当ブログでは、いわゆる発売日前の「フライングのネタバレ」に関する話題は扱いません。フライングのネタバレとなるコメントはご遠慮ください。ご協力よろしくお願いします。(発売日後のネタバレはOKです。)

おすすめエントリ(最初はこちらからどうぞ)

2014年09月17日

やはり聲の形は「鯉の形」だった?(あるいは第53話のオカルト展開をどう読むか)(2)

第53話で、将也が橋で泣いている硝子を「透視」する場面、なぜこの場面だけ露骨に超能力っぽい展開になっているのか、と考えたときに、

これは、「鯉」が起こしている奇跡ではないのか?

という仮説にいきあたりました。

これまでも、聲の形ワールドにおいて、「鯉」は実はインガオーホーの理を司る「神」のような存在なのではないか、と考えていたのですが、今回、その思いがさらに強まりました。

つまり、

「聲の形」の物語のなかで、「鯉」は神のような存在であって、これまでもさまざまな奇跡やインガオーホーの理に基づく罰を与えたりしているが、今回もその「奇跡」の1つとして、昏睡したまま息を引き取ろうとしていた将也を死の淵から引き上げ、さらに将也をして橋で泣いている硝子を「透視」させた。

ということですね。
別の言い方をすると、「聲の形」ワールドの全員が超能力を使えるわけでも、「聲の形」ワールド全体がオカルトで動いているわけでもなく、ただ1つ、「鯉」だけがオカルト的存在として超常的能力を発揮して物語を動かしている、という風に考えるわけです。

そう考えるならば、第52話から第53話で起こった「奇跡」も、スムーズに整理できるように思います。
つまり、将也に心から会いたい、生きて戻ってきてほしいと願って硝子が落とした涙を、橋の下の川にいた鯉が受け止め、その想いを認めた鯉が「その瞬間に」奇跡を起こして、昏睡していた将也を死の淵から引き上げ、さらにいま橋で泣いている硝子の姿を透視させて、硝子の願いをかなえさせた、ということになります。


第52話、15ページ。

考えてみると、聲の形のなかで大きな「奇跡」が起こっている場所には、常に「鯉」がいます

将也が転落したときに「たまたま」島田がいてすぐに引き上げられて一命をとりとめたのも、「そこにいた鯉がこっそり奇跡を起こしていた」と解釈することも可能ですし、第52話で硝子が向かったのが病院ではなく橋だったのも、単に病院に将也を見舞っただけでは希望はかなわなかった(会えなかったでしょうし、恐らく死んでいた)のに対して、橋に行って(結果的に)鯉に祈りを捧げたおかげで、将也は生還し、しかも会うことができた、と考えれば「正しい選択だった」と考えることができます。

さらに遡ると、そもそもこの物語がただの「小学校の頃のいじめ」で終わらず、これだけのドラマに発展したのも、あの「筆談ノート」が校庭の池を介して硝子から将也の手にわたったことが出発点ですが、それもまた、あの池にいた鯉によって運命付けられた「奇跡」だった、と考えることも可能ですね。(そして、そういう展開が訪れた原因は、もしかすると硝子がパン係になって鯉に餌を与え続けたからかもしれません。)

そう考えていくと、この「聲の形」の物語というのは、単純にオカルト要素のあるドラマとして考えるよりも、「障害者いじめが起こってそのまま時が過ぎていくだけの平凡で残酷なリアルなセカイ」に、「インガオーホーを司り、運命を弄び、奇跡を起こす鯉」を登場させ、介入させることで、「こんなドラマがあったらいいな」という物語を私たちに見せてくれている、そんな構造をしているんだ、と考えることができるように思われるのです。
タグ:第53話
posted by sora at 07:24 | Comment(7) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第53話、感動の再会なのに今回も夫婦漫才(笑)

さて、第53話は、「普通に病院で再会するのでは」という予想を裏切り、「マジであの場面から将也が橋にやってきて二人が再会」という、ある意味コテコテの、でも感動的な再会劇となりました。

でも大今先生は、この2人についてはいつも、真面目に向き合うとどうしても夫婦漫才的なコントになってしまう、そういった演出上の味付けをしています。

考えてみると、あの超名場面である第23話も、ポニーテールで大盛り上がりの将也から始まり、硝子の必死の口話、それに対して将也がさっくりと「手話使えよ」と受け流し、その後の硝子の手話で結絃がよだれをたらしていたり、せっかくもらったプレゼント(ガーデンピック)を飴だと思ったりと、会話が完全にコントになっていましたし、最後の「うきぃ」を将也が「月」と勘違いして「きれいだね」という「奇跡のボケ」をかます漫才っぷりに、硝子自身まで苦笑いして走り去っていきます。
あとは、遊園地回のあとの橋での「ほめ殺し」も、無理しまくりの表情の将也とわけがわからず赤面する硝子、最後に靴下とパンをほめるという将也の暴走っぷりが完全にコントでした。

さらに遡ってみると、スマホを手に入れた将也が硝子のメアドを手に入れようとしたら佐原の連絡先を聞かれた場面も漫才ですし、さらに遡って結絃の妨害を永束がさえぎって久しぶりに橋で再会したシーンでも将也が「いいバゲット」を見せて硝子がびっくり、というコントのシーンがあり、さらにさらに遡れば、高校で最初に再会した場面も、いきなり「友達になれるか?」という手話をぶつける将也の手を真っ赤になりながら思いっきり握りしめる硝子も、さらにその前、「忘れ物」といって筆談ノートを見せる将也に思いっきりびっくりする硝子も、どれも「夫婦漫才」の要素が満載です。
(そういえば、「筆談ノートでびっくり」の硝子と、今回の「硝子を橋で見つけてびっくり」の将也は、リアクションがそっくりでした。)

つまり、この2人は再会した頃からずっと、夫婦漫才を続けてきたということですね。

ちなみにこの2人の「夫婦漫才」は、どちらもボケになりうる、というところに特徴があります。
第23話では、硝子が口話を使っているあたりは硝子がボケ、将也がツッコミとなっていますが、最後の「うきぃ」に対して将也が「月?」と聞くところ、そして将也がかっこよく「キレイだね」と返したところは、将也の大ボケに硝子が「ダ」と逃げる形でツッコミと、攻守入れ替わっています。

そして今回も、久しぶりの「奇跡の再会」で感動の場面ですが、やっぱりコントになっています。


第53話、15ページ。

将也のこの気の抜けた「よっ」から、夫婦漫才スタートです。

まず、大今先生渾身の「仕込み」で、お互いがお互いに相手をユーレイじゃないかと思わずにはいられないような演出がなされています。

硝子は、肩を痛めていることもあってボサボサの髪、寝間着のままで深夜に橋にいるという異常な状況、そして将也に気づいてもすぐには動かない(これは逆に、硝子も将也をユーレイだと思ったからですが(笑))といった状況から、硝子のことを「それとも西宮のほうがユーレイだったり?」と思ってしまっています。
(読者からはさらに、これまでの硝子が表情を殺して幽霊のように動き回っている姿や、植野が「ユーレイかと思ったわ」と言ったりした場面を知っているので、いっそう硝子が「ユーレイっぽく」見えていますね。)

一方の将也は、病院で昏睡しているはずなのに深夜の橋にいきなり登場して「よっ」と声をかけてくるという「絶対にありえない状況」ですし、しかも着ているのが白い入院着で、どこからどう見ても「ユーレイの白装束」にしか見えません
さらに、フラフラ、ユラユラと歩いてきたのでしょうし…。

そして、二人は同じタイミングで目をこすり、


第53話、16ページ。

同じタイミングで相手をいぶかしげに見つめ、自分の頬をつねる将也におずおずと硝子が近づき、指で将也をつついて「実体」があることを確認してびっくり、という、これまたコテコテのリアクションで、しっかり「夫婦漫才」を見せてくれました。


第53話、17ページ。

さらに、これは第53話の時点ではまだ「漫才」に展開していませんが、きっと何か起こるだろう「伏線」として、将也がカテーテルを垂らしたままで橋にきている、ということがあげられます。
カテーテルを垂らしている姿もユーモラスですし、さらにカテーテルの性質上、将也の尿はどんどん出てきてしまっている(ただ、将也はちゃんとキャップははめたようです)はずで…。
将也がこんな状態で「感動の再会」をしている2人、というのも、傍から見たらコントにしか見えません。

感動の場面であってもたっぷりとネタ要素を仕込み、夫婦漫才を展開させるのも、この「聲の形」の面白さだと思います。
posted by sora at 12:56 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

第53話までで、第2巻前半のリフレインが完成している?(1)

第53話は、まさかの「将也と硝子が同じ夢を見ていた」+「将也と硝子が深夜に橋で劇的な再会」という、想像を超えた奇跡が起こりまくりという異例の回となりました。

…と書くと、第53話がこれまでの構成から逸脱した回のように思えるのですが、よくよく読み返してみると、実は第53話は、第42話から続く、「第2巻のリフレイン」という構造を美しく決めた回だったことに気づきます。

もう少し詳しくいうと、第42話〜第53話のなかに、2つの「リフレインする物語」が、入れ子構造のように組み込まれているように読み取れるのです。

リフレイン構造1:結絃視点を含む各自視点回

第2巻後半から第3巻の、「過ちを批判されながらも、かつての仲間を集める話」を、

 第2〜3巻:過ちを批判する人:結絃、批判される人:将也、かつての仲間を集める人:将也

 第6巻:過ちを批判する人:植野、批判される人:硝子、かつての仲間を集める人:硝子


というメンバー差し替えでリフレインする構造になっている。


リフレイン構図2:将也視点回と硝子視点回

第2巻前半の、将也と硝子が最初に再会してから、次に(2週間後に)もう一度会うまでの展開を、

 第2巻:将也が硝子に会いに行く。

 第42話〜第53話:硝子が将也に会いに行く。


というメンバー差し替えでリフレインする構造になっている。


このうち、第53話によって描かれかたがはっきりしたのは、「リフレイン構造2」のほうになりますので、次のエントリではその第2のリフレイン構造について考えてみたいと思います。
タグ:第53話 第09話
posted by sora at 07:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第53話までで、第2巻前半のリフレインが完成している?(2)

さて、前エントリを受けつつ、第53話の「橋での奇跡の再会」で、将也−硝子ラインについて、第2巻前半のリフレインが完成したように見える、という話を書いてみたいと思います。

まず、第2巻での再会〜2回目の橋での再会までの流れは、こうなっています。

1)将也が硝子に対して犯した過ち(硝子へのいじめ)がスタート地点。
2)にも関わらず、硝子は将也を見捨てず、腕をつかんでくれた。
3)それによって、将也は自殺することを免れた。
4)その後、将也は硝子に会いに行こうとするが、「お前は会っちゃダメだろ」と批判されて、会えない。
5)将也自身も、自分に硝子と会う資格があるのかを自問する。
6)会えない期間が2週間続く。
7)将也が橋にいるところに、硝子がやってきて劇的な再会。
8)将也と硝子が「同じこと考えていた」ことを知る。


一方、今回、第5巻ラスト〜第53話での橋での出会いまでの流れは、こうなってます。

1)硝子が将也に対して犯した過ち(将也を振り切って自殺を決行)がスタート地点。
2)にも関わらず、将也は硝子を見捨てず、腕をつかんでくれた。
3)それによって、硝子は自殺することを免れた。
4)その後、硝子は将也に会いに行こうとするが、「お前は会っちゃダメだろ」と批判されて、会えない。
5)硝子自身も、自分に将也と会う資格があるのかを自問する。
6)会えない期間が2週間続く。
7)硝子が橋にいるところに、将也がやってきて劇的な再会。
8)硝子と将也が「同じ夢を見ていた」ことが示されている。


将也と硝子を入れ替えて、まったく同じ展開になっている(もちろん、意識的に合うように調整して並べていますが、それにしてもそっくり)ことが分かります。

第42話のラスト、将也は硝子の腕をがっちりとつかむことで、硝子の自殺を阻止します。
これは、第2巻の冒頭で、硝子が将也の差し出した手をつかむことで、自殺しようとしていた将也に生きる選択をさせたことと対応します。

そして、その後、第2巻では将也は手話サークルを繰り返し訪れますが、その都度結絃に妨害されて、「そこにいることは分かっている」のに、硝子に会うことができません。
将也自身も、「自分が硝子を傷つけた人間である」という自責の念があるために、硝子に会う資格があるのだろうかと自問を繰り返します。


第2巻63ページ、第8話。

一方、第6巻でも、硝子は将也に会おうと病室を繰り返し訪れますが、その都度植野に妨害されて、やはりそこにいることが分かっている将也と会うことができません。
硝子自身も、「自分が将也を傷つけた人間である」という自責の念にかられて、将也に会う資格があるかどうか悩みます。(こちらでは、植野が「病室に入る資格」について語るシーンもありました。)


第46話、4ページ。

ここで、第6巻では「硝子が映画の仲間を再結集させる」という別のイベントが挿入されますが、これは第2巻ではこの位置ではなく、第3巻の佐原・植野イベントに相当すると考えられますから、前エントリでも触れたとおり、ここで物語のリフレインが2重の入れ子構造になっていることが分かります。

さて、そうこうしているうちに、第2巻でも第6巻でも、およそ2週間の時間が流れます。
第2巻では、将也は手話サークルへの訪問を再度チャレンジしますが、改めて結絃に阻まれて会えず、第6巻では、硝子はいてもたってもいられずに深夜に「橋」を訪れますが、やはり当然ながら将也には会えません。

ところがそこに、第2巻では手話サークルから将也を追いかけて追いついた硝子が現れ、ちょうど「橋」の上で劇的な再会となります。
第53話では、病室から硝子を探して脱走した将也が現れ、ちょうど「橋」の上で劇的な(奇跡の)再会となります。

そして、第2巻で「橋の上で2週間ぶりに会えた」将也と硝子の会話では、2人が同じことを考えていた、という内容が印象的ですが、第51話から53話の展開もまた、2人が再会前に同じことを夢見て、同じ場面を「見て」いたことが非常に印象的になるよう構成されています。

こうやってみてみると、実に美しいリフレインの構造になっている事がわかりますね。

第53話での再会の場所が「橋」になっているのは、率直なところ物語の運びとしてはかなり強引な印象も残りますが、このリフレインの構造をしっかり締めて、将也と硝子が「ループする物語を時間をずらして生きている」ことを描写するために、作者がどうしてもこだわりたかった部分だったのかな、と思います。
タグ:第53話 第09話
posted by sora at 07:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ますます分からなくなる、第6巻収録はどこまで?

さて、第53話はまさに「奇跡」としか呼べない展開でしたが、この展開だと気になってくるのが、

第53話は第7巻の冒頭より第6巻のラストのほうがふさわしいのでは?

というポイントです。




第53話は、第51話から続いている、「硝子の深夜の暴走(?)」の連続した物語の終結部分に見えますし、第53話の将也の夢と第51話の硝子の夢も対応しています。

さらに、第6巻の冒頭、第43話で「離れ離れ」になった二人が、第52話だとまだ「再会」しておらず、第53話でようやく再会しているところを見ても、どちらかというと第6巻は第53話まで収録したほうが、ずっと収まりがいいように見えます。

話数の構造的にも、そのほうが美しいという部分があって、第53話まで収録すると、6巻で非常に重要なファクターとなっている「視点」の構造が前後対称(シンメトリー)になります

第43話:将也視点
第44話:「西宮」結絃視点
第45話:「西宮」結絃視点
第46話:サブキャラ視点
第47話:サブキャラ視点
第48話:サブキャラ視点
第49話:サブキャラ視点
第50話:サブキャラ視点
第51話:「西宮」硝子視点
第52話:「西宮」硝子視点
第53話:将也視点


さらに、もしも第53話まで収録されるのなら、ほぼ確実に、

第6巻の表紙は、再会したときの(お互いユーレイ姿の)橋の2人

で確定でしょうから、ここも美しく決まります。(横向きでしっかり互いの方を向くデザインにすれば、「第7巻で抱き合う」の表紙伏線もひけるかもしれません)


超やっつけ・第53話まで収録した場合の第6巻表紙イメージ(妄想)。
第53話、17ページより、コマ上部にロゴと6の数字を入れる加工のみ行なっています。

ということで、第53話の内容をふまえると、第6巻は第53話まで収録される可能性が出てきたのではないか、という期待が高まります。

ちなみに第53話まで収録すると、基本毎回18ページで11話ですから、18×11=198ページ、目次とか巻末の記載・次回予告等で最低4ページ必要なので、最低でも202ページ。恐らく16の倍数で作ってくると思われるので、実際のページ数は208ページ(いつもより16ページ多くなります)。6ページほど、何か設定資料等が入ってくるかもしれませんね。

そして、もしそうだとすると、最終話で32ページとか48ページとか、大幅なボリューム増も期待できますから、ここはぜひ第6巻に第53話まで収録してもらいたいですね!

…いや、もちろん、第53話から第7巻が始まる展開でも、最終巻としての将也&硝子の物語のオープニングとしてふさわしいですし、さすがに第6巻発売日がもう近すぎるので、「第53話から第7巻」の可能性のほうが高いとは思うのですが、「願望」として書いてみました
タグ:第53話
posted by sora at 07:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月19日

第54話の展開を予想する(1)

さて、第53話は、第52話のサブタイ煽りがかっちり(内容的に)当たって、橋の上で将也と硝子が出会うという展開となりました。

いや、出会うのはいいんだけどふつうその展開は予想しないでしょ…。
どんだけ斜め上の展開が好きなんだ大今先生(^^;)。

というわけで、ラストが近いせいなのか、最近サブタイ煽りが当たるようになってきている今日この頃、今回の次回予想もこの「次号サブタイ煽り」を活用してやっていきたいと思います。

今回、次号サブタイ煽りは「伝えたいこと」となっています
この流れでこの煽りを信じるなら、当然に、ここでいう「伝えたいこと」とは、

1)将也が硝子に伝えたいこと
2)硝子が将也に伝えたいこと


この2つに決まっています。

ですので順当にいけば、次回は橋の上で再会できた二人が、それぞれ相手に伝えたいことを伝える、という、カタルシスにあふれる回になることが予想できます。

ところがここでちょっと気になるのが、

硝子に意思伝達の手段がなさそう。

ということです。

硝子は肩を吊っているので手話ができませんし、さすがに筆談ノートも持ってきていないでしょう。
そうなると、口話で「うきぃ」なのかもしれませんが、第23話でも将也に「手話使えよ」とか言われてしまったくらいですから、これだけですべて乗りきるのも厳しそうです。
指文字で短文を伝えることができるくらいでしょうか。

ただ、すでに物語のなかで繰り返し示されているとおり、「聲の形」は「ことば」によるコミュニケーションだけではありません。
硝子が将也に「伝えたいこと」はたぶん、「将也を抱きしめる」ことだけですべて伝わると思います。
「抱きしめるにしても片腕が動かないだろう」という問題はありますけど(笑)、それでも、動く片腕で強く将也を抱きしめれば、硝子が将也に「伝えたいこと」はありあまるほど「伝わる」ような気がします。

というわけで、硝子が「伝えたいこと」はことば以外で伝わる、と予想したところで次のエントリに続けます。
タグ:第54話 第53話
posted by sora at 08:11 | Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第54話の展開を予想する(2)

さて、橋の上での再会からの、第54話の展開予想の続きですが、次回「伝えたいこと」で、将也は硝子にどんなことを伝えるのでしょうか

まあ、恐らく最初は、

1)生きていてくれてよかった。

ということになるでしょう。

将也自身、第43話の転落の時点で、あれで硝子をちゃんと引上げられて硝子が確実に生き延びてくれたと確信はできなかったでしょうし、もしかするとその後再度自殺してしまったかもしれない、とも心配していたと思います。
橋で会ったときも、そこにいるのがリアルの硝子なのか、ユーレイなのか疑っているくらいです。

だから、硝子がちゃんと生きていて、そこにいるということ。
何よりもそのことに感謝し、喜びを伝えることが、何より真っ先にくる「伝えたいこと」である
ことは言うまでもないと思います。


そしてそれ以外で思いつく「伝えたいこと」の筆頭なのは、

2)過去の硝子への行為についての謝罪。

だと思います。

別のエントリでも触れましたが、これまで将也は、自分が硝子に対して小学校時代に行なったいじめに「自分の犯した過ち」として向き合い、そのうえで硝子に謝罪することがどうしてもできませんでした。
将也が、とっくに壊れてしまってどこにも存在しない「島田らとの楽しい毎日」への呪縛からいまだに抜けられないように見えるのも、将也が小学生時代のさまざまなことを自分なりに清算できていないことが理由であるように思われます。
硝子に謝罪せず、硝子いじめという事実から目をそむけ続けるということは、将也の心のカレンダーを、硝子が転校してくる前の楽しい日々で止めることでもあるだろうからです。

第43話で、転落中の将也は硝子の右耳のキズを発見し、「補聴器事件」のときにつけたキズであることを思い出し、心の中で「ごめんな 西宮」と謝罪するわけですが、この謝罪を実際に行なうのは、この橋での劇的な再会場面をおいて他にはないでしょう。

考えてみると、この「耳のキズ」をつけた日こそ、硝子が将也に「友達になろう」と手話で話しかけ、それを無視した将也が筆談ノートを池ポチャし、硝子がすべてを「諦め」て結絃に「死にたい」ともらした、その日に他なりません。
つまり、「耳のキズについて謝罪する」ことは、将也が硝子に対して繰り返したいじめのなかでも、最も残酷で、硝子に最も辛い思いをさせた行為を、ダイレクトかつピンポイントに謝罪することにつながると言えます。

逆に言えば、だからこそ将也の謝罪はシンプルでいいのだと思います。

「その耳のキズ、俺があのときにつけたキズだよね。あのときは本当にごめん、あの頃の俺は本当にバカだった」

耳のキズのことだけを謝れば、「すべて」が伝わる、そう思います。
だから、将也が何よりも先に、硝子への謝罪の気持ちを「伝えたいこと」として伝えられたら嬉しく思います。

あと、それ以外に考えられる「伝えたいこと」としては、

3)高校で再会してからのふがいない自分に対する謝罪。

があるのではないか、と思います。

第43話で神様と「取引」をした将也は「西宮を言い訳にしません」と約束しました。
実際、橋崩壊事件から花火大会までの将也は硝子に依存し、「硝子を守る」ことを言い訳に自分の弱さを直視せず逃げ回っていました。
それどころか、再会後、橋崩壊事件までの将也も、クラスメートにつけた×もそのまま、過去を思い出すのが怖いから硝子と深く関われないなど、実は対人関係も(孤立していた時代と)大して変わらないふがいなさでした。

将也は、硝子の自殺の原因の一端がそういった自分の弱さ(と、その結果として硝子に与えた負担)にもある、と自覚しているはずです。
ですから、将也が硝子に「伝えたい」もう1つのこととして、小学校時代の過ちだけでなく、再会後の「ふがいなさ」についても、率直に話し、これからはちゃんと向き合っていく(だから自殺なんてもうしないでほしい)という話をするのではないか、と想像します。


4)そして、硝子に対する率直な恋心を。

第43話で、転落して意識を失う直前、最後の最後に将也が硝子に伝えたい、と思ったことは、「ちなみに 俺はさ」でした。
もちろんこの先に続くのは「お前のことが好きなんだ」しかありません。

これをいつ言うのか。
死んだも同然のところから生還してきて、深夜の橋の上で二人きり、なんていうこれ以上ないシチュエーションなわけですから、ここで言わないわけにはいかないはずです。

もし本当にここで将也の告白があったら、まさに聲の形最大のクライマックスの到来ですね。

その「告白」は、たぶん「好きなんだ」ではなく、

今度こそ、来年の君の誕生日を一緒に祝おう。

これしかないのではないでしょうか。

KOEKATA_52_011.jpg
第52話、11ページ。

それに対して硝子が「伝えたいこと」、それは、その「一緒に」の手話をした将也を抱きしめること、それで「すべて伝わる」でしょう。
腕を吊っていて手話ができないことも、筆談ノートを持ってきていないことも、ここまでくれば硝子の心からの「聲」を伝えるのになんの問題にもならないはずです。
タグ:第53話 第54話
posted by sora at 08:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第53話、再会シーンはこのあとどうやって終わる?

次回予想系のエントリですが、一応タイトルつけて別エントリで書きます。

第53話、深夜の橋の上で奇跡的な再会をとげた将也と硝子ですが、状況的にはいろいろとまずいですよね。

硝子的には、若い女性がほとんど寝間着で深夜の街をうろついているという構図ですし、ましては将也については昏睡から目覚めたばかりなのにチューブも取らずに脱走してきているわけですから。

二人は第54話で、今回のサブタイ煽りどおりいろいろ話し合うのだろうと思います。
物語全体のなかでも、非常に重要なパートになると思われますので、恐らく第54話はすべて「将也と硝子の橋のうえでの対話」に費やされるのではないか、と思います。

そのうえで、「橋の上での再会」にいたるためにいろいろ「やらかして」いるこの二人に、なんらかのオチがついて会話が終了して、第54話が終わるのではないか、と予想します。
ここでは、その「第54話の終わりかたの展開」をいくつか予想してみたいと思います。

1)病院の関係者か石田母が将也を探しにくる。

現実的には、これが一番ありそうな展開ではないかと思います。
長い昏睡から目覚めたばかりの将也が、検査も受けずにチューブ類をぜんぶ引き抜いてどこかに行ってしまったわけですから、病院も大騒ぎですし、石田母もすぐに呼び出されて捜索開始でしょう。
そうすると、第2巻の硝子捜索の逆パターンで、硝子の自宅に石田母がやってくる、という展開も考えられますが、たぶん石田母は西宮家を知らないですよね…。
だとすると、たぶん「橋」も知らないでしょうから、捜索は意外と難航しそうです。


2)西宮母か結絃が硝子を探しにくる。

そう考えると、可能性が出てくるのがこちらです。
結絃か西宮母が、硝子がいないことに気づいて探し始めて、結絃が「思い当たる場所(2巻のときと同じく)」として橋を捜索して二人を見つける、というパターンですね。
これは十分あり得そうです。


3)将也のカテーテルが恥ずかしいことに。

これも可能性がかなり高い展開だと思ってます。
第53話で、なぜかカテーテルがものすごくフォーカスされている割には、結局それが「ネタ」として使われずに終わっています。
これを「ネタ」として使えるのは、もう第54話の間しか考えられません。

ですので、将也と硝子が熱く語り合い、場合によっては抱擁を交わしているときに、入院着がはだけて将也のカテーテルが見えたり、キャップがゆるんで将也の股間からしたたるものがあったり…。
で、それに気づいた硝子が絶叫。
真っ赤になった将也が、第23話ラストの硝子のように走って退散(自分で病院に戻る)。

みたいなネタ展開も、十分あり得ると思います。


4)将也の容態が悪化する。

ある程度シリアスに物語が展開されるなら、この展開もありえるように思います。

そもそも将也は昏睡から覚めたばかりで、体調もこれから戻す段階です。そんな状態で長距離を歩いたわけですから、突然体調が崩れてもおかしくありません。

また、将也がむりやり引き抜いたチューブは、導尿も点滴も引き抜いたあとの衛生管理が重要ですが、将也は何も処置せずに不衛生なまま外の道を延々と歩いてきています。

ですから、硝子とのやりとりのあと、将也が突然倒れたり腹痛に見舞われたりして、再度救急車で病院に逆戻り、こっぴどく叱られる、といった展開もありえそうなのですが、その場合、硝子に救急車を呼ぶ手段がなさそうなのがネックですね…。

5)いきなり54話では日が飛んでる(何もない)

一応、この可能性も触れておきます。
第53話のラスト、ふたりが笑いあった後、空を映すコマで終わっています。
この構図は、「次回は別シーン」ということを示唆している気もするのです。

そうすると、次はもう別の日になっていて、後日談的に「あのあと母親に見つかってこっぴどく叱られた」みたいな感じで始まる、ということもあるのかもしれませんが・・・

だとすると「伝えたいこと」はいきなり三者会談、ということで、先のエントリの予想が丸外れになります(笑)。


タグ:第53話 第54話
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クリアファイル到着!&コミックナタリー大賞

今日は、聲の形に関連して嬉しい話題が2件ありました。

1件は、長らく待たされたマガジン全員サービスの「聲の形クリアファイル」がようやく到着しました!という件です。

聲の形クリアファイル

一部の方には昨日、それ以外の多くの方には今日、届いたようですね。
我が家にも、今日届きました。

届いた実物を見ると、プリントもぼやけた感じがなく濃くしっかりと印刷されていますし、クリアファイル自体の厚みもけっこうあって実用的にも使えそうです(もちろん使いませんが)。
なかなか届かずやきもきしていましたが、ファンとして満足いく品質のものが届いたので嬉しいですね。


そしてもう1件は、現役編集者がえらぶ「コミックナタリー大賞2014」で、第1位に「聲の形」が選ばれたという件です!



いやーめでたい。
これで、書店でのコミックの扱いがちょっと大きくなったり、アニメ化・ドラマ化などの可能性がちょっと高まったりするかもしれません。

これまで、意外にも聲の形って賞には縁がなかったように思うので、これはいいニュースですね!

ついでに、こちらで大今先生の受賞感謝イラストが見られます。
posted by sora at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他・一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

第6巻は第2巻だけでなく第1巻のリフレインでもあった?(1)

どんだけリフレインネタが好きなんだよと言われそうですが(笑)、一度気がつくとどうしても気になってしまうので、興味のある方だけお付き合いください。

先日もエントリを書いたように、将也転落事件からの硝子・将也の動きは、ふたりが再会後、かつての仲間を集めていく第2巻〜第3巻のリフレインになっているのだ、という目でずっと読んできたのですが、改めて第53話を読んでみると、それとは全然違うもう1つの「リフレインの構造」があることに気づきました。

それは、

第6巻から53話までの物語は、第1巻から第6話までの物語をもリフレインしている。

ということです。

これは、第53話で将也に振り向いたときの硝子が、第5話で将也に振り向いたときとそっくりな表情をしていることなどからもうかがえます。


第53話、14ページ。


第1巻190ページ、第5話。

考えてみると、第1話は、将也の提案した「第43回度胸試し」が、島田からも広瀬からも拒絶されて流れてしまい、将也は一人で家で遊ぶという、「将也にとって永遠に続くと思われた楽しい毎日」が壊れていくところから話が始まっています。
そして、その「壊れていく関係」を埋め合わせるように、将也は硝子をいじめて「仲間関係」を維持するためのネタにするわけですが、やがて将也はそれらのツケをすべて払わされて孤立し、そんななかで、結果的に唯一の「救い」となった硝子に、高校生になってから手話を覚えて会いに行きます。

そして、第6巻、特に第51話から第53話(53話は7巻の予定ですが)で描かれているのは、実は、

第43回度胸試しが小学生の時に流れずに行われていたときのifの世界

でもある、と思ったのです。

第43話のサブタイトルが「度胸試し」で、これは第1話でお流れになった「第43回」の度胸試しが、5年の歳月をへて行われた、という、大今先生の壮大な「構成マジック」であることは疑いを入れません。
そして、その後の第50話・第51話によって、将也がマンションから川に転落する「度胸試し」を行ったとき、かつて一緒に度胸試しで遊んでいた島田と広瀬もその場にいたことが示されました。


第51話、4ページ。

つまり、

高校になってからの「第43回」度胸試しは、将也・島田・広瀬・硝子の4人で行われた。

ということになるのです。

そう読み解いたとき、第51話から第53話までの、硝子・将也の「夢」を中心にした不思議な物語は、まったく違った色合いを帯びて見えてくることに気づきます。

第6巻におけるサブキャラ視点回(結絃を含む)を全部すっ飛ばすと、第43話の次は第51話の硝子視点回となります。
第51話では、その冒頭で第43話の将也転落直後のエピソードが語られ、時系列もつながっていることが分かります。

そして、その場面で、「第43回度胸試し」の場面には、かつての将也グループ3人に硝子を加えた4人がいたことが示されたあと、映画撮影再開のシーンをはさんで、不思議なシーンが展開されます。

硝子が障害なくふつうに聞こえ、ふつうに話し、クラスメートと溶け込んで楽しく生活しているという硝子の「空想」です。

この場面は言うまでもなく、第1巻で描かれた「硝子に障害があるためにクラスメートとも溶け込めず、孤立してしまった」という「現実」との対比です。

そしてそのあと、なぜか将也が硝子の夢枕で「手話サークル」と「橋」に現れます。
この場面は、手話サークルの場面だけでなく「橋」の場面も、初めて再会した日のイメージであることは既に考察済みですが、ここで登場した夢枕将也は、実際に再会したときとはまったく違って、筆談ノートも持っていなければ硝子に対して「友達になれるか」とも言わず、ただ「俺がいなくても万事OK」とだけ告げて「じゃーな 西宮」と言って去っていってしまいます。しかも去っていくときには小学生の姿に戻っています

この、第51話前半の「自分に障害がないという硝子の空想」と、後半の「将也が『じゃーな』と言って去っていく夢」は、実はつながっているんだ、ということに、ようやく気づきました。
そして、第53話で将也が見た、硝子の「空想」とほとんど同じ夢も、もちろん(この読み解きにしたがう場合には)つながっています。

つまり、これらの「空想」「夢」は、硝子と将也、いずれもが抱えているトラウマがないというか、「かつて手に入れたかったもの」が手に入っている状態で話が進む、「パラレルワールドでの『聲の形』」であり、それは当然に第1巻のリフレインにもなっている、ということなのです。

次のエントリに続けます。
posted by sora at 09:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第6巻は第2巻だけでなく第1巻のリフレインでもあった?(2)

将也にとって手に入れたかったものとトラウマ。
それは、島田や広瀬とのかつての楽しい生活がずっと続いていく毎日と、硝子をいじめてしまったという事実を取り消したいという想いでしょう。

硝子にとって手に入れたかったものとトラウマ。
それは、かつてのクラスメイトとも、家族とも明るく幸せに過ごせる日々と、それが障害ゆえにかなわなかったという挫折と絶望でしょう。

それが「現実の世界」です。

でも、将也が自らの命を賭けて硝子を救出し、自らが身代わりに転落するという「大きな事件」を起こした瞬間に、「パラレルワールド」の入り口が口を開いたのだ、と思います。

それが、上記の将也・硝子が「手に入れたかったもの」が手に入っていて、かつトラウマもない、そういうパラレルワールドです。

言い換えると、

「第43回度胸試しが小学生のうちに当たり前に実現していた世界」

が、将也と硝子の前に口を開いて現れたのです。

そのパラレルワールドは、「夢」として、第1巻の物語をリフレインする形で、ふたりの前に現れました。

硝子に障害がなくクラスメートに溶け込んでいて、将也と島田・広瀬らとの関係も変わらず、子どもっぽい乱暴な遊びを続けている、当然、硝子が孤立したり将也からいじめられたりすることもない、そんな「魅力的な」世界です。

でも、そんな「平和な小学生生活」が実現したパラレルワールドでは、当然にその後の未来が大幅に修正されます
将也が、高校になって硝子と再会する必然性も、硝子のために「諦めたものを取り戻す」展開もなくなってしまうのです。

第51話で、夢枕に現れて「俺がいなくても万事OK」と言っていたのは、(この読み解きにしたがえば)実はパラレルワールドの将也だったのです。


第51話、15ページ。

パラレルワールドでは、将也は高校になっても硝子に会いにくることはないでしょう。
まあ、そもそも硝子が手話サークルにいることもないわけですが、ふたりにとって「高校になって再会した場」があそこなので、便宜的にあの場面を使って、パラレルワールドの将也が「こっちの世界では『高校になってから再会する俺』は登場しないよ」と説明しにきた、と考えればいいんじゃないかと思います。
そしてそのあと、「パラレルワールドの将也」は、「俺がいなくても(このパラレルワールドでは)万事OK」と語り、「じゃーな」と言って去っていきます。


第51話、17ページ。

去っていくときの将也が小学生なのは、「このパラレルワールドでは、俺とは仲がいいまま小学校卒業と同時にばらばらになってそのまま関係が途絶えるんだよ(高校生の姿で現れたけど、そもそもそんな再会自体がこのパラレルワールドでは起こらないんだよ)」ということを示しているのではないかと思います。

そしてこのとき、実はこの「パラレルワールド」は、「現実の世界」をある意味飲み込みかけているのです。
硝子(と将也)の前に、「ふたりの願望が実現したパラレルワールド」が口を開けたとき(ふたりがパラレルワールドの夢を見たとき、つまり9月2日の深夜)というのは、恐らく、「将也の体力が衰え、死の淵に近づいている」瞬間だったのではないかと思います。

第1巻で「悲劇」を経験し、第2巻で「再会」したふたりは、お互い、「自分を否定し、過去を否定し、かつて夢見ていたもの、手に入れたかったものを取り戻す」ことを目指していました。
それは言い換えると「現在において、過去を書き換えようとする」という試みである、とも言えるのではないでしょうか。

その試みは、かつて流れてしまった「第43回度胸試し」が実現し、それに続く硝子の映画製作再開も実現したことで、ある意味「成就した」と言えます。
そして、映画のために水門小学校でロケハンし、かつての教室に入ったところで、硝子は「パラレルワールド」の入り口に入り込んでしまいました。

パラレルワールドの中には、硝子の「幸せな小学生生活」がありましたが、そのままその世界にいたら、「高校になって筆談ノートを持って会いに来る将也」は登場しないことが示されました

ここで、硝子は悟ったのだ、と思います。

ずっと夢見ていた世界、そこは確かに平和で楽しい場所かもしれないけれども、そこでは手に入らず、辛いことのたくさんある「現実の世界」でだけ手に入ったものもあるんだ、ということに。

そして、いまの硝子にとって、それこそがもっとも大切なものなんだ、ということに。

あのまま「夢」を見続けたら、硝子は「パラレルワールド」に飲み込まれ、将也が息をひきとるという形で、夢枕将也の「じゃーな」が現実のものとなってしまっていたでしょう。

でも硝子は、そうしませんでした。
「夢」を断ち切って、「現実」の橋に走りました

そう考えると、硝子が病院ではなく、橋に向かったことが必然であることが分かります。
「パラレルワールド」では「起こらなかったこと」にされてしまいかねない、「第6話の再会」を、「現実の世界」でリフレインするために、第6話の舞台である「橋」に向かう以外の選択肢はなかったわけです。

そして、橋で思い出したことは、「現実」の世界では硝子に障害があり、さまざまな辛いことがあって、でもだからこそ生まれた将也との再会と、そこから展開されたさまざまな出会いの場面でした。

硝子は、「パラレルワールド」を捨て、「現実」を選択したのです。
あとで触れたいと思いますが、これは硝子の「障害受容」にとっても決定的に重要な選択であったと思います。
posted by sora at 09:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第6巻は第2巻だけでなく第1巻のリフレインでもあった?(3)

一方の将也です。

将也も、第53話で硝子とそっくりの夢を見ます。
もともとここはオカルト的ですが、今回の読みときにしたがうなら、硝子が映画再開にこぎつけ、水門小を訪れたことでふいに現れたパラレルワールドに将也も迷いこんでしまった、と受けとるのが自然だと思います。
このパラレルワールドについて、硝子が「主」で将也が「従」であることは、将也がこのパラレルワールドを明確に「夢」だと認識して見ていることで示されていると思います。

そのパラレルワールドでは、やはり硝子は障害をもたずクラスに溶け込んでおり、しかも島田や広瀬との関係も良好なままです。
さらに、将也は硝子とも仲良く過ごしています。
こちらの夢も、「第1巻」の悲劇が何も起こらなかったら、という将也の側の願望を実現した形での第1巻のリフレインになっていることが分かります。

ところが、このパラレルワールドは、「高校生将也が登場しない世界」です。
将也の「夢」も、万事うまくいっている小学生時代で具体的映像が終わり、そのまま水?の中に沈んでいきます。
将也は、このままパラレルワールドに沈んでいくことは「死ぬ」ことであることを自覚します。

そして、このまま夢のなかで「沈んでいく」か、夢と現実は異なる、過去は変えられないし、本当の意味で過去を取り戻すことなんてできないということを受け入れて、「現実に戻って生き続ける」かのぎりぎりの選択を迫られて、「死んじゃダメだ!」と、「現実で生きる」ことを選択します。

次の場面で、将也が硝子が泣く橋の映像を「透視」したのは、第1巻をパラレルワールドに迷い込んでそこでリフレインしてしまった将也(と硝子)が、改めて「現実」の世界に戻ってくるためには、両者の世界のストーリーの分岐点となる第6話の橋の場面で「出会う」ほうを今すぐやり直さなければならない、ということが示された場面である、と理解したいと思います。

こうして、将也も硝子も「パラレルワールド」ではなく、「現実」を選択しました
ただ「現実」を消極的に受け入れるのではなく、夢がかなった「パラレルワールド」を経験したうえで、それでもなお「現実」を積極的に選択したのです。

これは、硝子にとっては、自らの障害をありのままに受け入れ、いまの人生を肯定的に受け止めること、つまり「障害受容」の決定的な前進になっていることは間違いありません。

同様に将也にとっても、とらわれつづけていた過去の幻想から卒業し、過剰な自己嫌悪を解消し、硝子との「いまここ」の関係を作っていくための大きな前進となるできごとになっているはずです。

このように、第43話「度胸試し」から第53話での「再会」までは、第1話で「度胸試し」を繰り返している場面から第6話での「再会」までを、「もしいまの二人が当時失ったと感じているものを手に入れていたら」というifのもとにリフレインした物語になっていると読み取れます。

そして、そのifでふたりが気づいたことは、「失ったばかりだと思っていた『現実』のなかでこそ手に入ったものがあり、それこそがいま本当に大切なものである」ということ。だから、いまなら「現実」を受け入れて積極的に肯定することができるんだ、ということです。

第53話での「再会」は、第6話での「再会」によく似ていますが、この間にふたりは大きく成長し、今度こそ自分を、相手を受け入れて、成熟した関係を作っていけると確信しています。
posted by sora at 09:59 | Comment(4) | TrackBack(0) | 第7巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする