当ブログでは、いわゆる発売日前の「フライングのネタバレ」に関する話題は扱いません。フライングのネタバレとなるコメントはご遠慮ください。ご協力よろしくお願いします。(発売日後のネタバレはOKです。)

おすすめエントリ(最初はこちらからどうぞ)

2014年12月06日

第60話でも登場、石田家のホットプレートは万能?

※このエントリは、第60話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第60話では、久しぶりに石田家の料理のシーンが描かれました。
そこに登場するのはまたもやホットプレートです。


第60話、18ページ。

マリアの皿に盛られている様子からすると、ホットケーキのようですね。

この作品のなかで、石田家の料理(特に石田母の料理)といえばホットプレート料理です
これまでにも様々なホットプレート料理が作られてきましたので、それをまとめて見てみたいと思います。

1)第1話:焼きそば


第1巻47ページ、第1話。

第43回度胸試しが流れ、島田・広瀬も家に遊びにこなくなり、「退屈に負けそうに」なっている日に出てきた料理。石田母が作っています。


2)第4話:水餃子なべ?


第1巻151ページ、第4話。

将也がカースト転落し、島田らにいじめを受けるようになった頃、上履き紛失が続くのをみて石田母が「先生に言っておこうか?」と聞くときに出ていた料理。石田母が作っています。


3)第7話:焼きうどん?


第2巻45ページ、第7話。

ここから高校編です。
硝子と再開した日の夜、170万を返してくれた息子の事が嬉しくて、ホットプレートいっぱいに山盛りの焼きうどん(またはスパゲティ、焼きそば?)を創っています。


4)第10話:ハムエッグ


第2巻88ページ、第10話。

将也が硝子と2度目の再会を果たしたころ、石田母は朝ごはんのハムエッグをホットプレートで作りながら、将也が自殺を考えていたことをカマをかけて突き止め、追及します。
将也は石田母にもう自殺しないと約束して、気持ちを前向きに切り替えて登校しますが、途中で結絃にいじられ、さらに登校したらバカッター騒動が起きていて停学の憂き目にあってしまいます。


5)第12話:お好み焼き


第2巻141ページ、第12話。

硝子からバカッター騒動を起こしたことをとがめられ、家出した結絃は公園で将也に発見され、そのまま自宅に連れてこられます。その日の夜に出てきた料理がこのお好み焼きでした。
最初は食べるのを拒んでいた結絃ですが、マリアから「あーん」されて思わず食べてしまってからは、家出して空腹だったこともあって、がつがつと料理を平らげていました。
これも石田母が作っています。


6)第14話:謎カレー

服とカメラを石田宅に取りに来た結絃と永束がかちあい、全員で食べることになったこの料理、最初は魚を入れた鍋料理だったはずが、最後にはごはんにかけてスプーンで食べる、謎のカレー風料理に変貌していました。
これも石田母が作っています。


7)第43話:ホットケーキ


第6巻3ページ、第43話。

第2巻から第6巻に一気に飛びます(もし途中に漏れがあったら教えてください)。
ここは将也の回想で、花火大会の朝に平和にホットケーキを食べていたシーンを思い出しています。
そしてこれを思い出している将也は、マンションから飛び降りて絶体絶命の硝子を引上げようと必死になっているところでした。
このホットケーキは、石田母ではなく姉が調理したようです。


8)第59話:焼肉

KOEKATA_59_017.jpg

第7巻、第59話17ページ。

将也が目覚め、自宅に戻ってきて、また石田家のホットプレート料理が見られるようになりました。
硝子の上京志望を聞いた将也が、制服も脱がないうちから石田母に必死にそのことを語っている姿が微笑ましいですね。
そして、将也のそんな姿を見て、硝子のことが好きで離れたくないという気持ちがにじみ出ているのを優しく受け止めている石田母もとても素敵です。
もちろんこれも、石田母が作っています。


9)第60話:ホットケーキ


第60話、18ページ。

そして今回、ほんの一瞬ですが登場したのが、第43話でも調理されていた「ホットケーキ」です。
もしかするとホットケーキは石田姉の得意料理かもしれないので、これは石田母か姉か、どちらが作ったのかははっきりしませんね。

そして、こうやってチェックしてみた結果分かったことは、

・石田家の手料理はすべてホットプレートで作られている!

ということです。
どこまで万能なんだ石田家のホットプレート(笑)。
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第59話で描かれているのは、硝子の遅い反抗期かもしれない(1)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

タイトルのとおりです。

第6巻から第7巻の冒頭で、硝子の劇的な価値観の転換と、それに伴う自己肯定感の改善が描かれました。
それによって硝子は、障害をありのままに受け止め、「もし私に障害がなかったら」という妄想ではなく、(障害をもっている)現実に生きることを積極的に肯定できるようになりました

それは、乱暴な言い方をすれば、硝子にとって「洗脳に等しいほどの価値観の転換によって、まったく別の人格に生まれ変わった」というのに等しいくらいの体験だったはずです。

そして、第7巻の第55話あたりからは、そのような「別人格に生まれ変わった」存在としての硝子が描かれています。

病院の見舞いでは将也と当たり前にジュースをおごりおごられ、将也を文化祭に誘うメールはある意味有無を言わせない「押しの強い」もの、そして校門前でヘタレる将也を強引に引っ張って映画を上映する教室まで連れていき、映画反省会のファミレスでは、ちょっとしたイベントでケタケタ笑いが止まらなくなりました。


第58話、18ページ。

こうやって改めて振り返ってみると、これまでの硝子が、いかに感情を抑圧し、あらゆる行動に対して消極的であったかがよく分かります
過去の巻でしばしば「天使」「聖人」などと呼ばれ、あるいはややネガティブに「何を考えているか分からない」と言われていた硝子は、ようやく第7巻まできて、自己を守るための「鎧」としてのそういったキャラクターを脱ぎ捨て、本来の、ありのままの姿を見せるようになったと言えるのだと思います。
そしてその象徴として描かれているのが、「自分の耳を積極的に出すようになった」という外見的変化なのだと思います。


第59話、6ページ。

さて、そんな風に考えたとき、第59話で硝子が親がすすめる地元での修業に従わず、上京することを希望していることは、単に自分のやりたいことがそっちだ、ということを少し超えて、

硝子が、かなり遅い「反抗期」をようやく迎えている。

ということでもあるのかな、と感じる
のです。

これまで、親が決めたレールにおとなしく従って歩いてきた硝子ですが、先に触れたような大きな価値観の転換を体験し、自分にとって大切な人生の選択は、誰かに決められるのではなく自分で決めたい、そして自分で決めることでその決断に責任を持ちたい、そんな風に考えが変わってきたように感じられます。

そう考えると、第59話で将也が硝子の東京行きを感情的に反対したことに対して、硝子がどう感じたかを、少し違う角度から考えることができるようにも思います。
タグ:第59話 第58話
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第59話で描かれているのは、硝子の遅い反抗期かもしれない(2)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話で、硝子が母親の意見に反対して東京行きを希望するようになったのは、将也の転落から映画の再開、そして橋の上での将也との再会などを通じて、硝子の中で劇的な価値観の転換が生じ、18歳になってようやく「ありのままの自分」を受け止められるようになったこと、そしてそれによって、「自分の人生の大切な選択は、自分で決めて自分で責任を持ちたい」という、ある種の「反抗期」的な心の動きが現れてきたことを示しているのではないか、そんな風に思います。

だからこそ、そんな「価値観の転換」を実現してくれた大元でもある将也が、第59話で硝子の自己決定を頭ごなしに否定し「親が決めたレールに乗れ」的な発言をしたことに対し、硝子は激しく失望し、がっかりして帰ってしまったのではないでしょうか。
あえて乱暴にいうなら、「保護者ヅラをするな」ということですよね。

そういえば、かつて植野からも、将也は同じことを言われていました。


第3巻153ページ、第22話。

将也にとって、このあたりは硝子と本当の意味で対等でより親密な関係になるための、最後の「課題」の1つになっているように思います。

また、今回将也は珍しく、硝子の上京反対の理由として、「硝子の障害」をあげたことも注目すべきポイントです。


第59話、16ページ。

将也は、硝子の障害そのものを特別視したり、差別したりといった意識がほとんど見られず(実はそれは小学校時代からそうです)、それは将也のもっている素晴らしい態度の1つなのですが、一方で「障害をもっている硝子」という存在に対しては、小学校の頃は「害悪」と思ったり、高校になったいまは「命を消耗して守る」と思ったり、ちょっと過剰なくらい特別視しているところがあります

その「特別視」の端的な現れの1つが、今回悪い方に出てしまった「保護者ヅラ」であるように思います。

そろそろ、将也は、自分が硝子を守る保護者のような存在である、存在に「なれる」という思い込み、思い上がりを捨てなければならない時期にきている、と思います。
そのうえで、精神的に自立した大人と大人の関係としては実はさらにステージが上である「尊重し、支え合う」という意識に移行していかなければなりません。

すでに将也は、その「新しい関係」のイメージに非常に近い「生きるのを手伝う」ということばを自ら紡ぎ、硝子に伝えることにも成功しています。
あとは有言実行、保護者ヅラをして硝子を「守ろう」とする意識を卒業して、「尊重し、支え合う」ところにたどり着くことは、今の将也には決して難しくないことだと思っています。
タグ:第59話 第22話
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第59話、結局「西宮母のオススメ」は何だったのだろう?

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話で、硝子は理容科を卒業したあとの進路として、「母親のすすめるコース」と「東京に修業に出るコース」の2つで迷っていることが判明しました。


第59話、6ページ。

このうち硝子の考える「上京コース」については、第59話のなかで硝子がそれなりに詳しく語っています。
東京にいる、尊敬する聴覚障害者の先生の店で働きながら資格をとる、というのがその内容ですね。


第59話、10ページ。

一方、「西宮母がすすめるコース」についてはは第59話のなかでもほとんど明らかにされていません
少なくとも、地元に残るプランであることは間違いないようですが、それ以外のことは分かりません。

単純に、地元の聴覚障害者に配慮のある理髪店で修業をするコースなのでしょうか?
それとも…

もしかすると、ヘアメイクイシダで修業をするコースをすすめている、ということはないでしょうか?

ここで思い出すのが、第55話で、子どもたちがコンビニに買出しに行っている間に、石田母と西宮母が勝手に盛り上がっていた件です。


第55話、18ページ。

短時間にこれほど大量のお酒をあけ、お寿司を食べてしまった二人は、いったいどんな話で盛り上がっていたのでしょうか?

普通に考えて、お互いに高3の子どもを抱えるシングルマザーの2人が、子どもの進路のことに関心がないわけがありません
そして、娘の命の恩人である将也の自宅は理髪店で、当の娘は高校で理容科に通って理容師を目指しているわけです。

この状況で、西宮母が石田母に「硝子の卒業後、お宅のお店で硝子に実務の勉強をさせてもらうわけにはいかないだろうか」という相談をもちかけるというのは、決して唐突なことではないような気がするんですよね。
絶対使ってくれというのではなく、ダメもとで聞いてみるだけというのであれば、気軽に聞ける程度の話であるように思います。

そして、そう持ちかけられた石田母のリアクションは、恐らく「お金はたくさん払えないけど、それでもいいなら大歓迎」といったものになるんじゃないかと思います。

もしそういうやりとりが第55話の酒宴の席で本当に出ていたとするなら、西宮母が硝子の進路決定にあたって、「地元で修業」コースの1つの有力オプションとして、ヘアメイクイシダに通うことをすすめるのも十分に考えられることではないでしょうか。
そして、それが「母親のおすすめ」であれば、硝子がそれに反対し、あえて東京に行こうとするのも、逆に理解できる気がするのです。

硝子も、やがては地元に戻って、できればヘアメイクイシダで働きたい、と思っている可能性は高いと思います。
でも、「だからこそ」、硝子はヘアメイクイシダで迷惑にならないよう、またさらにお店を繁盛させることができるよう、より高い技術を学べそうな東京の先生のところにまず修業しに行って、資格もとって腕も磨いてきてから戻ってきたい、と考えそうな気がするのです。

そして、こういう複雑な思いを持っていることを、将也に思い切って打ち明けようとしたら、今回のような矛盾に満ちた答えが返ってきたのだとすれば、「こっちの気持ちも知らないで」と、思わず怒って帰ってしまうのも無理はないように思うんですね。

ですから、一見特に大きな意味を持たないように見える「西宮母のおすすめ進路」というのが、実は意外と重要だったりするのかもしれません。
タグ:第59話 第55話
posted by sora at 08:23 | Comment(8) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

第59話、硝子の見せた推薦状を読み解く(1)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第59話では、硝子が進路を聞かれて、かばんから推薦状を見せて上京の話を将也に伝えます。

この「推薦状」、よく見ると興味深いポイントがいくつかありますので、少し詳しく読み解いてみたいと思います。



まずは、推薦文の読める箇所をぜんぶ書き出してみます。

ヘアサロンのらねこ 野良 眠彦様
推 薦 状

拝啓 貴社益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
????文化祭の時に???????子


まず第一の疑問として、そもそも硝子はなぜこの日、「推薦状」を持っていたのでしょうか?

1つには、将也に上京のことを最初から話すつもりで、そのためにわざわざ持ってきていた、ということが考えられますが、

・橋で進路のことを話題にしたのは将也のほうで硝子ではない。
・硝子は進路を聞かれて最初はかなり明確に「答えたくない」と拒絶している(将也に強引に聞かれてようやく話し始めた)。
・別に推薦状の現物がなくても、進路のことは問題なく話せる。


といったことを考えると、わざわざ持ってくる必然性はほとんどないように思います。

ですから、この推薦状はたまたまこの日に学校からもらって帰ってきたものだ、と考えるのが自然でしょう。

そのことを補強するのが、文面のなかにある「文化祭」の文字です。
おそらく硝子は今年の「文化祭」で何らかの優れた成果をあげて、その成果をもって、聾学校側が推薦状を書いてくれた、そういう流れなんだろうと思われます。

では、この「文化祭」というのは、東地高の文化祭のことを指していて、硝子の「成果」とは、妖精のヘアメイクのことを指しているのでしょうか?

それはさすがになさそうです。
硝子が目指しているのは理容師なので、まず評価されるのはヘアメイクではなくヘアカットの技術のはずです。
それに、他校の生徒が勝手にやってる映画作りに参加したことを、学校が公式に認めて推薦状を書く、というのもちょっと考えにくいことです。

ですから、この「文化祭」は硝子が通う聾学校の文化祭のことで、そこで硝子は優れたヘアカットの技術を示すような作品(マネキンのヘアカットか何か?)を提出し、入賞した、といったことなのではないかと思います。

この推薦状のなかに「文化祭の時に」という表現がありますので、恐らく、この「野良眠彦先生」は、優秀な生徒を見つけるために文化祭に顔を出しているのではないかと思います。
ですからこの本文1行目の文章は、たとえば、

先日、文化祭の時に当校3年西宮硝子の入賞作品をご覧いただきましたが…

みたいなものではないかと想定されます。
タグ:第59話
posted by sora at 07:37 | Comment(5) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第59話、硝子の見せた推薦状を読み解く(2)

※このエントリは、第59話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、第59話で硝子が将也に見せた「推薦状」から、硝子は文化祭にヘアカットの作品を提出し、それが評価されたことで(入賞するなどして)、この推薦状をかちとったらしい、ということが分かってきました。

そうなると、ここで1つつながってくるのが、第41話の西宮母誕生日の回に、西宮母が硝子に「しかもこんな大事な時期に!」と怒鳴りつける場面です。


第5巻167ページ、第41話。

以前の考察から、この西宮母の誕生日は8月14日と推測されますが、この「大事な時期」というのは、硝子が文化祭にむけて作品を仕上げなければいけない時期だったのではないでしょうか

おそらく、この文化祭で評価されるような「作品」を仕上げることが、今回硝子がもらったような推薦状を学校に書いてもらって、卒業後の進路を固めるために非常に重要なものなのだろうと思われます。

つまり、今回の推薦状から、物語で明かされていない硝子の8月から9月にかけての学校生活がぼんやりと透けて見えてくることになります。

7月ごろ〜:
 文化祭に向け、硝子はヘアカット作品を制作。自宅にそれっぽいグッズが何もないところをみると、作業は学校に通って行っていたと考えられます。
 可能性としては、「夏休みの宿題的に作品を制作して9月の文化祭に提出」といった流れがあるのではないかとも推測されます。

8月:
 5日に橋崩壊事件。絶望してすっかりやる気を失った硝子は、作品制作をやめてしまった可能性が高いのではないかと思います。
 そしてそのまま将也と共依存の関係を続けた後、花火大会後に自殺決行したのが8月20日頃。以後は肩を痛めてしまったため、作品制作はやりたくてもできない状態が続いたと思われます。

9月:
 硝子の肩が回復したのは4日ごろ。そして、将也の家に快気祝いに出向いて、「憧れの理容師」が実は石田母だったことを確信します。
 硝子は、肩が治ったあと、大急ぎで作品を仕上げて、8〜9日あたりに提出したのでは?と想像します。
 おそらく、本来の締め切りは夏休み明けすぐの9月1日(または週末の5日)あたりだったと思われますが、硝子の場合は事情が事情ですから、学校側も特別の取り計らいをもって締め切りの数日の延長は認めたのではないかと思います。
 そして9月中旬頃(東地高の文化祭と同じ頃)、硝子の聾学校でも文化祭があり、硝子の作品も展示され、見事に入賞したのではないかと思われます。
 入賞を受けて、硝子は推薦状をつくってもらうよう学校に要請、それを受けて学校が作成した推薦状をちょうど受け取ったのが、第59話で将也と橋で出会ったその日(恐らく30日(火))だった、ということになるのではないでしょうか。


第59話、10ページ。

ちなみに、東京の尊敬する先生の店は「ヘアサロン」となっていますが、調べてみると、このヘアサロンという名称は、理髪店でも美容院でもどちらでも使われる一般名称のようで、特段この店名に有益な情報が含まれているということはなさそうです。
(ただ、「貴社」となっているので、会社組織としてやっているそれなりに大きな所だろうとは推測されます。)
タグ:第41話 第59話
posted by sora at 07:43 | Comment(6) | TrackBack(0) | その他・一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第58話から「島田の物語」を考える(5)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。
またこのエントリは、以前連載して途中で止まっていた、こちらのエントリの続きです。


もしも、小学校時代、植野がやっていた(後期の)硝子いじめを将也がやっていたと誤解すると、将也というのはクラスメートからこんな風に見えていたはずです。

1)合唱コンクールの落選をネタに、黒板に硝子の悪口を落書きする。

2)以後、硝子いじめを繰り返す。

3)硝子の補聴器を奪い、耳を引きちぎる。

4)それでも硝子に謝罪しないどころか、筆談のノートを池に捨てる。

5)さらに硝子の補聴器を次々と破壊。

6)学級裁判で糾弾されると、謝りもせず周りに責任をなすりつける。

7)学級裁判後、硝子いじめを陰湿化させむしろエスカレートさせる

8)さらに、硝子になぐりかかって暴行を加える

9)それでも硝子いじめをやめず、陰湿ないじめを継続。

10)ついに硝子を転校に追い込んでしまう。


このうち、7)と9)は実際にはやっていたのは将也ではなく植野ですが、おそらくこれも将也のしわざだと誤解されていたのでしょう。
7)と9)の誤解が加わることで、8)の「将也と硝子のケンカ」での将也に対するクラスメートの印象は最悪なものになっていたでしょうし、10)の硝子の転校も「100%将也が悪い、鬼畜のような所業」だと受け止められたことでしょう。

こう考えると、将也の机への落書きが、将也が学級裁判でカースト転落してから何ヶ月もたった後(つまり、硝子へのいじめをやめてから何ヶ月もたった後)だったにもかかわらず、「いじめっこはいらない」になっていたのも自然なことになります。


第1巻166ページ、第4話。

落書きをしている人間(もしかすると「いじめっこはいらない」は川井かも)は、硝子が転校する直前まで、将也が執拗に硝子をいじめていたと思い込んでいたことになるからです。

また、中学に入ったとき、島田が周囲の生徒に「将也のせいで」硝子は転校した、と言った理由もはっきりします。


第1巻171ページ、第5話。

これは、「将也が硝子を転校までずっといじめていた」という認識を島田がもっていたことを示すのと同時に、(まさにその行為によって)島田にとって将也が「徹底した軽蔑の対象」になっていたこと、それゆえに将也のことを「自分の仲間でも何でもないし、誰も近寄るべきでない最低の人間」と断罪していたことを示しているのだと思います。
(まあ、もしかすると、「島田は植野のことを好きだった」という真相があって、そのためにライバルである将也を蹴落とそうとしていたという可能性もありますが、仮にそうだとしても、島田がいじめを続けた(ように見えていた)将也を軽蔑し遠ざけていたという推測には変わりがないと思います。)

もしかすると、島田が小学校時代、学級裁判以後も将也いじめを続けたのも、この「植野の硝子いじめ」のせいかもしれません。

植野回をみると、植野の硝子いじめの具体例として、「教科書・ノートに『ブス』と書く」「上履きに日々草の鉢植えの中身をぶちまける」というのがあがっており、これと同じ硝子いじめのシーンが、第4話の最初あたりに登場しています。
さらに、植野が硝子いじめを開始したのは、将也の机への落書きを硝子が消しているのを発見してからであり、かつ、将也は硝子が転向するまで、一度も「自分の机に落書きがされている」のを見たことがありませんでした。

これらを総合すると、「島田から見たとき」、将也がどのように映っていたかをかなり詳しく推理することができます。
posted by sora at 08:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第58話から「島田の物語」を考える(6)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

これまでの考察を総合し、島田の目線で「将也」という存在を見た場合、こんな風になるのではないでしょうか。

1)島田らは、学級裁判以後「裏切り者」として、将也の机に落書きをしたりプロレスごっこで暴行したりといったいじめを開始しました。

2)ところが、机の落書きは初日からすべて硝子によって消され、硝子転校まで将也が目にすることはありませんでした。
 これが硝子によるものだということは、島田はこの時点では知らなかったのではと思われます。

3)硝子が机の落書きを消しているのを植野が目撃。すぐに植野による硝子いじめが始まります。

4)植野による硝子いじめは、島田らからは「将也が硝子いじめを続けている」と誤解されました。

5)それにより、島田らによる将也へのいじめの理由は、徐々に「学級裁判で裏切った」ことではなく「懲りずに硝子いじめを続けている」ことに変わっていったと思われます。
 島田らが将也の上履きを繰り返し捨てていたのは、植野が硝子の上履きを土まみれにするなどのいじめを続けていた(そしてそれが将也によるものと誤解された)からである可能性もありそうです。

6)それでも「懲りずに」続く硝子へのいじめ。実際にやっていたのは植野でしたが、島田らには将也がやっていると誤解される状態が続きます。

7)ついには硝子と大ゲンカをして、殴る蹴るの暴行を加える将也。
 実際には将也が硝子に手を出したのは久しぶりだったのですが、上記4〜6の流れを誤解しているとすれば、周囲からは「いじめがエスカレートしている」としか見えなかったでしょう。
 しかもそれは、島田・広瀬が将也の上履きを捨てて暴行を加えた直後に起こっており、島田らから見れば「自分たちから受けた暴行の腹いせに硝子に殴りかかった」と映っていたはずです。

8)そして、それでも止まらない硝子いじめ。
 実際には植野がやっているから当たり前ですが、誤解している島田らから見れば、将也のあまりの悪質さに呆れる状態だっただろうと思われます。

9)そしてついに硝子は学校にいられなくなり転校。これも、実際に硝子を追い込んでいたのは植野だったわけですが、島田らには将也のせいだ映っていたはずです。
 それは当然、「将也はとうとう西宮さんを転校するところまで追い込んだのか」という怒りにもつながったのではないかと思います。

10)硝子がいなくなった途端に落書きが消されなくなったことで、島田らも、落書きを消していたのは硝子だったと気づきます。
 それによって、島田らの将也への印象はさらに悪化することになったでしょう。なぜなら、「落書きを消してくれていた優しい硝子に、最後までいじめを続けた最低なヤツ」だと分かったからです。
 これが、その後島田が中学に入っても将也をいじめるのをやめず、疎外した理由になったのではないかと思われます。


では、なぜ中学時代までこのような最低の評価を下していた将也を、高3(もしかすると学校行ってないかもしれませんが)になった島田は、それほどネガティブに見ていないのでしょうか
タグ:第58話
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第58話から「島田の物語」を考える(7)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

なぜ、中学時代まで最低の評価を下していたはずの将也を、高3になった島田が、それほどネガティブに見ていない(ように見える)のでしょうか。
この間、将也は島田とまったく関係を持っていませんし、両者の関係に影響を当たるようなイベントも何も発生していませんのに、です。

ここは、可能性としては3つくらい思い当たります。

a)学校が別になって関心がなくなってしまった。
 いじめは、いじめられた側はずっと覚えているものの、いじめた側はすぐに忘れてしまうものなので、この解釈は決して不自然だとも言い切れません。

b)小学校時代、将也のカースト転落後、硝子をいじめ続けて転校に追い込んでいたのは将也ではなく植野だったということを知ったから。
 私はこの可能性は非常に低いと思っています。植野の性格からして、この小学校の頃の硝子いじめについては、墓場まで持っていって誰にも話さないのではないでしょうか。

c)植野から、将也が高校になって反省して硝子に謝りに行ったということを聞いたから。

私は、このc)の可能性が大本命だ、と思っています。

将也は植野と再開した第21話で、はっきりとこう植野に伝えているのです。


第3巻137ページ、第21話。

将也「……小学校ん時の… すげー反省したから 謝りに行った」

私は、植野がこの話題を島田に話したのではないかと考えているのです。

もしこの話を聞いたら、島田は将也に対する目を少しだけ変えたでしょう。
何より島田は、将也が硝子に「謝らなかった」ということを、特に許せなく思っていたフシがあるからです。
ですから、高校生になった将也がわざわざ硝子に会いに行って謝罪した、ということを知れば、島田の将也に対する評価はかなり改善するはずなのです。
さらに1)のような「時間がたったことによる無関心」も加わって、島田にとって将也は「だったらもう許してもいいかな」という存在に変わったのではないかと推測されるわけです。

そう考えると、植野が急に将也と島田の和解工作を始めた理由も少し推測できます。
つまり、植野が先ほどの「将也が硝子に謝りに行った」という話をしたときに、島田が「へーそうなんだ、それはあいつのこと少し見直したな、もうあいつのこと許してやってもいいのかも」みたいなリアクションをしたのではないか、と考えるわけです。
そして、それを聞いた植野が「これならもしかしたら2人が和解して、また私も含めて昔みたいな関係を取り戻せるかも」と期待したかもしれない、というわけですね。
それで、遊園地のときや今回の映画などで、将也と島田を引き合わせる機会を強引に作ろうとしたのではないかと想像するのです。
ただ、実際には島田にとって将也は既に「特に関心をもたない人間」であり、そういった植野の行為は「おせっかい」としか映らなかった、ということではないかと思います。

そして、植野の和解への努力の理由については、もう1つ可能性が…。
それは、島田が将也への徹底したいじめを続けた理由が、実は自分がやっていた硝子いじめを将也の所業だと島田が勘違いしているからだ、ということに気づいていた、という可能性です。
だとすると、植野からすると、

・将也が中学で徹底的にハブられたのは、実は自分のせいだ。

ということになってしまうわけです。
本当は将也が好きだった植野にとって、この事実を受け止めるのは辛いことでしょう。
それでも、植野は恐らく、「あのいじめは自分がやった」と島田に言うタイプではないと思います。

もし植野が、そんな罪の思いをずっと感じてきたのだとすれば、高校になって島田が軟化し、将也を憎む気持ちが薄れてきたこと(あるいは、硝子に謝りにいったという将也のエピソードを思った以上に高く評価したこと)は、島田と将也の和解を実現させ、それによって「自分の過去の罪が帳消しになる」ことを期待した、という可能性が出てきます。

話を島田に戻して、花火のあとの救出劇についても、上記のような「将也と硝子の新しい関係」の噂を植野から少しだけ耳にしていたとなると、少なくとも「好奇心の対象」にはなったと思います。
そして、マンションの下から将也の硝子救出、身代わり転落を目撃して、「将也は確かに変わっていた」ということを確認して、「ポジティブな気持ちで」将也救出を行なったのではないかと思います。
ただし、島田はそんな今さらの心境の変化を将也に知られたいとは思わなかったでしょうから、硝子には(そしておそらく植野にも)「石田に言うなよ」と釘を刺したんだろうと思います。
タグ:第21話 第58話
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2014年12月08日

第58話、リフレインの中でブーメランを投げる将也(1)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第58話は、「かつての映画メンバー」が瓦解した「橋崩壊事件」と同様の事態を、「新たな映画メンバー」が「選考会」という形で再び経験し結束が試される、というリフレイン構造になっていると考えるとその意味するところが理解しやすくなると思いますが、そう考えると、今回の将也の立ち位置と、ある島田のセリフの意味が少し見えてくる気がします。

橋崩壊事件と今回の選考会とのリフレイン構造を比較するとき、映画メンバー全員に暴言を吐きまくった今回の審査員は、橋崩壊事件で全員に暴言を吐いた将也と対応することは明らかです。


第58話、6ページ。


第5巻131ページ、第39話。

そして、将也はこの問題の解決するために「審査員が全然分かってないからちゃんと見てくれるように言ってくる」という行動をとろうとしました。

考えてみると、この将也の選択は、ある種の「ブーメラン」になっていることが分かります。

というのも、将也が怒っている対象である審査員とリフレインで重なっているのが、「橋崩壊事件」における将也だからです。

つまり、この場面で、将也は「リフレインされた自分自身」に対して抗議しようとしていることになるのです。

そして、この「審査員への抗議」という「行動の選択」は、物語の中で、賢明な行動なのか愚かな行動なのか、どちらだとして扱われているのでしょうか?

それは、島田のセリフと、その後の展開(さらにこれまでの物語の流れ)から示されているところから判断すると、

愚かな行為として扱われている。

ということが分かります。

島田は、石田の行動を、わざわざ声をかけてまで制止し、

島田「やめろよ石田 相変わらずダセーな」
  「糞みてーな奴に認められて 嬉しいのかよ」



第58話、12ページ。

と一蹴しました。

そして、島田以外の映画メンバーも、そのあとの島田の「片手間だからこんなモンだろ」のせりふに乗っかり、自分たちなりに納得して問題を解消してしまいました。

結果として、将也の行動は映画メンバーからは無視され「却下」された形になっています。

なぜ、作者はこの将也の行動を否定的に回収したのでしょうか?

それは、先にも書いたとおり、将也のこの行動が「ブーメラン」になっている、というところを踏まえると見えてくるように思います。
タグ:第58話 第39話
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第58話、リフレインの中でブーメランを投げる将也(2)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

第58話で、審査員の無理解に怒り、「理解してもらうために」もう一度映画を見てもらおうとした将也の行動は、島田から一蹴され、また他の映画メンバーも支持しなかったことで、否定的に回収されています。

なぜでしょうか?
それは、「映画メンバーに暴言を吐く」という第58話での審査員の言動が、橋崩壊事件での将也の暴言行動と対応している、というところから読み解くことができそうです。

将也は橋崩壊事件のときにメンバー全員に暴言を吐き、それが映画メンバーの瓦解につながりました。
その後、そのことを反省した将也は、前回、第57話で、こんな風に言って暴言を吐いたことを謝罪します。


第57話、13ページ。

将也「みんな ありがとう あと…ごめん…
   みんなのこと 知らないことの方が多いのに 傷つけるようなこと言って」


そういえば、橋で硝子に謝ったときも、同じように「話してくれることが全部なんてありえないのに」と将也は語っていました。


第54話、6ページ。

この、「コミュニケーションですべてのことが相手に伝わることはない」、あるいは「コミュニケーションで伝わってきていることは相手のすべてではない」というのは、物語後半にきて、この聲の形で作者が伝えたいコアメッセージであるような気がしてきています。

ところが、選考会で暴言を吐かれたあとに将也が取ろうとした行動は、彼の中に、いまだ以前と同じような思考回路が残っていることを示していると思います。

審査員はぜんぜんわかっていない。
映画でみんなが伝えようとしたことが、ぜんぜんわかってない。
だから話をして、もう一度ちゃんと見てもらおう。
そうしたら、伝えたかったことがちゃんと伝わるはず。


将也が、橋崩壊事件以降、学んだ教訓とは、何だったでしょうか?

それは、先にも触れたとおり、「コミュニケーションで伝わるのは相手のごく一部にすぎない」ということでしょう。
だから、人と接するときには、お互いに相手のことを知らない、理解できていない部分がたくさんあるんだということを前提にして、謙虚につきあっていかなければならないし、関心がある、大切に思っている相手とは、長い時間をかけて少しずつ理解を深めていかなければなりません。
「ひとは、簡単には分かりあえないものなのだ」と知ることが、ひとを理解し、共感するための第一歩になるわけです。

さて、そう考えたとき、「審査員から『ぜんぜんわかってない』評価をくだされてしまった」とき、とるべき態度とは、どういったものになるでしょうか?
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第58話、リフレインの中でブーメランを投げる将也(3)

※このエントリは、第58話連載時に書いたものです。そのため、その後の連載の内容と齟齬があったり考察に変化がある場合があることをご了承ください。

さて、橋崩壊事件以後の経験から、将也が「他人というのは一部しか分からないものだ」という「教訓」を学び、それによって他人を肯定的に受け入れることができるようになったとすれば、今回、第58話で将也が審査員に対して「わかってもらうためにもう一度見てもらう」という行動をとろうとしたことは、必然的に「否定的に回収」されることになります

なぜなら、

(コミュニケーションというのは不完全なものだから)他人というのは一部しか分からないものだ

という考え方は、裏返せば、

(コミュニケーションというのは不完全なものだから)自分というのも、他人に一部しか伝わっていないものだ

ということでもあるからです。

つまり、将也が言った「みんなのこと、知らないことのほうが多い」のと同じように、「映画を作っても、伝えたいメッセージは一部しか伝わらない」のが当たり前なのです。

その、「一部しか伝わらない」なかで、審査員がどんな評価を下すかは、ある意味、もはや「」でしかありません。
そして「不運」なことに、今回、映画メンバーが映画をとおして伝えたかったことは、審査員にはほとんど伝わりませんでした。

ここで、もしも、「伝わらなかった」対象が、「大切な仲間とのコミュニケーション」だったのだとすれば、とるべき対応は、伝えたいことが伝わるように、粘り強くコミュニケーションを続けていくことでしょう。そしてそのためには、コミュニケーションをとる相手もまた、その粘り強いコミュニケーションに付き合っていく覚悟があることが必要です。

翻って、選考会の審査員というのはどうでしょうか。
一度低い評価を下した映画をもう一度見たからといって、その審査員の評価が変わるなどということはおよそ考えられません。そして当然ですが、一度落選した映画をもう一度見るなんていうのは「ルール違反」なうえ、審査員自身がそんなことにまったく興味を示さないでしょう。

つまり、まさに島田が言ったとおりなのです。
「たまたま」、「糞みてーな奴」にあたってしまったおかげで、映画で伝えたかったことは何一つ伝わらなかった、そしてそれで選考会は終わりで、「伝わらなかったこと」を受け入れるしかない、ということなのです。


第58話、12ページ。

ここで将也が熱くなってしまうのは、「コミュニケーションとは限界のある弱いものである」「伝わらない、ということをそのまま受け止めなければならないこともある」という、ある種の大人びた「諦め」に将也がまだ到達していないことを示しています。
そして、それと対照的に描かれたのが、島田ということになります。

ただもちろん、これは将也が間違っていて島田が正しい、ということではありません。
将也には幼い部分があり、その部分において島田は大人びている、ということを示しているに過ぎません。
そして、こういう子どもっぽい熱さこそ、「かつての将也」と「いまの将也」がようやく統合され、前に進み始めた将也の個性であり、魅力でもあるのだ、とも思います。

それに、他ならない将也自身が、映画メンバーの誰もが「いちばん映画を理解して欲しかった」将也が、酷評された後も、改めてちゃんと映画のことを「最高だ」と言った、その「熱さ」は映画メンバーにはちゃんと「刺さった」はずですからね。(^^)


第58話、11ページ。
タグ:第58話
posted by sora at 07:11 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする