2014年12月19日

第51話から改めて考える、硝子が「諦めたもの」とは?(10)

※このエントリは、第51話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

硝子が一度手に入れようともがき、「諦め」、5年後に将也が改めて取り戻そうとあがき、それもまた失敗して再度「諦め」た硝子が選んだ選択が「自殺」でした。

自殺をいままさに決行しようとする硝子、それを止めに入る将也はダイニングの椅子につまづき、筆談ノートが床に落ちます。


第5巻186ページ、第42話。

ダイニングの椅子に筆談ノートがあったということは、硝子は飛び降りる前にこのノートを見ていた、ということになります。
小学校の頃、将也に池に投げ込まれて拾い上げた筆談ノートを見つめ、また池に落としてしまったときと同じ表情で、硝子は筆談ノートを見つめ、ダイニングの椅子に「落とし」て、そして自殺を決行してしまったのでしょう。
このときもまた、筆談ノートは「諦めたもの」「手に入れたかったもの」の象徴でした

ところが、自殺を決行したにもかかわらず、すんでのところで将也に救出され、結果、将也が身代わりに転落して長期昏睡の大ケガを負ってしまいます。
大切に思うがゆえに、そばにいてこれ以上不幸にしてしまう前に自分から離れていこうとしていた将也に大ケガを負わせてしまい、かつ「自殺」というある種の「逃げ道」を閉ざされた硝子は、家族全員で泣き、「幸せだったかもしれない過去」の象徴であるおもちゃの自動車を捨てた朝、決意したのだと思います。

将也が作り上げてくれたけれども壊れてしまったものを、こんどは自分が動くことで「取り戻す」ことを。

そして硝子は橋メンバーや竹内と交渉し、橋メンバーの再集結、映画撮影の再開にまでこぎつけます。
かつて手に入れようとあがき、「諦め」、その後将也が手に入れようとあがき、失敗し、また「諦め」たものが、ついに硝子自身の再度の「あがき」によって、手に入った瞬間だった、とも言えます。

でも、硝子はその日の夜に気づきます。
「手に入った」のに、満たされない自分の心に。
そして、いま硝子にとって、本当に手に入れたいものが別にあることに気づいたわけです。

この瞬間、硝子を逆説的に長く長く縛っていた「手に入れたかったもの」「諦めたもの」から、硝子は「卒業」した、と言えるのではないでしょうか。

だからこそ、硝子は深夜に駆け出したのだ、と思います。


第6巻166ページ、第51話。
ラベル:第51話
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第51話から改めて考える、硝子が「諦めたもの」とは?(9)

※このエントリは、第51話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

硝子が水門小にいた数か月の間、必死に手に入れようともがき、そして「諦めた」もの。
硝子は夢破れ、失意のうちに水門小を去っていきました。
でも、そのときにまいた種は、硝子の知らないところでずっと芽を伸ばし続け、5年後に、硝子のもとに戻ってきました

そうです。
「手に入れたかったもの」の象徴であり、それを「諦めた」ときに池のなかに捨ててきてしまった、小学校のころの筆談ノートを持って、かつて硝子をいじめた(でも、結果的には一番多くかかわっていた)将也が帰ってきてくれたのです。

突然現れた将也が、手話で「忘れ物」と言ってあの筆談ノートを差し出したときの硝子の驚きは、どれほどのものだったでしょうか。


第2巻11ページ、第6話。

その筆談ノートは、まさに、小学校の頃に「手に入れたかった世界」と一緒に池に「忘れてきた」ものです。実際のところ、長い「諦めた」生活を続けていくなかで、そんな時代があったことすら硝子も忘れかけていたのではないでしょうか。

もうすっかり「諦め」て、自分から世界を広げようなどと考えることもまったくなくなってしまっていた硝子の前に、わざわざ手話まで覚えて現れた将也をみて、硝子は「諦めたもの」「もう忘れていたはずのもの」のことを、ふいにまた思い出したんだろうと思います。

最初はきっと半信半疑であったであろう硝子も、将也が結絃との信頼関係を構築し、かつて友達になろうとしてくれたのに迷惑をかけてしまった佐原を呼び戻し、植野や川井といった「かつての仲間」との関係を取り戻し、さらにはそれらの仲間と一緒に「映画を作る」という共通の目的までできて、恐らく人生で初であろう「みんなで集まって活動する夏休み」を経験したことで、今度こそ、かつて「諦めた」世界に、将也の活躍のおかげで手が届くかも、という希望を持てるようになってきたのだと思います。


第5巻88ページ、第37話。

将也にとっては、映画撮影はある意味「巻き込まれた面倒ごと」だったかもしれませんが、硝子にとっては「諦めたものを取り戻すこと」そのものだったのです。
将也は期せずして、第2~第3巻で誓った「硝子が手に入れられなかったものを取り戻す」ということに対して、ほぼパーフェクトな正解を出して硝子にそれを与えていた、ということになります。

そんななか、ふいに訪れたあの「橋崩壊事件」。
硝子がやっと手に入れたと思った「世界」はあっという間にすべて崩壊し、その「世界」を届けてくれた将也は精神的に回復不能なくらいのダメージを受けて硝子に依存してしまうようになります


第5巻138ページ、第39話。

このとき硝子は、すべてが自分の責任で、自分の障害が原因で、将也にもまたもや迷惑をかけてしまった、と思い込んで、また、改めて「諦めた」のでしょう。
そして、前回「諦めた」ときと同じように、あるいはそれ以上に「絶望」し、またもや当時と同じように自殺念慮が生じてしまったのだ、と思います。
前回は自殺を踏みとどまり、今回は決行してしまったのは、将也という大切な第三者を巻き込んでしまったという自責の念がより強かったことと、甘えることができる大人としての西宮祖母の存在がいなくなっていたことなどが原因だったと想像します。
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第51話から改めて考える、硝子が「諦めたもの」とは?(8)

※このエントリは、第51話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、これまでの整理で、水門小時代の硝子には、「諦めずに頑張っていた」時期(転入時からノート池ポチャ事件まで)と、「諦めた」時期(ノート池ポチャ事件後から聾学校への転出まで)があったことが分かりましたが、この「諦めた」期間でも一度だけ、周囲にホンネをぶつけた瞬間がありました

それが、将也との取っ組み合いのケンカです


第1巻164ページ、第4話。

もうこの時期には、硝子は「諦めた」モードに移行していましたから、自分から周囲に積極的に関わることはやめていたでしょう。
でも将也については、自分とかかわったことでカースト転落したことを申し訳なく思っており(自己肯定感が低い硝子が、将也のカースト転落を「自分のせい」と考えて自分を責めていた、というのは十分ありうることです)、将也がいじめの被害を受けている場面では手を差し伸べることを繰り返していました。
(悪口の書かれていた机を毎日消していたのも、そういった気持ちからの行動だったと思います。)

でも、そんな行為を将也からは偽善だと罵られ、あげくに「障害をもった弱者であることを利用して大人を味方につけている」という、硝子からしてみればまったく本意ではない、「自分が目指していた方向とは正反対の非難」を受けて(ここでは、将也の言ったことがある程度通じた、と解釈するほうが物語に説得力が出ると思うので、そう解釈します)、さすがの硝子も思わず手が出てしまったのでしょう。


第1巻163ページ、第4話。

硝子「---ってゆ……! ほりぇても かんぱってう!」

ここは「頑張ってる! これでも(または『それでも』) 頑張ってる!」だと私は解釈していますが、ここで「頑張ってる」というのは、「諦める前」のさまざまな頑張りのこと、さらには「諦めた後」の自分がかけた迷惑の後始末(その端的なものの1つが、自分のせいでカースト転落した将也の「机の落書き消し」だったと思います)を指しているんだと思います。
もう「諦めた」後だけれども、なんだかんだ言って接点の一番多かった将也には、ものすごく率直な悪口を言われて、ついカッとなって反論して手が出るくらいの「距離感の近さ」を感じていたんじゃないかな、と思います。

そして、将也と思う存分けんかした、けんか「できた」硝子は、このけんかのなかで笑っています


第1巻169ページ、第4話。

なぜ笑っているのか、それはここまでの考察をふまえれば、明らかです。
このけんかには、「諦めたはずのもののカケラ」があったからです。

「当たり前の学校生活」のなかには、当然、言いたいことを言い合って、場合によっては取っ組み合いのけんかになるようなことも含まれているでしょう。
これまで、硝子にはそんな経験はなかったわけです。
もしかすると、それが結果的に「いじめ」になってしまっていたとしても、将也のように硝子を積極的に構おうとするクラスメートは、硝子の人生においてそれまでいなかったのかもしれません。(デラックス一味のいじめが「障害者排除」という色を強く帯びているのに比べると、将也のそれは、本人が意識していなかったにせよ、多分に「気になる相手への好奇心の暴走」という側面があり、少なくとも硝子を障害者として扱うものではありませんでした。

水門小での、「夢見ていた世界を手に入れたい」という硝子の挑戦は、一見まったく実を結ぶことなく挫折したように見えましたが、将也に言いたいことを言って、取っ組み合いのけんかをしたことは、硝子がわずかに手に入れた、その挑戦の果実だったと言えます。
硝子が「挑戦」していなければ、そんなホンネをぶつけあう「瞬間」は、こなかったわけですから。

ただ、残念ながら、そのけんかの後、陰湿ないじめが続き(これは植野のしわざでした)、クラスでの孤立は続いて授業についていけなくなったことから、硝子としては不本意ながら、水門小を転出して聾学校に転校することになってしまいました。

これによって、硝子の水門小での「挑戦」は完全に終幕し、それ以降はまた「諦めた」生活を続けることになったわけです。

…5年後に、「彼」が戻ってくるまでは。
ラベル:第51話 第04話
posted by sora at 07:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第51話から改めて考える、硝子が「諦めたもの」とは?(7)

※このエントリは、第51話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、水門小に転校後、「みんなと普通にかかわって、当たり前の幸せな学校生活を手に入れる(その結果として、ずっと夢見ていた『自分に障害がなかったら実現していたような、友達も家族もみんな幸せな世界』を可能なかぎり実現する)」ことを目指していた硝子は、「ノート池ポチャ事件」を最後に、その挑戦を「諦め」たことになります。


第1巻117ページ、第3話。

ここでポイントになってくるのは、硝子にとって、この「諦めた」状態こそが、「通常運転」だった、ということです。

硝子の転校後、再会するまでの期間に対する疑問として、「水門小時代、あれだけ周囲と関わる気のあった硝子が、転校後そこそこ平和な環境に入ったら、もっと友達がいて当たり前だろう」、あるいは「小学校時代に何度か転校しているなかで、ひどくいじめを受けた水門小時代ばかり覚えているのは不自然ではないか」といったものがあると思います。

これらの疑問については、以下のように整理すると、どれもうまく説明できるように思います。

1)硝子は、水門小に転校してくるまでは、「諦めた」状態で周囲と没交渉だった。

2)水門小に転校してきてから、ノート池ポチャまでの間だけ、「諦めない」状態で、周囲と積極的にかかわって「幸せな学校生活」を手に入れようと努力していたが、ノート池ポチャで「諦めた」。

3)ノート池ポチャ後、将也と再会するまでの約5年間も、「諦めた」状態で周囲と没交渉だった。

4)将也と再会して筆談ノートを返しに来てくれたことで、また「諦めない」状態に戻った。


つまり、硝子にとっては、人生のほとんどの期間は「諦めた」状態ですごしており、そちらのほうが「通常運転」だったわけです。
そんななかで、唯一「諦めずに頑張ろうとした」時期が、水門小での数ヶ月間だったわけで、硝子がその期間のことを強く覚えていて、その頃のクラスメートに対してある種の「こだわり」を、高校生になってもまだ持ち続けていたことも、そう考えると自然だということになります。

また、水門小の「前」に友達がいなかったことも、水門小の「後」も、友達らしい友達ができなかったように見えることも(結絃が言うところの「ぼーっと本を読んでるだけ」状態)、それらの期間はずっと「諦めた」モードであり、友達を作るような動きをまったくとらなかったからだと考えれば、説明がつきます。

そしてさらに、硝子の自殺念慮がどういう状況で起こるのか、ということについても、一定の説明がつきます。
これまで、硝子に自殺念慮が生じたのは2回(水門小時代のノート池ポチャ事件後と、高校になってからの橋崩壊事件後)ですが、どちらも「諦めない」状態で頑張って、それが挫折して「諦めざるを得ない」状態に移行する、その境目で「スイッチ」が入ってしまっていることが分かります。

このように、硝子の「諦めたもの」を理解するには、硝子にとっては「諦めている」状態のほうが一般的で、「諦めない」状態のほうが特殊なんだ、ということをふまえる必要があると思います。
ラベル:第51話 第03話
posted by sora at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする