当ブログでは、いわゆる発売日前の「フライングのネタバレ」に関する話題は扱いません。フライングのネタバレとなるコメントはご遠慮ください。ご協力よろしくお願いします。(発売日後のネタバレはOKです。)

おすすめエントリ(最初はこちらからどうぞ)

2014年09月08日

第51話で、またもやフラグが補強されたこととは?

さて、第51話にはさまざまなネタや謎がちりばめられていますが、そのなかでもはっきり見せてきたな、と思わずにはいられないのが、

硝子が石田母に憧れてヘアメイク系の仕事を目指している(=石田家の跡継ぎになる?)

というフラグです。
これまでも、下記のようにさまざまなフラグが提示されてきたわけですが(こちらのエントリも参照してください)、

1)石田母とぶつかったとき、ヘアメイク雑誌を持っていた。
2)石田母の顔を初めて見たとき、驚きの表情をみせた。
3)植野がデザインした、難しそうな「妖精のヘアスタイル」をさっと仕上げて植野にほめられた。
4)西宮祖母が「硝子は自分の道を決めてる」と発言している。
5)小学校時代に硝子がヘアメイクイシダで、自分の希望通りの髪型にしてくれたとき、石田母に向かって満面の笑みを返している。


これらの「既存フラグ」に加えて、今回さらに2つのフラグが追加されました。

6)硝子がヘアメイクに興味をもっていたのは小学校の頃にさかのぼる、ということが描写されている。


第51話、10ページ。

さらに、ここでは美術系の方向に進学していく佐原とのつながりも示されていることから、今後の進路選択(ヘアメイク系の進路にすすむ)にもいい影響を与えそうです。

7)硝子が夢見る「理想の世界」のなかでの髪型が、石田母がカットしてくれたボブカットになっている。一方で結絃の髪は長いまま。


第51話、11ページ。

これは、「あの日」のイベントのうち、結絃の髪切りイベントは自分の障害のせいで起こった「なかったら良かったのにと思っているイベント」であるのに対して、その髪切りイベントの遠因ともなっているはずの同日のヘアカットについては「楽しい思い出」として整理されている、ということを示しています。


どうやら、少なくとも硝子が高校卒業後に目指している進路が「ヘアメイク系」であることは間違いないようですし、それを目指すきっかけになったのが、石田母に希望通りの髪型にしてもらえたあの日のイベントだったこともほぼ確実になってきたように思います。

これはますます、今後に控えているであろう「硝子・将也・石田母の三者面談」でのやりとりが楽しみになってきますね。
そして、描かれることになるかどうか分からない、硝子の「将来」ですが、やはりヘアメイクイシダの後を継ぐことになるのでしょうか?(^^)
タグ:第51話
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2014年09月09日

第51話・「西宮語」を解読する

第51話は「硝子視点」であることから、音声言語がすべて「硝子が聞き取り、経験している音声世界」で描かれています。
将也が第2話で「西宮語」と揶揄したこの音声言語の世界、我々には解読しないと読めません。


第1巻77ページ、第2話。

さまざまな要素を考慮して、もっとも「正解」に近そうなことばに「解読」してみましたが、もちろんこれが確実に「正解」ということではないので、参考として見ていただければと思います。
(ちなみに、実はこの「西宮語の翻訳」、ある意味「公式の正解」に近いものが存在します。そういったものも参照して解読しています。)

(花火大会の回想シーン)
警官:君 名前は? 何階の子? 何があったか知ってる?
広瀬?:その子 耳聞こえませんよ
島田:石田に 言うなよ

(映画撮影のシーン)
永束:カット! みんなお疲れ!
小学生:やった やっと帰れる!
川井:みんな よかったよ!
小学生:永束さん 今日のぶん お菓子もらってませんよ
永束:西宮さん また 火曜日 よろしくね 君のおかげで 構想どおり いきそうだよ
永束:うん!
永束:なんだい?
永束:植野さんからだね ありがとう
永束:ううん… がんばろうね 西宮さん

(映画撮影後)
佐原:あ 見て見て ショーちゃん ここ私たちのクラスじゃない?
佐原:ちっちゃい!
川井:西宮さんの ここじゃない?

(学校生活の空想)
将也:わっ
硝子:もう やめてよね
将也:ごめんごめん

竹内:見事だ みんな
植野:うちら 優勝 間違いないね!

硝子:佐原さん 借りた本 ありがとう
佐原:新しい本きたら また貸すね!


第51話、10ページ。

川井:西宮さん 一緒に帰ろ!
硝子:バイバイ

(家族との生活の空想)
硝子:ただいま
西宮母:おかえり ショーちゃん 学校楽しかった?
西宮祖母:これ 味 濃いかい?
硝子:ちょうどいい! おいしいよ!
西宮祖母:よかった!

西宮父:ただいま
結絃:お父さんだ!

硝子:いい曲だね

結絃:おやすみ ねーちゃん
硝子:おやすみ
タグ:第51話
posted by sora at 07:22 | Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第51話 コネタ集(1)

火曜日恒例の、残されたコネタをまとめるコネタ集エントリです。
今回もそこそこ数があるので、2エントリに分けて書きたいと思います。

1)最初、しばらく気絶してる?
第51話の冒頭で、ベランダの手すりをなんとかよじ登った硝子ですが、よく見ると、リビングから廊下にでるあたり(1ページめと2ページめの境)で一旦倒れて、パトカーの音で気がついて下に下りていくまでに時間があいているようです。


第51話、2ページ。

下に降りたら既に警察がいて、島田も体を濡らして立っている(=既に将也の救出終了)ことから、それなりの時間が経過したあとだということが分かります。

2)エレベーターの鏡で死に装束の演出
最初のシーンで硝子がエレベーターに乗り込むとき、鏡に自身の姿が映し出されます。
鏡なので左右逆になり、鏡の中の硝子は着物が左前の死に装束のように映っており、自殺を決行してしまった硝子の死神のような姿が象徴的に描かれています。


第51話、3ページ。

3)島田の呼び方が他人行儀に
昔は将也のことを「ショーヤ」と呼んでいた島田ですが、今回は「石田に言うなよ」と「石田」呼びでした。


第51話、5ページ。


第1巻12ページ、第1話。

以前よりもよそよそしい呼び方になっており、やはり島田のなかで、将也はすでに友達より距離の遠い、他人的な存在になっていることを示唆していますね。

4)島田のメアドがさらに詳細に
前回、植野が島田のメアドを筆談ノートに書いて硝子に渡しましたが、今回、改めて同じメモの切れ端が描かれたことで、島田のメアドがよりはっきりと分かりました。


第51話、5ページ。

Kz_001@smn.ne.jp」ですかね…。

いずれにしても、まあ平凡なメールアドレスです。
やはり、島田についてはあまりメアドに意味は持たされていないように見えます。
タグ:第51話
posted by sora at 07:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第51話 コネタ集(2)

第51話のコネタ集の続きです。

5)すっかりなじんでる買収小学生
当初、永束が将也に見栄をはるためだけに集められたと思われた、お菓子で買収された小学生たちですが、その後、橋での映画撮影の集まりにも来ていましたし、今回にいたっては明らかにメインキャストとして(水門小でのロケハンでは、映画の登場人物たちの「小学校時代」を撮影していると思われます)映画に参加しています。


第5巻69ページ、第36話。このときが初出でした。


第51話、6ページ。

初出の写真とつき合わせてみると、このコマに登場している買収小学生は、右から「ひろし」「たかし」「さとし」「ひさし」の4人のようです。

相変わらず、お菓子で買収するのは続いているようですが(笑)、それでも、こんなに長くちゃんと映画に協力してくれているのは大したものです。
永束は、相手をうまく選べば他人との関係作りがそんなに下手ではないのかもしれませんね。(硝子とも仲良くやれていますし)

6)こんなところに結絃が!
さて、永束回にチョイ役で出たあと、姿を消していていったい何をやっているのかという疑念が持ち上がっていた結絃ですが、今回は何度も登場しており、特に変わっていない姿にある意味ほっとしました。
ただ、新学期が始まっているはずなのにいまだに一人だけ私服なところを見ると、まだ不登校の問題は解消されていないようです
ところで、先ほども登場した、映画のロケハンが終了して買収小学生が喜んでいるシーン、よくみると…


第51話、6ページ。

こんなところにいました!
窓の外であくびをして退屈そうにしています。

7)一人だけモブキャラ混入
硝子の、「夢だった学校生活」の描写の最後で、友達みんなからバイバイされるところがあります。
この場面、小学校時代に登場したメインキャラクター勢揃いなんですが、一人だけモブキャラが混入しています。


第51話、10ページ。

これは誰でしょう?
モブキャラのなかで、唯一将也の「夏祭りの思い出」のシーンで登場した、こちらの女子でしょうか?


第3巻96ページ、第19話。

黒髪ショートのモブキャラが複数いるので、ちょっと分からないんですよね(^^;)。こういうのの「見分け」はかなり苦手です(笑)。
posted by sora at 07:24 | Comment(10) | TrackBack(0) | その他・一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月10日

第52話、継続される実験的手法

えー、第52話。
当ブログ的にはキツいです(笑)。
今回、話が全然進んでいないので、第52話を題材にした新たな考察ネタを書くのに苦労しています。

今週は、途中でネタ切れになるかもしれないので、これまでに書きためてある(というか、各話掲載の1週間の間に出し切れずに死蔵している(笑))、以前の回に関する連続エントリなどを投下して、何とか回していこうと思っています。

ともあれ、気をとりなおして、第52話について、まずは全体的な話を書いていこうと思います。

今回、一番驚いたことは、

第51話からの硝子視点が継続されたこと

ですね。

前回の予測でも、ストーリー的には硝子視点が継続される可能性があるものの、それをやった場合にはまともにせりふを使えなくなるなど表現への制約が強く、第51話に引き続いて実験的要素が強くなりすぎるので、第52話では視点が変更されて将也視点に移行するだろう、と考えていましたが、作者はあえて硝子視点を継続するという選択をしたことになります。

その結果、今回はせりふが事実上まったくないという、またもや実験色の強い回となりました

そして今回も、聴覚障害の生きている世界の描写としてリアルさを感じます。
我々は、五感を駆使した世界を生きていて、ふだんそれを当たり前のものとして意識すらしませんが、第52話の描写をみるとき、障害のある人にとってそれは当たり前ではない、ということを改めて感じます。

第51話では、「周囲の声が崩れて聞こえる」という形で、聴覚障害の人の生きている世界が描かれましたが、第52話では、聴覚障害の人の生きている世界は、聴覚以外の感覚刺激を構成することによって成り立っている、という、考えてみれば当然のことを、まんがの描写として示した回になっているように感じます。
だからこそのサブタイ「静寂」なのであり、第52話は「硝子の将也への想いをいよいよ明確に描く」というストーリー面での意味と同時に、第51話とは別の側面から、聴覚障害の世界を何とかまんが的に表現しようとする描写的実験回になっていると思います。

これまで、サブタイに名前のついた各自視点回は全員1回ずつでしたが、硝子だけは2回連続で視点が与えられ、しかも2回目については「ほとんどストーリーを進めずに1話の尺を使いきる」という、スピード感と密度の高さが特徴の本作としては例外的な展開となりました
それだけ、「西宮硝子」という存在に対しては、作者が描きたかったものの性格が(他のキャラクターとは)異なる、ということなのかな、と思います。

まあ率直なところをいうと、展開としてはちょっとまったりしすぎかな、という気がしないでもないですが、作画としてはまったく手抜きがないというか、各ページ各ページ、週刊誌とは思えない凄まじいレベルの背景の描き込みで、よくこんな細かい背景を毎週毎週入稿できるもんだと思わずにはいられません。
(いまざっと見直してみて、一番手抜きができそうなのが再会後の出会いの回想シーンのように思われますが、大ゴマで主要キャラクターを描くシーンが一番楽そう、という時点で既にとんでもない気がします。)
タグ:第52話
posted by sora at 07:12 | Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第52話、硝子視点の将也のイケメン補正がすさまじい件

これはちょっと笑ってしまいましたが、第51話に続き、第52話の硝子の回想シーンに登場する将也が、ものすごくイケメン補正されていて別人のようです(笑)。

本作では、各キャラクターの造形は、そのときの「視点」の持ち主によって、いい方向にも悪い方向にも補正されている、ということがずっと言われています。

この「補正傾向」は回想シーンでは特に顕著で、例えば川井回での回想シーン(やイメージ)では、真柴だけが異様に丁寧に描かれ、背景に花まで登場しているのに対して、将也や植野はラクガキのように描かれるといった露骨な差別化がなされています。


第48話、7ページ。花まで背景に描かれている、川井視点の真柴。

そして、第52話の硝子の回想シーンで描かれる、将也をはじめとする橋メンバーはすべて、過去に描かれていた(回想ではない)本来のシーンよりも基本的に整った造形で描かれているように見えますが、なかでも将也だけは、圧倒的にイケメンに描かれていることが分かります。

まず、将也視点では硝子と会話するときにはほぼ常に描かれていた「汗」を、最初の再会シーン以外ではまったくかいていません。
これだけでもイケメン度は50%くらいアップしている感じですが、さらに硝子イメージでの将也は、常に余裕たっぷりの落ち着いた表情をしています。
実際には、硝子と会っているときの将也はいつもいろいろな不安を抱えながらおどおどとしていたのに…。

特に、最後の「一緒に」の手話のシーンは、花火大会のシーンのクライマックスですが、将也はこのとき、自分のなかにある硝子への恋心にふいに気づいたように、真っ赤になり硝子を正視できなくなってテンパってしまっているのですが、硝子の回想イメージでは、かっこよく手話を決めて余裕たっぷりに微笑んでいます。もちろん汗もまったくかいていません


第52話、11ページ。

ここまで将也にイケメン補正がかかっているのを見ると、硝子も将也にベタ惚れなのは間違いないところですね。
(そういえば、将也もこのとき硝子にベタ惚れで、硝子の不穏な自殺念慮にまったく気づくことができませんでした。恋は盲目、ということでいえば、本当はこの二人はあの「事件」がある前からとっくに両想いだったわけです。)

それにしても、将也のあの「一緒に」が、硝子にしっかり伝わって、硝子の心に「刺さって」いた、というのは、とても嬉しくなる事実ですね。
将也は転落中に「ちなみに 俺はさ」と、硝子に気持ちを伝えられなかったことを少し後悔するようなことを思っていますが、大丈夫、もうしっかり伝わっていました。
将也が手話を覚えた、ということが、結果的にこれほどまでに硝子の人生に影響を与えている、これもまた、感動的な「聲の形」だと思います
タグ:第52話
posted by sora at 07:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第52話、硝子はなぜ橋に行き、何に泣いたのか?

第51話で将也を夢枕にみて、思わず飛び起きた硝子が向かったのは、将也のいる病室ではなく、二人の出会いを育んだ「橋」でした。


第52話、4ページ。

硝子は、なぜ「橋」に向かったのでしょうか?

もちろん、将也が夢のなかで現れた場所は、福祉会館と橋でした。夢のなかの将也が「じゃーな 西宮」といって去っていこうとしたのも、橋でした。

でも、本当にその「じゃーな」を、将也の危篤のサインとして受け止めたなら、やはり硝子の行き先は橋ではなく病院であるように思うのです。
ですから硝子は、「将也が死にそうだからすぐに病室に向かわなければ」という発想とは少し違う考えで、深夜に外に飛び出したのではないか、と思うのです。

では、それはなんでしょうか?

ここでひとつのポイントは、夢枕に現れた将也が「4月15日の再会の日」の将也だった、ということなのではないかと思います。

この日、硝子は、さりげないけれどもとても重要な会話を将也と交わしています。


第2巻26ページ、第6話。

将也「なんで お前が 毎週エサやってんの?」
硝子「必要とされるのが嬉しいから」


この会話を見てから第51話を改めて読んでみると、第51話の夢枕将也のせりふが、この4月15日の対話と対をなしていることに気づきます。


第51話、15ページ。

将也「俺がいなくても 万事OKなんだ」

この将也のせりふは、「もうお前(硝子)は、俺を必要としていない(だからさよならしても大丈夫)」ということを意味しています。

自己肯定感が低く、条件付きの承認ばかり与えられて、障害ゆえに当たり前の関係を「あきらめた」硝子は、鯉や花などの動植物を心の支えとし、「必要とされる」ことでそれらとつながりそこにいてもいいという安心感を得ていたのだと言えます。
言い換えると、「諦めた」あとの硝子にとっては、人間関係も鯉とのつながりと同じく、「必要とされる」間だけそばにいてくれればよくて、相手がもし自分を「必要としなく」なったら、いつでも離れていっていいよ、そのくらいの「諦め」を含んだものだったと思います。

そういう意味で、橋崩壊事件後の将也は、猛烈に硝子を「必要として」いました
それは橋崩壊事件への反動でもあり、硝子への依存でしかありませんでしたが、それでも将也が強く強く硝子を必要としていたのは間違いありません。
そしてそのことを、硝子もはっきり分かっていたと思います。(そして、硝子が自殺前に最後に見ていた将也は、この「硝子を猛烈に必要としている、依存状態の将也」でした。)

「必要とされるのが嬉しい」と、硝子は将也に、再会した初めての日、まさにこの橋の上で語りました。
そしてそれから4か月後、橋崩壊事件後の将也は、硝子を強く強く必要とし、求めました。


それなのに、硝子は、「私と一緒にいると不幸になる」という別の思いにとらわれて、「自分を必要としている」将也を振り切ってひとりこの世を去る選択をする、という過ちを犯してしまいました
でも、そんな硝子の「過ち」を、将也は自らの命を捧げて、赦し、救ったわけです(このあたりは、以前エントリを書いた「将也=キリスト」的な議論と重なってきます。今回も「鯉」が活躍していますし)。

でもそれによって硝子は逆に、「必要とされるのが嬉しい」という、自分自身の「4月15日の橋でのことば」を裏切ったという罪を負って生きることとなりました。
硝子は、将也が求めていた(必要としていた)、かつての仲間たちとの絆を取り戻すべく、映画再開に向けて動き出しました。
それは、硝子の考える将也への贖罪でもあったでしょうし、同時に、「必要とされるのが嬉しい」と言って待っているだけだった硝子が、かつての仲間たちに能動的に「あなたが必要です」と語りかけるという、これまでとはまったく逆のメッセージを発することでもあったのだと思います。

そして、映画撮影は再開し、硝子は望んでいたものを手に入れたかに思えました。
でも、なぜか硝子の心はまったく満たされず、将也が夢枕で語ったことばによって硝子はその理由に気づきます。

将也は、「硝子が手に入れたかったものを取り戻す」ために、一生懸命動いていました。
そしていまや、将也が取り戻そうと頑張っていたものは、手に入ってしまいました。それも、硝子自身の働きで。

「硝子の失われた過去を取り戻すために頑張ってきた」「火曜日の将也」は、役目を終えました。
だから、夢枕の将也は出会った頃の姿に戻り、「俺がいなくても万事OKなんだ」と言って「過去」の姿に戻り、「じゃーな 西宮」と言って去っていったわけです。

そしてそのとき、硝子ははっきりと気づきました。
かつての「諦めて」いた硝子がそうであったように自ら去っていく将也を黙って見送ることなど、もはやできないということに。
「必要とされるのが嬉しい」でもなく、「必要とされていたい」でもなく、

自分にとって、将也が必要なのだ、と。

だから、硝子は病院ではなく、「橋」に行ったのだ、と私は考えたいです。
「いま病室にいる将也」というよりはむしろ、夢枕に立った「4月15日の将也」に会いに行くために
あのとき言った「必要とされるのが嬉しい」ではなく、今度こそ「私にはあなたが必要です」と告げるために


第52話、14ページ。

もちろん、そこには将也の姿はありませんでした。
でも、硝子の想いのたけが込められた涙が川に落ち、そこにいた「鯉」にそれが届いたとき、病室の将也はついに目覚めます。
少し大げさに考えるなら、もしかすると将也は、本当に「死の間際の夢枕」に立ったのかもしれません。
その危険な状態を、橋の上での硝子の涙が救ったのだとすれば(まあオカルトですが)、それこそが「橋の上の奇跡」だったのかな、と思ったりもします
タグ:第52話
posted by sora at 08:36 | Comment(12) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月11日

コミック第6巻は「鯉の形」なのか?

今回、第52話は、単行本第6巻のラストである可能性が高いですが、そうすると、第6巻は第43話から始まり、第52話で終わる10話構成ということになります。

それで、気がつくことが1つあって、

第43話にも、第52話にも、最も重要なシーンで鯉が登場している。

ということです。

第43話では、将也が川に転落した最後のシーンで、川底で気を失っていく将也の周りを、鯉が悠然と泳いでいました。


第43話、16〜17ページ。

第52話では、最後に硝子が感情を爆発させて橋の真ん中で号泣したあとのシーンで、硝子が川に落とした涙の下を鯉が泳いでいて、それが何かのサインになったように、次のページで病室の将也が目覚めました。


第52話、15ページ。

以前から触れているとおり、このまんがにおける「鯉」は、硝子と将也の「罪」と「罰」と「贖罪」に関係する、あらゆる場面に登場しています
ちょっと抽象的になりますが、鯉は、このまんがにおける、ある種の「神」として描かれていると思っています。
このまんがにおける「罪」は、それと向き合い「贖罪」を果たさない限り、どこまで逃げても「罰」を受け続ける、という「インガオーホー」の理に支配されています。その「インガオーホーの理」を見守り、司っているのが、「鯉」なのではないかな、と思うのです。

そういう意味で、第6巻の最初と最後に「鯉」が出てくる場面を振り返ると、私は、第6巻は、将也と硝子の「罪」への「贖罪」が共に成り、ふたりが過去から卒業して一緒に前に進んでいくための基点がようやくできあがった巻になっているのではないか、と感じています。

まず将也は、島田らのいじめと孤立、橋メンバーの崩壊、硝子の自殺決行と、延々と続いてきた「硝子いじめという罪」への「罰」が、身を呈して硝子を救出するという「贖罪」によってようやく終わりをとげたのだ、と思います。
これが第6巻の1話目、第43話です。

一方、硝子は、かつて自分が「諦めたもの」を取り戻すことに献身してくれる将也という存在を、自身のネガティブな思考にあらがえずに自ら切り捨て、死を選ぶという「罪」を犯してしまいました。
それに対して、「もっとも大切な人が自分のせいで大ケガをして昏睡し、会うこともできない、自殺することもできない」という重い「罰」を受けた硝子は、第6巻全体を使って、自らの感情を一切封印しつつ、将也も硝子と共に手にいれたいと願っていた「壊れてしまったかつての関係」を取り戻すことで、「贖罪」が成り、将也はついに目覚めました。
これが第6巻の最終話、第52話です。

そして、今回「鯉」は、将也、硝子、それぞれの「贖罪」の場面に登場し、その「贖罪」の行いをじっと見つめています。
将也が島田らにすぐ引き上げられて一命をとりとめたこと、硝子の号泣の瞬間に将也が昏睡から目覚めたこと、これらはいずれも「鯉」がふたりの「贖罪」をみとめ、「インガオーホー」のループからふたりを抜け出させたことを示しているように思います。

「聲の形」の物語は、第5巻のラストで悲劇的な展開を示しますが、第6巻はそのどん底から「救われる」巻であり、その「救い」の中心に「鯉」がいます。

過去の呪縛から解放されて、未来に向かっていける場所にようやく到達した二人が、残りあと1巻分でどんな物語を描いていくのか、7巻でのエンディングへの展開がとても楽しみですね。
タグ:第52話 第43話
posted by sora at 07:05 | Comment(7) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第6巻の表紙を予想する

さて、第6巻の最終話といわれている第52話で、ついに硝子と将也は出会いませんでした
これまで、各巻の最後では必ず二人一緒のイベントが発生していた「定例」を外してのこの展開は、ちょっと驚きです。

ともあれ、これでがぜん難しくなったのが、

コミック第6巻の表紙予想

です。



聲の形 第6巻

皆さんご存じのとおり、これまで、コミックの表紙は1巻から5巻まですべて、将也と硝子の立ち絵でのツーショットでした。




でも今回、2人一緒の場面は冒頭の第43話にしかなく、この回は飛び降りた硝子を将也が引き上げ、代わりに将也が転落するということで、二人同時に地面に足がついている場面がありません

さらに、コミック派の読者に対して、できるだけ表紙でネタバレしない、という配慮も働くと思います。

また、1巻から5巻まで表紙を並べると、次の2つの「傾向」が見てとれますが、これらの傾向が6巻でも維持されるかどうかも「見所」です。

・硝子がだんだん将也のほうを向いていっている。
・将也の腕がだんだん高く上がっていっている。


これらを総合すると、どんな「予想」になるでしょうか。
いくつか、考えているものをあげておきたいと思います。

1)二人とも表紙に登場しない。(つまり背景だけの表紙)

2)硝子だけが表紙に登場する。見た目は例の将也っぽい服を着たユーレイ硝子。

3)将也だけが表紙に登場する。静かに眠る姿を上から映したような映像?

4)将也と硝子以外の、橋メンバーがずらりと並ぶ異例の表紙に。

5)将也を除く、硝子+橋メンバーがずらりと並ぶ表紙に。

6)第43話をベースに、上下逆さまの将也と涙ながらに手を伸ばす硝子。

7)第51話をベースに、橋の上で、再会時の笑顔の将也と涙ながらにその手を握る冬服の硝子。

8)第51話をベースに、橋の上で、去っていこうとする小学生将也と再会時の冬服の硝子。

9)「鯉」つながりで第43話と第52話をブレンド。背景は川の中っぽい感じで、眠るように目を閉じる(転落時の)将也と鯉、号泣して涙を流す(第52話の)硝子と鯉。

10)「鯉」つながりでも、9)だとネタバレになってしまうので微妙に変えて、背景は川の中っぽい感じで、眠るように目を閉じる(転落時の)将也と鯉、眠って涙を流している(将也夢枕時の第51話の)硝子と鯉。


まず、第6巻は「将也がいない」という世界における各自視点回の集大成、というイメージなので、ここであえてこれまでのパターンを破って4)あたりがきてもおかしくないんじゃないか、と思っています。
これなら、ネタバレにもならないですしね。
5)も考えられるんですが、こちらはちょっとネタばれしてしまうので、4)のほうがありえそうかな、と思っています。

もし、どうしても「将也+硝子」のパターンを維持するなら、7)みたいな、コミック派の人が表紙をみても「意味がわからない」絵をもってくることで、ネタばれを防ぐんじゃないかな、と思ったりしています。

あとは、第6巻の最初と最後で登場する「キーマン(人じゃないですが)」である「鯉」に着目して、9)や10)みたいな表紙もあり得るんじゃないかと予想しています。

というわけで、私の予想は4)か7)か10)、ということにしておきたいと思います。

個人的には、第6巻は「鯉」がものすごく重要な役割を演じているので、6巻の表紙も、(デートごっこのときのカラーページのように)表紙のなかを鯉が泳いでいるような不思議な背景になったらいいなあ、と思ったりしています。(つまり、10が個人的には一番好み、ということです(笑))
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2014年09月12日

第52話、将也はすべてを「覚えている」のか?

さて、第52話で、もっとも大きく進んだ展開としては、やはり「ついに将也が目覚めた」ということでしょう。


第52話、18ページ。

目覚めた瞬間に「にひみやっ…!」と、硝子の名前を呼んでいますから、心配された記憶喪失の展開も無事回避されてひと安心…。

と、安心していいのでしょうか?(笑)

上げて落とす展開が大好きな大今先生の作風を考えると、このせりふでもって記憶喪失展開が完全回避されたとは、まだ断定できないんじゃないか?と思っています。
そもそも、「にひみやっ…!」と叫ぶ前の妙な「… …」の間は、何らかの状況認知の混濁を表現しているように思われます。

実はやっぱり記憶喪失でした、という展開も含めて、目覚めた将也が「何かを失っている」という可能性は、まだまだ残っているように思うのです。

1)やっぱり記憶喪失。
 「西宮!…って、誰だっけ?」と、西宮のことをすべて忘れていた。(つまり、記憶が硝子転校前まで退行してしまった)
 そして、ただ1つ覚えている「西宮」という名前に、なにか重要な意味があるような気がして、その名前を繰り返す将也だった…。

2)やっぱり記憶喪失。
 橋で再会する直前まで記憶が退行した将也は、目覚め直後で記憶が錯乱していた。
 「そうだ、やっと西宮の居場所が分かったんだった…。あそこの福祉会館…。」
 そうつぶやきながら、勝手に病院を抜け出し夜道をさまよった将也は、あの橋のところで硝子と奇跡の再会を果たす。
 「西宮…ひさしぶり。5年ぶりだな」(橋の上の奇跡)

3)構音障害もしくは何らかの脳障害。
 目覚めた将也が叫ぶ「にひみやっ」は「し」が「ひ」に訛っていますが、これは鼻にチューブが入っているから、と一応説明できます。
 でも、実際に鼻をつまんでしゃべってみると分かりますが、鼻が使えなくて「にしみや」としゃべったとき、発音しにくいのは「に」でああって「し」ではありません。むしろ「いしみやっ」となるほうが自然です。
 なのに「にひみやっ」となっているのは、何らかの構音障害か、脳障害が残ってしまったことを示唆しているのかもしれません。

4)手話を忘れる。
 転落時の頭部へのショックで、せっかく覚えた手話を忘れてしまい、これから筆談でしか話せなくなった(しばらくは腕も痛めてるから筆談もできない)。

5)単なる腕のケガ。
 転落時のケガで、腕が動かないため、しばらくは手話も筆談もできない状態に。

とりあえず、5)くらいのディスアドバンテージは出てきても全然おかしくない(というか、読んでいるこちらもたぶん驚かない)かな、という気はしています。
また、次回のサブタイ煽りが「橋の上の奇跡」になっていて、これを信用して、かつ、オカルト展開にしないとなると、将也が橋に向かわないとつじつまが合わなくなりますが、もしそうだとすると2)みたいな展開の可能性ももしかするとあるかもしれません。(個人的にはないと思ってますが…。そのあたりは次のエントリで。)
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第52話、硝子の橋の上での移動経路を考える(1)

第52話では、硝子は深夜にいつもの「橋」に行き、橋の上で泣きながらあちこちをうろうろしています。

途中で、いったん橋から離れてまた戻っているように見えるシーンもあり、硝子が橋の上でどのような移動経路をとったのかを考察するのは、少し意味がありそうだと思ったので、調べてみました。

全体像を示す図表が、こちらになります。


(クリックで拡大します)

この考察にあたって非常に役に立つのが、ストリートビューと、「橋の縁に沿って設置されている花壇?」です。

この橋ですが、片側の縁にだけ花壇があって、観葉植物が植えられているんですね。(ニチニチソウかな、と思いましたが花がまったく咲いてないので違うでしょう)


橋を南側から。東側(右側)にだけ、観葉植物が植えられていることに気づきます。

以下、モデルになったリアルの橋の方角に合わせて語ります。

この「橋」は南北方向にかかっていて、橋の東側の縁には花壇があり、西側の縁にはありません
点字ブロックが橋の中央、やや東にずれた位置を走り、南北に縦断しています
そして、中央の出っ張ったところの東側(花壇があるほう)には、東南の角に座れそうな岩がおいてあります
橋の東側には、例の鍵盤のついた橋と、第4巻でセーラー服結絃が泣いていた滝?があり、橋の北北西側に最後に出てくる時計塔?がある、という位置関係ですね。手話サークルの入っている福祉会館は、橋の南東の位置にあります。

第51話で小学生将也が「じゃーな 西宮」と告げた背景に写っているトラックは、橋の南側にあり、そのトラックに向かって左側(東側)は工場のトタン塀が続いています。

以上を踏まえて、第52話の硝子の足取りを追ってみます。
1ページの1コマめから、橋までの足取りは、下の地図のようなルートだと思われます。


(クリックで拡大)

まず1ページめ。ここだけ、橋からかなり離れています。(橋まで約700m)


1ページ。

vは、「橋」から北にずっと650mほど離れた八幡神社(天満宮)の脇の水路です。(情報いただきました。ありがとうございます!)


大きな地図で見る


「v」に対応する写真。

そして、2つ後のコマ「w」で八幡神社の前を通過していきます。


「w」に対応する写真。

次に、2ページです。ここからは、「橋」のすぐそば(北側)になります。


2ページ。

まず、硝子は「橋」の北側から、橋に向かって走っていきます。ストリートビューによると、橋の北側、点字ブロックが始まる手前の交差点に、硝子が走ってきたコマと同じ場所があります。


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「x」に対応する写真。

「x」のコマは上記のストリートビューのポジション、交差点の手前に見えている緑色のレンガっぽい部分が、「y」のコマで写っているレンガっぽい部分、


「y」に対応する写真。

そして「z」のコマでは、この交差点を南方向に渡って、橋に続く点字ブロックのある生活道路に入っています。


「z」に対応する写真。

そしてここから3ページに入ります。


3ページ。

また、ここから先の図表上に場所を実際に表示しています。橋の北の道(a)を南の方向に走ってきて、


「a」に対応する写真。

橋にたどりつきます(b)。ここから4ページに入ります。


4ページ。


第52話、4ページ。「b」のコマ。


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「b」に対応する写真。

橋について以降の動線については、次のエントリで書きたいと思います。
posted by sora at 07:09 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第52話、硝子の橋の上での移動経路を考える(2)

前エントリからの続きです。
下の図表を見ながら解説していきます。


(クリックで拡大します)

上図で(x,y,z;画面外)から(a)を経由し、第52話の4ページで、硝子は橋にたどり着きます(b)。
このとき、当然ですが硝子は橋の北側にいます。ページは5ページに移ります。

なお、ここから、硝子自身の移動と、硝子の「視線移動」が混在してきます。
硝子自身の物理的な移動は「a,b,c…」というアルファベットで、硝子の「視線」の移動は「1,2,3…」という数字で表します。


5ページ。

そして、ここから橋の中央に向かいつつ(b→c)、橋中央の東側の出っ張り(1)(花壇と岩あり)、橋の南端(2)(いつもならトラックがあるが今回は深夜であるせいかその場所が空きスペースになってる)、橋中央の西側の出っ張り(3)(花壇も岩もなし)と、ぐるりと周囲を見回し、(c)の位置を通過したあたりで滝と鍵盤の橋を見つめて(4)、ここで橋の中央の出っ張り、東側(花壇あり)の手前(d)に到着します。ここまでが5ページ。

6ページで、硝子は橋の東側の出っ張りの中央(e)に立ちます。


6ページ。


第52話、6ページ。上図の「e」の位置に該当します。

ここで正面を向いた硝子は、何を見ていたのでしょうか。
この橋の東側の中央からは、正面に例の鍵盤のある橋、少し右を向けば手話サークルの入っている福祉会館が見えます。
第51話の夢の続きで来ていると考えると、「福祉会館を見ていた」と考えるのが美しいかな、と思います。

そして、ひとしきり泣いたり過去の回想にひたったりしたあと、12ページまで進んで、周囲に将也の姿を探し始めます。


12ページ。

まず、(e)の位置のままで後ろを振り向いて橋の南端(5)、続いていま来た橋の北端(6)を見ます。
そして、もっと他のところを探そうとばかり、来たのとは反対の橋の南側(f)まで移動します。


「f」のコマに対応する写真。

ここから13ページになります。


13ページ。

先ほどの橋の南端、(f)の位置に立ったまま、硝子はまず東側を見て(7)(右側に見えるのはトラックがいつもある工場のトタン外壁です)、次に西側を見ます(8)。


大きな地図で見る
「7」の視線に対応するストリートビュー。視点を反対に回すと「8」の視線も見れます。


「7」の視線に対応する写真。


「8」の視線に対応する写真。

橋の南側を見るも、やはり将也がいないということで、とぼとぼと橋の中央に戻ってきます(f→g)。

そして、14ページに移り、


14ページ。

橋の中央、同じく東側(g)(花壇あり)に戻ってきた硝子は、そこに膝を落として泣き崩れるわけです。

そして最後に、15ページになりますが、


15ページ。

鯉の視点から見える時計塔は、橋の下、橋よりわずかに東側から、北北西の視点で時計台を見上げている(9)構図ということになります。


ちょうど、「滝」のある場所から(図表でいうと7のマークがあるあたり)見た時計台。

以上の考察から、硝子は北側から橋にたどり着き、橋のうえであちこち移動していただけで、一度着いたあとは橋から移動しているわけではないことがわかりました。橋の南側にいちど行ったのは、橋の近くの道に将也がいないだろうか、と探さずにはいられなかったからだ、ということになろうかと思います。

橋から出たり戻ったりということはないと判断できますので、その部分について、たとえば「病院に行こうとしてあきらめたのでは?」といった考察は不要だと思われます。
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posted by sora at 07:10 | Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする