2014年12月06日

第59話、結局「西宮母のオススメ」は何だったのだろう?

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話で、硝子は理容科を卒業したあとの進路として、「母親のすすめるコース」と「東京に修業に出るコース」の2つで迷っていることが判明しました。


第59話、6ページ。

このうち硝子の考える「上京コース」については、第59話のなかで硝子がそれなりに詳しく語っています。
東京にいる、尊敬する聴覚障害者の先生の店で働きながら資格をとる、というのがその内容ですね。


第59話、10ページ。

一方、「西宮母がすすめるコース」についてはは第59話のなかでもほとんど明らかにされていません
少なくとも、地元に残るプランであることは間違いないようですが、それ以外のことは分かりません。

単純に、地元の聴覚障害者に配慮のある理髪店で修業をするコースなのでしょうか?
それとも…

もしかすると、ヘアメイクイシダで修業をするコースをすすめている、ということはないでしょうか?

ここで思い出すのが、第55話で、子どもたちがコンビニに買出しに行っている間に、石田母と西宮母が勝手に盛り上がっていた件です。


第55話、18ページ。

短時間にこれほど大量のお酒をあけ、お寿司を食べてしまった二人は、いったいどんな話で盛り上がっていたのでしょうか?

普通に考えて、お互いに高3の子どもを抱えるシングルマザーの2人が、子どもの進路のことに関心がないわけがありません
そして、娘の命の恩人である将也の自宅は理髪店で、当の娘は高校で理容科に通って理容師を目指しているわけです。

この状況で、西宮母が石田母に「硝子の卒業後、お宅のお店で硝子に実務の勉強をさせてもらうわけにはいかないだろうか」という相談をもちかけるというのは、決して唐突なことではないような気がするんですよね。
絶対使ってくれというのではなく、ダメもとで聞いてみるだけというのであれば、気軽に聞ける程度の話であるように思います。

そして、そう持ちかけられた石田母のリアクションは、恐らく「お金はたくさん払えないけど、それでもいいなら大歓迎」といったものになるんじゃないかと思います。

もしそういうやりとりが第55話の酒宴の席で本当に出ていたとするなら、西宮母が硝子の進路決定にあたって、「地元で修業」コースの1つの有力オプションとして、ヘアメイクイシダに通うことをすすめるのも十分に考えられることではないでしょうか。
そして、それが「母親のおすすめ」であれば、硝子がそれに反対し、あえて東京に行こうとするのも、逆に理解できる気がするのです。

硝子も、やがては地元に戻って、できればヘアメイクイシダで働きたい、と思っている可能性は高いと思います。
でも、「だからこそ」、硝子はヘアメイクイシダで迷惑にならないよう、またさらにお店を繁盛させることができるよう、より高い技術を学べそうな東京の先生のところにまず修業しに行って、資格もとって腕も磨いてきてから戻ってきたい、と考えそうな気がするのです。

そして、こういう複雑な思いを持っていることを、将也に思い切って打ち明けようとしたら、今回のような矛盾に満ちた答えが返ってきたのだとすれば、「こっちの気持ちも知らないで」と、思わず怒って帰ってしまうのも無理はないように思うんですね。

ですから、一見特に大きな意味を持たないように見える「西宮母のおすすめ進路」というのが、実は意外と重要だったりするのかもしれません。
タグ:第59話 第55話
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第59話で描かれているのは、硝子の遅い反抗期かもしれない(2)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話で、硝子が母親の意見に反対して東京行きを希望するようになったのは、将也の転落から映画の再開、そして橋の上での将也との再会などを通じて、硝子の中で劇的な価値観の転換が生じ、18歳になってようやく「ありのままの自分」を受け止められるようになったこと、そしてそれによって、「自分の人生の大切な選択は、自分で決めて自分で責任を持ちたい」という、ある種の「反抗期」的な心の動きが現れてきたことを示しているのではないか、そんな風に思います。

だからこそ、そんな「価値観の転換」を実現してくれた大元でもある将也が、第59話で硝子の自己決定を頭ごなしに否定し「親が決めたレールに乗れ」的な発言をしたことに対し、硝子は激しく失望し、がっかりして帰ってしまったのではないでしょうか。
あえて乱暴にいうなら、「保護者ヅラをするな」ということですよね。

そういえば、かつて植野からも、将也は同じことを言われていました。


第3巻153ページ、第22話。

将也にとって、このあたりは硝子と本当の意味で対等でより親密な関係になるための、最後の「課題」の1つになっているように思います。

また、今回将也は珍しく、硝子の上京反対の理由として、「硝子の障害」をあげたことも注目すべきポイントです。


第59話、16ページ。

将也は、硝子の障害そのものを特別視したり、差別したりといった意識がほとんど見られず(実はそれは小学校時代からそうです)、それは将也のもっている素晴らしい態度の1つなのですが、一方で「障害をもっている硝子」という存在に対しては、小学校の頃は「害悪」と思ったり、高校になったいまは「命を消耗して守る」と思ったり、ちょっと過剰なくらい特別視しているところがあります

その「特別視」の端的な現れの1つが、今回悪い方に出てしまった「保護者ヅラ」であるように思います。

そろそろ、将也は、自分が硝子を守る保護者のような存在である、存在に「なれる」という思い込み、思い上がりを捨てなければならない時期にきている、と思います。
そのうえで、精神的に自立した大人と大人の関係としては実はさらにステージが上である「尊重し、支え合う」という意識に移行していかなければなりません。

すでに将也は、その「新しい関係」のイメージに非常に近い「生きるのを手伝う」ということばを自ら紡ぎ、硝子に伝えることにも成功しています。
あとは有言実行、保護者ヅラをして硝子を「守ろう」とする意識を卒業して、「尊重し、支え合う」ところにたどり着くことは、今の将也には決して難しくないことだと思っています。
タグ:第59話 第22話
posted by sora at 08:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第59話で描かれているのは、硝子の遅い反抗期かもしれない(1)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

タイトルのとおりです。

第6巻から第7巻の冒頭で、硝子の劇的な価値観の転換と、それに伴う自己肯定感の改善が描かれました。
それによって硝子は、障害をありのままに受け止め、「もし私に障害がなかったら」という妄想ではなく、(障害をもっている)現実に生きることを積極的に肯定できるようになりました

それは、乱暴な言い方をすれば、硝子にとって「洗脳に等しいほどの価値観の転換によって、まったく別の人格に生まれ変わった」というのに等しいくらいの体験だったはずです。

そして、第7巻の第55話あたりからは、そのような「別人格に生まれ変わった」存在としての硝子が描かれています。

病院の見舞いでは将也と当たり前にジュースをおごりおごられ、将也を文化祭に誘うメールはある意味有無を言わせない「押しの強い」もの、そして校門前でヘタレる将也を強引に引っ張って映画を上映する教室まで連れていき、映画反省会のファミレスでは、ちょっとしたイベントでケタケタ笑いが止まらなくなりました。


第58話、18ページ。

こうやって改めて振り返ってみると、これまでの硝子が、いかに感情を抑圧し、あらゆる行動に対して消極的であったかがよく分かります
過去の巻でしばしば「天使」「聖人」などと呼ばれ、あるいはややネガティブに「何を考えているか分からない」と言われていた硝子は、ようやく第7巻まできて、自己を守るための「鎧」としてのそういったキャラクターを脱ぎ捨て、本来の、ありのままの姿を見せるようになったと言えるのだと思います。
そしてその象徴として描かれているのが、「自分の耳を積極的に出すようになった」という外見的変化なのだと思います。


第59話、6ページ。

さて、そんな風に考えたとき、第59話で硝子が親がすすめる地元での修業に従わず、上京することを希望していることは、単に自分のやりたいことがそっちだ、ということを少し超えて、

硝子が、かなり遅い「反抗期」をようやく迎えている。

ということでもあるのかな、と感じる
のです。

これまで、親が決めたレールにおとなしく従って歩いてきた硝子ですが、先に触れたような大きな価値観の転換を体験し、自分にとって大切な人生の選択は、誰かに決められるのではなく自分で決めたい、そして自分で決めることでその決断に責任を持ちたい、そんな風に考えが変わってきたように感じられます。

そう考えると、第59話で将也が硝子の東京行きを感情的に反対したことに対して、硝子がどう感じたかを、少し違う角度から考えることができるようにも思います。
タグ:第59話 第58話
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第60話でも登場、石田家のホットプレートは万能?

※このエントリは、第60話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第60話では、久しぶりに石田家の料理のシーンが描かれました。
そこに登場するのはまたもやホットプレートです。


第60話、18ページ。

マリアの皿に盛られている様子からすると、ホットケーキのようですね。

この作品のなかで、石田家の料理(特に石田母の料理)といえばホットプレート料理です
これまでにも様々なホットプレート料理が作られてきましたので、それをまとめて見てみたいと思います。

1)第1話:焼きそば


第1巻47ページ、第1話。

第43回度胸試しが流れ、島田・広瀬も家に遊びにこなくなり、「退屈に負けそうに」なっている日に出てきた料理。石田母が作っています。


2)第4話:水餃子なべ?


第1巻151ページ、第4話。

将也がカースト転落し、島田らにいじめを受けるようになった頃、上履き紛失が続くのをみて石田母が「先生に言っておこうか?」と聞くときに出ていた料理。石田母が作っています。


3)第7話:焼きうどん?


第2巻45ページ、第7話。

ここから高校編です。
硝子と再開した日の夜、170万を返してくれた息子の事が嬉しくて、ホットプレートいっぱいに山盛りの焼きうどん(またはスパゲティ、焼きそば?)を創っています。


4)第10話:ハムエッグ


第2巻88ページ、第10話。

将也が硝子と2度目の再会を果たしたころ、石田母は朝ごはんのハムエッグをホットプレートで作りながら、将也が自殺を考えていたことをカマをかけて突き止め、追及します。
将也は石田母にもう自殺しないと約束して、気持ちを前向きに切り替えて登校しますが、途中で結絃にいじられ、さらに登校したらバカッター騒動が起きていて停学の憂き目にあってしまいます。


5)第12話:お好み焼き


第2巻141ページ、第12話。

硝子からバカッター騒動を起こしたことをとがめられ、家出した結絃は公園で将也に発見され、そのまま自宅に連れてこられます。その日の夜に出てきた料理がこのお好み焼きでした。
最初は食べるのを拒んでいた結絃ですが、マリアから「あーん」されて思わず食べてしまってからは、家出して空腹だったこともあって、がつがつと料理を平らげていました。
これも石田母が作っています。


6)第14話:謎カレー

服とカメラを石田宅に取りに来た結絃と永束がかちあい、全員で食べることになったこの料理、最初は魚を入れた鍋料理だったはずが、最後にはごはんにかけてスプーンで食べる、謎のカレー風料理に変貌していました。
これも石田母が作っています。


7)第43話:ホットケーキ


第6巻3ページ、第43話。

第2巻から第6巻に一気に飛びます(もし途中に漏れがあったら教えてください)。
ここは将也の回想で、花火大会の朝に平和にホットケーキを食べていたシーンを思い出しています。
そしてこれを思い出している将也は、マンションから飛び降りて絶体絶命の硝子を引上げようと必死になっているところでした。
このホットケーキは、石田母ではなく姉が調理したようです。


8)第59話:焼肉

KOEKATA_59_017.jpg

第7巻、第59話17ページ。

将也が目覚め、自宅に戻ってきて、また石田家のホットプレート料理が見られるようになりました。
硝子の上京志望を聞いた将也が、制服も脱がないうちから石田母に必死にそのことを語っている姿が微笑ましいですね。
そして、将也のそんな姿を見て、硝子のことが好きで離れたくないという気持ちがにじみ出ているのを優しく受け止めている石田母もとても素敵です。
もちろんこれも、石田母が作っています。


9)第60話:ホットケーキ


第60話、18ページ。

そして今回、ほんの一瞬ですが登場したのが、第43話でも調理されていた「ホットケーキ」です。
もしかするとホットケーキは石田姉の得意料理かもしれないので、これは石田母か姉か、どちらが作ったのかははっきりしませんね。

そして、こうやってチェックしてみた結果分かったことは、

・石田家の手料理はすべてホットプレートで作られている!

ということです。
どこまで万能なんだ石田家のホットプレート(笑)。
posted by sora at 08:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする