2014年08月23日

第49話、石田母と硝子は、なぜどちらも相手を見て驚きの表情を浮かべたのか?

第49話では、石田母と硝子が、将也転落事件後、ようやく対面する場面があります。


第49話、6ページ。

このとき、石田母もそこにいるのが硝子だとなかなか気づかず、気づいたときには驚いたような表情をしていますし、硝子も、相手が石田母だと気づいたときに、びっくりしたような表情を浮かべています。

これは、なぜでしょうか?

そのことを考えるにあたって、そもそも、石田母は硝子とこれまでに何度、どのように出会っているのかについて、振り返ってみたいと思います。

この二人が最初に出会ったのは、1巻の番外編、将也が靴を盗まれた「あの日」でした。
このとき、石田母は、西宮母の指示を守らずに硝子が希望する髪型にして西宮母から怒られています。


第1巻65ページ、番外編。

次にニアミスしたのは、石田母が西宮家と示談して、補聴器代を弁償したときのことです。
このとき、石田母と硝子はお互いに顔をみずに終わりますが、石田母は西宮母と会っていますから「あの日カットに来た耳の聴こえない子が硝子だったのだ」ということは知ることができたはずです。

次は時間が飛んで、高校になり、停学中の将也の家に結絃が泊まり、夜になって行方不明になった硝子を探した日の未明です。
このとき、車に乗った石田母は、近くを通る西宮母と一緒に、硝子を見ています。
一方、硝子は近くに石田母がいたことに気づいていません。


第2巻164ページ、第13話。

そして、その次の対面となったのが今回、第49話の対面となります。

こうやってみると、硝子は、今回会って初めて、小学校時代に髪を切ったときの女性が将也の母だった=あのときにいった理髪店は将也の家だった、ということに気づいた可能性があります。
(結絃は高校編で将也の家に何度か通っており、石田母のこともよく知っていますが、逆に小学校時代のカットのエピソードからうまく外されていますので、結絃→硝子のルートでは「石田母=カット事件のときの女性」、という情報は流れていないと思われます)

今回、石田母と出会ったときの硝子の驚きの表情は、「いきなりお母さんに会ってしまった」という単純な焦りだけではなく、おそらく、過去の想い出が一気につながったことにびっくりしたことを示しているんじゃないかと思います。

一方、石田母ですが、石田母は小学校のころのカットにきた硝子に加えて、2巻の「行方不明事件」のときに高校生になった硝子を見ていますから、本来なら今回もすぐに硝子に気づけるはずです。
にもかかわらず今回、石田母も、最初、硝子を硝子と認識できていません。
それはおそらく、硝子の髪型も表情もまったく変わり、石田母から見て別人のように見えたからでしょう。

つまり、石田母が硝子を見て驚いたのは、ひとことで言えば「別人のように変わり果てた姿だったから」ということになるのではないでしょうか。

石田母が硝子に対して、ことばを詰まらせて何も言えなくなってしまったのは、もちろんもともと積もる思いがあったということもあるでしょうが、硝子自身も悩みに悩んでボロボロになっているということが一目でわかったから、という理由もきっとあったに違いないと思います。
ラベル:第49話
posted by sora at 09:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母は、硝子のなにを見つめたのか?

第49話で、石田母が硝子と対面したとき、ものすごく顔を近づけて硝子を見つめている場面があります。


第49話、5ページ

これは、なにを見ているのでしょうか?
その答えは、恐らく、

耳のキズ

だと思われます。
小学校時代に将也がつけた、耳のキズです。

アップにしたボサボサの頭に、放心したような表情の硝子を、最初に見た石田母は硝子だと認識できませんでした。
でも、川井から「西宮さん」と呼ばれ、佐原から「ショーちゃん」と呼ばれているのを聞き、おもむろに顔を近づけて、「耳のキズ」に気がついたとき、そこにいるのが「(行方不明事件のときに見かけたのとは)すっかり見た目が変わってしまった」硝子であることに気づいたのでしょう。

ところで、なぜ石田母は硝子の「耳のキズ」のことを知っているのでしょうか。

おそらくそれは、小学校時代の補聴器代弁償の示談の際に、西宮母から聞かされたのだと思います。

「いじめられないような髪型」という西宮母の指示に従わなかった石田母でしたが、他ならない自分の息子が硝子をいじめて耳にケガを負わせた、と非難されて、石田母はおそらく自分でピアスを引きちぎって、硝子と同じ側の耳にキズをつけることで「贖罪」の意思表示をしたのでしょう(それを西宮母は「下品」と呼んだのではないかと思います)。


第1巻137ページ、第3話。

第5話をみると、石田母にもまだそのキズは残っており、第43話から、硝子にもそのキズが残っていることがわかります。


第1巻185ページ、第5話。


第43話、14ページ。

そんな因縁の硝子の「耳のキズ」を、石田母はこのとき初めて実際に見たことになります。
そのとき、石田母は、過去から現在にめんめんと続く因縁、インガオーホーを強く感じたのではないでしょうか。

今回、石田母が反対の耳に今でもつけているピアスがやたら強調され、何度も何度も描かれているのは、「その反対側の耳のキズ」を読者のイメージのなかに浮かび上がらせる、作者の技法なのだと思います。
posted by sora at 09:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の心情とは?(3)

次に、硝子に対する石田母の反応にについて考えたいと思います。

まず、最初にかちあった時に石田母は硝子を硝子と認識できませんでした。
第2巻の硝子行方不明事件のとき、石田母は車の中から高校生になった硝子を見ているはずですから、これは少し意外でしたが、硝子はあのときと比べると髪型も変わり、表情も変わって、雰囲気がまったく違っていたのでしょう。
周囲から「西宮さん」「ショーちゃん」と声がかかり、目の前にいるのが硝子ではないかと気づきかけたときに、ふと目に入ったのが硝子の耳のキズでした。ぐっと近づいて、確かにそこにいるのが耳にキズのある(それは息子がつけたキズ)硝子だ、と確信したわけです。

そのあとの「あなた… 硝子さん……?」には、石田母が驚いている表情がうかがえます。


第49話、6ページ。

少し前に見たときと比べて、あまりにも変貌してしまった硝子の外観を見て、硝子もまた、傷つき弱ってボロボロになっていることを知ったのだと思います。

ここで、石田母が硝子に対してとりうる態度は、まさに石田母が例示したとおりの3パターンでしょう。

1)見るからに弱っている(そして数日前に自殺を試みたばかりの)硝子を励ます。
2)息子に大ケガをさせた原因となってしまった硝子に怒りをぶつける。
3)何もなかったかのように、笑顔で接する。


でも、石田母は、何を言っていいか分からない、1)から3)のどれも本物じゃない気がする、と言って、対話を拒絶します。

KOEKATA_49_009.jpg
第49話、7ページ。

そのうえで、「将也が目覚めたら その時… ゆっくり話しましょ」と言って、立ち去ります。

ここは、石田母のある種の誠実さと、心労によるコミュニケーション回避、両方が同時に現れているのだと読み取りたいところです。

石田母はこの場面の前に、硝子の耳のキズを見つめています。
それは石田母の思いを、小学校の「あの頃」にタイムスリップさせたことでしょう。
小学校の頃の将也による硝子いじめ、その後将也の周りから消えた友人たち、高校生になった将也の自殺企図と硝子との再会、手話を覚えていた将也、再び登場し始めるかつての友人たち、そして硝子の飛び降りと将也の身代わり転落…。

石田母は、将也の転落事故には、ものすごく複雑な事情が背景にあって、自分はその全貌をまったく理解していない、ということを確信していると思います。
だから、硝子を励ますべきなのか、怒るべきなのか、それとも別の対応をとるべきなのか、それは将也から話を聞かないと「わからない」と感じているでしょう。
だから、石田母が吐露した「硝子への思い」は、率直で誠実なものだと思います。

その一方で、石田母の対応には、自身の心労の深さも強く感じさせられます。
自分が話しかけられない、ということと、硝子が既に書き始めている筆談ノートのメッセージをとりあえず受け止める、ということは、本来別のことです。

もし石田母に心の余裕があれば、仮に自分の気持ちが整理できていなくても、硝子の筆談ノートのメッセージを読んで、そのうえで同じことを言って去ることができたのではないでしょうか。
それをせずに、せっかく書いている途中の硝子を突っぱねるように立ち去ったのは、やはり石田母自身が心労により余裕がなくなっていることを示しているように思えます。

ちなみによく見ると、硝子が震えながら筆談ノートに書き込みを始めているのを、石田母はしっかりと見つめています。


第49話、6ページ。

そのうえで、あえて「突っぱねた」というのは、石田母が硝子の気持ちをいま受け止めることから「逃げ」た、ということでもあると思われます。


最後に、この話題について少しだけメタな話を。

私は、第49話で石田母が登場したら、もう少し問題解決の方向に活躍するんじゃないかと予想していました。石田母は放任主義ではあるものの、少なくとも「話のわかる大人」としてこれまで描かれてきたからです。
でも、実際には今回、目の前にあるさまざまな問題を何も解決することなく去っていく、という立ち回りとなりました。

これは、この物語で徹底している「大人に問題解決させない」というポリシーが今回も守られた、ということなんだろうと思います。
そこで、「普段なら話を聞くであろう石田母」も、心労により余裕がなくなっていることを理由に、今回は「話を聞かず、問題も解決しない大人」として描かれた、ということなのかな、と思います。

そして今回も、「筆談ノートを無視する」という形で、ある意味、「障害があることが理由の1つで」ディスコミュニケーションが発生する形となっていることは、とても胸が痛くなる展開だったと思っています。
ラベル:第49話
posted by sora at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の心情とは?(2)

ここからは、個別のエピソードごとに、石田母の心情を考えていきたいと思います。

まず、籠城を続ける植野に対して、「好きにしなさい」と言ったのはなぜなのでしょうか?


第49話、4ページ。

これは、これまでの石田母の子育てでもはっきり見えている「放任主義」の一種と考えるのが一番自然であるように思われます。

石田母はこれまで、息子や娘に対して、少々の問題を起こしても特に叱ることもせず、好きにやらせておき、大人の介入は必要最小限にとどめる、という子育ての行動原理を貫いています。

石田母から見ると、今回の植野の籠城騒ぎも、「大人が介入するほどではない子どもの喧嘩」と映っているのではないかと思われます。
植野の籠城が「正しい」とか、硝子が排除されていることが「正しい」とか「間違ってる」とか、そういう判断をして行動を決めているわけではなく、単に「介入するほどではないからそのままに任せる」という判断をしただけなんじゃないか、と思うのです。

「どうせ夏休みの間だけでしょ」というせりふにも、そのあたりの心情が透けて見えます。
つまり「どうせ新学期が始まれば終わってしまう程度の、子どもっぽい行動でしょ(その程度ならわざわざ大人が介入するほどのことではない)」と考えたから、今回石田母は「好きにしなさい」と言えたのだと思います。

もちろん、植野は小学校時代から知っていて、おそらく石田母には、当時から将也のことが好きだったことは察せられていたでしょう。
高校3年になって、また自宅に顔を出すような仲に戻ったという認識もあるうえ、花火大会の前に毎日将也に電話をかけてきていたこともたぶん知っています。
だから、いま病室を任せておいて不安になるような存在ではない、ということもあるのだろうとは思います。
(さらに言えば、石田母の放任主義は、石田姉の例にも見られるとおり、「恋愛」に関連する部分でもっとも「放任的」であるようにも思われます。)

そのうえで、おそらく石田母は「植野を安心させるつもりで」、硝子には西宮母を通じて伝えておく、と植野に言ったのではないかと思います。
石田母は、植野と硝子・西宮母のバトルのことは直接知らないはずで、この日、永束が伝えていなければ、まだ知らないのではないかと思います。
(でも実際には、植野にとっては「西宮母に(硝子閉め出し籠城のことを)伝えておく」というのは、相当ヤバい展開ですから、その話を聞いた植野はかなり焦っていますね(^^;)。)


第49話、4ページ。

この「好きにしなさい」で、硝子はしばらく将也の病室に入れないことになりますが、それについてはこの後で石田母がつぶやくように、硝子については将也が目覚めてから面会させて、あわせてじっくり話し合えばいい(だからそれまでは植野が閉め出していても構わない)と考えていたのだと思います。

そして、石田母は植野の籠城を許し、CDを託したあとは、

・将也を見舞うこともなく、病室を離れます。
・さらに、「なんでですかおばさん」という川井の問いかけを無視して、立ち去ろうとします。



第49話、4ページ。

この2つの行動については、最初のエントリで指摘した、石田母の「心労」で説明できるように思います。
将也の見舞いについては、いつまでも昏睡し続ける将也を見るのが耐えられなくて、あえて見ずに帰った(そういう意味では、植野がつきっきりでいてくれることをありがたいと思っている可能性もあります)と考えられますし、川井を無視したのは、石田母にとって大して重要でないことを、わざわざ川井に説明するだけの気力が足りなかったということなんだろうと思います。

次に続きます。
ラベル:第49話
posted by sora at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の心情とは?(1)

第49話で、非常に重要である一方で、なかなかに読み取りにくいのが、石田母の言動とその背後にある心情です。

今回、描かれた石田母の言動のポイントをまずはまとめてみたいと思います。

1)永束の「植野籠城」の話を聞いて、病室にかけつけた。
2)でも、植野を排除するつもりは最初からなかった。
3)かけつけたときに持参してきたのは、「将也が昔好きだったCD」のみ。
4)実際に籠城を続けていた植野に対し「好きにしなさい」と告げた。
5)持参してきたCDを「将也に聞かせて」と言って植野に託した。
6)そのうえで植野に「どうせ夏休みの間だけでしょ」と言い加えた。
7)さらに植野に「硝子には西宮母を通じて伝えておく」と言った。
8)そして植野に「じゃ 頼んだわよ」と言い残して、自分は見舞いにも寄らずにそのまま帰途につこうとした。
9)川井の「なんでですか」という問いは無視した。
10)廊下で硝子とぶつかる。硝子だと気づかずに落とした雑誌?で世間話。
11)相手が硝子ではないか?と察し、顔をものすごく近づけて何か(恐らく耳のキズ)を確認。
12)「あなた 硝子さん?」と聞き、相手が硝子であることを確認。
13)硝子が筆談ノートを書き始めているのをあえて無視して「じゃあね」と立ち去る。
14)何を言っていいかわからない、はげますことも、怒ることも、笑顔で話すこともできるが、どれも本物でない気がする、と、集まった周囲の橋メンバーに語る。
15)加えて、将也が目を覚ましたらゆっくり話したい、と語る。
16)そう硝子に伝えてくれ、と言い残して、振り返らずにその場を去る。


この流れをよく見ると、1つ、はっきり分かることがあります。
それは、

今回、石田母は誰の話にも答えていない。

ということです。

川井の「なんでですか」も、硝子の筆談ノートも、どちらも無視してその場を離れていますし、永束の話(恐らく、籠城しているから何とかしてほしい、といった内容だったでしょう)にも、実際にはほとんど「病室に来ただけ」であって、事実上何も「応えて」はいないことに気づきます。
さらに、植野に対しても「好きにしろ」とは言っていますが、一方的に言いたいことを言っただけで立ち去っていて、植野とコミュニケーションをするつもりがなかったことも伺えます。

それどころか、誰かがコミュニケーションをとろうとすると、あえて無視してそこから逃げる、といった行動さえとっているように見えます。
第49話での石田母は、一見、硝子との会話だけを拒絶したように見えるものの、実はその場の人間全員とのコミュニケーションを回避しているわけです。

このような言動の背景にあるのは、端的に、なかなか目覚めない息子のことを心配して心労がピークに達している、ということだと思われます。

第44話で結絃や西宮母と会話していたときの石田母は、(事故直後のショックがあったであろうにもかかわらず)まだもう少し周囲とのコミュニケーションが成立している印象がありました。
ですから、長く続く膠着状態に対して疲れきってしまっている、ということがまずあるのだろう、と思います。

まずこの点(心労のあまり他人とのコミュニケーションを避けぎみになっている)というのが、第49話での石田母の心情を理解する出発点になるように思います。
(そう考えないと、これまでの石田母の言動との間に、「今回だけ全体的に冷淡すぎる」というずれが生じているように見えるのではないかと思われます。)

次のエントリに続けます。
ラベル:第49話
posted by sora at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする