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2014年11月09日

第60話で描かれた、結絃の硝子からの卒業と使命感とは?(3)

結絃が硝子の自殺決行直後まで抱いていた、「硝子の保護者」、「自分が硝子を守る」というアイデンティティは、植野の手紙朗読で破壊されました。

そして一方、硝子は、ひとりで「壊れてしまったもの」を取り戻すために動き始めます。そこにはもう、結絃がついていくことはありませんでした。

結絃が不登校になった理由の1つに、「いつでも硝子のそばにいられるように」ということがあったと思われます
以前結絃は不登校の理由を「写真撮るためにブラブラしたいから」と言っていましたが、その写真自体が「硝子が自殺を考えないように」という死骸写真だったわけですから、本質的には「硝子を見守るために」不登校になった、と考えていいだろうと思います。


第4巻132ページ、第30話。

そうなると、結絃が「硝子をいつも見守る」必要も意味もなくなったことで、結絃にとって不登校を続ける大きな理由が1つなくなったことになります。

そんな風に、結絃にとっての姉である硝子の存在の意味が大きく変わっていくなかで、硝子自身も大きく変わっていきました。
ちょっと前まで自分からアクションを起こすことがなく、自分の意思を示すこともほとんどなかった硝子でしたが、将也復活から「橋の上での再会」以降は、別人のようになります。

そしてついに、母親からのすすめに異議までとなえて、「理容師の修業のために東京に出る」という、かつての硝子からは考えられないほど積極的かつチャレンジングな「将来の夢」が具体的に語られるまでになってきたわけです。

結絃は、嬉しかっただろうと思います。
家でぼーっとしているだけだった(さらには自己否定が極まって自殺までしようとした)硝子がここまで感情豊かになり、前向きに未来に挑戦しようとしていることに。


第59話、15ページ。

でも、そこで結絃ははたと気づいたはずです。

このままでは、自分のせいで硝子が夢を諦めることになってしまうかもしれない。

ということに。

※このエントリは明日に続きます。
posted by sora at 08:06 | Comment(5) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第60話で描かれた、結絃の硝子からの卒業と使命感とは?(2)

第2巻での登場時から、自殺決行後の病院で石田母に土下座するところまで、結絃は硝子に対して「自分がいなければ何もできない弱い存在」「だからオレが父親的役割を担って守ってやらなきゃいけないんだ」と、「硝子の保護者であること」にアイデンティティと使命感を持っていたと考えられます。

でも、そんな結絃の想いは、その土下座をしたのと同じ第44話の後半、硝子に対する植野の暴行騒動のなかで、決定的に否定されます。

植野は暴行の合間に、以前、遊園地回のあと硝子から送られた手紙を、嫌がらせの目的で朗読します。


第6巻34ページ、第44話。

私のせいで石を投げられてしまう妹のために
 みんなと同じようになりたくて 普通の子達と一緒にいたかった
 でも 同時に クラスのみんなに 迷惑がかかってしまった
 二つの気持ちの間で 葛藤するうちに
 作り笑いを続けることに 精一杯になってしまった」


そこには、硝子の結絃への思いと、その思いがゆえに硝子が追いつめられていった様子が書かれていました。

第51話の硝子回でも描かれましたが、硝子が水門小で「普通になりたい」と願った理由のかなりの部分は、「自分がもし障害者でなかったら当たり前に手に入ったはずの『当たり前の幸せな毎日』を、妹や家族に取り戻したい」という思いが占めていました

だからこそ硝子は無理をしてクラスメートの中に入っていこうとし、無理をして合唱コンクールに参加しようとしたわけですが、結果的にはそれがクラスメートの不興を買って、いじめられるようになってしまったわけです。

つまり、硝子が水門小で無理をしていっぱいいっぱいになり、あげくにいじめられるようになってしまったのは、硝子が障害者で弱いから、なんていう単純な(恐らく結絃が考えていたであろう)理由ではなく、それどころか実は、「妹である結絃が嫌な思いをしないように、今よりも幸せに生きられるように、障害者の妹だとバカにされないように」、そんな妹を思う気持ちがゆえにそういう結末を招いてしまった部分も少なからずあった、そういうことだったわけです。

硝子が植野に送った手紙を聞かされた結絃は、そのことを初めて知らされます。
それを聞いた結絃は、ショックだったことでしょう。

守っているつもりが、守られていた。

このとき、結絃のなかで「自分は硝子の保護者である」というアイデンティティは木っ端微塵に吹き飛んだだろうと思います。
それどころか「オレが、姉を『守る』なんて考えていたことはおこがましかった」と、これまでの自分を積極的に否定せざるを得ないところまで追い込まれただろうと思います。

だからこそ、そのあとの植野の硝子への暴行を、結絃は「(自分が)止めていいのか わからなかった」わけです。


第6巻48ページ、第45話。
posted by sora at 07:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第60話で描かれた、結絃の硝子からの卒業と使命感とは?(1)

さて、第60話でちょっと驚いたのは、結絃が急に登校しはじめて、さらに真面目に勉強を頑張って授業に追いつこうとしていることです
つい1話前の第59話では「大丈夫 諦めてる オレもばばーも」と言って登校・勉強する気がないようなそぶりだったのに、なぜ結絃は急に態度を変えたのでしょうか?

私は、ここには結絃の大きな「気づき」と価値観の転換があったと感じています。

結絃が登場した第2巻から、硝子が自殺を決行したあたりまで、結絃はずっと「硝子の保護者」を自認し、障害者である硝子を自分がいじめや辛いことから守っているんだ、硝子は自分がいなければだめなんだ、と考えていました。

そういった考えが端的に現れていたのが、たとえば第4巻のガムシロ回です。
泣いていた結絃が強がって「退屈だ」と言っているところに、将也が「(退屈なら)ねーちゃんがいるだろ」と言ったとき、結絃は、


第4巻138ページ、第30話。

結絃「ねーちゃんは だめだめだよ オレがおもりしてやんねーと」

と返しています。硝子のことを「オレがおもり」する対象と認識していることが分かります。
さらに、硝子が自殺を決行してしまって、将也が眠る病院で石田母に会ったときも、結絃は、


第6巻29ページ、第44話。

結絃「オレのカントクフユキトドキです ごめんなさい」

と言って土下座して謝罪しています。

考えてみると、そもそも結絃が髪を短く切って男性的に振舞うようになったのは、第1巻番外編のあの日、石田母が硝子の意を汲んでボブカットにした髪を西宮母がさらに短く切ろうとしたとき、それに抗議する意味も込めて結絃が自分で自分の髪を切ったときからでした。

さらに遡ると、硝子が水門小に転校してくる前、第二小の時代には、硝子はデラックス一味に石を投げられたり補聴器を捨てられたりしていじめられており、結絃はそんな硝子を守ろうと、必死にいじめっ子に立ち向かっていました。

つまり、結絃は小学校低学年の頃からずっと、障害がゆえにいじめられ弱い立場におかれていた硝子を「守る」ために行動し、硝子の保護者のように振舞っていた、ということになります。
髪を短く切って男性的に振舞ってきたところからは、西宮家に存在しない「父親的役割」を担おうという「使命感」も持っていたんだろうと推測されます。

でも、そんな結絃の意識と使命感(そしていくばくかのプライド)は、まさに先ほどの土下座騒動、「カントクフユキトドキ」と語った直後に起こったイベントで、ズタズタに引き裂かれることになります
posted by sora at 07:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする