2014年09月13日

第52話を読んで、「枠線ルール」を改めて考える

さて、第52話は、最後の将也の場面を除いて事実上せりふがなく、基本的に硝子の「行動」と、硝子の「イメージ」で展開されています。

ここで、やはり気になるのが、コマの周囲の「枠線」の描かれ方です。

以前のエントリでも考察したとおり、このまんがでは、枠線の描かれ方によって、「現実」「回想」「夢・空想」が描き分けられています
具体的には、「現実」は普通の枠線、「回想」では枠の外側が黒く塗りつぶされ、「夢・空想」では枠がフリーハンドの線になります

そういう視点で今回のシーンを見ると、不思議なことに気づきます。
硝子は橋のうえで、これまでの橋メンバーや将也との楽しい思い出を回想しているのですが、これらのコマが、「回想」の黒塗り枠ではなく、「現実」の通常枠で描かれているのです。
これら硝子の「過去のイメージ」のなかには、遊園地や駅前など、硝子がいまいる橋ではない場面のものもあり、明らかに過去のシーンの回想であるはずなのに、まんがのなかではそのように扱われていないわけです。


第52話、11ページ。

これはなぜでしょうか?

この問題を考えるときに思い出すのが、第51話の将也登場シーンです。
こちらも、非現実的な「夢」っぽい映像だったにも関わらず、「現実」扱いの普通枠で描かれていました。
ですから、表現の使い方として、今回の第52話の「過去イメージ」と通ずるものがあると考えられます。

第51話で、硝子の「夢」のなかに登場した将也は、死を示唆することばを硝子に伝えていましたが、実際には将也は死なず、回復して目覚めました。
つまり、第51話の将也は、オカルト的に硝子に死を伝えにきた、ということではなく、どちらかという硝子自身の心のうちにある将也へのイメージが夢のなかで映像化したもの、ととらえたほうがよさそうだ、ということになります。

そうなると、すごく乱暴にいうと、第51話で登場した将也の各シーンは、「単なる夢」にすぎない、ということになります。
硝子が将也の手助けなしに映画メンバーを再結集させて、「取り戻したかったもの」を取り戻すことができた、という安心感が逆に、「これまで「取り戻す」ために頑張ってくれた将也が、これなら俺がいなくても安心と思って死んでしまうんじゃないか」という不安を呼び起こして、硝子に将也が去っていく夢を見させたのでしょうか。

考えてみると「いろいろあるけど自分がいなくても万事OK」という考えは、硝子自身が自殺を決意したときに将也に対して抱いていた想いだったのではないか、とも思います。
硝子は、将也にそのせりふを言わせることで、将也がもはや自分にとってかけがえのない大切な存在であるということを再確認したのと同時に、同じような考えで自殺を決行してしまった自分の愚かさと罪についても改めて痛感したのではないかと思います。

ともあれ、このような硝子の夢が、普通の枠線で描かれているということは、「普通の枠線」が示す意味を、もう少し拡張しなければならない、ということを意味していると思います。

おそらく、「普通の枠線」が使われるのは、

1)現実の描写。
2)仮にそれが回想や夢であっても、見ている当人がそれを回想や夢と認識しておらず、あたかも現実であるかのように受け止めている場合の描写。


この2つのパターンなんだと思います。


第51話の将也登場シーンは、実際には「夢」ですが、その夢を見ている当の硝子は、それが夢であると認識せずに、その夢を見ているから、枠線が「普通枠」になっているのだ、と考えることができます。

一方、第52話での橋メンバーや将也のイメージも、実際には過去の回想なんですが、当の硝子は「いま回想してる」という認識ではおらず、橋に身をおいただけで自然とイメージされた映像だったので、「普通枠」が使われているのだと思います。
言い換えると、第52話での硝子は、橋についた途端意識もしていないのに次々と仲間の映像がフラッシュバックし、硝子はそれらの映像を「回想」としてではなく、いまその場でリアルに感じられる映像として実感している、ということを示しているのではないか、と思います。
タグ:第51話 第52話
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第53話の展開を予想する(2)

続きです。

3)将也と硝子はどんな話をするのか?

実はこのあたりがとても予想が難しいです。

将也は転落時にある意味「覚醒」し、硝子とも「過去」ともしっかり向き合って、率直な謝罪と好きだという気持ちを伝えようという覚悟を決めていました。
一方、硝子も既に「待ってるだけ、だまって作り笑いしてるだけ」というキャラクターはとっくに卒業し、さらに「橋」での号泣により、いまの自分にとって将也がかけがえのない大切な存在だということを確信し、いったんは封印してしまった将也への恋心をもはや隠すつもりはないでしょう。

だとすると、こんな2人が腹を割って話したら、とんとん拍子に相互理解が進んで、おそらく告白しあって、そして物語が終わってしまうのです!

だから、逆説的ですが、そういう順調な展開は、何らかの理由で妨害されてそうならない、ということは間違いないと思うのです。

・実は将也と硝子はまだしばらく会えない。
・将也が記憶喪失か他の脳障害などで、転落時の想いを伝えられなくなっている。
・植野とか石田母の「邪魔」が入り、腹を割った話をするチャンスを逸してしまう。


このあたりのどれか1つが起こり、とりあえずまだ第53話ではお互いの率直な気持ちがすぐ伝わることはない、という展開に持ち込まれる可能性が高いように思っています。


4)植野はどう動く?

9月2日の深夜(すでに日付が変わって実際には3日)、将也が目覚めたとき、さすがに植野はいませんでした。
いなくて良かったですね、何しろ第一声が「にひみやっ!」なわけですから(^^;)。

ただ、植野持ち込み品と思われる猫型CDプレイヤーもそのまま置いてありますし、2学期は始まっているはずですが、いまだに朝がきたら植野は授業をすっぽかしてやってくるかもしれません。

「自分が選ばれないなら 目覚めないほうがいい」と考えていた植野、実際に将也が目覚め、かつ「選ばれない」こともほぼ確定してしまったとしたら、どう動くのでしょうか。

私は、

もはや植野は動けない。

と予想します。
ですから、植野は2学期が始まって籠城をやめていて、せいぜい放課後に見舞いにくる程度になっていて、目覚めた将也を普通に喜び、当たり障りのない会話を交わし、去っていくのではないかと予想します。

もし、植野が入ってきた病室に硝子がいたら…。
おそらく植野は、勝ち目のない戦いで今さらことを荒立てることはしないのではないでしょうか。
ちょうど、最初の再会時に硝子に「敗北」し、奪った補聴器を返して去っていくときのように、無理をして作った笑顔で去っていくのではないか、と思います。

もう、植野は「見てるだけ」に戻り、しばらく物語の前線からフェードアウトするのかな、とも思います。
だとすると、しばらくはそもそも見舞いにも来ない、という可能性はありますね。


5)その他、気になること

将也の病室で気になるのは、植野のCDプレイヤーに入っている「ニヒルな肉球」のCDです。
以前の考察でも触れたとおり、このCDは恐らく、名古屋で限定盤を買った、島田との嫌な思い出のある因縁のCDだと予想されます。
どこかのタイミングでこのCDが鳴らされたとき、将也は何を感じ、何を語るでしょうか。(そのとき、病室には誰がいるのでしょうか)

また、映画の進展と島田の登場も気になるところです。
第53話だけにそんなにたくさん話を詰め込めないと思うので、第53話は将也と硝子の再会だけで終わってしまうかもしれませんが、もし次の話へのつなぎとして映画の話も出てくるなら、いったん軌道にのった映画の話に波乱を呼ぶために、島田の登場というのも十分考えられます。

また、映画ということでいえば、将也が昏睡している間に、硝子がメンバーを再結集させて映画が再開されていることに、どういう感想を抱くのか、とても興味があります。
私は、それを素直に喜び、硝子が前向きさを取り戻していることに安心し、映画撮影を続けることを応援する、そういうストレートな展開かな、と予想します。
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第53話の展開を予想する(1)

第52話がリリースされ、これで第6巻収録分の内容が固まりました。
将也の転落から始まり、「将也のいないあいだの仲間たち」がひとりひとり順に描かれ、最後は硝子の孤独を救った将也への想い、そしてついに将也が昏睡から目覚めて、第6巻は終わりました。

第53話は、最終巻である第7巻の冒頭の話という、非常に重要な回になります。

そして、第52話の話末には、にわかには信じがたい煽り文として、第53話のサブタイが「橋の上の奇跡」になる、と告知されています。

これらの状況を勘案して、第53話がどのような展開になるか、予想してみたいと思います。

1)「橋の上の奇跡」とはどういう意味?

まずはこのパズルからですね。

過去には、「次号サブタイ煽り」はずっと外れ続けるという伝統?があったのですが、前回の「植野直花」が当たってしまい、「必ず外れる」という逆張り予想もできなくなってしまいました(笑)。
そこで、今回はあえて、「このサブタイ煽りは(多少実際のサブタイは異なるかもしれないけれども)当たる」という前提で予想してみたいと思います。

そう考えると、次号は「橋の上」で何か「奇跡」のようなことが起きる、ということになります。
多少オカルトにふりつつも、まあ自然な展開としては、将也の叫んだ「にひみやっ!」が橋のうえで泣く硝子の心に届いて(この部分が「橋の上の奇跡)、硝子は橋からそのまま病院に向かう。途中で「将也覚醒」の報を受けた石田母と合流し、病室で将也と感動の対面、といった流れでしょうか。

それ以外で考えると、覚醒した将也が寝ぼけてそのまま外出し、橋まで来て硝子と対面、というのも思い付きましたが、さすがにこれじゃ不条理まんがになってしまいます(笑)。

むしろそれだったら、水曜日以降も毎日橋に行って泣いていたら、あるとき突然将也が橋に現れて、「…退院したんだ」と語りかける、とかのほうがありそうですね。

あとは、「橋に橋メンバーが集まる」的な方向は、泣いているのが火曜の深夜で、次に集まるのが1週間後なので、間があきすぎて間抜けな感じです。
でも、もし次の火曜までに将也が退院したら、次の火曜は橋メンバー全員集合することになって、これは確かに「橋の上の奇跡」と呼ぶにふさわしい展開かもしれません

あと、考えられる展開としては、硝子が橋の上で泣いているところに、将也以外の誰かがくる、という展開でしょうか。
それで一番ありそうなのは石田母ですね。
将也覚醒の報を聞いて病院に駆けつける途中の石田母が、橋にうずくまる硝子を見つけて保護しつつ病院につれていく、という展開です。これなら硝子にあちこち歩き回らせる必要がなくなるので現実的かも。(あまり「奇跡」っぽくないですが)
あとは、真柴とか永束とかが来てもけっこう面白いかも。
「どうしたの、西宮さん!?」

でも、実は単に、

第52話のラストで、「橋の上で」涙を流した硝子の気持ちが将也に伝わって、昏睡状態だった将也が目覚めたこと。これが「橋の上の奇跡」の正体。

という可能性もあるんですよね(笑)。
つまり、「奇跡」は既に第52話で起こっていて、これ以上特になにも起こらない、というオチです。

まあ、これは意外と当たりそうなんですが、さすがにこれではつまらないので、以下では、これ以外の可能性のほうを考えたいと思います。


2)将也の側の展開は?

第52話ラストの将也は、見た感じダメージがほとんどないように見えます。

すでに別エントリで考察したとおり、記憶喪失とか構音障害といった、「将也になんらかのダメージが残る」といった展開も考えられるのですが、もしそういった特殊な形での覚醒となれば、その「問題」にフォーカスが当たって物語が展開していくことになるだろうと思います。

ここでは、将也にそういったダメージがない形で「覚醒」した場合に限定して、その後の展開を考えてみたいと思います。

もしもダメージなく目覚めて、かつ第一声が「にひみやっ!」なのだとしたら、将也が最初に気にするのは硝子の容態でしょう
深夜でまわりに家族はいないようですから、最初に話をするのは看護師、ということになるでしょうか。
そうすると、昏睡中に将也の見舞いを続けていたのがずっと植野だけで、硝子らしき人物は見かけていない、と看護師は答えるかもしれません。少なくとも、看護師とのやり取りのなかでは、西宮の安否はわからないでしょう。

そうなると、将也はいてもたってもいられないのではないでしょうか。
でも、だからといって夜中に「橋」に走っていったらそれは不審者になってしまいます(^^;)から、その続きの展開は「連絡を受けた母親がやってくる」でしょう。
そこで、先の予測のなかにあったとおり、母親がかけつける途中で硝子を橋でみかけてピックアップして、深夜の対面、となったら、これはドラマチックですね。

なんというか、「深夜に目覚めた将也」という場面から、切れ目なくドラマを展開しようと思うと、やはりその深夜のうちに硝子と対面する展開が必然なようにも思いますね…。

いうわけで、1)と2)を総合すると、「オカルトなし」「将也の障害なし」「でも『橋の上の奇跡』は起こる」という想定をした場合の第53話の展開予想は、

・橋で泣いている硝子に、
・将也覚醒の報を聞いた石田母がたまたま近くを通って気づき、
・ピックアップして病室へ。
・将也と硝子、久々の対面!


といった感じになるでしょうか。

長くなってきたのでエントリを分けます。
タグ:第53話 第52話
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