2014年08月30日

現時点で考える、「聲の形」全7巻が描こうとしているもの(Type B)

さて、第50話まで進んだ現時点で想像(妄想)する、「聲の形」全7巻の全体構想のアイデア、前エントリでは割とシンプルなループもの的アイデア(Type A)を書いてみましたが、こちらでは、もう少し複雑な構想=TypeBを書いてみたいと思います。

書き上げてみたあとでは、個人的にはこちらの「Type B」のほうがずっと面白いかな、と思っています。

<聲の形の世界を支配する宇宙の理>
小学校時代の将也をとりまく関係を「セカイ」と呼ぶとき、「将也」「硝子」「セカイ」の3要素のうち、2つまでは同じ場所に共存できるが、3つが同じ場所に集まってしまうと、必ず壊れてバラバラになってしまい、かつ物語がループする。

<この物語の全体構造とは?>
「セカイ」を失った「将也」が、「硝子」の力を借りて「セカイ」を取り戻し、最後に「硝子」とも結ばれる物語。ただし、「セカイ」「将也」「硝子」の3要素が共存すると「セカイ」が壊れ、物語がループするという法則があるため、この試みは何度も失敗し、そのたびに「将也」は傷つくが、最後に「硝子が取り戻したセカイに後から将也が入る」という「最適解」が見つかり、ループ脱出に成功する。

第1巻:最初の悲劇の物語(ループの開始)
将也と、将也をとりまくセカイに、硝子という異分子が入ってきた。「硝子」の登場により、ループする悲劇の物語が始まってしまう。


第1巻54~55ページ、第1話。

そして、「将也」「硝子」「セカイ」という3要素が同じ場所に集まってしまったああため、「セカイ」は壊れ、二人もバラバラになってしまった。

第2巻~第3巻:偽りのループ脱出
高校生になり、壊れた「セカイ」から離れた将也は、硝子と再会する。
「セカイ」がなく、「将也」と「硝子」の2要素だけが集まっていたため、二人は一定の関係を構築することに成功する。
しかし、将也はいまだ、かつての「セカイ」にとらわれていた。

第4巻~第5巻:1回目のループへの転落
硝子が失ったものを取り戻そうと奮闘する将也は、結果的にかつての「セカイ」を呼び戻してしまう。
「将也」「硝子」に加え「セカイ」の3要素が同じ場所に集まってしまったため、再び「セカイ」は壊れ、二人もバラバラになってしまった。

第6巻:2回目のループ(A)
昏睡した将也に代わって、硝子が、壊れてしまった「セカイ」を取り戻すべく奮闘する。
今回は「硝子」と「セカイ」の2要素だけが集まっているため、「セカイ」は壊れることなく、硝子は「セカイ」の再構築に成功する。

第7巻序盤~中盤:2回目のループ(B)
映画再開によって「セカイ」を再構築した硝子が去り、代わって将也が昏睡から目覚める。
今回は「将也」と「セカイ」の2要素だけが集まっているため、「セカイ」は壊れることなく、将也はずっと渇望していた、かつて失った「セカイ」との関係をとりもどすことに成功する。

第7巻終盤:真のループ脱出
将也は、硝子のいない「セカイ」にしっかり向き合い、かかわり、失われたものを取り戻して、やがて「セカイ」から卒業していく。
将也にとって、「セカイ」とは、本来ならとっくに終わらせるべき「通過儀礼」をやりそこねて、そのためにそこにとらわれざるを得なかった「場」だった。
「セカイ」を卒業して、「セカイ」から自由な関係を少しずつ築き始めたころ、将也は硝子とふたたび再会する。
「将也」と「硝子」、2要素だけが存在し、しかもとらわれてしまう対象としての「セカイ」もなくなったいま、物語はようやく、悲劇が繰り返されるループを真に脱出し、大団円を迎える。


この構想のとおりに物語を進めるために、将也が目覚めるのと入れ替わりに硝子が消える、という展開が必要で、それがなければ、上記は「アナザーストーリー」に過ぎなくなりますが、こんな風に「妄想」するのも面白いのではないでしょうか(^^)。
タグ:第01話
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現時点で考える、「聲の形」全7巻が描こうとしているもの(Type A)

気がついてみると、聲の形の連載も、あとたったの12話で完結(予定)となってしまいました。
私たちを楽しませてくれているこの作品が終結を迎えるのはとても寂しいですが、作者の当初構想どおりの、足すことも引くこともない物語を読むことができることは、幸せなことだとも思います。

物語も佳境に入り、そろそろ終わりが見えてきて、私なりに、この物語が描こうとしているものはこんなことなんじゃないか、というのを書いてみたいと思います。

当然、まだ発表されていない残りの部分もありますので、単なる想像になってしまう部分も多々ありますが、「こうなるといいな」という願望も含めて、書いてみたいと思います。
最近、この物語は、ある種の「ループもの」なんじゃないか、と思えています。
同じ展開がリフレインする手法がやたら使われていることも、その印象を深くしています。

第1巻が、最初の悲劇。
将也と、将也をとりまくセカイに、硝子という異分子が入ってきた。将也と硝子はお互いにひかれあう部分があったものの、お互いの「聲」を交わすことができず、セカイは壊れ、二人もバラバラになってしまった。

第2巻から第5巻が、「1回目のループ」。
高校生になった将也は硝子と再会し、将也はかつての「セカイ」を取り戻そうと奮闘する。しかし、このときもまた、将也と硝子は「聲」を交わしているようで交わしておらず、再びセカイは壊れ、二人もバラバラになってしまった。

第6巻から第7巻が、「2回目のループ」。
硝子の自殺と将也の身代わり転落という大事件によって一度壊れてしまった「セカイ」を取り戻そうと、今度は硝子が奮闘する。ところが、みたび試され、壊れてしまいそうになる「セカイ」。でも、今度こそついに、将也と硝子は「聲」を通わせ、「セカイ」を取り戻すことに成功する。


こんな感じです。
太字にしたところが、まだ実際に描かれていない想像の部分です。

私は、ここで「みたび試される」の部分は、「映画再開がうまくいき、セカイが再構築されたところで、硝子(と結絃)が去っていこうとする(または去ってしまう)」、もしくは「いちど集まったものの、映画制作なんて意味がない、もしくは脚本がおかしいなどで、改めて映画メンバーがバラバラになる」といった展開なのではないかと想像しています。

そして、ここで将也と硝子が、お互いにしっかりと本音を隠さずぶつけて(映画のワンシーンで、といった演出もあるかも)、今度こそ通じた「聲」の力で「セカイ」が取り戻される、それがこれから12話分で展開されるのかな、と(漠然としたイメージですが)考えています。

ところで、この「ループもの」的なイメージをふくらませているうちに、もう少し複雑な構造の、もう1つのアイデアも思いつきました
そちらもこの次にご紹介したいと思いますので、こちらの構想はとりあえず「Type A」と呼んで、次のエントリでご紹介するほうを「Type B」と呼びたいと思います。
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なぜ「硝子いじめへの謝罪」が将也にとって最大の救済となりうるのか?

先のエントリで、将也が過去の硝子いじめに対して明確に謝罪することが、将也の再生のためのもっとも重要な一歩だ、ということを書きました。
ここでは、そう考える理由について書いていきたいと思います。

1)将也にとって、硝子と向き合うために不可欠。

将也はこれまで、「硝子をいじめた過去」からずっと逃げてきていました。
それは、過去の自分を思い出すたびに、耐えがたい自己嫌悪にさいなまれ、「過去の自分を殺してしまいたい」とすら感じてしまうからです。
第3巻第23話でも、せっかく「あなたのことがもっと知りたい」とまで硝子に言われたのに、実際にはまったく会話することができず、硝子渾身の「うきぃ」も聞き逃してしまいますが、それも、その瞬間に将也が「過去の自分への自己嫌悪」に襲われていたからでした。
だからこそ、将也は硝子にしっかりと過去の行いを謝罪し、それに対する硝子の「聲」を受け止めて、過去を清算したうえで硝子との「これからの関係」を築いていかなければならないわけです。
第43話で、転落中の将也が心のなかで硝子に謝罪したら、すぐにそのあと、素直に自身のなかにある硝子への恋心を自覚できたことからしても、「硝子への率直な謝罪」が、結果として二人の関係を大きく前進させることは間違いありません。

2)島田らとの和解のためにも不可欠。

第50話でも植野の回想として出てきましたが、島田らが将也をいじめることを決めた最大の理由の1つは、学級裁判で、明らかに将也が主犯であるにも関わらず、自分は非を認めずに周囲の人間を名指しまでして巻き込もうとした、将也の身勝手な態度です。
そのロジックは、島田サイドから見れば非常に明確だったのでしょうが、将也の側からは「なぜ島田らが手のひらを返したように冷たくなりいじめを始めたのか」が理解できなかったようです。

恐らくですが、将也にとっての「正義」とは、いじめを断罪されるならいじめに参加した全員が断罪されるべきであり、もし自分だけが断罪されるとしたらそれは不公正である、といったものなのでしょう。
ですから、学級裁判で「自分だけが断罪される」ことは「不公正」なことだから、ちゃんと一緒にいじめに参加していた人を指摘して、みんなが「公正に」断罪されるべきだと主張した(そうならないなら、自分だけでも謝罪すべきだ、という発想にそもそもいきつかない)のであり、将也にとっては「正義を主張した」つもりだったのだと思います。

でも、それは島田らの側からは、「ありえないほどの不正義」に映っていたわけです。
この分かちがたい溝こそが、将也と島田らを引き裂いた最大の要因の1つだったのではないかと思います。

ですから、将也が改めて過去に向き合い、自分の非を認めること、さらには「島田らが将也を許せないと思った理由」を将也が知り、「自分はなぜあのとき島田らにあれほどまでに冷たく突き放されたのか」の理由を知ること、そういった一連の「過去の洗い直し」が、島田らとの和解のために不可欠だろうと思うのです。
「和解」は、関係修復とイコールではありませんが、過去を清算し、未来に向かうために必要なことです。

3)将也がとりつかれている人間不信を克服するためにも不可欠。

学級裁判以降、島田らにあっさりと手のひらを返されて友情が崩壊したことは、将也にとってとてつもなくショッキングなできごとだったと思います。
そして、そこから将也が立ち直ることができず、高校で回りの人間全員に×印をつけてしまうほどに「病んで」いってしまったのは、簡単にいってしまうと「なぜ自分が信じていた友情があっさりと壊れてしまったのか、その理由がわからないから」ということが最大の理由だと思います。
理由がわからないから、失ってしまったものをどうやれば取り戻せるかもわからず、やがて将也は、当たり前の友情や暖かい人間関係ですら「自分には永遠に手に入らない、諦めなければならないもの」と考え、極端な孤立状態に追い込まれていってしまうわけです。

ですから、硝子への謝罪をつうじて将也が過去と向き合い、その態度を島田らにも示すことで島田らと和解し、「島田らが将也を突き放した心情、理由」を知ることができれば、将也をさいなむ人間不信の根本原因を癒すことができるはずだ、と思うのです。

いかがでしょうか。

つまり、「まず過去の行いを謝罪すること」ができれば、硝子との関係、かつての仲間たちとの関係を修復・和解に導くきっかけとなるだけでなく、将也の人間不信を克服するきっかけにもなる可能性が高いわけです。

ですから、「将也が謝罪すること」、これこそが将也にとっての「再生」の第一歩になるだろう、と思うのです。
第50話時点で昏睡中の将也ですが、目覚めたあとは、何よりこの「謝罪がいつできるか」が、最大の伏線回収だと思っています。
posted by sora at 09:29| Comment(10) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

島田は将也の何が許せなかったのか?1つの仮説

前のエントリ(将也は謝罪してない)から続いているエントリです。

学級裁判後、将也いじめを徹底して続けた島田。それは中学校になっても続きました。
塾に通うようになって度胸試し大会から抜けていったあたりから、将也と島田との関係にはすきま風が吹き始めていたのは事実ですが、それにしても、カースト転落後の将也に対する島田の仕打ちは、驚くほど冷酷です。

その理由の一端として、第50話の植野視点で、島田が、学級裁判のとき、一人で硝子いじめをやっていたのに罪をなすりつけようとしたことに腹をたて、将也いじめを開始したことが明かされました。

次回(または近い将来)出てきそうな「島田視点回」で、このあたりの理由がさらに詳しく明かされるかもしれませんが、現時点においても、この「自分の非を認めず、謝罪せず、人になすりつける」という将也の行動原理が島田には許せなかった、という可能性は高いと思っています。

以前、デラックスに関する連続エントリのなかで、島田がデラックス事件後もデラックスと同じ塾に平穏に(二人とも)通っているという事実から、島田はデラックスに謝罪的なこと(和解)をした可能性があることを書きました。

島田は、悪いことをしたら謝罪すべきだ、自分で責任を負うべきだ、という価値観を意外に強く持っているように思うのですが、それは次のエピソードでもわかります。

小学校時代の硝子いじめについて、島田は途中までは積極的ではないにせよ加勢していますが、ある事件を境に、加勢している描写が消えます。
それは、あの最初の補聴器事件、硝子の耳に怪我を追わせたときです。
このときの島田と将也の会話をみてみると、


第1巻108ページ、第2話。

将也「俺 わかったよ! 謝る必要ないって!」
島田「えー 俺 お前が謝る所 見たいのに」


そして、硝子を見かけて、


第1巻108ページ、第2話。

島田「チャンス」
将也「あ~~?」


と言っています。
いったい、何が「チャンス」なのでしょうか。
文脈を素直に読むと、

・将也が謝るところを(島田が)見るチャンス

ということだと思います。
別の言い方をすれば、

・将也が硝子に謝るチャンス

ということにもなりますね。

硝子にケガを負わせた瞬間にも、島田は「ゲェ ショーヤぁ お前やりすぎ」と言っていますから、ここは冗談めかしてはいるものの、島田は将也に、やりすぎたことを謝罪したほうがいい、と真面目に考えていたのではないでしょうか。

それに対して将也は、せっかく会いに来た硝子にも「誰が謝るかよ バカ」と考え、このとき硝子が示した必死のアプローチをすべて拒絶し、筆談ノートを川に投げ捨てます。
島田からすれば、さすがに将也は硝子に謝るべきなんじゃない?と思っていたのに、そういった態度をまったく見せず、むしろ硝子のほうから謝罪して歩みよりを見せているのを無視していじめの重ねがけをするような将也の態度に、不正義を感じたのではないでしょうか。
(それにこの場面で、逆に硝子は「ごめんなさい」と言っているわけです。これも大きいかもしれません。)

ここから、将也は硝子いじめを加速させますが、逆に島田は距離を置いていきます。

そして、そこに起こったのがあの「学級裁判」です。
学級裁判では、担任の竹内が最初から全責任を将也に押しつける気マンマンだったものの、いちおう植野にしても島田にしても、あまり重い責任が将也に回らないように配慮した「発言」をしていることが伺えます。(川井だけは厳しく裁きたがっていましたが)
ところがそれに対して、将也はやはり謝罪せず、キレて周りの仲間を「売る」ような発言を繰り返しました。

こういった「どうしても謝ることができない」将也の性格に、島田は許せないものを感じたのではないでしょうか
それが、島田にとっては将也をいじめる「正当な理由」となり、将也転落後、躊躇なくいじめるようになったのではないかと想像します。
posted by sora at 09:21| Comment(6) | TrackBack(0) | 第1巻 | 更新情報をチェックする

将也はまだ硝子に謝っていない?

聲の形の物語も、連載では第6巻の中盤にさしかかってきており、いよいよ終わりが見えてきましたが、この段階でもまだ残されている、特大の伏線があります。

それが、

将也はいつ、どうやって硝子への過去の行いを謝罪するのか。

ということです。

第43話で、転落していく将也は硝子の耳の傷をみつけ、それが自分が小学校時代につけたものであることを思い出します。


第43話、15ページ。

そして、そのことについてまだ謝っていないことに気づき、心の中で謝罪します。

この「心の中での謝罪」の後に、「ちなみに 俺はさ」と、「心の中での告白」にスムーズにつながっていることからしても、もし将也が、これまでどこかのタイミングで硝子に率直に謝罪ができていたなら、二人の関係はもっとスムーズに進展していたことでしょう。

でも実際には、第43話のような極限状態になるまで将也は「謝罪」できなかったのであって、しかもこの第43話の謝罪は硝子には届いていません。

実はこの「硝子に謝罪できていない」は筋金入りで、高校で再会して以降どころか、小学校時代、何度も担任教師に叱られたりしているにも関わらず、やはり1回も謝っていないのです。

ここでこれまでの、「将也が硝子に謝るチャンス」もしくは「将也が硝子に対して行ったことを誰かに謝るチャンス」に、将也がどう行動したかを整理してみましょう。

まず小学校時代。

第1巻101ページ、第2話。下にいる硝子にごみをかけた将也が、竹内から「謝れ」と言われて「もう謝りましたよ!」と答えている(実際には謝っていない)。
第1巻108ページ、第2話。補聴器を奪おうとして硝子の耳にケガを負わせたとき、竹内からは謝罪の指示はなく、「俺 わかったよ!謝る必要ないって!」と言っている。
第1巻109ページ、第2話。硝子が待っているのに気づいて「誰が謝るかよ バカー」とモノローグ。
第1巻125ページ、第3話。学級裁判のなかで、クラスメートから「謝れよ 石田ァ」。ここでも謝罪せず(もともと硝子はいないけれど)。
第1巻131ページ、第3話。石田家・西宮家の示談の日。石田母から「帰りにちゃんと謝るのよ?いい?」とさとされ、132ページで「ま 望むなら 謝ってやってもいいよ?」とつぶやき、136ページで硝子と西宮母に「……あ ……ご」と謝りかけるが、結局謝れず。



第1巻136ページ、第3話。

続いて、高校時代。

第2巻21ページ、第6話。「謝って 消えるつもりだったのに 何いきなり 「友達」とか言っちゃってんだ!?」 硝子との再会のシーンで、本来は謝罪のために来ていたはずだが、結局謝罪はうやむやに。
第2巻38~39ページ、第7話。
ここでついに「5年前はすみませんでした」と将也から西宮母への謝罪のことばが。ところがこのとき、硝子は飛び込みで水没した補聴器を外しているので硝子には届いていない。(西宮母には届いてビンタされる)

第3巻137ページ、第21話。なぜ硝子と再会したのかと植野に聞かれて、「…小学校ん時の… すげー反省したから 謝りに行った」と答えている(でも実際には謝ってない)。
第3巻第22話で、植野は将也に対して過去の行いを謝っている。それに対して将也は硝子に謝れと反発している(が、自分は謝っていない)。


そして、第3巻ラストの23話、過去を正視できない将也は、硝子の「あなたをもっと知りたい」も「うきぃ」も結果的に無視することになります。また、第4巻の遊園地編から映画編まで、この「将也の謝罪」というテーマはフェードアウトします。
そして、第5巻中盤、夏休みの登校日に、疑心暗鬼から川井に話しかけるわけですが…

第5巻109ページ、第38話。川井から過去のいじめを糾弾されて、またもや「川井さんだって悪口言って一緒に楽しんでたくせに……!! 同族がエラソーに説教すんなよ!!」と逆ギレ(やはり自分は謝れない)。
第5巻123ページ、第39話。橋で川井から「ごめんなさい」と言われ、「ああ…なんか… 俺の方こそごめ……」まで言ったところで、川井に「でも石田君も悪いんだよ?」とかぶされてしまい、そのまま目くそ鼻くそバトルへ。またもや謝罪のチャンスを逃す。その後「俺が全部悪ィんだ」と言いますが、これはヤケクソで謝罪になっていない。



第5巻123ページ、第39話。

そしてそのまま、デートごっこ→花火→硝子自殺と、硝子に依存しつつ、結局「謝罪」はまったくできず、最後の最後に転落していくときにようやく、

第43話15ページで、「ごめん ごめんな西宮」と、やっと(心のなかで)謝罪。

これも、モノローグにすぎず硝子に届くはずもないのですが、「謝罪をしなければならない自分」をようやく自覚できた、というのは、これまでの長い長い(5年以上にわたる)「謝れない人生」を思うと、ものすごい成長だといえます。

そして、この「謝罪」こそが、きっとすべての将也の「再生の出発点」になると思っているのです。
posted by sora at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする