2014年12月07日

第58話から「島田の物語」を考える(7)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

なぜ、中学時代まで最低の評価を下していたはずの将也を、高3になった島田が、それほどネガティブに見ていない(ように見える)のでしょうか。
この間、将也は島田とまったく関係を持っていませんし、両者の関係に影響を当たるようなイベントも何も発生していませんのに、です。

ここは、可能性としては3つくらい思い当たります。

a)学校が別になって関心がなくなってしまった。
 いじめは、いじめられた側はずっと覚えているものの、いじめた側はすぐに忘れてしまうものなので、この解釈は決して不自然だとも言い切れません。

b)小学校時代、将也のカースト転落後、硝子をいじめ続けて転校に追い込んでいたのは将也ではなく植野だったということを知ったから。
 私はこの可能性は非常に低いと思っています。植野の性格からして、この小学校の頃の硝子いじめについては、墓場まで持っていって誰にも話さないのではないでしょうか。

c)植野から、将也が高校になって反省して硝子に謝りに行ったということを聞いたから。

私は、このc)の可能性が大本命だ、と思っています。

将也は植野と再開した第21話で、はっきりとこう植野に伝えているのです。


第3巻137ページ、第21話。

将也「……小学校ん時の… すげー反省したから 謝りに行った」

私は、植野がこの話題を島田に話したのではないかと考えているのです。

もしこの話を聞いたら、島田は将也に対する目を少しだけ変えたでしょう。
何より島田は、将也が硝子に「謝らなかった」ということを、特に許せなく思っていたフシがあるからです。
ですから、高校生になった将也がわざわざ硝子に会いに行って謝罪した、ということを知れば、島田の将也に対する評価はかなり改善するはずなのです。
さらに1)のような「時間がたったことによる無関心」も加わって、島田にとって将也は「だったらもう許してもいいかな」という存在に変わったのではないかと推測されるわけです。

そう考えると、植野が急に将也と島田の和解工作を始めた理由も少し推測できます。
つまり、植野が先ほどの「将也が硝子に謝りに行った」という話をしたときに、島田が「へーそうなんだ、それはあいつのこと少し見直したな、もうあいつのこと許してやってもいいのかも」みたいなリアクションをしたのではないか、と考えるわけです。
そして、それを聞いた植野が「これならもしかしたら2人が和解して、また私も含めて昔みたいな関係を取り戻せるかも」と期待したかもしれない、というわけですね。
それで、遊園地のときや今回の映画などで、将也と島田を引き合わせる機会を強引に作ろうとしたのではないかと想像するのです。
ただ、実際には島田にとって将也は既に「特に関心をもたない人間」であり、そういった植野の行為は「おせっかい」としか映らなかった、ということではないかと思います。

そして、植野の和解への努力の理由については、もう1つ可能性が…。
それは、島田が将也への徹底したいじめを続けた理由が、実は自分がやっていた硝子いじめを将也の所業だと島田が勘違いしているからだ、ということに気づいていた、という可能性です。
だとすると、植野からすると、

・将也が中学で徹底的にハブられたのは、実は自分のせいだ。

ということになってしまうわけです。
本当は将也が好きだった植野にとって、この事実を受け止めるのは辛いことでしょう。
それでも、植野は恐らく、「あのいじめは自分がやった」と島田に言うタイプではないと思います。

もし植野が、そんな罪の思いをずっと感じてきたのだとすれば、高校になって島田が軟化し、将也を憎む気持ちが薄れてきたこと(あるいは、硝子に謝りにいったという将也のエピソードを思った以上に高く評価したこと)は、島田と将也の和解を実現させ、それによって「自分の過去の罪が帳消しになる」ことを期待した、という可能性が出てきます。

話を島田に戻して、花火のあとの救出劇についても、上記のような「将也と硝子の新しい関係」の噂を植野から少しだけ耳にしていたとなると、少なくとも「好奇心の対象」にはなったと思います。
そして、マンションの下から将也の硝子救出、身代わり転落を目撃して、「将也は確かに変わっていた」ということを確認して、「ポジティブな気持ちで」将也救出を行なったのではないかと思います。
ただし、島田はそんな今さらの心境の変化を将也に知られたいとは思わなかったでしょうから、硝子には(そしておそらく植野にも)「石田に言うなよ」と釘を刺したんだろうと思います。
タグ:第21話 第58話
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第58話から「島田の物語」を考える(6)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

これまでの考察を総合し、島田の目線で「将也」という存在を見た場合、こんな風になるのではないでしょうか。

1)島田らは、学級裁判以後「裏切り者」として、将也の机に落書きをしたりプロレスごっこで暴行したりといったいじめを開始しました。

2)ところが、机の落書きは初日からすべて硝子によって消され、硝子転校まで将也が目にすることはありませんでした。
 これが硝子によるものだということは、島田はこの時点では知らなかったのではと思われます。

3)硝子が机の落書きを消しているのを植野が目撃。すぐに植野による硝子いじめが始まります。

4)植野による硝子いじめは、島田らからは「将也が硝子いじめを続けている」と誤解されました。

5)それにより、島田らによる将也へのいじめの理由は、徐々に「学級裁判で裏切った」ことではなく「懲りずに硝子いじめを続けている」ことに変わっていったと思われます。
 島田らが将也の上履きを繰り返し捨てていたのは、植野が硝子の上履きを土まみれにするなどのいじめを続けていた(そしてそれが将也によるものと誤解された)からである可能性もありそうです。

6)それでも「懲りずに」続く硝子へのいじめ。実際にやっていたのは植野でしたが、島田らには将也がやっていると誤解される状態が続きます。

7)ついには硝子と大ゲンカをして、殴る蹴るの暴行を加える将也。
 実際には将也が硝子に手を出したのは久しぶりだったのですが、上記4〜6の流れを誤解しているとすれば、周囲からは「いじめがエスカレートしている」としか見えなかったでしょう。
 しかもそれは、島田・広瀬が将也の上履きを捨てて暴行を加えた直後に起こっており、島田らから見れば「自分たちから受けた暴行の腹いせに硝子に殴りかかった」と映っていたはずです。

8)そして、それでも止まらない硝子いじめ。
 実際には植野がやっているから当たり前ですが、誤解している島田らから見れば、将也のあまりの悪質さに呆れる状態だっただろうと思われます。

9)そしてついに硝子は学校にいられなくなり転校。これも、実際に硝子を追い込んでいたのは植野だったわけですが、島田らには将也のせいだ映っていたはずです。
 それは当然、「将也はとうとう西宮さんを転校するところまで追い込んだのか」という怒りにもつながったのではないかと思います。

10)硝子がいなくなった途端に落書きが消されなくなったことで、島田らも、落書きを消していたのは硝子だったと気づきます。
 それによって、島田らの将也への印象はさらに悪化することになったでしょう。なぜなら、「落書きを消してくれていた優しい硝子に、最後までいじめを続けた最低なヤツ」だと分かったからです。
 これが、その後島田が中学に入っても将也をいじめるのをやめず、疎外した理由になったのではないかと思われます。


では、なぜ中学時代までこのような最低の評価を下していた将也を、高3(もしかすると学校行ってないかもしれませんが)になった島田は、それほどネガティブに見ていないのでしょうか
タグ:第58話
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第58話から「島田の物語」を考える(5)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。
またこのエントリは、以前連載して途中で止まっていた、こちらのエントリの続きです。


もしも、小学校時代、植野がやっていた(後期の)硝子いじめを将也がやっていたと誤解すると、将也というのはクラスメートからこんな風に見えていたはずです。

1)合唱コンクールの落選をネタに、黒板に硝子の悪口を落書きする。

2)以後、硝子いじめを繰り返す。

3)硝子の補聴器を奪い、耳を引きちぎる。

4)それでも硝子に謝罪しないどころか、筆談のノートを池に捨てる。

5)さらに硝子の補聴器を次々と破壊。

6)学級裁判で糾弾されると、謝りもせず周りに責任をなすりつける。

7)学級裁判後、硝子いじめを陰湿化させむしろエスカレートさせる

8)さらに、硝子になぐりかかって暴行を加える

9)それでも硝子いじめをやめず、陰湿ないじめを継続。

10)ついに硝子を転校に追い込んでしまう。


このうち、7)と9)は実際にはやっていたのは将也ではなく植野ですが、おそらくこれも将也のしわざだと誤解されていたのでしょう。
7)と9)の誤解が加わることで、8)の「将也と硝子のケンカ」での将也に対するクラスメートの印象は最悪なものになっていたでしょうし、10)の硝子の転校も「100%将也が悪い、鬼畜のような所業」だと受け止められたことでしょう。

こう考えると、将也の机への落書きが、将也が学級裁判でカースト転落してから何ヶ月もたった後(つまり、硝子へのいじめをやめてから何ヶ月もたった後)だったにもかかわらず、「いじめっこはいらない」になっていたのも自然なことになります。


第1巻166ページ、第4話。

落書きをしている人間(もしかすると「いじめっこはいらない」は川井かも)は、硝子が転校する直前まで、将也が執拗に硝子をいじめていたと思い込んでいたことになるからです。

また、中学に入ったとき、島田が周囲の生徒に「将也のせいで」硝子は転校した、と言った理由もはっきりします。


第1巻171ページ、第5話。

これは、「将也が硝子を転校までずっといじめていた」という認識を島田がもっていたことを示すのと同時に、(まさにその行為によって)島田にとって将也が「徹底した軽蔑の対象」になっていたこと、それゆえに将也のことを「自分の仲間でも何でもないし、誰も近寄るべきでない最低の人間」と断罪していたことを示しているのだと思います。
(まあ、もしかすると、「島田は植野のことを好きだった」という真相があって、そのためにライバルである将也を蹴落とそうとしていたという可能性もありますが、仮にそうだとしても、島田がいじめを続けた(ように見えていた)将也を軽蔑し遠ざけていたという推測には変わりがないと思います。)

もしかすると、島田が小学校時代、学級裁判以後も将也いじめを続けたのも、この「植野の硝子いじめ」のせいかもしれません。

植野回をみると、植野の硝子いじめの具体例として、「教科書・ノートに『ブス』と書く」「上履きに日々草の鉢植えの中身をぶちまける」というのがあがっており、これと同じ硝子いじめのシーンが、第4話の最初あたりに登場しています。
さらに、植野が硝子いじめを開始したのは、将也の机への落書きを硝子が消しているのを発見してからであり、かつ、将也は硝子が転向するまで、一度も「自分の机に落書きがされている」のを見たことがありませんでした。

これらを総合すると、「島田から見たとき」、将也がどのように映っていたかをかなり詳しく推理することができます。
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第59話、硝子の見せた推薦状を読み解く(2)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第59話で硝子が将也に見せた「推薦状」から、硝子は文化祭にヘアカットの作品を提出し、それが評価されたことで(入賞するなどして)、この推薦状をかちとったらしい、ということが分かってきました。

そうなると、ここで1つつながってくるのが、第41話の西宮母誕生日の回に、西宮母が硝子に「しかもこんな大事な時期に!」と怒鳴りつける場面です。


第5巻167ページ、第41話。

以前の考察から、この西宮母の誕生日は8月14日と推測されますが、この「大事な時期」というのは、硝子が文化祭にむけて作品を仕上げなければいけない時期だったのではないでしょうか

おそらく、この文化祭で評価されるような「作品」を仕上げることが、今回硝子がもらったような推薦状を学校に書いてもらって、卒業後の進路を固めるために非常に重要なものなのだろうと思われます。

つまり、今回の推薦状から、物語で明かされていない硝子の8月から9月にかけての学校生活がぼんやりと透けて見えてくることになります。

7月ごろ〜:
 文化祭に向け、硝子はヘアカット作品を制作。自宅にそれっぽいグッズが何もないところをみると、作業は学校に通って行っていたと考えられます。
 可能性としては、「夏休みの宿題的に作品を制作して9月の文化祭に提出」といった流れがあるのではないかとも推測されます。

8月:
 5日に橋崩壊事件。絶望してすっかりやる気を失った硝子は、作品制作をやめてしまった可能性が高いのではないかと思います。
 そしてそのまま将也と共依存の関係を続けた後、花火大会後に自殺決行したのが8月20日頃。以後は肩を痛めてしまったため、作品制作はやりたくてもできない状態が続いたと思われます。

9月:
 硝子の肩が回復したのは4日ごろ。そして、将也の家に快気祝いに出向いて、「憧れの理容師」が実は石田母だったことを確信します。
 硝子は、肩が治ったあと、大急ぎで作品を仕上げて、8〜9日あたりに提出したのでは?と想像します。
 おそらく、本来の締め切りは夏休み明けすぐの9月1日(または週末の5日)あたりだったと思われますが、硝子の場合は事情が事情ですから、学校側も特別の取り計らいをもって締め切りの数日の延長は認めたのではないかと思います。
 そして9月中旬頃(東地高の文化祭と同じ頃)、硝子の聾学校でも文化祭があり、硝子の作品も展示され、見事に入賞したのではないかと思われます。
 入賞を受けて、硝子は推薦状をつくってもらうよう学校に要請、それを受けて学校が作成した推薦状をちょうど受け取ったのが、第59話で将也と橋で出会ったその日(恐らく30日(火))だった、ということになるのではないでしょうか。


第59話、10ページ。

ちなみに、東京の尊敬する先生の店は「ヘアサロン」となっていますが、調べてみると、このヘアサロンという名称は、理髪店でも美容院でもどちらでも使われる一般名称のようで、特段この店名に有益な情報が含まれているということはなさそうです。
(ただ、「貴社」となっているので、会社組織としてやっているそれなりに大きな所だろうとは推測されます。)
タグ:第41話 第59話
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第59話、硝子の見せた推薦状を読み解く(1)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話では、硝子が進路を聞かれて、かばんから推薦状を見せて上京の話を将也に伝えます。

この「推薦状」、よく見ると興味深いポイントがいくつかありますので、少し詳しく読み解いてみたいと思います。



まずは、推薦文の読める箇所をぜんぶ書き出してみます。

ヘアサロンのらねこ 野良 眠彦様
推 薦 状

拝啓 貴社益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
????文化祭の時に???????子


まず第一の疑問として、そもそも硝子はなぜこの日、「推薦状」を持っていたのでしょうか?

1つには、将也に上京のことを最初から話すつもりで、そのためにわざわざ持ってきていた、ということが考えられますが、

・橋で進路のことを話題にしたのは将也のほうで硝子ではない。
・硝子は進路を聞かれて最初はかなり明確に「答えたくない」と拒絶している(将也に強引に聞かれてようやく話し始めた)。
・別に推薦状の現物がなくても、進路のことは問題なく話せる。


といったことを考えると、わざわざ持ってくる必然性はほとんどないように思います。

ですから、この推薦状はたまたまこの日に学校からもらって帰ってきたものだ、と考えるのが自然でしょう。

そのことを補強するのが、文面のなかにある「文化祭」の文字です。
おそらく硝子は今年の「文化祭」で何らかの優れた成果をあげて、その成果をもって、聾学校側が推薦状を書いてくれた、そういう流れなんだろうと思われます。

では、この「文化祭」というのは、東地高の文化祭のことを指していて、硝子の「成果」とは、妖精のヘアメイクのことを指しているのでしょうか?

それはさすがになさそうです。
硝子が目指しているのは理容師なので、まず評価されるのはヘアメイクではなくヘアカットの技術のはずです。
それに、他校の生徒が勝手にやってる映画作りに参加したことを、学校が公式に認めて推薦状を書く、というのもちょっと考えにくいことです。

ですから、この「文化祭」は硝子が通う聾学校の文化祭のことで、そこで硝子は優れたヘアカットの技術を示すような作品(マネキンのヘアカットか何か?)を提出し、入賞した、といったことなのではないかと思います。

この推薦状のなかに「文化祭の時に」という表現がありますので、恐らく、この「野良眠彦先生」は、優秀な生徒を見つけるために文化祭に顔を出しているのではないかと思います。
ですからこの本文1行目の文章は、たとえば、

先日、文化祭の時に当校3年西宮硝子の入賞作品をご覧いただきましたが…

みたいなものではないかと想定されます。
タグ:第59話
posted by sora at 07:37| Comment(5) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする