2014年11月23日

最終話で登場した手話を解読する(暫定版)

さて、最終回でも、「訳」がつかない手話がいくつか登場しましたので、それの解読を試みたいと思います。
ちなみに私も手話は詳しくないので、当ブログでは、将也が読み取ったりして、「訳」がついているものについては省略しています。
そういう観点で見てみると、今回対象になるのは1箇所だけです。

8ページ、成人式の会場で、市長の退屈なスピーチの合間に「いちゃつく」2人の手話のところですね。


第62話、8ページ。

硝子「かっこいいよ」
将也「そっちこそ、きれいだね」


8ページ3コマめ:「良い」
8ページ4コマめ:「美しい」

…まあこれは、植野から「イチャついてんじゃねーよ!」と突っ込まれても仕方ないですね(笑)。


なお、最終話にはもう1つ、手話として解釈したほうがいいかもしれないコマがあります。
13ページめ、将也が小学校時代のトラウマに一瞬とらわれる場面から、「戻ってくる」瞬間です。


第62話、13ページ。

このシーンの「右手」のコマ、これはシェードがかかっているので普通に考えれば「過去の回想」のコマ(将也がクラスメートらに手を伸ばそうとする=かつて関係を渇望していたことを示すイメージ?)と考えるのが自然ですが(次のコマと、コマの水平位置もずれていますし)、もしかすると、硝子が将也の目の前で手を振る、あるいは何か手話で表現したコマかもしれません(両方をかけてある可能性もあります)。
手話だとすると、何の意味でしょうか…。「わかりました」(の途中)とかが近そうですが、それでは意味が通じないですし、次のコマで硝子の胸に手がないですし。
ラベル:第62話
posted by sora at 08:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

最終回、大今先生インタビューを読み解く

最終回の掲載されたマガジンには、大今先生のロングインタビューも掲載されており、これまでになく作品やキャラクターの深いところが語られています。(もしかすると、先日のマガジン編集の方のツイッターに出てきた「大今先生のマニアックなインタビュー」って、これのことだったのかもしれません)


第62話と同時掲載のインタビュー。

作品を読み解くにあたって、非常に重要なポイントがいくつもありますので、ピックアップしておきたいと思います。

1)第59話14ページの硝子の手話の「正解」が掲載!
 この手話は「右から読む」のが正解だったということで、正解は「だから困ってるのに!」でした


同じくインタビュー記事より。

 というわけで、以前のエントリも修正しておこうと思います。

2)聲の形は構想7年!
 大今先生は18歳のころから今まで、ずっとこの作品のことを考え続けていたのだそうです。その7年という期間の流さに対して、実際の掲載期間が1年あまりだったことを切なく感じるところもあるのだとか。

3)登場人物はみんな嫌い。
 どのキャラクターも自分の分身だと思って丁寧に書いていると、自分の主観がどのキャラにも入ってしまって気持ち悪い感覚だった、とのこと。
 一方、描きやすかった(動かしやすかった)キャラは、植野を筆頭に川井、佐原で、描きにくかったのは硝子だそうです。これは読者の印象とも近いですね(川井が描きやすいというのは少し意外でしたが)。

4)作中一番の美人設定は「結絃」!
 植野だと思っていたら違いました。1位は結絃、2位以下は「難しいけど」植野、川井だそうです。
 やはり予想どおり、「硝子はそれほど美人という設定ではなかった」ことが明らかに。

5)マルスク連載を通じて「硝子の死」というプロットを決めた。
 聲の形の前の大今先生の連載である「マルドゥック・スクランブル」のなかに出てくるバロットの自殺について考え、そして聲の形についても考えに考え抜いた結果、硝子は死を選ぶだろう、と考えたとのこと。
 この話題のところでは、インタビューに答える大今先生が、慎重にことばを選んでいるように見えます。やはり賛否両論ある第5巻ラストでの硝子の死の選択について、作者として思うところはたくさんあるのだろうと思います。

 個人的な感想ですが、硝子が「死を選ぶ」ところには十分に必然性と説得力があったと思っています。ただ、その後、ショックを乗り越えて映画再開に動きだすところまでのところは「もう1話」ほど使って丁寧に描写してもよかったかもしれない、と感じています。第45話後半の、西宮家の家族がみんなで涙する場面ですね。

6)連載のはずが読み切りになっていた
 昨年春、連載に先駆けてマガジンに掲載され大きな反響を呼んだ「読み切り」は、作者として最初から想定して描いたものではなく、マガジンの連載会議の結果、連載の第1話だけを切り取って読み切りにして反響をみるという判断があとから下ったそうで、大今先生も相当とまどったとのこと
 今にして思うと、読み切りの終わり方が微妙に「打ち切りっぽかった(笑)」のは、そういう事情があったんですね。(それでも、あの読みきりは読みきりで非常に完成度が高く、ちゃんとファンブックなりで手元に残しておきたいので、ぜひファンブック出してください(笑))

7)次回作はSF・ファンタジー系?
 次回作の構想はもうできているそうで、「自分が作ったものと、どう向き合うか」という話になるかもしれないとのこと。
 同時に「SFやファンタジーをやりたい」とも語っていますので、暴走して人間のいうことを聞かなくなった機械と人間の対立、みたいな話なのかもしれませんね。
 新連載開始時期は明記されませんでしたが、編集の方からは、来週にも打ち合わせのお呼びがかかっているようですよ…(笑)。



ラベル:第62話 連載限定
posted by sora at 07:39| Comment(10) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

最終回、結局登場しなかった島田(3)

第61話で、植野によって島田の話が再び登場したのは、「それが植野にとって重要だったから」ということに尽きるだろう、と思います。

そして、第62話で島田が登場「しなかった」こと。これにも、はっきりした意味があると感じています。

それは、将也にとっての島田が、

「トラウマ」から「トラウマではない存在」に変わった

ということにとどまらず、さらに進んで、

「いろいろなことを話したい存在」にまで前向きに変わった

ということを示している
のだ、と思うのです。

将也は、第7巻で、転落直前の第43話での「誓い」を1つ1つ実践していきました。
それは具体的にいえば、「みんなの顔をちゃんと見て、みんなの話をちゃんと聞いて、みんなにちゃんと話す」ということでした。


第5巻10ページ、第43話。

それを実践したことで、第7巻に入って、将也は硝子に謝罪した上で「生きるのを手伝ってほしい」ということばを伝えることができました。
映画メンバーにも橋での暴言を謝罪し、「もっとみんなのことが知りたい」ということばを伝えることができました。
そしてこれまでついていたバッテンをすべて外し、クラスメートや先生の話を、いいことも悪いこともちゃんと聞いて、ちゃんと話すことができるようになりました。

さらには、これまで「意味わかんねーし」と、対話をある意味拒否していた植野とも第61話で誠実に話すことができ、お互いがお互いにもっていた幻想や誤解を解くことができました(植野の恋心には最後まで気づかなかったようですが)。

さて、そして島田です。
将也は、島田が実は転落した将也を助けてくれたのだと聞き、「話をしてみたい」と思うようになりました。

将也にとって、島田はいまだに「謎の人物」ではあるに違いありません
将也視点では、島田がなぜ学級裁判で「裏切った」のか、なぜその後いじめを続けたのか、なぜ中学でも自分を孤立させたのか、高校になってその「憎しみ」のようなものが消えたように見えるのはなぜか、それらはすべて「謎」だと思います。

そこにさらに「死にかけた自分を助けてくれた」ことと、「それを植野に口止めしていた」という新たな事実が加わりました。

「トラウマ」を乗り越えた将也にとって、いまの島田は、「知らないことがたくさんある、もっと話をして、もっと話を聞きたい存在」になったのだ、と思います。

だから、最終話のラストで開いた扉の向こうに、きっと島田は「いる」んだと思います
そして、将也は島田をちゃんと見て、ちゃんと話を聞いて、そしてちゃんと話をするんだろうと思います。
もしかすると島田はそんな将也を「相変わらずダセーな」と笑うのかもしれませんが、そういったことを含めて、いまの将也は島田と「話したい」のだろう、と思うわけです。

でも作者が、ラストで将也と島田の関係について語りたかったことは、「将也がそういう気持ちを持った」ということであって、「将也が実際にそういう話をするという『展開』」ではなかったのだと思います。
島田は「登場しなかった」けれども扉の向こうに「いる」というのは、そういうことなのだろう、と。
posted by sora at 07:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

最終回、結局登場しなかった島田(2)

既に将也にとっての物語内での役割を終えたと思われていた島田の話題が、第61話から最終話にかけて「蒸し返された」ことには、大きく2つほどの理由があると思います。

まず、第61話で植野が島田の話を持ち出したのは、

「植野にとって」まだ島田と将也(と植野自身)の物語が終わっていなかったから

だったのだ
、と思います。

遊園地回や植野回での植野の行動や思考から分かるとおり、植野はいまだに「将也と島田が親しかった過去」にこだわっていて、それを復元することをなんども試みては失敗しています
それは同時に、植野自身がその「過去」にとらわれてしまって身動きできなくなっていることも示していたのだと思います。

植野は、小学校時代の将也のことが好きでした。
そんな将也を、「島田とともに」裏切って、将也に辛い思いをさせて縁遠くなってしまい、罪の意識を背負い続けていた植野は、高校3年になってようやく意を決して将也に会いに行きます。
でもそこにいたのは、長く続いた疎外によって卑屈ではっきり意見を言わない、「嫌いな方向に変わってしまった」将也、しかも、こともあろうにずっと憎んでいた硝子と親しくなってしまっていた将也でした。


第3巻122ページ、第20話。

植野は、そんな「いまの将也」をある意味否定して、かつての島田と仲が良かったころのやんちゃな将也の亡霊を追いかけ、それを実現するために島田との和解を模索していたんだと思います。

でも、第61話で島田の話をする植野の様子は、それとは違っていました。
第61話の植野は、「島田と将也の和解のため」ではなく、自身が過去を振り切るために、島田による将也救済を語ったのだと思います。和解のために将也救済を利用しようと考えていたのは、植野回の頃まででした。


第61話、6ページ。

それに対して、将也も、いまの率直な島田への気持ちを植野に語ります。
将也のなかで島田が「過去の人」になっているのを確認した植野は「過去を復元すること」が幻想であることをようやく悟ったのでしょう。

このとき植野が同時に、過去のいじめと硝子へのネガティブな感情が消えないことを告白したことも、植野にとってはすべてつながっています。

「過去」を捨てる者は、「現在」に戻ってこなければなりません。
島田の話に続けて植野が語ったことはすべて、「現在」の植野が、「現在」の将也と向き合うために、将也にちゃんと告げなければならないことだったわけです。
それは、佐原カラオケ回で、将也が佐原に硝子いじめを率直に語ったのと、同じ構造です。

そして、将也はそんな「現在の植野」の弱さをぜんぶ当たり前に受け止め、優しい言葉を植野に返しました。
将也はすっかり変わってしまったけれども、そんな「現在の将也」を、この瞬間、改めて植野は惚れ直したのではないか、と思います。


第61話、9ページ。
posted by sora at 07:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

最終回、結局登場しなかった島田(1)

さて、最終回である第62話での驚きは、ペドロが出てきたこともそうですが、前回、第61話であれほど引っ張っていた島田が、結局出てこなかった、ということにもありました。


第62話、13ページ。島田は、将也の想像の場面に登場しただけでした。

個人的に、これはなかなか心憎い演出だったな、と思います。

私はもともと、島田は映画選考会のときの出番で十分にその役割を果たし、もうこれでお役御免になってもう出てこないだろう、と考えていました。
なぜなら、島田という存在は、高校編の物語の中で、「将也にとってのトラウマ」という、ただその一点でのみ存在意義を持っていたと思っているからです。

島田は、一見複雑なキャラクター性が与えられているように見えますが、少しメタな視点で物語を俯瞰してみると、実は将也に対人関係におけるトラウマを植え付け、それによって、将也が「島田問題」を解決しない限り、自力で対人関係の問題を乗り越えられない状態を作り上げる、そのための存在であることに気づきます。
遊園地回で「何もしない、ただ立ってるだけの島田」が登場し、たったそれだけで、「幸せの絶頂」気取りだった将也が精神的どん底まで突き落とされるというあのシーンで、将也にとっての島田のトラウマがいかに大きなものかということがはっきりと描かれました。


第4巻48ページ、第26話。

この時点では、私もふくめ、多くの読者は将也と島田との「直接対決」がいずれあり、それを乗り越えることによって、将也は「島田トラウマ」を克服するんだろう、と予想していただろうと思います。
でも実際には、将也は第43話の転落直前の自省によって「自分の問題がどこにあるのか」についに気づき、さらには昏睡から復活後は硝子の「生きるのを手伝う」サポートを受けて、「島田トラウマ」を島田抜きで克服することに成功してしまったのです。

そして、映画選考会のシーンで、「もはや島田は将也にとってのトラウマではなくなった、将也は島田なしで未来を切り開いていけるメンタリティを獲得した」ということがきっちりと描かれました。

私は、この時点でもう物語の中での「島田の役割」は、選考会での再会で完全に終わった、と考えていたわけですね。

それが一転、第61話では植野が島田の話を「蒸し返し」、そして第61話ラストで将也がわざわざ島田に連絡をとって成人式で話しに行こうとする、という展開になったことで、率直なところ「今さら何を話すんだろう」と思ったりもしていたのですね。

でも、最終回、島田は登場しませんでした。
ただ、恐らく、最終回のラストシーンで開く扉の向こうには、島田が「いる」んだと思います
そう考えた時に、最終回とその前の第61話で、改めて島田の話が出てきたことの意味を整理することができるように思うのです。
posted by sora at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする