奴がいじめられる」という、まあ言ってみれば「いじめられる理由があるからいじめられるんだ」的な答えだったのではないかと思います。

真柴は、その「将也が考える、いじめられる理由になるような、変わっている特徴」を探り出すべく、硝子の例を持ち出してきます。

真柴「西宮さんのほうは なんで いじめらちゃったんだろーね 石田君から見て そんな要素ある?」


第5巻95ページ、第37話。

ここで真柴が硝子の話を持ち出したのは、真柴としては特に他意はなかったのだと考えます。
単に、将也に話題をふれる、具体的ないじめの被害者として、真柴が知っていたのが硝子の話だけだった、ということなのでしょう。(でもそれが、将也にとってはものすごい疑心暗鬼を生むことになってしまったわけですが)

ちなみに、ここで、「西宮さんの『ほう』」といっている「ほう」の、もう一方として考えているのは真柴自身のことなのでしょう。
「(僕は変わってるからと言われていじめられたけど)西宮さんのほうはなぜだったの?」ということです。

ですから、ここで真柴が将也に期待していたのは、硝子が「○○という点で変わっていたから、それでいじめられたんだ」という答えだったはずです。

そしてそれに対しても、将也は結果的に「期待に応える」返事をしました

将也「ほら… 耳が聞こえないから… それで…… からかわれて……」

将也のこの答えは、「硝子は変わったところ(=耳が聴こえない)があったからいじめられたんだ」と真柴には受け止められたでしょう。

こんな風に、真柴の期待するとおりの答えがすべて返ってきたので、真柴は満足して、それ以降の会話はどちらかというと単なる世間話になっているという印象です。
「耳なしホーイチ」の話も、その後の「障害者をいじめた奴はぶっとばしてー」も、真柴にとっては「自分の聞きたいことが聞けたあとのクロージングの雑談」に過ぎなかったと思います。(「ぶっとばしてー」のところなんかは、将也のことを見てすらいません


第5巻97ページ、第37話。

ところが、真柴にとっては他愛もない雑談のつもりだったこの部分が、将也にとっては過去のトラウマをえぐり返し、疑心暗鬼にとらわれて川井に聞いてはならないことを聞いてしまう、最悪の展開に繋がっていったのは皮肉です。

長くなったので、残りは次のエントリで。
ラベル:第49話 第37話
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第49話を受けて、これまでの真柴の言動を再チェック(1)

※このエントリは、第49話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

これまで謎の多いキャラとして描かれていた真柴について、第49話は「種明かし」の回となっています。
ここでは、第49話で明かされた内容を受けて、真柴が最初に将也に声をかけてきたときから、橋崩壊事件までの真柴の「謎に満ちた言動」を再チェックして、そのとき真柴がどんなことを考えていたのかを考えてみたいと思います。

1)将也への最初の話しかけ

真柴が最初に将也に話しかけたのは、バカッター事件での停学が解除され、将也がクラスに復帰してきた初日でした。


第3巻10ページ、第15話。

このときの真柴の思惑については、第49話のモノローグで完全に明かされていて謎はなくなりました。
「変わっている」将也に近づくことで、自分が普通であることを確認しようとしていたのでした。


2)遊園地遊びへの参加と映画参加

これも、1)と同じ理由だったことが分かりました。


3)ロケハン時の暴力的な反応(かばん持たせの女子小学生、竹内)


第5巻38ページ、第34話。

基本的には、過去に受けたいじめ被害がいまだにトラウマになっていて、いじめ加害者やいじめに無理解な先生を受け入れられず暴力的な対応をとった、ということになると思います。
竹内については、第49話の真柴の過去のいじめの回想のなかで、「先生も 僕のこと 面白がってたくせに」と川井に話している場面があり、このときの竹内のような身勝手で責任逃れをするような教師には、当時を思い出して怒りがこみあげたのでしょう。


第5巻54ページ、第35話。

ただ、ここで少し気になるのが、同じく高校生になった後の真柴が、直接のいじめ加害者と再会したときには、直接的な暴力で復讐せず、教師になって加害者の子どもをただ見守ってやる、といった非常に遠回りで間接的であま暴力的でない復讐をしようとしていること、ここでやたら直接的な暴力を振るっていることとの整合性です。
これについては、度重なる被害経験からの恐怖などの学習で、直接の加害者には手が出せなくなっている(その分、赤の他人には暴力的になれる)ために、その復讐だけは非常に回りくどいものになっているのだ、と解釈しておきたいと思います。

このあとは、いよいよ問題の「登校日」の会話の考察ですが、ここから長くなりそうなのでエントリを分けます。
posted by sora at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする