2014年09月15日

第52話、筆談ノートに象徴される、「硝子の過ち」とは?

第52話はほとんどせりふがなく、物語の大きな進展は(将也が目覚めたことを除けば)ありませんでしたが、ちょうど真ん中辺りに描かれている筆談ノートを巡るエピソードには、物語の中核となる問題へのさまざまな意味が提示されていると思います。

そのなかの1つとして、硝子の「自殺」という行為が、物語のなかでどのように位置づけられ、どういった意味において「過ち」であったのかが整理された、ということがあると思います。

第52話の筆談ノートの回想は、将也が「忘れ物」といって筆談ノートを持ってきてくれたシーンから始まります。


第52話、8ページ。

そこから小学校の回想に入り、硝子が「手に入れたかったもの」の象徴だった筆談ノートが将也によって池に捨てられ、それを硝子がいったん拾い、でも改めて池に落としてしまいます。

その筆談ノートは将也に拾われ、5年後に将也から硝子に手渡され、手渡したときに将也は「友達になろう」という手話を伝えます。


第52話、10ページ。

その後、将也は「筆談ノート」が象徴していた「手に入れたかったもの」、それを捨てたときに「諦めたもの」を実現していったわけです。

そして硝子の回想は、花火大会での将也の「来年の誕生日を一緒に」という手話で終わるわけですが…。

その後に硝子は、もう1つ、思い出しているはずです。

その「象徴」である筆談ノートを部屋に残して、自らの身を投げたことを。

そしてそれこそが、硝子の犯した最大の過ちでした

この「過ち」の構造を、「筆談ノート」を中心に据えて、整理してみたいと思います。

繰り返しになりますが、「筆談ノート」とは、硝子が手にいれたいと望み、でも手に入れられないのだと「諦めた」、幸せで豊かな人間関係の象徴です。

硝子が持っていた筆談ノートは、将也によって奪われ、捨てられてしまい、硝子はそれによって「諦め」ました。
ところがそのノートは、その後将也が拾い、改めて硝子の手に渡されました。「忘れ物」というせりふと一緒に。
将也が再会時に筆談ノートを手渡したことと、将也との再会後に「諦めたもの」が取り戻せたことは、本質的に同じことを指していると思います。

ところが硝子は、橋崩壊事件後、思い詰めて、将也や仲間、家族を捨てて、自殺を決行します。
第42話の自殺決行シーンで将也がいすにつまづいて筆談ノートが地面に落ちる描写があります。
これは、「筆談ノートをおいて自分だけ飛び降りる」ということを示しており、もっと象徴的に言うなら「硝子が筆談ノートを自分から捨てた」ということを意味しているわけです。


第5巻186ページ、第42話。

つまり、硝子の自殺決行という過ちが物語のなかでもつ意味を、筆談ノートになぞらえて象徴的に語るとするなら、

せっかく将也が持ってきてくれた「筆談ノート」を、自ら捨ててしまうという行為だった。

ということになるんじゃないかな、と思います。
それは、将也がそれまでに行ってきたことの全否定でもありますし、さらに突き詰めれば、自分自身が小学校のころにもがいていたこと、それ自体の全否定でもあったのだ、と思います。
ラベル:第52話 第42話
posted by sora at 08:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第52話、橋に来た理由はもっとシンプルだったのかも?

第52話で硝子が病院ではなく橋に来た理由、先日のエントリでいろいろ考察していましたが、改めて考え直してみて、実はもっとシンプルなことなのかもしれない、と思い始めています。

つまり、

硝子は将也に会いたくて橋に行き、将也に会えなくて泣いた。

というだけなのでは、と。

硝子は、飛び降りたところを将也に救出されますが、その入れ代わりで将也が転落していくのを目の前で目撃してしまいます。

このとき、硝子は将也に手を伸ばしましたが、将也をつかむことはできませんでした。

そして、第51話の描写にあるとおり、ベランダから部屋に戻ったあとしばらく気絶してしまった硝子が転落現場に着いたとき、すでに救出は終わり将也は搬送されていて、姿はありませんでした。
ここで、硝子が川岸まで近づいているコマがはさまれていますが、これは、硝子が将也に会いたいと思っていたが会えなかった、ということを示しているのだと思います。


第51話、5ページ。

つまり、第51話の気絶→島田と出会う、のシーンが描かれた最大の理由は、「硝子はこの日、転落した将也をひと目も見ることができなかった」ということを示すためだったのではないか、と思うわけです。

そして、最初に将也の病室に向かったときは、植野につかまって殴る蹴るの暴行を受け、その後は何度病室に行っても植野に門前払いを食らっています。(もしかすると、新学期が始まっても植野は籠城を続けているのかもしれません)

籠城している植野を振りきって病室に入ることは、硝子にはできなかったのだと思います。
植野も言っているとおり、硝子自身もおそらく「自分は将也を見舞う資格があるのだろうか」と自問し、自分を責めているでしょうから。

そして、硝子は、将也のために泣くことも、周りの関係から作り笑いで逃げることも「封印」しました
その結果、硝子は表情のない「ユーレイ」みたいなキャラクターになってしまいまったわけです。

そんな日々が続き、相変わらず将也とは面会できず、将也は目覚めず、そして将也抜きで映画が再開され、「火曜日」が将也抜きでもうすぐ終わる瞬間…。
硝子の感情が爆発したのだ
、と思います。

このまま会わないで毎日が過ぎたら、本当に将也は消え去ってしまうかもしれない、「病室の将也」に会う資格はないかもしれないけれども、「過ち」を犯す前の、4月15日の橋に現れた将也になら会えるかもしれない、そんな思いが、硝子にあの夢を見させ、病室ではなく橋に駆り立てたのではないか、と思うのです。

でも、当たり前ですが、橋に将也はいません。
やはり会えない。
いま将也がいるのは病室で、自分の過ちによって昏睡を続けていて、もはや自分に会う資格があるのかどうかすらわからない。
でも会いたい。どうしても会いたい。

その思いが、これまで封印してきた感情を爆発させ、硝子をして橋の上で号泣させるにいたった。


第51話、14ページ。

そういうことなのかな、と、今は思っています。
「転落してから一度も会えていない」という点に着目すれば、それ以降の流れについてはシンプルに読む方がいいのかな、と思います。

ラベル:第52話
posted by sora at 07:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする