2014年09月28日

第7巻、これから映画はどうなる?(7)

前エントリから続いています。

6)佐原をどう扱うのか?

ある意味、植野以上に「今後の扱い」が微妙になってきたのが佐原です
佐原は「衣装制作」担当ということで、結絃の妖精の衣装が完成してしまうと、映画制作での役割がなくなってしまいます。
第3巻の前半という初期から登場したキャラクターですが、そろそろ役割がなくなってきたように思いますし、残り8話という短いボリュームの中で、佐原に「映画制作の中で」新たな役割が与えられることは、多分もうないじゃないかと想像します。

ちなみに以下は映画制作からは離れますが、今後の佐原に残っていそうな役割として、

・硝子の将来の夢をかなえる

というのがあります。

硝子は、高校卒業後にヘアメイク関連の仕事の勉強をして、将来はヘアメイクイシダの跡を継ぐ、というフラグを着々と積み重ねていますが、第51話で、ヘアメイクの雑誌を「佐原が」持っていて、それを硝子に貸しているシーンなどが描かれているのを見ると、その「硝子のヘアメイクの勉強」というところのカギを、実は佐原が握っているようにも見えます。


第51話、10ページ。

もしかすると、硝子は佐原と同じ学校(美術系の専門学校?)に進学する、という展開が待っているのかもしれません。
それなら、硝子の耳が聞こえないというハンディキャップを佐原がサポートする、といういい関係も成り立ちますし、西宮母も進学に賛成できるのではないかと思います。
さらに、小学校時代に一度は壊れてしまった佐原の「夢」の1つ(硝子を支えてともに生きる)が次の進路で実現するというのは、伏線回収にもなっていて展開としても美しい気がしますね


7)そして最終話の展開は?

映画を第7巻の残りの物語の中核にすえた場合、最終話は自然に考えると、

・完成した映画の試写会。

になるんじゃないかと思います。

映画の完成がちょうど高3の終わりくらいになって、みんな進路も決まって、高校生活最後の思い出に、みんなで出来上がった映画を見るわけです。
試写会の場所は将也の部屋
そこには、映画撮影に途中から参加しなかった植野も、かつてこの部屋で一緒に遊んだ島田も(もしかしたら広瀬も)、そしてもちろん硝子も、さらには小学校の頃は不登校になってしまった佐原も、真柴・川井・結絃も集まり、みんなで映画を見ながら、撮影の思い出を語ったり、今後の進路の話をしたりするんじゃないかと思います。

それは、硝子にとっては「幼い頃から手に入れたかったものを手にいれて、そしてそこから卒業するための儀式」となり、同様に将也にとっても「自分を縛っていた小学生のころの幻想からの卒業」であり、それだけでなくそこに集まったすべての人間にとって、何らかの意味での「卒業」を意味することになると思います。

そして、映画を見終わった仲間たちは、将也の家を三々五々後にしていきます。
最後に残った将也と硝子は、お互いに「ありがとう」の手話のあとに「またね」の手話をして、硝子もまた将也の家をあとにして、それで…。

そんなあたりでいきなりエンディングになれば、大今先生がインタビューで言っていた「打ちきりみたいなエンディング」になるのかな、と思ったりしています。
ラベル:第54話
posted by sora at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第7巻、これから映画はどうなる?(6)

前エントリからの続きです。

4)島田は登場するのか?

島田については、映画撮影が続くなら、「まったく出てこない」ということはありえないと思います。
永束が(植野から託された)連絡先を持っていますし、すでに「音楽担当」という明確な役割も与えられているからです。
いまの永束は、植野が映画撮影に参加していないことを「残念だ」と感じているはずですし、その植野から託された「音楽担当」を邪険にすることは考えにくく、島田の音楽は間違いなくこの映画の音楽として使われることになるだろうと思います。

問題は、島田が映画撮影の場に物理的に登場し、将也らと会話するチャンスが到来するのか、それとも単に音源だけ提供してそれ以上は出てこないのか、という点です。

私は、島田は、少なくとも映画撮影中は出てこないほうがすっきり話が収まるんじゃないか、と考えています。
映画における島田の位置付けは「音楽」だけです。
だとすると、例えば物理的に「橋」に登場しても、そこでは何もできないということにもなります。

もともと私は、もし島田が登場するなら、将也が昏睡中に植野に呼ばれて将也を見舞う(ちょうどそのとき将也が目覚める)、といった展開ならありうると思っていましたが、きっとあると思われた「島田視点回」が回避され、映画も順調に再開され、植野も微妙にフェードアウトしてしまい、さらに将也も目覚めてしまった現状を考えると、もはや映画撮影中に島田の出る幕はない、と思わずにはいられません。
さらに加えて言うなら、第51話で島田は将也の命を助けるという「大仕事」をしたうえに、硝子に「石田に言うなよ」と告げており、島田が本人一人の意思でわざわざ将也に会いに来るという展開の可能性は相当低くなったように思われます。

では、島田の物語への絡みかたはどうなるのか?ということですが、永束が島田に連絡をとり、島田から映画の音楽が提供するときに、何か将也へのメッセージが伝えられる、ということがまず考えられます。
さらに、映画が完成したときに、ぶらりと試写会にやってくる(その場合はおそらく最終話ではないかと想像します)、そういう展開も十分に考えられます。
でも、「島田の登場」はおそらく、せいぜいそんな程度なのではないかと思います。


5)植野はどうなる?

この「聲の形」という物語をメタ的にとらえたとき、率直にいって、植野はもうほぼその役割を終えた印象が強いです。
極論が許されるなら、植野というキャラクターは、将也と硝子が「乗り越えるべき過去」をなあなあにしたまま築き上げようとした「友達ごっこ」の気持ち悪い関係をぶっ壊し、それによって植野以外の登場人物全員が「とらわれている過去」を卒業し、大人の階段を登っていくための「触媒」として機能していたわけで、その役割は、将也が目覚めて硝子との新しい関係を築いた時点で、ほぼ終わったと言えます。

植野は硝子からの映画への参加の要請を拒否していますが、永束もすでに「植野なしで映画を完成させた後の話」を第51話でやっているくらいですから、植野が今さら映画撮影に復帰するストーリーも、いまさら描きにくい状況になっていると思います。

ですから、もしも植野がまだこのあとも物語に登場してくる場面があるとすれば、「映画撮影以外で登場する」という展開になる可能性が非常に高いでしょう。
まずは、第55話あたりで、病室にかけつけて目覚めた将也とのやりとりがあるだろうと思いますが、将也退院以降は、植野は映画撮影(橋)以外では将也との接点がないので、あとは「直接将也の自宅におしかける」くらいしか接触する方法がないんじゃないか、と思われます。

ここから先は「映画に関する予想」から外れるので細かく予想はしませんが、もし植野が将也の自宅に直接おしかける展開があるとすれば、そこでは将也から、硝子への率直な感情と、植野への率直な感情、両方が話され、植野は「過去からの卒業」という形での「救済」が与えられるのではないか、といった展開を予想します。

次のエントリが最後になります。
ラベル:第54話
posted by sora at 10:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第7巻、これから映画はどうなる?(5)

第54話を受けて、映画制作が今後どのような展開を見せるかを予測しています。

2)映画のシナリオはどう変わる?

そして、そのような配役になった場合(=将也がいじめられっ子の役になった場合)に考えられる次の展開として、

・将也によるシナリオの修正

がくるんじゃないかと思っています。

もともとの川井のシナリオは、真柴のかつての意向を汲んで制作されているはずなので、いじめられっ子がいじめっ子に復讐して勝利するだけの単純な勧善懲悪の物語になっている可能性が高いと思います。

その内容に対して、いじめる側・いじめられる側、両方を経験し、かつて自分がいじめた硝子に救われた(つまり映画のシナリオと逆)将也が、大幅な修正を求めてくるんじゃないか、と思うわけです。

それは、どのような「修正」でしょうか?
おそらく、そもそも「復讐」はなくなる、のではないかと思います。
そうではなく、いじめっ子といじめられっ子の間に、何らかの「救済」が与えられる、そういうシナリオに変わるのではないかと思います。


3)硝子に与えられる新たな役割は?

そして、いじめっ子といじめられっ子の新たな物語を将也が希望した場合、さらに次の「重要な展開」が想定されます。それは、

その「修正版のシナリオを書く」仕事が、硝子に任される

という展開です。

実は、この展開には「伏線」になりうると思われるものがあります。
第33話で、永束のシナリオを川井らが勝手に作り変えようという話を始めたときに、将也が横から「(シナリオを書き換えるなら)西宮にやらせようよ」と言っているんですよね。


第5巻15ページ、第33話。

なので今回、シナリオを書き換えたいと「将也が」考えたとき、その役割を硝子に託す、という展開は十分に考えられるんじゃないかと思います。

いじめられていた子がいじめていた子に救いをもたらす、というのはまさに硝子が将也に対してやったことでもありますから、その役割は硝子にぴったりですし、もしこの先も「映画撮影」を引っ張るなら、硝子についても「仲間を集めたから役割終了」となるとは考えにくいからです。

そして、このアイデアは、永束にとってもウェルカムなものになるだろうと思います。
同じく33話で、永束は将也との会話のなかで、「そうか…彼女(硝子)はこのお話のキーパーソンだったのか… 彼女がいなかったら俺らはここにいなかった」と語っています。


第5巻19ページ、第33話。

さらに、硝子は永束にとって、映画再開の「恩人」にもなりました。
そんな硝子が、将也に依頼されて、将也が活躍する部分の映画のシナリオを執筆するというアイデアは、永束にとっても、この映画の「構想」にぴったりな、素晴らしい「役割分担」だと思えるのではないでしょうか。

次のエントリに続けます。
ラベル:第54話
posted by sora at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする

第7巻、これから映画はどうなる?(4)

第54話の展開を受けて、今後、映画撮影は「軽く流されてフェードアウトする」か、「残りの物語の中核となってがっつり描かれる」か、どちらになるかを推理するエントリです。

ここまで、映画が「描かれる」「描かれない」、両方の可能性を示唆する状況証拠を並べて考えみましたが、こうやって比較してみると、

「描かれる」可能性のほうがどうやら高そうだ。

という結論が出てくるように思われます。

というのも、「描かれない」のほうの可能性は、「これまで曖昧に描かれている部分が多いから、このまま終わってしまうだろう」という、どちらかというと「過去の流れ」をベースにした推理になっているのに対して、「描かれる」ほうの可能性は、「これから描かれるであろう展開のなかにうまく収まりそうだから、描かれるだろう」という、「現在とこれからの流れ」をベースにした推理になっているように思われるからです。

そして、もう1つ重要なポイントとして、第7巻の残り8話で描くべき「ストーリー」としては、もはや映画くらいしかネタが残っていない、という点も見逃せません。

もちろん、これから先の残りで「将也と硝子の関係の深化」や「植野との関係」「島田との関係」、「映画メンバーそれぞれの進路」、「結絃の社会復帰(?)」など、描かれるべき重要な要素はたくさんありますが、どれも「物語の要素」とはなりこそすれ、それ自体は「ストーリー」にはなりえません。

一方で、これらの「描かれるべき要素」のいずれもが、映画撮影をからめることでうまく描けそうなものばかりです。

そう考えると、やはり第7巻の残りは「映画撮影を続けながら、積み残しになっている人間関係や進路などの諸問題が解決・整理されていく」という展開になる可能性が高いんじゃないか、と思うわけです。

なのでここからは、次回以降、映画撮影がより本格的に再開し、その状況が詳しく描かれていく(そしておそらく、そのままの流れで最終話まで進んでいく)と仮定した場合の「予想」を書いていきたいと思います。

1)将也の映画撮影での役割は?

映画撮影の話題が将也復活後も継続する場合、おそらく発生するであろうイベントは、

・将也に配役が与えられる。

というものでしょう。
将也に重要な配役が与えられることによって、永束の映画の「構想」が完成し、またこの映画再開が「将也のためのもの」であったことが明確になるからです。

そこで、いままだ「残っている」配役を考えると、

・(いじめっ子に復讐する)いじめられっ子

の役が、おそらくまだ残っていることに気づきます。

あとの配役は、

いじめっ子:真柴
妖精:結絃
小学生時代の各登場人物:買収小学生


くらいでしょうか。
よく考えると、非常に登場人物の少ない映画です。

そして、まだ結絃の妖精姿も登場していないところを見ると、結絃はおそらく、

・いじめられっ子(役である将也)の側(味方)についている妖精。

ということになるのではないかと思います。

次のエントリに続けます。
ラベル:第54話
posted by sora at 10:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 第7巻 | 更新情報をチェックする