2014年09月29日

第54話、将也の「謝罪」の中身について考える

第54話でついに将也は硝子に「謝罪」しました。
第43話の転落時に将也が心に誓ったことを有言実行した形になりましたが、ちょっと意外だったのは、謝罪の内容の主たる部分が、過去のいじめに対してではなく、むしろ「再会後」の自身の硝子への接し方についてだったことです。

まずはその部分を引用してみたいと思います。

西宮 …
西宮さん ごめんなさい
昔のこと ちゃんと謝ってなかったしさ …その後のことも…
お前の こえ 聞いてるつもりだったけど 本当に つもりなだけだった
当たり前だよな 話してくれることが全部だなんて ありえないのに
それが その人の全てなんだって思い込んで
わかってたんだ そんなこと
なのに お前のわからない所を 自分で都合よく解釈してさ …それが 俺だ
そんな俺が招いたのが 君を…
君を… あのマンションから…


ちょっと驚くことは、将也が、硝子の自殺を「自分のせいだ」と認識している、ということです。

この謝罪を読むと、将也は、硝子が本心を隠して周囲と(もちろん将也に対しても)接していることを察していたことになります。(将也は第44話で植野が読み上げた硝子の手紙の内容は知りませんから、自分自身でその結論に達したということになります)

恐らく将也は、デートごっこの最後、「私といると不幸になる」と告げた以降の硝子が、不自然に穏やかで将也に対して親密になったことを内心ではいぶかりつつも、あえて深く考えず、その「不自然な優しさ」に依存して硝子に甘えてしまったことを自覚しているのだと思います。

そして、硝子が自殺を決行してしまったことで、自分が感じていた「不自然さ」の感覚がやはり正しかったことに改めて気づいたのでしょう。
硝子は本当は死にたくなるくらい悲しんでいたのに、それを表に出さずにわざと明るく振舞っていて、自分はそのことに薄々気づきながら、「自分で都合よく解釈して」そのにせものの明るさに甘えてしまって、それが硝子にさらなる負担になって、自殺という最悪の選択をさせてしまった…。

将也の謝罪を読むと、そんな風に感じていたように読み取れます。
そして、将也がいまもっとも謝罪しなければならないことは、過去の過ちよりもむしろそっちだ、と考えていることが分かります。

泣いている硝子を見て、将也が「泣いて済むなら泣いて欲しい」と言ったのも、祖母の葬式のときにも笑顔で頑張り、そして花火大会の日、最後の最後まで将也の前でも笑顔を続け、そしてその笑顔を最後に飛び降りてしまった、それを見抜けずにむしろ甘えてしまったことを、将也が心から悔いていることの裏返しでもあるんだと思います。

それをふまえると、第43話の最後に硝子に心の中で謝罪する将也の心境も、少し違って見えてきますね。

転落中の将也は、硝子の耳のキズを見つけて「俺… ちゃんと謝ったっけ?」と考え、「ごめん ごめんな 西宮 今さら遅いけど」と後悔します。

この瞬間に将也は、同第43話の前半で硝子を引き上げようとしていたときに悩んでいた「なんで なんで なんで? 西宮 どうして こうなった?」という「問い」に、1つの「答え」を出していたのだ、ということになります。

「自分もちゃんと謝って、そしてちゃんと相手の『こえ』もちゃんと聞けばよかったんだ」

と。
そしてそれが、自分にはまったくできていなかった。だからこういう結果を招いてしまったんだ、と。

そういう「答え」を見つけたからこそ、転落の瞬間から「時」が止まっていた将也が、硝子と再会してすぐにこの謝罪ができたのだ、と思います。

つまり、第43話ラストの「ごめんな西宮」と時点で、将也は単に「過去に耳にキズをつけたこと」とか「過去のいじめ」だけに対して謝っていたのではなく、真剣に互いの「こえ」を聞き、伝え合うというコミュニケーションから再会後も逃げ続けていたことを謝っていたのだ、ということなのだ、と思うわけです。
ラベル:第54話
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第54話から、将也の謝罪の「意義」について振り返る(3)

この将也の「謝罪できない病」は、物語のなかにおいて、将也にどのような「インガオーホー」をもたらしてきたでしょうか。

まず、小学校時代の将也の運命を大きく変えたのは、学級裁判の時に自分の過ちを謝罪できず、周囲に罪をなすりつけようとした行為だったと思います。

これにより、もともと硝子への行き過ぎたいじめを快く思っていなかったらしい島田は、「裏切り者」として将也へのいじめを開始し、スクールカースト上位だった将也を最下層にまで転落させ、それを中学校に入っても続けました。
学級裁判での言動があまりに無責任だったことから、島田による将也いじめに対して、他のクラスメートからも同情的な反応はなかったのだと思われます。それが、いじめ現場を見た川井からの「インガオーホー」、別のクラスメートの「死体ごっこ?」などのせりふにも現れています。


第1巻144ページ、第3話。

これによって将也の自尊心はズタズタにされ、人生における当たり前の幸せを諦め、人間不信をきわめた将也は他人に対して心を閉ざして(顔に×をつけて)しまいます。

次に運命の歯車が狂ったのは、高校編での硝子との再会のとき、本来は謝りにきていたはずが、謝罪をうやむやにしたまま、関係の再構築を始めてしまったことではないかと思います。

それは、土台をちゃんと作らずに家を建てるようなもので、上に乗るものが大きくなって「立派に見える」ようになればなるほど、崩壊のリスクが高まっていく、まさに「砂上の楼閣」です。
そういう意味で、植野が第3巻で言い放った「友達ごっこ」というのは実に的確に的を射ていて、このことばは第5巻のラストまでずっと尾を引いています。
第5巻で橋崩壊事件が起こったところまでではなく、そのあと将也が細々と続けていこうとした硝子・結絃との関係すら、結局は「友達ごっこ」に過ぎなかったわけですから。

このように、将也はこれまで、過去と向き合って謝罪できなかったことによって、「インガオーホー」の呪いを受け、なんとか作ろうとした人間関係がすべて最後は壊れてしまう、という「罰」を受け続けてきました

だからこそ、今回の「謝罪」が、物語の骨格をなし、物語を大きく進める、極めて重要なイベントになっていると言えるわけです。
ラベル:第03話 第54話
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第54話から、将也の謝罪の「意義」について振り返る(2)

さて、そんなわけで、「聲の形」という物語のなかで最大の「伏線回収」の1つとなった今回の将也の謝罪ですが、これまで、将也が「いかにたくさんの謝罪のチャンスを逃して、謝れていないか」ということをざっと振り返ってみたいと思います。
(ただ、これについては過去に一度詳細に分析したことがあるので、今回は軽めにエントリ1回分でまとめておくことにします。)

まず、小学校時代を描いた第1巻です。
将也は、合唱コンクールで入賞を逃したのは硝子のせいだ、という悪口を黒板に描くところから「硝子いじめ」をスタートさせますが、ここから将也の「謝罪できない病」も同時にスタートしています。
そうじのごみを硝子の頭にかけるという行為を偶然竹内にみとがめられて「謝っておけ」と言われたときも謝れていませんし、例の補聴器強奪→耳ちぎり事件のときも、「謝らなくていいんだ」と勝手に納得して謝りませんでした
学級裁判後の親同士の示談の場面でも、一人でいるときには「ま 望むなら 謝ってやってもいいよ?」と考えていたものの、実際に会ったときにはあと一歩のところで謝れませんでした。

そして「学級裁判」といえば、学級裁判で補聴器を壊した「犯人」として将也が吊るしあげられたときも、将也は他人にばかり罪をなすりつけようとして、自分自身がまず謝る、ということができませんでした

その後の高校生編でも、「謝れない」という状況はまったく変わりません。
まず硝子との再会のとき、本来なら「謝って消える」はずだったのに、結局「友達になれるか?」と聞いてしまい、謝罪はうやむやになってしまいます
その同じ日、西宮母には「5年前はすみませんでした」と謝罪してビンタの洗礼を受けますが、このとき硝子は水にぬれた補聴器を外していて、この謝罪の「こえ」は硝子には届きませんでした。

そしてその後も謝罪のチャンスは訪れることなく、橋崩壊事件のきっかけとなった川井への疑心暗鬼の探りに対する川井の将也の過去の暴露の場面でもやはり将也は「小学校時代の過ち」に対し、自分が謝罪する前に周囲に罪をなすりつけて自爆してしまいました。その後の橋でも謝れませんでした。

そして橋崩壊事件後も「謝罪」の機会はなく、第43話で硝子の身代わりにマンションから転落していくときにようやく、「心のなかで」硝子への謝罪のことばが出てきました。(でもこれもまだ本人に伝わらない「心の声」でしかありませんでした)


第43話、15ページ。

…と、これほどかように、将也は硝子に、過去のいじめについて謝れずにここまできていたわけです。
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第54話から、将也の謝罪の「意義」について振り返る(1)

さて、第54話、普通に読むなら後半の将也の「告白」に注目が集まるところですが、この物語の伏線をずっと見守ってきた当ブログとしては、それよりもむしろ、

やっと将也が硝子に謝った。

というほうに「盛り上がり」を感じたいところです。

将也:俺にも言わせて
   西宮 ……
   西宮さん ごめんなさい
   昔のこと ちゃんと謝ってなかったしさ …その後のことも…



第54話、5ページ。

この「将也から硝子への謝罪」というのは、第3話あたりからずーっと引っ張ってきていた長い長い伏線でした。ですから、「第1巻ではられた伏線が最終巻で回収される」という壮大な伏線回収となっているわけです。
そして将也にとってこの謝罪は、「インガオーホーの無限ループ」から抜け出すための唯一のカギにもなっていると思われます。

以前もエントリで書きましたが、将也はこれまで、小学校時代に自分が行ったいじめについて、硝子自身に謝罪することが一度もできていませんでした

この将也の「過去に対して謝罪できない」は筋金入りで、本当にあらゆるシーンで、将也は謝罪するチャンスを逸して謝罪できていません。
(厳密にいうと、唯一、西宮母に対してだけは謝罪できています。それ以外の登場人物に対しては、硝子だけでなく、それ以外の(元)クラスメートに対しても、自分の行ったいじめについて謝る、という行為は小学校・中学校を通じて一切できていませんでした)

この点については、明らかに作者が「物語の途中では将也に謝罪させないでおこう」という意図をもって将也の謝罪のチャンスを潰し続けてきていましたから、注意深く読んでいる読者からは「ああ、これは『硝子への謝罪』というのがどこかで大きなイベントとして登場して、そこで伏線回収されるんだな」ということを容易に想像させるものでした。

それがようやく、第54話、最終巻の2話目という終盤になって実現したことになります。

それだけ、「最重要イベント」の1つとして物語のなかで位置付けられてきた「将也の謝罪」とは、実際のところどういった意味をもつのか、以前のエントリとかぶる部分もありますが、改めてざっと考えていきたいと思います。
ラベル:第54話
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