2014年12月04日

当ブログのアクセス件数を公開します!

さて、「聲の形」の連載も終了し、当ブログのエントリも、単行本発売とかの特別なイベントを除けば、あとは過去のボツエントリを細々と掲載するのみとなりました。

実際、アクセス件数を見ても、最終話がマガジンに掲載されて以降はゆるやかに減少を続けていますので、このブログもそろそろ収束が近づいていることを感じています。

そこで、当ブログ開設から、先月11月までの月別のブログアクセス数を公開しておくことにしました。
もし何かのテーマでブログ作りを考えてらっしゃる方がいらっしゃったら、このくらいのブログを作るとどの程度のアクセス数になるのかの参考にしていただければと思います。

4月 15,916
5月 43,939
6月 130,672
7月 275,429
8月 451,163
9月 479,341
10月 530,673
11月 429,319


11月末までの総アクセス数は、235万6000件あまりとなっています。

当ブログは、2014年4月4日に開設しています
当初は、古い話のコネタを1日1エントリ程度拾う細々としたブログでしたが、6月初頭の「橋崩壊事件」、第39話からは連載の最新話に対してリアルタイムに考察する内容に切り替え、それ以降、アクセス数もぐっと伸びてきました。

そして8月以降は毎日のアクセス数が平均で15,000件クラスになり、それが最終話までほぼ安定して続きました。そして、最終話が発表されて以降は緩やかに減少を続けて、現在に至っています。

ちなみに、私は今までに全部で10以上のブログを開設してきていますが、今回の「聲の形ブログ」がその中でも最もアクセス数の多いブログとなりました。
お越しくださった皆さんには、感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました!

(なお、ボツエントリはまだまだある(笑)ので、ブログの更新は今しばらく続ける予定です。)
posted by sora at 08:43| Comment(6) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

第61話、植野によって明かされた島田の心情とは?(3)

※このエントリは、第61話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

島田が将也から離れ、逆に将也をいじめる側に回ったのは、学級裁判での将也の態度に愛想がつき、軽蔑すべき裏切り者だと感じるようになったからだと考えられます。

ただそれにしても、その後、小学校卒業まで延々といじめが続き、さらに中学に入ってまで、将也を孤立させ続ける島田からの執拗な将也いじめが続いたのはなぜなのでしょうか?

ここについて、植野がわずかに語っているのは、


第61話、6ページ。

植野「仲良かったってこと 無かったことにしたかったんだと思う…」

ということだけです。
つまり、中学に入ったとき、島田や広瀬は、将也がかつて親友だったことを周囲に知られたくないほど嫌っていた、ということになります。
だからこそ将也が中2のとき、限定盤CDの話題で島田らの輪に入ろうとしたとき、島田は完全拒絶して「もはやなんの縁もない、寄ってくるな」という態度で応じたのだろうと思います。

そこまで島田が嫌った理由は、実は今回植野が語らなかった1つの事実があるのではないか、と私は考えています。

それは、

植野が硝子転校まで続けた硝子いじめについて、島田は将也が犯人だと思っていた。(今も思っている)

ということです。
ここまでで見たとおり、島田は将也の硝子いじめを、途中からははっきり否定的に見ていたと思います。
そして、その行為ははっきりと学級裁判で断罪されました。

にもかかわらず、将也は硝子いじめを続け、硝子を転校に追い込んだのだ、と島田には映っていたに違いないだろうと思っているのです。
実際にやっていたのは植野だったわけですが、植野がその後島田グループからハブられず、逆に将也は徹底的にいじめられているところからしても、島田は明らかに誤解しています

だからこそ、島田は中学に入った時に「女子をいじめて転校させた」という噂(島田にとっては事実)を流し、将也と仲が良かった事実すら否定しようという動きを続けていたのだろう、と思うわけです。


第1巻171ページ、第5話。ここで島田が流している「噂」って、ぶっちゃけ正しくないですよね。でもそれこそが、島田が「誤解」していた証拠ではないでしょうか

いずれにしても、今回殊勝に真実を語っているように見える植野ですが、必ずしも「すべて」を語っているわけではありません。
その辺りについても、エントリを分けて書いてみたいと思います。
タグ:第61話 第05話
posted by sora at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第61話、植野によって明かされた島田の心情とは?(2)

※このエントリは、第61話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、硝子の耳を負傷させたことで、将也は担任の竹内から叱られますが、そのあと島田らと合流した将也は「(硝子には)謝らない」と島田に語ります。
それに対して島田は、「お前が謝るところを見たいのに」と返しています


第1巻108ページ、第2話。

ここでも島田は、やんわりと将也のいじめに対してそろそろやめたほうがいいと進言していることに気づきます。

でも、将也の暴走は止まらなかったわけです。
負傷させられた側の硝子が「ごめんなさい」とまで伝えて和解しようとしているにも関わらずノートを川に捨てて拒絶し、その後も繰り返し補聴器を壊し続けた将也を見て、島田はデラックス事件にもまして「こいつの暴走にはもうついていけない」と感じたことでしょう。

このあと、あの「学級裁判」事件が起こるわけですが、学級裁判より前の段階で、すでに島田の気持ちは将也から完全に離れてしまっていたのだろうと思います。

3)そして、将也と島田らとの溝を決定的にしたのが、学級裁判での将也の態度でした。
島田からすれば、硝子へのいじめ(特に学級裁判でも問題視された補聴器の破壊)について、自分は何度も止めていたのに、一切聞き耳を持たず一人で暴走していたのが将也だったのに、糾弾された将也は自分の責任を顧みず、あたかもすべての責任を周りに押し付けて逃げようとするような態度を取りました。


第1巻124ページ、第3話。

恐らく将也は「自分だけが悪いわけではない」ということを主張していたのでしょうが、周囲からは「自分だけは悪くない」と主張しているように見えたと思います。
この態度をみて、島田は将也のことを、憎むべき、軽蔑すべき最低の人間だ、というレッテルを貼ったのではないでしょうか。

改めてこの学級裁判の場面をみると、校長がしゃべっているとき、島田はひとり微笑みを浮かべていることに気づきます。
恐らく島田はここでしっかり将也が断罪され、将也も罪を認めて反省して硝子いじめも止まる、そういう展開を望んでいたのではないかと思います。
ところが、実際の将也はそれとは遠く、無責任で反省しない「醜態」を晒してしまったわけです。

このときの態度を自分たちへの裏切りと感じ、「許せない」と憤った島田が将也を池に突き落とそうと仲間を誘う場面は、植野回で描かれました。


第6巻134ページ、第50話。

そして、学級裁判以後の島田の執拗な将也いじめについては、今回植野があえて語らなかった、1つの誤解がもとになっていると、私は考えています。
posted by sora at 07:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第61話、植野によって明かされた島田の心情とは?(1)

※このエントリは、第61話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第61話の前半では、植野の語りによって、植野視点からの島田らの心境が明かされました。

それによって、これまで謎だった「学級裁判後、中学時代にいたる島田の将也に対する心情」がある程度明らかになりました

今回の植野の語りの、小中学校時代の島田についての部分を抜き出してみましょう。


第61話、6ページ。

植野「あいつらさ…小学生ん時 ちゃんと…あんたのこと好きだったんだよ? わかってたっしょ?
   それがなんか…… なんか違うわーってなっちゃったんだろうね
    仲良かったってこと 無かったことにしたかったんだと思う…」


この植野の語りから分かることは、島田(と広瀬)は、

1)もともとは将也のことが好きだった
2)しかし、その後その気持ちが冷めていった
3)最終的には、仲が良かったことすら否定したいほど嫌いになった


という風に、将也への評価や感情が変わっていった、ということです。
これを、第1巻の描写と合わせて考えると、島田の将也への感情が、いつごろどんな風に変わっていったかを推測することができます。

1)まったく曇りなく「好きだった」というのは、島田や広瀬が将也の家にしばしば遊びに来ていた「第42回度胸試し」からデラックス事件の頃までだったのではないかと思います。
「第41回」のとき、石田母から度胸試しのことを聞かれた際も、島田ははっきりと「僕らも楽しくて将也君と一緒にいるので」と答えていることからも、このころは確かに「好きだったし、一緒にいて楽しかった」ことは間違いないでしょう。


第1巻17ページ、第1話。

2)でもその後、島田は塾通いを将也との遊びよりも優先させるようになり、広瀬もそれに合わせて将也と若干距離をおくようになりました。
そのきっかけになったのは「デラックス事件」でしょう。
デラックス事件で、将也が「げんき君」から暴行を受けたあとの島田と広瀬は、明らかにそれまでとは態度が異なり、将也のスタイルに「ついていけない」といった表情をあらわにしています。
このあたりから、将也と島田らとのあいだにはすきま風が吹き始めたのだろうと思います。


第1巻41ページ、第1話。

次に、将也と島田らとの間にさらに距離を作ったのは、恐らく「硝子いじめ」だったのだろうと思います。
将也の認識がどうであれ、学級裁判に至るまでの間、硝子いじめを「主導」していたのは間違いなく将也でした。
合唱コンクール失敗についての黒板への落書きから始まり、水をかけたりノートに落書きをしたりといったいたずらに進み、ついには補聴器を奪って投げ捨て、耳を引っ張って負傷させるまでにいたりました。
(実際には、この頃から、硝子の筆談ノートには硝子を咎めるような書き込みが増え、徐々に硝子は将也のいじめとは無関係にクラスで孤立していったのですが、そのことは島田は知らなかったでしょう)

このあたりまできて、さすがに島田は「やりすぎだ」と感じるようになっていったと思います
実際、硝子の耳を負傷されたまさにそのときに、島田は「ゲェ ショーヤあ お前やりすぎ」と言っていることからも、それは分かります。


第1巻106ページ、第2話。
posted by sora at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第61話、どんどん「侵入度」が深くなる植野

※このエントリは、第61話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第61話では、「いきなり将也の布団の中にいる植野」というのが描かれました。


第61話、2ページ。

普通なら、少年誌で「黒髪ロングの美少女がいきなり自分のふとんで寝ている」というのは、かなりきわどいシーンに展開しそうなのですが(実際植野もそういう展開を狙った雰囲気もありますし)、そこはこの「聲の形」、どちらかというとホラーの展開になって、将也が「おかーさーん」と叫ぶ、という展開に。(考えてみると、植野も物語の中でいいように遊ばれています(笑))

ところで、この植野ですが、高校編での再会以降、将也の自宅などでいきなり登場するときの「場所」が、だんだん深いところに侵入していっているのが笑えます。

最初は、3巻の硝子との修羅場のあと、自宅を出たところに立っていて、そのまま玄関先まで入ってきました。(侵入レベル1:玄関先


第3巻153ページ、第22話。

次は、第5巻で、映画の話をしようと映画メンバーが将也の自宅に集まったところ、植野がダイニングにいてマリアと遊んでいました。(侵入レベル2:ダイニング


第5巻10ページ、第33話。

その次をどれと見るかは微妙ですが、私は、第6巻で将也の病室に籠城した場面を採りたいと思います。
植野回をみると、植野は将也の病室に一人で籠城し、ベッド脇で将也にキスするなどやりたい放題やっていました。(侵入レベル3:ベッド脇


第6巻138ページ、第50話。

そして今回、第61話でついに植野の侵入レベルはピークに到達しました。将也が自室に上がると、部屋の布団の中に植野がいたのです。(侵入レベル4:布団の中

すごいですね(笑)。
これまでは結絃が「同じ部屋で寝る」というところまで到達していて、おおむね侵入レベル3あたりまできていて侵入度トップでしたが、今回植野が逆転し、とうとう布団の中まで制覇してしまいました。

ちなみに硝子はまだ「侵入レベル2」どまりなのでまだまだですね。(笑)
posted by sora at 07:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする