2014年08月20日

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(3)

さて、第49話で、石田母が植野に渡したCDについての考察の続きです。


第49話、4ページ。

石田母が渡したCDが、将也が中学校の頃に島田らにいじめを受けて叩き割ってしまったCDと同じものだとすると、またここに、もう1つ思い起こすことがあるのです。

中学生の将也は、名古屋に初めて一人で出かけて、2つのものを買いました。

1つはこのCDで、もう1つは手話の教科書でした。


第1巻179ページ、第5話。

そして、結果的に、

1)CDは、島田グループ(植野も含む)とのつながりを象徴するもの。
2)手話の教科書は、硝子とのつながりを象徴するもの。


となりました。

それぞれのアイテムはどういう運命をたどったでしょうか。

CDは、島田グループとのつながりを深めるどころか、決定的な溝を知らしめるだけに終わり、叩き割られることになりました。将也にとって、島田らとのつながりは「望んでも手に入らないもの」だということを、このCDは残酷なまでに示す結果となったわけです。
そしてそれが、将也に自殺を決断させる決定的トリガーともなりました。

でも、もう1つの「手話の教科書」で、将也は手話を勉強し続けました。
なぜ、絶望した後の将也は、手話の勉強を続けたのでしょうか?
もちろん、将也自身が硝子に語ったとおり「最後にひとこと(硝子に)言いたかった」から、なのかもしれませんが、そんな単純なことではないだろう、とも思います。

ここで改めて、将也が中学校時代に名古屋に出向いたことの象徴的な意味を考えてみる必要があるでしょう。

将也にとっての名古屋行きは、

本当に手に入れたいと願った2つの「つながり」に対して、勇気を出して手を伸ばそうとした

行為だったのだ
、と思うのです。

つまり、将也は、「壊れてしまった」島田らとのつながりを復活させたかったし、「壊してしまった」硝子とのつながりを復活させたかったのです。

そのうち1つは、CDとともに粉々に砕かれてしまったけれども、残る1つに将也はわずかな希望を託して、ひたすら手話を勉強して頑張っていたのだ、そう思うのです。

そして、4年の歳月の後、その「2つめの夢」はかない、将也は自殺を思いとどまり、硝子のために命を消耗する決意をしました。

しかしそこからいろいろなことがあり、硝子の自殺と将也の転落によって、この「2つめのつながり」は不幸な展開を迎えています

そんなときに、石田母の手によってふたたび現れたこのCDは、壊れてしまったはずの「1つめのつながり」が時をこえて再び試されているのだ、と考える事ができるのではないでしょうか。

将也が、中学時代に名古屋行きによって手を伸ばそうとした「本当に欲しい2つのつながり」がいま、将也の病室でふたたび交わろうとしています。言い換えると、第5話に登場した「CD叩き割り事件」が、ここへきて伏線として回収されつつあるのではないでしょうか。

だとすると…

やはりそろそろ、島田が登場するターンなのでは、と思わずにいられません。
posted by sora at 21:33| Comment(6) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(2)

第49話で、石田母が植野に渡したCDについての考察の続きです。

このCDですが、考えてみるとけっこう不思議なことがいろいろあることが分かります。


第49話、4ページ。

まず今回、石田母はどうやら永束の訴えを受けて(植野が病室に篭城して硝子が入れない)病院にやってきたと思われますが、そこで、たった1枚、このCDだけを持って、やってきたことになります

そして、「かけてあげて」と言っているということは、病室のなかには既にCDをかけることができる機械があって、それを石田母は知っている、ということも分かります。
しかも、石田母はこのCDを今までは持ってこずに、なぜか今回、1枚だけ持ってきて、植野に渡した、ということになります。

ここで考えられる説明は、以下のどれかだと思います。

1)このCDを買ってきたのは実は永束。第46話の見舞い品の中に、「デスメタルラン」の単行本と一緒に、CDも入っていた。今回、石田母がその見舞い品を見て、まだ昏睡中の将也には音楽だけあればいいと思って、それだけを持って病室にやってきた。

2)このCDを買ってきたのは石田母。石田母は、昏睡を続ける将也のために、CD店に行って「息子が昔好きだったグループのCD」を買ってきた。たまたま永束からいいタイミングで誘われたので、そのCDを持って病室にやってきた。

3)このCDは、もともと石田宅にあった。永束から、植野が籠城していると聞き、かつて植野が将也と親しくしていた頃を思い出した石田母は、植野と将也で一緒に聞けばいいと考え、わざわざそのCDを持って病室にやってきた。


このうち、1)は可能性として外したいと思います。
なぜなら、石田母の

「将也が 昔 好きだったグループの」

というせりふは、やはり重要だと思うからです。
永束がCDを買ってきたなら、それは新盤のCDでしょうし、わざわざ石田母がそれを見つけて「昔好きだったグループの今の新盤」として持ってくるというのは無理があると思います。

やはり、このCDは、将也が昔好きだった「古いCDアルバム」でしょう。

そして、このせりふ、好き「だった」と、過去形になっています。
将也は自殺を決意したときに何もかも売ってしまいましたから、CDも、CDを再生する機械も、もはや持っていないでしょう。
だから、好き「だった」という表現になってる、と考えることもできるのですが、「昔好きだったが、今はそうではない」で思い出すシーンがあります。

そうですね、第1巻の終わり、第5話で登場した「限定盤CD事件」です。


第1巻180ページ、第5話。

ここで、将也は「俺も ファンをやめた」と言っています。
この物語のなかで「ある音楽アーティストを、将也が昔好きだったけれども、今はそうではない」というエピソードが語られている場面は、ここにしかありません。

そうすると、ここでCDを叩き割られているアーティストこそ、今回の「GROUP13」だと考えられないでしょうか?

a)石田母にすら「昔好きだった」と知られているほど、将也が「大好きだった」アーティスト
b)わざわざ名古屋に出向いて限定盤を手に入れるほど、将也が「大好きだった」アーティスト


このa)とb)が違うというのはむしろ不自然で、a)とb)は同じと考えるほうがずっと自然であるように思われるのです。

ここでは、「石田母は、この『CD叩き割り事件』を知っていた」という可能性をふまえ、2)と3)を組み合わせ、以下のように修正して、これを、このCDについて、私が考える仮説、としておきたいと思います。

4)このCDは、かつて将也が叩き割った因縁のCD。石田母は、当時その割られて捨てられたCDを(ゴミ箱かなにかで)見て、将也へのいじめがあったとピンと来ていた。今回、将也の転落事故は過去ともつながっているうえ、将也はこのとき以降は音楽も聴かなくなっていたので、将也に聴かせる目的で、CD店に行って、この因縁のCDを買ってきた。そこにちょうど永束から、植野が籠城していると聞かされた。かつて植野が将也と親しくしていた頃を思い出した石田母は、植野にも一緒に聞いてもらうのがいいと考え、わざわざそのCDを持って病室にやってきた。

そうなってくると、植野にとってもこれは微妙な展開です。

将也にCDを叩き割らせたのは、島田らからのいじめが原因です。
そしてその頃、植野は、将也に悪いと思いつつ、島田らのグループに属して将也いじめに対して黙認ないし消極的参加をしていたはずです。
そういった植野にとっての「過去のトラウマ」を直撃するアイテムが、この「GROUP13」のこの「ニヒルな肉球」のCDである可能性があるわけです。

そのことを植野が知っているかどうかは別として、そろそろ「島田登場」の影がちらつく現状、このCDが「爆弾」になっている可能性はかなり高いのではないでしょうか?

たった1コマの、ちょっとふざけたジャケットのCDから、どんどんドラマが展開してきました。
まだこのCDについては語れることがあるので、日にちは空くかもしれませんが、もう少し話題として続けたいと思います。
タグ:第49話 第05話
posted by sora at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(1)

第49話で、たった1コマしか登場していないのに、ものすごい情報量を持っているのが、石田母が、将也の病室に篭城する植野に「将也に聴かせてあげて」といって手渡したCDです。


第49話、4ページ。

まず、コネタ系の話から始めますが、このCDのジャケットを見ると、どんな音楽なのかが分かります。

アーティスト :GROUP13
アルバム名  :ニヒルな肉球
タイアップ情報:デスメタルランオープニング曲

このうち、「GROUP13」については既に考察しました
第49話でこの「GROUP13」がでてきていることを考えると、少なくとも「4+9=13」という「ネタ」は仕込まれているように思います。

また、「デスメタルラン」については、一度エントリを書きましたが、「聲の形」ワールドで非常にポピュラーなまんがという設定です。
小学校時代には将也や島田、広瀬がまんがを読んでいましたし、当時からゲームにもなっていて3人で遊んでいました。
第5巻ラストの硝子飛び降りのシーンで、将也がかけつける見開きの背後にもデスメタルランらしき単行本がずらりと並んでいて、もしかして結絃も読んでいるのでは?と思われます。
さらに第46話の永束回で、永束が持ち込もうとした(植野に邪魔されて渡せませんでしたが)将也への見舞い品のなかにも、単行本が入っていましたから、将也のみならず永束もこのまんがを認知していて、高校生になっても多くの人がまだ読んでいる、そんな作品のようです。
今回、「オープニング曲」があることで、デスメタルランはアニメ化も果たしていることが判明し、どれだけ人気作品なんだという感じです(笑)。
内容的には、ネコっぽいキャラクターがたくさん出てくるスペースオペラ物のようで、だからこのアルバムも「ニヒルな肉球」になっているのだと思います。

さて、コネタ系だけでもこれだけ語れるこのCDですが、物語としても考えさせられるところがたくさんあります。

それについては次のエントリで。
タグ:第49話
posted by sora at 08:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

(ややネタ)将也=イエス説、ふたたび?(または、将也は今度こそあさって目覚める?)

さて、以前、硝子の代わりに転落し、血と肉をささげた将也は、キリスト教における最後の晩餐を体現したのではないか、という仮説を書いたことがありました

そのときの予想では、転落して昏睡した将也は、イエスの復活同様「3日め」に目覚めるのではないか、と考えていたのですが、残念ながら第49話にいたった時点でも、まだ将也は目覚めていません。
この予想はすっかり外れてしまいました(^^;)。

で、さすがにもうこの仮説は完全にお蔵入りかな…と思っていたところに、第49話のあるコマを見て、改めてあれっと思ったのです。

それは、石田母が「将也に聞かせてくれ」といって植野に手渡したCDです。


第49話、4ページ。

このCDについては、書きたいことが山のようにあるのですが、ここではそのなかのたった1つのポイントだけ、それは、この「ニヒルな肉球」というCDアルバムのアーティスト名が、

・GROUP13

となっていることに注目したいと思います。

「13」といえば不吉な数字ですが、その不吉さの元は、イエスの処刑された日が「13日(の金曜日)」だったということからきているものです。

しかも、もう1つ「13」にまつわる数字があります。それは、

・今回の話が、第「49」話である

ということです。

4+9=13で、こちらも13です。

第「49」話に、GROUP「13」というアーティストのアルバムを、「将也に聞かせる」、という設定。
これは、今日、この日が(将也が「13」の音楽を聴くことによって)「13」日という基準日にリセットされた、ということを意味している可能性があるのではないかと思います。

だとすると、将也は、第49話の日付(私のカレンダーでは8月25日ですが、ずれているかもしれません)から3日めに目覚めるのかもしれません

タイミング的には悪くないです。
次回、第50話が植野視点回だとして、第49話の「翌日」という設定だとすると、そこでは目覚めずにその翌日=第51話で目覚めることになるでしょうし、第50話が島田視点回だとすると、その次の第51話の植野視点回の最中に目覚めるという劇的な展開となります。
いずれにしても流れとしては無理がないように思います。

というわけで、一度消えてしまった「将也は『最後の晩餐』の日から3日めに目覚める」という予想ですが、もしかすると「今度こそ」があるかもしれません。

まあ、今回も当たらない可能性も高いですが、どうでしょう?(笑)
というか、さすがにそろそろ将也には起きてもらわないと話の展開的にはまずそうです・・・(^^;)
タグ:第49話
posted by sora at 07:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする