2014年11月28日

最終話は「投げっぱなし」なのか? 当ブログ的考え方

聲の形は、最終話の第62話がマガジンに掲載されてからすでに1週間あまりが経過しました。単行本の最終巻である第7巻も、あと3週間ほどで発売の予定です。

ところで、ここへきて、最終話の終わらせ方について、「何もかも決着させずに投げっぱなしだ」という批判が少なくないという話を聞きました。


第62話、20ページ(聲の形・最終コマ)

たしかに、読者が見たかったかもしれない、わかりやすい「決着」はほとんどが回避され、そこだけを見ると、最終話はそれらがみな「想像してください」で終わっているように読めるかもしれません。

ただ、個人的にはこの「投げっぱなし」批判はあまりあたっていないように感じています。
それらの「決着」は、最終話でわかりやすい形で示されるのではなく、最終話にいたるこれまでの展開のなかで、そっと示唆されるような形で提示されているのだと思うのです。

そういった視点で、最終話で「決着していないように見える」論点について、当ブログなりに整理しておきたいと思います。

1.将也と島田の対決

 こちらについては、下記のエントリを見ていただくのが早いと思います。

  第58話、では島田問題は決着しなかったのか? 1, 2, 3, 4, 5, 6

 簡単にいえば、「将也にとっての島田との決着」は、最終話に至る前に既に終わっていたので、最終話で「決着」を描く必要も必然性もなかった、というのが、この問題についての当ブログとしての理解です。

 島田の「突然の裏切り」によって、友情を信じられなくなり、人間不信に陥ってしまった将也でしたが、将也はその問題を「島田と対峙する」ことによってではなく、硝子の助けを借りて、「みんなをちゃんと見て、ちゃんと聞いて、ちゃんと話す」ことによって解決しました。
 この時点で、将也にとっての島田は「対決し、決着させなければならないトラウマ」から、ただの「過去の人」に変わったわけです。
 ですから最終話においても、島田との「決着」が描かれる必要はなく、それどころか扉を開いた先に島田がいてもいなくても、それすらどちらでもいい、ということになります。

 ラストで、将也は硝子と手をつないで同窓会会場への扉を開きます。
 扉を開くとき、将也はその先にあるものが「辛い過去」だけでなく「可能性」でもある、と確信しています。このことこそが、「島田問題」についての、この作品の決着なのだと思います。


2.将也と硝子の恋愛関係

こちらについても、明確に恋人関係であるという描写もなく、キスもハグもせず、結婚の話題も出てこず、さらにヘアメイクイシダで働く話も出てこなかった、ラストではたかだか手を握る程度で赤くなっている、2年もたってこの進展の遅さはなんなんだ、このふたりはまだ恋人ではないのか、といった意見があるように思います。

でも、このふたりは最終話を待たずにとっくに恋人、というか固い絆で結ばれた人生のパートナーになっていると思います。

それは言うまでもなく、「橋の上の奇跡」での「生きるのを手伝ってほしい」「わかりました」のやりとりです。


第54話、15ページ。

将也と硝子は、どちらもずいぶんいびつな青春時代を過ごしてきた一方で、「人生を生きる」ということについては、そんじょそこらの中年や老人よりもよほど壮絶な経験を積み重ねてきたと思います。
そんなふたりが、互いに相手の存在を「自分の人生にとって必要なパートナーだ」と認識したとき、恋愛とかをいきなりすっ飛ばして、「一緒に生きていく」ことを確認し、確信しあう、という展開になったことは、ごくごく自然なことであるように思います。

それは要はプロポーズなんですが、その意味は「結婚する」ということとも必ずしもイコールではなく、あくまでも、「人生のパートナーとして互いが互いを必要とし、必要とし続ける」ということです。

そこから先の展開は、ここはある意味完全に「ラブコメ」で、「人生のパートナーになると『先に決めてしまった』ふたりが、『世間のフォーマット』にしたがって恋人っぽいことをいろいろやろうとしては恥ずかしがってなかなか先に進めない(パートナーになると決めてるのになんでこんなに全然前に進めないんだ!)」というドタバタ劇を楽しむ展開なんだと思っています。

それが最終話まで、ずっと続いている、と。

最終話で、確かに硝子と将也は恋人っぽくなっていませんし、キスしたかどうかも定かではありませんし、手を握っただけで赤くなってしまうくらい、なんか入り口っぽいところでいまだにうろうろしていますが、でもとっくにふたりは「互いが互いの人生のパートナーになること」を確信して、そうやって2年以上を過ごしているわけです。
そのギャップを微笑ましく見守って楽しむ、というのが、最終話を含む第7巻の将也と硝子の関係の読み取りかたなのだろうと思っています。


3.将也と植野の関係

これについては、最終話の1つ前の第61話で「決着」がついています
第61話で、植野はこれまで言えなかった過去の過ちについて将也に謝罪することができ、また島田との関係についても将也と語り合うことができました。


第61話、9ページ。

それによって、これまでとらわれていた過去からようやく自由になれ、未来(=上京して夢を追いかけること)に向かうことができるようになったことが植野にとっての「救い」になりました。
最終話で描かれたのは、その後も順調に夢に向かって進んでいて、将也や硝子ともわだかまりなく懐かしい話ができる関係になった、文字どおり「大人になった」植野だったと思います。


4.将也以外の「いじめや誹謗」への罰は?

植野の佐原・硝子いじめ、島田・広瀬の将也いじめ、西宮父家族の硝子や西宮母へのひどい仕打ち、かつての担任・竹内の無責任な行動、さらには西宮母の「身勝手な子育て方針」などに対して結局「罰」が与えられず、みんなのうのうと生きているのは不公正だ、こういった人たちが罰を受けるところを描くべきだった、という意見も当然あると思います。

これについては、今後長いエントリを書くつもりですので、そちらを見ていただければと思いますが、短くいうなら、そういった「さまざまな罪深い人たち」の罪まで背負って、その罪をも償ったのが将也だったんじゃないか、というのが私の考え方です。
そういう意味で、ひたすら罰を受け、それを受け止めて贖罪を続け、最後には贖罪を達成して周囲の人間までをもみな幸せに導いた将也という存在は、物語の中である種宗教的な存在だったんじゃないか、と考えています。

もちろん、「世間なんてそんなもんだ、いじめとかやってる奴はみんなのうのうと生きていて、たまたま将也だけが不運だったに過ぎない」と読み取ることも可能ですが、そういう読み解きかただけではなく、「将也があえてすべてを背負ったんだ」と考えることも可能だと思っているのです。
posted by sora at 22:02| Comment(23) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

聲の形における「因果応報」を考える(12)

映画再開を成功させた硝子に、理不尽にも宣告された「このままでは将也が死ぬかもしれない」というメッセージ。
それは、映画再開を「失われた過去の修復、夢見ていた理想の世界の実現」であると位置づけた硝子への警告だったと言えます。

橋にたどり着き、これまでの出来事を改めて思い出した硝子は、ついに問題の「本質」に迫る答えを導き出します。

硝子が夢見ていた「理想の世界」とは、現実にはおこりえない「もし私に障害がなかったら」という世界でした。


第6巻157ページ、第51話。

硝子はその「if」の世界にきっと現実では手に入らないような幸せがあると信じ、その一方で、障害をもっている現実の自分を否定し、自分が生きている現実の世界をも否定的に受け止めてきました
だからこそ、そんな現実の世界の辛さを受け止めきれなくなったときに、自ら死を選んだのだと言えます。

でも、橋でこれまでのこと、将也との出来事を思い出して、硝子は気づきました。
現実にはおこりえない「夢」の世界よりも、障害をもった自分が現に存在する「現実」の世界のほうに、もはやずっと大切で価値のあるものがたくさんあって、たくさんの幸せをもらっている、ということに。
そしてその「大切なもの」のほとんどは、端的にいって、かつて「障害があったから自分に関わってきた(そしていじめた)」将也によってもたらされたものだった、ということに。


第6巻177ページ、第52話。

ここで、硝子にとっての価値観の大転換が起こります。

これまでの硝子の価値観とは、

・自分の障害を否定し、
・障害をもっている自分を否定し、そんな自分が周囲を不幸にしていると考え、
・「もし私に障害がなかったら」という理想世界を夢想している、


そんな、「現実を否定し、自分自身を否定し、それらの存在を受け入れない、肯定しない」というものだったと言えるでしょう。

そこから、

・自分に障害があるということを認め、
・障害のある自分をありのままに受け止め、そしてそれを認めて、そんな自分を隠さずに外に表して、
・それでもこの現実の世界で、必ず幸せは手に入るんだと確信する、


そんな価値観に転換したのです。
シンプルにいうなら、硝子はようやく18歳になって「障害受容」をすることに成功した、ということになります。

これが、硝子にとっての「因果応報のループ」を抜け出すための、決定的なカギになります
ラベル:第51話 第52話
posted by sora at 07:06| Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

聲の形における「因果応報」を考える(11)

第6巻の硝子回で硝子は映画を再開させ、これまで将也も植野もかなわなかった「失われた過去を取り戻す」ことに成功したかのように見えます。

でもそれは、実のところ何を意味しているのでしょうか?

それを示しているのが、夢枕に現れた将也のメッセージです。
このときの夢に現れた将也は「俺がいなくても万事OK」と硝子に伝え、小学生の頃の姿にもどって「じゃーな 西宮」といって去っていきます。


第6巻165ページ、第51話。

「高校生」であるいま、映画再開によって「過去」を取り戻したことで、壊れてしまった過去を取り戻すという硝子の考えた「贖罪」は、いったん「万事OK」になりました。


第6巻163ページ、第51話。

でも、そもそも「失われた過去」がない、という事態を想定してみると、それは実は「障害ゆえに自分をいじめた、小学校時代の将也」という存在もいなかった事態を意味していることに気づきます。

つまり、もしも硝子が、

映画再開とは「過去を取り戻した」ことなのだ

という風に理解し、整理したのだとすると、それはすなわち、

映画再開とは、時間を遡って「将也の存在、将也とのつながり」が消えてしまった「if」の世界、パラレルワールドに移行することなのだ

ということになり、さらにいうと、

そのパラレルワールドでは、硝子にとっての将也は小学生の時点で消え、高校生になって再会しにやってくることもなかった

ということになる
、ということなのです。

つまり、硝子が「過去を取り戻す」という、聲の形の世界の中では「正しくない、ずれたやりかた」で因果応報の罪への贖罪を行うならば、硝子は「将也を失う」=将也はこのまま目覚めずに死んでしまう、という究極の罰を受け、やはり「因果応報の無限ループ」から抜けられない、ということなのです。

つまり、この時点で硝子は、因果応報の理によって「罠にかけられ、試されている」といえます。

実は、映画の再開という硝子の行動自体は、ループ脱出という観点からも間違ったものではありません。
ただそれを、「過去を取り戻す、失ったものを修復する、かつて夢見た理想の世界に近づく」ための行動だと考えていた、その硝子の「解釈」が間違っていた、ということなのです。

将也が夢枕に立つ夢によって、硝子は、「聲の形」の世界を司る「因果応報の理」という強大な存在から、このままでは将也が失われるという「罰」が下るだろう、という宣告を受けたことになります。
その夢を見たあと、いてもたってもいられなくなった硝子は深夜に橋に向かいます。


第6巻172ページ、第52話。

橋の下にいるのは、まさにその「因果応報の理(ことわり)」を司る超越的存在である「鯉」です。

そして、橋に着いた硝子は、再会してからの将也とのさまざまな出来事を思い出し、やがて、とてつもなく重要な真理にたどりつくのです。
ラベル:第52話 第51話
posted by sora at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

聲の形における「因果応報」を考える(10)

聲の形を「因果応報」というキーワードから読み解くとき、第6巻とは、これまで苦しめられてきたその因果応報の罪と罰のループから、それぞれが脱出するためのヒントを得る巻になっていると思います。

さて、将也・植野に続き、次は硝子です。

硝子の贖罪については、まず第6巻のなかで「映画制作再開のキーパーソン」として自ら動いた、という点が指摘できます


第6巻72ページ、第46話。

そして、映画再開という「成果」をあげた硝子は、「自分は運命(=呪い)に翻弄されているだけの存在ではない、運命をみずから作ることだってできるんだ」という自信を得ることができました。
誰かから与えられるのをおとなしく待っているのではない、傷ついてもいいから自ら動き、切り開いていくと決め、行動し、実際に結果を出したことが、硝子にとっての因果応報のループからの脱出の1つのきっかけとなったと言えるでしょう。

ただ、硝子が因果応報のループを脱出するための最大のカギとなったのは、実は必ずしもこの「映画再開」ではなかっただろう、と思います。
それよりもはるかに重要だったのは、2話にわたる硝子回のなかで描かれた「劇的な価値観の転換」だったのです。

硝子回(第51話)の描写で特徴的なのは、前半の「映画制作再開の充実感」から、中盤の「かつて夢見ていた理想の世界の楽しいイメージ」に続き、最後に「将也を失うかもしれない、という喪失感、悲しみ」につながっている、という「場面」と「感情」の連続する展開、関係性です

硝子は、映画制作再開にこぎつけた日の夜、小学校時代から夢見ていた「もし私に障害がなかったら」という世界を「理想の世界」として夢見ます。
その流れのまま、将也が夢に現れ、橋の上で「俺がいなくても万事OK」といって消えようとするのです。


第6巻163ページ、第51話。

この展開は、何を意味しているのでしょうか?

硝子は、「自分が壊したものを取り戻したい」と考え、映画再開に動きました。
それは、それまでに将也が試みて失敗し、植野が試みて失敗した、「失われた過去を修復し、取り戻す」という挑戦、あがきに近いものだったといえます。
将也も植野も、その「過去を取り戻す」というチャレンジに失敗する中、硝子だけは映画再開にこぎつけ、その挑戦に「成功」したかに見えます。
映画制作が再開されたロケの場面から、硝子がかつて夢見ていた「理想の世界」の妄想につながっていくのは、まさに、「映画制作の再開」が、「小学校のころ、硝子が壊してしまった(と感じている)みんなのつながり」を修復し、取り戻す行為でもあった、ということを示しているのだと思います。


第6巻157ページ、第51話。

このように、硝子は、将也も植野もかなわなかった、「過去を取り戻す」という試みに成功したかに見えます。
では、これで硝子は「因果応報のループ」から抜け出せる状況になったのでしょうか?

実は、まったくそうなっていません
むしろ硝子は、「過去を取り戻したような状況」にいったん置かれることで、因果応報の理(ことわり)に「試されていた」のだと思います。
ラベル:第46話 第51話
posted by sora at 07:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

聲の形における「因果応報」を考える(9)

第5巻中盤から後半、橋崩壊事件から硝子の自殺決行までで、それまで息を潜めていた将也・硝子(・植野)の因果応報の時限爆弾はすべて爆発し、それまでに築き上げられてきたすべての物語は、第5巻最終話の第「42」話でいったん「死に」ます。

そう考えると、第5巻が第43話まででなく第42話までの収録になっているのも、ある意味必然であるように思います
なぜなら、第43話からは、その「底」、どうしても抜け出せないように見えた因果応報のループの最下層から、登場人物がなんとか「脱出方法」を見つけて、ようやく抜け出していく物語に変わっていくからです。
そういう意味で、第43話は既に流れは上向きに変わっているのです。

そんな第43話から始まる第6巻は、将也、硝子(そして植野)が、因果応報の無限ループから脱出するための「ヒント」を得ていく巻になっています。

第6巻、まず将也は第43話で、「みんなの顔をちゃんと見て、ちゃんと話してちゃんと聞く」と約束し、硝子に代わってその身を投げ出しました。


第6巻13ページ、第43話。

以前も考察しましたが、硝子に代わって将也が自らの肉体を投げ出すことは、宗教的な色合いを帯びた「究極の贖罪」を表現しているようにも思われます。
そして、どうやら物語のなかで、この「因果応報」の理(ことわり)を司っているのは、「鯉」のようです。
将也の約束と、硝子の「罪」までをも一緒に背負っての身代わりの「贖罪」は、その鯉にしっかりと見届けられます。
第43話で将也が転落した川には、将也のまわりを優雅に泳ぐ鯉がしっかりと描かれています。この転落のとき、島田らが都合よく登場して将也を救出したのは、この「将也の贖罪」を一定認めた鯉が起こした「奇跡」の1つだと解釈していいと思います。

そのあと、将也は転落によって意識不明の重体になってしまうため、実際の「因果応報」のループからの脱出はとりあえず第7巻に先送りされますが、この第43話で将也が約束した「ちゃんとする」ことが、まさにその「脱出」のカギとなっていくわけです。

続いて植野です。
転落直後の暴行、そして植野回と、どちらかというと植野は第6巻では罪を増やしていく展開もあるのですが(笑)、とりあえずそれらはあまり因果応報と関係のない「目の前の悪行」として横においておきます。
植野回での小学校時代の「硝子ハラグロ」回想から、それに続く現実の硝子とのやりとりとの対比のなかで、植野は、「諸悪の根源は硝子である」という、小学校時代からずっと抱いていて、高校で将也・硝子と再会して以降も持ち続けていた自分の認識が誤ったものであるらしいということを自覚していったのだと思います。
そして植野回の最後で、植野は島田の連絡先を硝子に伝えることで、硝子が主導している映画制作の再開を間接的ながら「助ける」という選択をします


第6巻148ページ、第50話。

この「硝子への認識を改めたこと」と、「いまの硝子を助けるという選択」が、結果的に第7巻において植野が因果応報のループから脱出できるきっかけになったと考えられます。
ラベル:第50話 第43話
posted by sora at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする